Think About
Artist's Books Part 1
vol.4

【連載コラム】アーティストブック—芸術家たちが見出したアートと本の交点— 前篇

Think About Artist's Books Part 1 vol.4
Think About Artist's Books Part 1 vol.4
Journal/

【連載コラム】アーティストブック—芸術家たちが見出したアートと本の交点— 前篇

Think About
Artist's Books Part 1
vol.4

by Yusuke Nakajima

アートブックショップ「POST」代表を務める傍ら、展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける中島佑介。彼の目線からファッション、アート、カルチャーの起源を紐解く連載コラムがスタート。第三回目のテーマは「アーティストブック」。

僕自身は本を紹介する立場として、手元になるべく本を留めないように努めているのですが、資料として利用するものに限っては例外としています。その多くは「本に関する本」で、これまでにどんな本が出版されてきたのか、各国でどんな時代にどんな本があったのか、歴史的にはどんなブックデザインの変遷があったのかなど、本にまつわる潮流を俯瞰する時には欠かせない資料です。中でも個人的に特別な思い入れのある一冊が『Die Bucher der Kunstler』で、この本には現代美術の中心地だったドイツで出版されたアートブックがまとめられています。収録されている作品群はいわゆる「本」のイメージには当てはまらない造形にも内容にも特徴のある品々ばかりで、僕にとって本の概念を広げてくれた書籍でした。書店を始めたいと思った時にこの本に掲載されているような本を扱いたいと考え、掲載作品についてインターネットで調べているその過程で知ったのが「アーティストブック」という本です。

「アートブック」と「アーティストブック」、言葉は似ていますが意味するところは異なります。「アートブック」は “美術に関する本全般” を示しているのに対して、「アーティストブック」はアートブックのある特定の部門だけを示しています。具体的には「アーティストが本の構造や流通形式を活かして制作・発表した作品」というふうに形容することができますが、この説明から具体的なイメージを思い浮かべるのは難しいかもしれません。今回は要点を整理しながら、アーティストブックについてまとめてみたいと思います。

まず最初に、そもそも本とはどんな特徴を持っているでしょうか。あくまで個人的な見解ですが、本には3つの必要条件があると考えています。それは下記の3点です。

1. メディアであること。

2. 三次元的に体感できる物体であること。

3. ある程度の数が量産されたプロダクトであること。

この3つが備わることで、本という存在は成り立っているというのが個人的な見解です。この条件のうち一つでも不足すると違ったものになります。例えば “三次元的に体感できる物体” でない場合は「電子書籍」になり、“量産されたプロダクト” でない場合は、「ブックアート」になります。アーティストブックは本の必要条件を活用しながら作品を発表・流通させる、表現のプラットフォームと言えるのではないでしょうか。

次に、アーティストブックがどんな変遷を辿ってきたのか史実を確認してみます。アーティストブックという言葉が使われ始めたのは1960年代だと言われています。しかしそれ以前にもアーティストブックという名前は与えられていなかったものの、同種のものは作られていました。その源流を辿っていくと、フランスの詩人 Stéphane Mallarmé (ステファヌ・マラルメ) に辿り着きます。マラルメは19世紀に象徴主義 (サンボリズム) を代表する作家として活躍し、同志には Paul Verlaine (ポール・ヴェルレーヌ) や Arthur Rimbaud (アルチュール・ランボー) がいました。しかし、同じ象徴主義の中でもマラルメは独特で、言葉の音楽性や視覚的な特徴を活かした先例のない作品群を発表していました。代表作のひとつ「骰子一擲」という作品の下書きを見てみると、テキストを規則的に改行していく一般的なレイアウトではなく、ページ上で自由にレイアウトされ、一部の単語は文字のサイズも変更されているのが確認できます。マラルメはページの見開きを一枚のキャンバスに見立てて自由にテキストを配置し、連なるページによって流れを作り、本の全体を通じることによって完結する作品を作りました。本の一般的なルールに囚われずに、本の構造や特徴を活用する表現を発明した、その点においてマラルメの作品はアーティストブックの源流と言えるのでしょう。マラルメ以降、彼の作品に影響を受ける形でダダや未来派といった前衛美術運動における、本を用いた表現が発展していきました。

Stéphane Mallarmé (ステファヌ・マラルメ)

Stéphane Mallarmé (ステファヌ・マラルメ)

「骰子一擲」

「骰子一擲」

その後、本と芸術の関係性をさらに深化させたのが Marcel Duchamp (マルセル・デュシャン) です。レディメイドの概念を芸術に取り込んだ柔軟な思考は本に対しても活かされました。彼が1934年に発表したのが、通称「グリーン・ボックス」です。デュシャンの代表作とも言える「大ガラス」制作にあたってのメモ書きやスケッチ、写真など94点が複製され、綴じられない状態で函に収められています。デュシャンはこの本によって著者の思想を一方的に伝えるのではなく、読者が図版を自由に組み合わせながら解釈を広げていく読書のあり方を示しました。また、印刷を用いて量産することで、作品でもなく一般的な書籍としてもカテゴライズできない、芸術における新しい本の活用方法を提示しています。グリーン・ボックスはアーティストブックのマイルストーンとして評価され、後世のアーティストたちに影響を与えました。

その後、世界情勢は戦争によって混乱を迎えますが、終戦後の落ち着きを取り戻し始めた1960年代以降、世界各国で新しい芸術が勃興し始めました。この時代のアーティストたちは積極的に本と芸術を接続させていきます。特にアーティストブックの発展に大きく貢献したアートムーブメントは2つあります。そのひとつが前回紹介をしたフルクサス、もうひとつが同時期に生まれたコンセプチュアルアートでした。
(後篇に続く)

グリーンボックス

グリーンボックス

<プロフィール>
中島佑介 (なかじま ゆうすけ)
1981年長野生まれ。出版社という括りで定期的に扱っている本が全て入れ代わるアートブックショップ「POST」代表。ブックセレクトや展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける。2015年からは TOKYO ART BOOK FAIR (トーキョー アート ブック フェア) のディレクターに就任。
HP: www.post-books.info