Nakamura Kichiemon II
Nakamura Kichiemon II

歌舞伎俳優・二代目中村吉右衛門インタビュー

Nakamura Kichiemon II

Photographer: Naruyasu Nabeshima
Writer: Mariko Uramoto

Portraits/

深みのある演技と朗々たる台詞回しで、時代物から世話物、新歌舞伎まで幅広く演じる二代目中村吉右衛門。初舞台から70年目という節目の年にミキモト銀座4丁目本店で開催されている「二代目 中村吉右衛門 写真展」では、写真家 鍋島徳恭が2006年から記録し続けた中村吉右衛門の膨大な写真の中から厳選した約30点を展示している。本展のレセプションに駆けつけた中村吉右衛門に、芸に向き合い続ける心を聞いた。

歌舞伎俳優・二代目中村吉右衛門インタビュー

Photo by Naruyasu Nabeshima

Photo by Naruyasu Nabeshima

深みのある演技と朗々たる台詞回しで、時代物から世話物、新歌舞伎まで幅広く演じる二代目中村吉右衛門。4歳で初舞台を踏み、22歳の若さで二代目を襲名。実父・松本白鸚と養父・初代中村吉右衛門、両者の芸を継承しながら、古典作品の復活上演や後進の育成にも取り組み、2011年には人間国宝に認定された。魅了されているのはファンだけでなく、写真家・鍋島徳恭氏もその一人。10年以上前の出会いをきっかけに、吉右衛門の気風と芸風に惚れ込んだという鍋島氏はほぼすべての公演を追いかけ、舞台上のドラマティックな姿から、楽屋や舞台裏での拵え風景など貴重なシーンをカメラに収めてきた。その膨大な写真の中から約30点を厳選して展示する「二代目 中村吉右衛門 写真展」がミキモト銀座4丁目本店で開催。歌舞伎座での「吉例顔見世大歌舞伎」の舞台を終え、オープニングに駆けつけた中村吉右衛門に、芸に向き合い続ける心を聞いた。

 

—展示をご覧になっていかがでしたか。

鍋島さんの作品は非常に迫力があり、写真を超えているような気がいたします。等身大よりも大きな手漉きの伊勢和紙にプリントされているので、圧倒されるといいますか。

—会場のあちこちで「おおおっ」と声が上がっていました。鍋島さんは展示会場の照明を落としているのもこだわりだとおっしゃっていて、暗がりの空間から吉右衛門さんが飛び出してくるような臨場感があります。約30点の作品がありますが、一番印象的な写真はどれでしょうか。

「夏祭浪花鑑」の一シーンで孫 (寺嶋和史) を背負った写真ですね。

—吉右衛門さんの顔が穏やかで見ているこちらも心が温まります。

そう言ってくださるのは嬉しいです。久しぶりに牢から出て、子どもをおぶって帰るというシーンなので、その情感が写真から伝わっているとしたらありがたいですね。

—鍋島さんが吉右衛門さんを撮られて10年以上が経ちますが、初めに「撮りたい」と申し込まれた時はどのように思いましたか?

僕がモデルでいいのかなと思いました。

—舞台上だけではなく、楽屋や舞台裏などさまざまな場面を撮影されています。とまどいはなかったでしょうか。

まぁ、こちらは撮られることに慣れていますから、抵抗はないですね。

—舞台袖や鳥屋 (とや=花道の突き当たりの揚幕の奥にある小部屋) など、観客の視点が介在しない場所から見る吉右衛門さんの表情はとても新鮮です。鍋島さんのレンズを通して得られる体験だと改めて感じました。

それが鍋島さんのすごいところなんですが、私が舞台に出ているときは客席後方から撮り、ひっこんだら猛スピードで舞台裏に移動されるんです。その体力はすごいですね。2階席で撮ったり、舞台袖に行ったり、楽屋に移動したり、僕の動きに合わせてあらゆるところを走ってこなくてはならないですから。マラソンで相当鍛えていらっしゃると聞いています。

—改めて、鍋島さんはどんなフォトグラファーでしょうか?

非常に真面目な方です。どちらかというと僕と同じタイプかもしれない。ただ、写真家が真面目なだけですと型通りの写真にしかならないこともありますが、そうならないのが彼の素晴らしいところ。今回の展示のように、大判の伊勢和紙に写し出すという柔らかな発想もある。

—鍋島さんのアイデアや体力もすごいですが、吉右衛門さんも精力的に舞台に出演されています。ふだんの体力作りは?

ジムに通っています。ただ、体調次第ですので、なかなか思うようにはいかないんですけれども、行かないよりはと思って地道に。

—ジムではどういうトレーニングを?

今はストレッチとバイクですね。昔はベンチプレスやランニングもしていました。

—ストイックでいらっしゃるんですね。

でも、最近はやりすぎるということもできなくてね。ストイックではなく、やっているのはストレッチです (笑)。

—家でするよりも、ジムに行くことでスイッチが入りますよね。

はい。女性のインストラクターの方が指導してくださるときはやる気も出ますし。だから、男性インストラクターの時はちょっとガッカリなんです (笑)。

—そういうモチベーションも大切だと思います (笑)。体力維持とあわせて、表現する上で大切なことはなんでしょうか。

その人その人の経験が表現を作ると思います。閲歴といいますか、どういうことを経験してきたか。いろんなことを経験するとだんだんと人の心理がわかり、人間を描きだすことができる。いろんなものを見たり、聞いたり、読んだりすること。そういうことも必要だと思っています。

—ふだんはどんなものから吸収されますか?

テレビもよく見ます。映画、能、狂言、ミュージカル、バレエ、オペラクラシック音楽。以前は演劇と直接関係ないものもなるべく行くようにしておりました。見る、見ないでは違うと思っておりますので。

Photo by Naruyasu Nabeshima

Photo by Naruyasu Nabeshima

—THE FASHION POST の読者は20代が多いのですが、吉右衛門さんはその頃はどのように過ごしていらっしゃいましたか?

10代の頃は、はちゃめちゃで、遊び呆けてましたね (笑)。もともと僕は役者には向かないと思っていましたし、今でも才能は少ないと思っています。ただ、今こうやって役者として認めていただけているのは、自分で言うのもおこがましいですが、努力以外のなにものでもないんです。初代吉右衛門は天才でしたが、20代になって僕がその名跡を継ぐと決めたからにはもう努力するしかない。役者の世界は一人の天才が現れるとすべてがガラッと変わりますが、初代はまさにそういう人でした。きっとファッションの世界でもそうでしょう。一人の天才デザイナーが現れたら、すべてが変わるのではないでしょうか。才能のない人間がそういう世界に入ろうとしたら本当に辛いですよね。でも、僕はそんなこと言っていられませんから、やるしかない。そう思ってやってきました。初代の跡を継ぐのは本来であれば並の役者ではできないことなのですが、ファンの皆様が私を二代目と認めてくださっているのは本当にありがたいことだと思っています。

—ハードな日々が続く中、心休まるのはどのような時でしょうか?

孫といる時ですね。若い頃はゴルフやテニスをやっていて、それが気分転換にもなったのですが、今はとてもできません。それに、お酒もいただかないんですよ。

—意外です。てっきりお強いのかと。

10代の頃、訓練したんですけどだめでした。あ、10代はいけないんだ。まぁ、でももう時効ですよね (笑)。それ以来ほとんど飲んでおりません。

—以前、テレビで「ディズニーランドが好き」とおっしゃっていたのを聞いたこともあります。

好きですね。開園したばかりの頃から通っています。

—好きなアトラクションはありますか?

プーさんのハニーハントはほのぼのしていて好きですね。あと、僕も蜂蜜が好きなので、シンパシーを感じつつ (笑)。

—アトラクション以外にショーも充実していますがご覧になりますか?

はい、見ます。きっちり演出がついているものもありますし、ライティングも参考になります。

—プライベートの時間も仕事につながっているんですね。

映画やテレビを見ていても仕事に結び付けてしまう質なんです。だから、できるだけ自分ができないことを見るのがいいですね。ボクシングとか柔道とか体操とか。かけ離れている世界の方が無心で見られます。

—絵を描くこともお好きだそうで。

絵は描くのも観るのも好きですね。

—どのようなものをご覧になりますか?

印象派もカンディンスキーのような抽象絵画も好きです。彼の作品で日本の絵手本を模写したようなものがあるんですよ。絵の世界は広いようで、通じているんだなと。本当に素晴らしい絵というのは国境や言葉の違いを超えて世界に認められますよね。いつかはヨーロッパで「俊寛」を演じたいという目標がありますので、世界に通用するというのは素晴らしいとしみじみ思います。

—今回の展示は吉右衛門さんが初舞台から70年の節目ということもあり、これらの写真とともに振り返ってみてどのような俳優人生でしょうか?

ははは。振り返りますか?いやぁ振り返りたくないです。前しか見たくないですね。

—前を向くということですと、吉右衛門さんは80歳で勧進帳の弁慶を、100歳まで現役で舞台に上がるという夢があると伺っています。その姿を鍋島さんは追い続けていきたいとおっしゃっていました。

これは役者だけではなく写真家もそうだと思いますが、体が資本ですので、まずは体が動くように精進するしかないですね。ミキモトの創業者、御木本幸吉さんは96歳までの生涯を真珠に捧げた方です。今回縁あってこの場所で展示ができたことを光栄に思いますし、幸吉翁にあやかって100歳で舞台を踏めたら、長年そばで支えてくれた妻に心の真珠を贈りたいと思っています。まぁ、「いらない」と言われるのがオチなのですが (笑)。

Photo by Naruyasu Nabeshima

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<プロフィール>
中村吉右衛門 (なかむら きちえもん)
昭和19年5月22日生まれ。八代目松本幸四郎 (初代白鸚) の次男。祖父の初代吉右衛門の養子となり、23年6月東京劇場「俎板長兵衛」の長松ほかで中村萬之助を名のり初舞台。昭和41年10月帝国劇場『金閣寺』の此下東吉ほかで二代目中村吉右衛門を襲名。日本芸術院会員、重要無形文化財 (人間国宝)、文化功労者。