Interview With Shinya Tsukamoto

PORTRAITS | Nov 21, 2018 9:00 PM
世界中の映画作家から尊敬を集める塚本晋也。最新作『斬、』では、幕末を舞台に一本の刀で人を斬ることに葛藤する若い浪人の姿と、周囲に生きる人々の葛藤を描いている。戦地のリアリティをトラウマになるほど鮮明に切り取った前作『野火』(2014) 同様に、監督・脚本・撮影・編集・制作のすべてを自ら行い、戦争の影が忍びよるこの世界にまたもや警鐘を鳴らす作品を世に送り出した塚本晋也にいまこそ聞きたい、映画の話。

Guillermo del Toro (ギレルモ・デル・トロ) や Martin Scorsese (マーティン・スコセッシ) など世界中の映画作家から尊敬を集める塚本晋也による最新作『斬、』が、11月24日(土)にはれて公開となる。今作では、幕末の時代、一本の刀で人を斬ることに葛藤する若い浪人の姿と、周囲に生きる人々の葛藤が描かれている。

都築杢之進 (池松壮亮) は、武士の一家に生まれるものの、約250年続いた太平の世にあって実戦の機会を得ることはなかった。しかし、そこに澤村次郎左衛門 (塚本晋也) が突如現れ、腕の立つ彼を渦中の京都に誘う。

穏やかな生活の中へいつの間にか持ち込まれてくる狂気。それが人から人へと伝染し、戦いを全く望まない者までをも飲み込んでいく。いわばこれは、時代設定こそ異なるが、戦地のリアリティをトラウマになるほど鮮明に切り取った『野火』(2014) の前日談。塚本晋也はまたしても、戦争の影が忍びよるこの世界に警鐘を鳴らす作品を上梓した。今回は『斬、』の本を書き、制作費を集めて、撮影し、編集し、俳優としても出演している塚本晋也氏に、映画についてお話を伺った。

 

『斬、』

 

—パンフレットに掲載されていた塚本さんの撮影日誌に、「予想外に池松さんの夏の予定をとることができたので、まだ脚本もできていない段階だったが、その時期に撮ることに決めた」と書かれていました。この映画における池松さんの存在はそこまで大きかったのでしょうか?

最近の作品を観ていて、池松さんの演技がとても印象深かったんです。今の若い人たちの感覚が画面を通じて伝わってきた。若い人はこう、中年はこう、社長はこう、とかの観念的なイメージではなく、様々な面を内包している生々しさが表現されていて。池松さんが出ることでこの映画が時代劇「風」なものではなく、今の若い人たちがそのまま昔の時代に行っちゃったようなものになると考えました。

—確かに、劇中の池松さんは「昔の日本人はおそらくこんな感じだろう」と勝手に想像して演じていたようには見えず、まるでふだんの自分のように振る舞っていました。そういう意味で、時代劇としてはかなり異質な雰囲気が漂っていたのですが、最初から塚本さんの中で想定していたことだったんですね。

江戸時代に生きているからといって、例の時代劇調の声を張った話し方をしていたわけではないはずですよね。ただ、この映画では現代の人がしゃべりそうなセリフでありながら、時代考証の先生に細かく見ていただいて、おかしいところがないようにはしています。

©︎SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

©︎SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

—「男たるもの国家に仕えて何ぼ」という、あの時代独自のマッチョイズムが人々を戦争へと突き動かしたともいえます。今も様々な局面で問題として挙げられることが多い “マッチョイズム” に対する反発心が、塚本さん個人の中にもあったのでしょうか?

これから先にマッチョな考えが台頭してくると大変ですよ。僕がお金のない時期に無理して『野火』を作った (出資者が集まらず自主で制作) のは、日本が戦争状態に近づいていく中で、戦争を実際に体験されている方がほとんどいなくなってしまったから。その人たちがいれば、当然「あんなことを繰り返してはいけない」という反発が強くて戦争を防ぐことができるんだけど、今は “元々戦争をしたい人たち” が、まるで目の上のたんこぶがとれたかのようにのし上がってきている。ぐいぐいと、しかし一般の人たちが気づかないような形で。そして『斬、』の世界のように、民衆のところまでその力が及んでしまった時には、いくら抗っても遅いんです。だから、今のうちに大人がきちっと警告を出しておかなきゃいけない。

—都築杢之進の「私も人を斬れるようになりたい」という叫びは、「そう言わざるを得なくなった」時代の辛さを表していました。

正に、僕もそういう意図であのセリフを書きました。

—もう一つ。杢之進を観ていて、塚本さんも出演された Martin Scorsese 監督の『沈黙—サイレンス—』で窪塚洋介さんが演じたキチジローとの共通点を感じました。もしかして、何かインスピレーションはあったのでしょうか?

遠藤周作さんは小説の中でキチジローを弱者として書いていますが、「何としても生き延びる」という点で見ると、実は動物として強者ですよね。杢之進も、国に尽くして最後は花と散る人生にどうしても美徳を見出すことができなかった。その時代に適合できないという点では、たしかに共通しています。今言われるまで気づきませんでしたが。

—『斬、』は『野火』の前日談のような意味合いを持っていますよね。『野火』を作った後に、そこで描き切れなかったことがあったから『斬、』の構想を始めた、ということなのでしょうか?

描き切れなかったから、ということはないですが、『斬、』は『野火』で描いた戦争というものを、さらにシンプルにシャープに見つめていくという試みです。だけど、「こういう結果にしたい」というのが先にあるわけじゃなかった。『野火』では金属 (銃や戦車) で人が人を殺していました。時代を遡って、今度はそれが収束して刀になる。その一本の刀と一人の人間の関わりをシンプルに強く見つめて描いてみたかったんです。

—そういえば、『野火』の田村一等兵と『斬、』の澤村次郎左衛門では塚本さんの役柄が180度変わっていますよね。

澤村は現代の大人たちの代表ですよね。僕自身、よく映画全体のテーマに逆らうような負のイメージの役が得意だったし、今回の役も池松さんを追いかけ追い詰めるストーカーみたいなもの。それと、あの時代の人たちは戦争の道具である刀に対する愛憎があるわけですが、その愛憎の愛の側が澤村なんです。

©︎SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

©︎SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

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—刀といえば、この映画は職人が刀をうつシーンで始まりますが、あそこでは道具としての刀の美しさに焦点があたっていて、独特のフェチズムがありました。

もうひとつの主人公である刀が誕生する場面ですね。この映画は「刀がこれからどのようにして使われていくのか」っていう話でもありますから。

—先ほど杢之進と澤村の役割についてお話いただきましたが、個人的には、2人は実は同じような思いを抱えていて、澤村は何か理由をつけて戦争に行く前に死にたかったから、杢之進に戦いをけしかけたんじゃないかと疑っていたんです。

僕の中では、あくまで澤村は権力を持った大人の代表、杢之進はこれから時代を切り開いていく若者の代表として描いていたんですが、自由に解釈できるのが映画の魅力だと思うので、いい意見だと思います。

—映画が社会性を帯びていくことに対して拒否感はなかったのでしょうか? これまでの映画では塚本さんが個人的な行為を突き詰めている印象がありましたが、前作と今作に関してはやはり別の、社会的な大義名分があるような気がしていて。

その時代に生きながら映画を作るので、ある程度の社会性は作品に自然と帯びるものだと思っています。特に『野火』の時にあったのは、小説の世界観に近づきたいという純粋な思いだけ。政治色が強いとプロパガンダになってしまうし、僕としてはどうとでも解釈できるものがつくりたいんです。いろいろなものが作りたいですが、今の状況にいるとどうしても見過ごすことができない感覚があります。経済のこととかよくわからないし、あまり不満にも思わないのですが、戦争に近づくということだけはどうにも我慢できないものがあります。

Photo by Hiroki Watanabe

Photo by Hiroki Watanabe

—自分の意見が入らざるを得ない?

意見というか、感覚ですね。

—この物語はまだ続いていくのでしょうか?

『斬、』は悲鳴のような映画だと思っています。その叫びは誰かに届かなければいけない。少なくとも、これで完結したという感じはしませんでした。

—では、この映画を通して何かご自身が学びとったものはありますか?

いや、今の時点ではまだわからないですね。まずは「叫んだ」っていう感じで。それさえ伝わればいいなと。観ていて居心地は良くないと思うので、そこから何かを感じてほしいと思います。

—最後の質問です。これまでの塚本映画に共通するルールのようなものはありますか?

いえ、脚本を書く時に確固たる自分のやり方があるわけではなくて、毎回モヤモヤしたものをどうやって切り崩していくかという作業です。だから時間もかかる。実際に作っていくうちにだんだん映画になってきたぞと、それで完成してみると、いつも同じようなものに仕上がっている。一つだけ、他の映画を観て「こういうのは避けよう」とは思ったのは、最後に主人公が死んでしまう展開。ある時期のフランス映画では、ラストシーンで主人公が予想外の事故か何かで死ぬことが多かったんですけど、それじゃ元の木阿弥じゃないですか (笑)。どんなに悲しい話であっても、生き続けることが大事かなと。

Photo by Hiroki Watanabe

Photo by Hiroki Watanabe

<プロフィール>
塚本晋也 (つかもと しんや)
1960年生まれ。東京出身。14歳で初めて8ミリカメラを手にする。1987年『電柱小僧の冒険』でPFFグランプリ受賞。1989年『鉄男』で劇場映画デビューと同時に、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。以降、国際映画祭の常連となり、その作品は世界の各地で配給される。世界三大映画祭のヴェネチア国際映画祭との縁が深く、『六月の蛇』(2002) はコントロコレンテ部門 (のちのオリゾンティ部門) で審査員特別大賞、『KOTOKO』(2011) ではオリゾンティ賞で最高賞のオリゾンティ賞を受賞。『鉄男 THE BULLET MAN』(2009)、『野火』(2014) に続き本作で3度目のコンペティション部門出品を果たす。1997年にメインコンペティション部門、2005年はオリゾンティ部門と2度にわたって審査員を務めた。また俳優としても監督作のほとんどに出演するほか、他監督の作品にも多く出演。2002年には『とらばいゆ』、『クロエ』、『溺れる人』、『殺し屋1』で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。『野火』で2015年、同コンクールで男優主演賞を受賞。その他に庵野秀明監督『シン・ゴジラ』、Martin Scorsese 監督『沈黙—サイレンス—』(同じく2016) などでも知られる。

作品情報
タイトル 斬、
監督 塚本晋也
出演 池松壮亮、蒼井優、中村達也、前田隆成、塚本晋也
配給 新日本映画社
製作年 2018年
製作国 日本
上映時間 80分
HP zan-movie.com
©︎SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
11月24日(土)より渋谷・ユーロスペースほか全国公開
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