Masatoshi Nagase
Masatoshi Nagase

俳優・永瀬正敏インタビュー

Masatoshi Nagase

photography: ustumi
interview & text: tomoko ogawa

Portraits/

俳優、永瀬正敏が、『あん』(2015) の河瀨直美監督と再びタッグを組んだ映画『光』。第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品が決定している本作で、永瀬が演じるのは、視覚障碍者向け映画の音声ガイドの制作に携わる美佐子(水崎綾女)と映画のモニター会で出会い、いきなり楯突く弱視のカメラマン・雅哉だ。二人は衝突を繰り返しながら、見えないからこそ感じられることや、見えているからこそ気づけないことについて理解していく。映画デビューしていから34年のキャリアを持つ永瀬正敏が、「原点にかえった」と同時に「遺作を見たような」感覚を感じたと語った本作と河瀨直美という監督も魅力について話を訊いた。

俳優・永瀬正敏インタビュー

Photo by UTSUMI

Photo by UTSUMI

俳優、永瀬正敏が、『あん』(2015) の河瀨直美監督と再びタッグを組んだ映画『光』。第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品が決定している本作で、永瀬が演じるのは、視覚障碍者向け映画の音声ガイドの制作に携わる美佐子(水崎綾女)と映画のモニター会で出会い、いきなり楯突く弱視のカメラマン・雅哉だ。二人は衝突を繰り返しながら、見えないからこそ感じられることや、見えているからこそ気づけないことについて理解していく。映画デビューしていから34年のキャリアを持つ永瀬正敏が、「原点にかえった」と同時に「遺作を見たような」感覚を感じたと語った本作と河瀨直美という監督も魅力について話を訊いた。

—永瀬さんは、以前、河瀨直美監督について「嘘が全てバレる人だ」とおっしゃっていましたけど、それって見透かされている感じがするということなのでしょうか?

30数年役者をやって、ずっとお芝居をしてると、自分も人間なので、ある瞬間一瞬だけ繕ってしまうことがあるんですよ。テクニックというか……。

—技術でカバーしてしまうような?

うん。なんとなく、感情よりもそっちでカバーしようと自然にしてしまうときがあるって。終わった後、どこかで自分もそのことに気づくんですけど、河瀨さんには、「今のはお芝居だったな。雅哉と違った」とすぐ指摘されるんです。雅哉風にしてただけでしょって。僕は「……確かに」と返すしかない (笑)。前回『あん』で千太郎という役をやらせてもらったときも、同じでした。だから、あの人にはバレると (笑)。今回は極力そうしないようにと思っていたので、雅哉を演じている僕、永瀬の嘘がバレたというのは、あんまりなかったかもしれない。

—違う方向でバレたというのはあったと。

そうですね。台本を読ませてもらって、撮影に入る前とかに、「このシーンなんですけど、こういう解釈もありますよね?」と監督に相談するじゃないですか。そうすると、全部受け入れてくれるんです。そして、「雅哉がそうやったらそうやけど、こっちの考え方もあるよね」という話をされる。それが、なるほど、その正解も確かにあるという、自分の考えていたものよりもさらに深いものだったりする。そういうことがある度に、やられたな、敵わないなと思いますよね。

—おじいさんが写真家でご本人もカメラマンという設定は、永瀬さんのプライベートとも重なりますが、背景を知ってのあて書きだったんでしょうか。

監督が詳しくご存知だったかどうかはわからないですけど、おじいちゃんが写真館の親父だったということと、僕も写真をやっているということは知っていたと思います。

©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

—雅哉に寄り添う状況が、揃っていたんですね。

そうですね。すごくいっぱい抱えるものがあるというか。雅哉とは状況は違うけれど、おじいちゃんも同じように写真師を諦めざるを得なかった人なので。その部分は雅哉と同じ気持ちだったと思うし。いろんな想いを抱えて現場に向かうことになりそうだな、と台本を最初に読んだときは思いました。

—写真家について、本編で「時を獲物にするハンター」と表現している場面がありましたが、永瀬さんは共感されますか?

僕の場合は、もうちょっと格好つけですね (笑)。いろんなシチュエーションや物語で撮っていくことが多いので。写真を撮られるときって、誰でも一瞬構えるじゃないですか。雅哉はそれが嫌なんだと思います。本当の姿を撮りたい、だから、心の中にある何かを時間をかけて削ぎ落として、初めてシャッターを切れる人。ファッション写真ももちろん撮っていたとは思いますけど、公園で子どもたちを見ながらその素直な表情を撮っているというのは、そういうことですよね。効率的ではないカメラマンだったろうけれど、その分想いは強かったのかなという気もしますし。

—本編で登場する雅哉の写真や写真集も、永瀬さんがご自身で手がけられたとか。

はい、そうですね。普通は映像に写るところだけ、写真を何ページかカラーコピーして貼り付けて、あとは余白にということだってありますし、そうせざるを得ない現場も多い。でも、監督は写らないところも想いを込めてという人なので。「だって、雅哉の写真集なんだから」と言われれば、僕も「その通りです」って。

—じゃあ、クランクインまでに撮影して、写真をセレクトして、どんな装丁にするかまでを考えて。

そうそう、判型も含めて考えました。まぁ、今まで撮った作品の中から、きっと雅哉が撮るのはこんな写真だろうなっていうのを選んで、コンピューター上で何度も張り合わせて仮構成をしていって。それを毎日監督に送って、簡易な写真集として監督に見てもらって意見を聞いて、全部やり直しってこともありましたね。なんとか、撮影にはギリギリ間に合いましたけど。

©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

—役柄上、実際に弱視の視力を疑似体験できるキットを身につけて生活もされたそうですが、想像していたことと違った発見はありましたか?

かなりありました。点字ブロックの必要性とかも真剣には考えた事がなかったですし、今回色々学ばさせていただきました。例えばガラスのコップや透明のものはほとんど見えません、だから使えない。白い壁にかかった白いタオルも分かりづらい。わずかな段差でもつまずいてしまうし、突然背後から自転車のベルが鳴ってもどちらに避ければいいか分からない。頭で考えていたよりもかなり生活するのが大変でした。僕は目が見えなくなるまでの過程を演じたので、こんなに辛かったら僕だったら人生を諦めちゃうかもしれない、なんて強い人達なんだろうと。それと、役をいただいた時期にパラリンピックをやっていたので、録画してインタビューを見たりして。大変なんだろうなぁとは思っていたけれど、みなさんとても前向きな発言をされているんですよね。

—実際に、障碍のある方と過ごされる機会もあったんですか?

はい、撮影前に目の病気の方や失明までのプロセスを体験した方に何人もお会いしました。話を聞くと、自分の想像を超えるもっと壮絶なものがありましたよね。夢を追って留学していたときに、ちょっと目がかすむなと思って帰国して病院へ行ったら、失明を宣告されたという弱視の方に会ったんです。スタッフの方がそのときの恐怖感や状況について色々と質問すると、突然ボロボロと泣かれるんですよ。まだ、希望を持っているんです、どこかに。

—いつか治るかもしれないという。

そう。でも実際、生活はしなきゃいけないし、稼がなきゃいけない。だから、今は指圧師の勉強をしていると。前向きな部分を見せたかと思えば、突然涙を流してまた前向きになったり、葛藤がすごく見えたんです。一方で、弱視から盲目になった方は、視力を失うまでの過程が一番辛かったとおっしゃっていて。なぜかというと、もしかしたらという希望と絶望が常に混在して、一瞬ごとに気持ちが変わっていくから。ものすごい精神状態だったと。僕も毎日のように小さなことで悩むけれど、なんてちっぽけなことで悩んでるんだろうと思ったりしました。

—過程を演じられたことで、恐怖心のほうが強かったんですね。

僕はそうでしたね、映画の9割が失明するまでの話なので。目の見えない方とごはんをご一緒したんですけど、なぜか蕎麦屋さんに入っちゃったんですよね。隣りで鴨南蛮を食べていらっしゃったんですけど、食べるまでの時間がすごく長い。分量を量ってるんですね。たまに、何もない状態で食べようとして、「あ、ないわ」と言う。それを真横で見ていると、切ないんですよ。実際、僕にはそういうことは全くないわけで、見えないことを演じるというのは大袈裟にして嘘を重ねちゃいけないなと。ただ大袈裟にしてかわいそうな自分を演じたほうがわかりやすいんだけど、それだと嘘になってしまう。いい面も悪い面も含めて全て真摯に全力でやらないといけない、という思いはありました。

©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

—この映画のテーマにもなっているバリアフリーの音声ガイドという仕事は、どうしても解説者の解釈が入ってしまうと思うんですが、自分の解釈を言葉にすることで他者の想像力を狭めてしまうということは永瀬さんも感じますか?

演技に関しては全てセリフにしてしまい、観客の皆さんに余白を与えず何もかも説明してしまうっていう危険性もありますよね、それは感じます。だから表現するって事は本当に繊細で難しい。やり過ぎてもやらな過ぎてもいけない。音声ガイドもテニオハが一つ違うだけでその世界観を壊してしまうので、モニターさんたちを入れてかなりディスカッションを重ねていらっしゃる。映画に登場する、音声ガイドを聴いて感想を言うモニターの方、正子さんとおっしゃるんですけど、現場で突然、本気で質問をし始めて。監督は普段から実際にモニターをされている彼女に、自由な意見を言ってほしいと伝えていたんですが、あえて僕らには知らせていなかった。そこで彼女がおっしゃった一言一言に、一緒に演じている僕もガーン!と衝撃を受けました。それはお芝居にも通じることだなって。今まで、彼女たちが言うように受け手に寄り添えるようなお芝居を僕はできていただろうか、と思いましたし、正子さんには最後に「本当に、素晴らしい言葉でした」と伝えました。

—役者さんの発する言葉や環境の音以外の部分を、音声ガイドは説明する必要がありますもんね。

こないだ音声ガイドの方々が「光」の作業をしているところを見学させてもらったんですが、モニターのみなさんが、まぁ忌憚のない意見を言われるんです。A さんが「そこまで言う必要はない」と言えば、B さんは「そこまで言わないと伝わらない」と答える。じゃあどうするかと的確に話を進めていくんです。まさにこの映画の中で行われている会話が頻繁に出てきていました。

『光』

—完成したものを観て、原点でもあり、遺作のようにも感じたとおっしゃっていましたが、雅哉としての人生を生き切ったという意味なんでしょうか?

……そうですね。撮影中の現場に来ていただくとわかるんですが、河瀨監督の現場は演じるんじゃ駄目なんです。撮影の期間は全て雅哉として生きなきゃいけない。だから、初めて作品を見た時、目が見えなくなることも含めて、あの時自分が生きていた瞬間をもう一度見た感じがして。今は雅哉ではもうないけれど、僕は確かに雅哉だった訳で、雅哉としての苦しみや葛藤、小さな光を見つけた事をまるで昔のアルバムをめくったときのように思い出して、物凄く生々しく感じてしまったんです。とても客観的にはいられなかった。でもその日に会場にいた藤竜也さんや神野三鈴さんなど俳優さん全員がそういう気持ちだったみたいです。藤さんも後でおっしゃっていましたが「魂が揺さぶられて、誰とも会話をする事が出来ずにすぐに会場を後にした」って。皆さん泣いていらっしゃったそうです、自分たちが出演した作品なのに……。そういう経験ってなかなかできない。

—原点というのは、おじいさんのエピソードがベースになっているから?

おじいちゃんの事もありますが、原点がものすごくいっぱい詰まっている映画でしたね。藤竜也さんはデビュー作の映画でご一緒させていただいたし、白川和子さんは連続ドラマ出演の初期の頃に出たときのお母さん役でしたし。僕が何もわからないときにお世話になった方々。シンプルに“人を演じるとは”って事も考えさせられました。河瀨監督が映画を題材にして撮られた作品だということも含めて、原点回帰というか初心に還ったなと感じました。

©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE

—雅哉のように目が見えなくなってしまっても、やめられないだろうなというものはありますか?

映画だと思います。「もう必要ない」って言われて出られなくなるかもしれないけど。関わってはいたいですね。僕は15歳で撮影をしていて、16歳でデビューしましたけど、当時はまだ混迷してましたから。将来も、まだ何も決めてなかったし。そんなときに、道を照らしてくれた光は映画だなと。役者になろうと思ったきっかけも、映画の現場を経験してからだったから。映画館という空間で全然知らない人と同じ時間を共有するということも、特別ですし。映画というものを信じていますし。

—嫌になることもあるんですか?

いや、嫌にはならないけど、厄介だなぁと思うときはありますね。いくらやっても全然追いつかない。

—最後に、永瀬さんはファッションもお好きですけど、ファッションも映画のように光になりうると思いますか?

そう思いますね。僕、洋服が大好きなんです。特にレディースが大好きで。洋服を見ると、女性に生まれてくればよかったと思うくらい。レディースのほうが、飾っておきたくなるようなものも多いじゃないですか。デザイナーの友達も多いので、展示会に行くと必ず聞くんですよ、この中でどれが一番いいと思うのか。

—デザイナー本人に直接ですか?

うん (笑)。一番の理由を教えてもらうと、またなるほどと思う。映画と同じで、ファッションにも想いがこもっているから感動するんですよね。だって、見た目が格好良ければそれでいいかもしれないのに、素材だったり、着やすさだったり、そういう想像力を含めて想いがこもっている服は、永遠に残ると思っています。

Photo by UTSUMI

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<プロフィール>
永瀬 正敏 (ながせ まさとし)
俳優。1983年のデビュー以来、ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(1989) やクララ・ロー監督『アジアン・ビート (香港編) オータム・ムーン』、山田洋次監督『息子』(1991年 日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞他)など国内外の100本近くの作品に出演、数々の賞を受賞。台湾映画『KANO~1931 海の向こうの甲子園~』(2014) では、金馬映画祭史上初の中華圏以外の俳優で主演男優賞にノミネートされる。昨年は『64-ロクヨン-前編/後編』、『後妻業の女』等に出演。今後もジム・ジャームッシュ監督の『パターソン』(8月26日公開) など話題作が待機している。また、写真家としても活動しており、現在までに多数の個展を開くなど20年以上のキャリアを持つ。

作品紹介
タイトル
監督 河瀬直美
脚本 河瀬直美
出演 永瀬正敏、水崎綾女、神野三鈴 、小市慢太郎 、早織 、大塚千弘、大西信満 、白川和子、藤竜也
配給 キノフィルムズ
製作年 2017年
上映時間 102分
HP hikari-movie.com
5月27日 (土) 新宿バルト9、丸の内TOEIほか全国公開
©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE