Ken Watanabe
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俳優・渡辺謙インタビュー

Ken Watanabe

Portraits/

日本国内での活動はもちろん、近年はハリウッド映画にも多く出演し、昨年からはブロードウェイでのミュージカルにも初挑戦するなど場所やジャンルにとらわれない活躍ぶりを見せる俳優・渡辺謙。だがどんな場所であろうと、ひとりの俳優としての圧倒的な存在感は変わらない。そんな彼が主演した新作映画『追憶の森』もまた、これまでに見たことのない斬新な作品だ。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『ミルク』などで知られるGus Van Sant (ガス・ヴァン・サント) 監督が手がけた本作は、人気俳優 Matthew McConaughey (マシュー・マコノヒー) 主演のハリウッド映画だが、舞台は日本の青木ヶ原樹海。人生に絶望し自ら命を絶とうとアメリカからやってきた主人公が、森のなかで謎の日本人タクミと出会いふたりきりの彷徨が始まる。樹海でのマコノヒーとのふたり芝居に挑み、謎につつまれた男を見事に演じてみせた渡辺謙に、映画『追憶の森』での撮影秘話を伺うとともに、なぜこれほど幅広く、そして常に挑戦的な仕事を続けられるのかと問いかけてみた。ユーモアたっぷりに答えてくれた彼の言葉には、やはり俳優としての確固たるプライドが感じられた。

俳優・渡辺謙インタビュー

日本国内での活動はもちろん、近年はハリウッド映画にも多く出演し、昨年からはブロードウェイでのミュージカルにも初挑戦するなど場所やジャンルにとらわれない活躍ぶりを見せる俳優・渡辺謙。だがどんな場所であろうと、ひとりの俳優としての圧倒的な存在感は変わらない。そんな彼が主演した新作映画『追憶の森』もまた、これまでに見たことのない斬新な作品だ。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』『ミルク』などで知られるGus Van Sant (ガス・ヴァン・サント) 監督が手がけた本作は、人気俳優 Matthew McConaughey (マシュー・マコノヒー) 主演のハリウッド映画だが、舞台は日本の青木ヶ原樹海。人生に絶望し自ら命を絶とうとアメリカからやってきた主人公が、森のなかで謎の日本人タクミと出会いふたりきりの彷徨が始まる。樹海でのマコノヒーとのふたり芝居に挑み、謎につつまれた男を見事に演じてみせた渡辺謙に、映画『追憶の森』での撮影秘話を伺うとともに、なぜこれほど幅広く、そして常に挑戦的な仕事を続けられるのかと問いかけてみた。ユーモアたっぷりに答えてくれた彼の言葉には、やはり俳優としての確固たるプライドが感じられた。

—今回の『追憶の森』をはじめ、『ラスト サムライ』以降ハリウッド映画への出演が続いていらっしゃる渡辺さんですが、昨年からはご自身にとって初のミュージカルとなる『王様と私』にも出演されています。そのチャレンジ精神に毎回驚かされてしまうのですが、やはりご自分でも今までとは違うことをやりたいという意識は強くお持ちなのでしょうか?

Photography: Yusuke Miyashita | © The Fashion Post

Photography: Yusuke Miyashita | © The Fashion Post

そう言っていただけるのはありがたいですが、結局はいい加減なんですよ(笑)。もちろん新しいことをやりたいとは思うけれど、必ずしもそれを優先させているわけではないし。ただ自分の好奇心がいまどこを向いているのか、どういう針の触れ方をしているのかということには、できるだけ正確に、正直に向き合おうとしていますね。それが結果として新しいことへのチャレンジになっていくのかもしれない。僕自身も仕事の話をもらうたびに「へえ、今度はそんなことやらせてくれるの」と思いながらやっているんです。そういう気持ちが、観客にも「あいつ、今度はあんなことやろうとしてんの?」というふうにフィードバックしていくんじゃないかな。

—仕事を受けるうえで、決断に迷いを感じたことはありますか?

決めるまではいつもぐずぐずですよ。ハリウッド映画への出演やブロードウェイでのミュージカル出演にしても、これまでやった仕事の大半は「いやあ、これはないんじゃないの」というのが第一印象。そこから「もしかしたらやってみるべきかも」「いや、でもやっぱり」とひたすら悩む。でもいざやろうと思ったらそこからの迷いは一切なくなります。決めたからには120パーセントやりきろうと、スパッと切り替えますね。

—決断の決め手みたいなものはあるのでしょうか。

はっきり言って適当です(笑)。ほとんど直感みたいなもの。あとは決めたことに対して自分で自分に言いわけしていくだけですね。こうだから絶対やるべきだよね、と自分に言い聞かせるというか。

—『追憶の森』出演についてはいかがでしょうか。やはり最初は躊躇されましたか。

正直なところ、当初脚本を読んだときは「これはちょっと受け止めがたいな」という感じでした。最初に打診をうけたのが今から5年前くらい、震災のすぐあとだったんですよ。この映画で描かれている死生観みたいなものが当時は少し生々しすぎるというか。ただ決してホラー映画でもないし、何かふしぎな作品だなとは思っていました。

—それでもこの作品に出ようと思ったきっかけは何だったのでしょう。

一昨年くらいかな、ガス・ヴァン・サントが監督をやりたいと手をあげてくれたときに、脚本に感じていた複雑な思いがうまくつながった気がしたんです。ガスは、どちらかといえば実存的ではない映画を撮られている監督でしょう。非常に寓話的というか、シリアスでハードなお話をやってもどこかメルヘンチックだったり、独特のセンチメンタルさを感じさせる監督。彼がやるならおもしろくなるかもしれないと直感的に思いましたね。

—脚本の世界観とガス・ヴァン・サント監督との組み合わせが決断の後押しになったのですね。渡辺さんは、以前から監督の作品に出たいと思われていたのでしょうか。

もちろん作品は見ていましたが、どちらかといえばあまり接点がない監督かなと思っていました。質的に僕みたいなものを要求しないんじゃないかという気持ちがあって、わりと距離を感じていたというか。

Photography: Yusuke Miyashita | © The Fashion Post

Photography: Yusuke Miyashita | © The Fashion Post

—実際に会ってみていかがでしたか。

話をしてみると意外とざっくりした人なんですよ。その作風からもっと繊細な人かと思っていたんですが、ざっくばらんに話ができて、そこがいいなあと思いました。撮影に入ってもそういう部分はずっと変わりませんでした。いい感じにがさつで職人気質で。

—監督とは、撮影に入る前に脚本についての話はされたのでしょうか。この映画に限らず、監督とそういう話し合いはされますか?

ガスとは、撮影のなかでのちょっとした価値観の共有みたいなことは話しました。でも基本的にはそれぞれ自分が思っていることを表現し、それを掬おうとするだけでしたね。映画をつくるうえでは、“理”が勝っちゃうとつまらない気がするんです。「これはこうでこういうことなんだよね」と理屈で臨んじゃうと、それを一生懸命説明するだけの映画になってしまう。僕はこの作品に直感的に興味を持った。監督もこの脚本のある種の世界観みたいなものに興味をもった。だったら事前に考えをつきあわせるより、「いっせーのせっ!」でカードを出し合うみたいに、現場でそのまま向き合ったほうがおもしろいと思うんですよ。

—現場でフラットな状態で向き合うということですね。そうした心構えは、監督だけでなく、共演する俳優さんたちに対しても同じなのでしょうか。

そうですね。共演する方々の過去の出演作品は一応見ますが、それはあくまでこういう経歴を持っている人だと知るため。その作品によって人物をフレーミングしたくないんです。自分がそうであるように、この人はこういう俳優だとひとつの型にはめてそれをなぞることほどつまらないものはないですから。それよりも、この人はいまどんなことを考えているのか、どういういでたちなのか、どういう呼吸をするのか、そういう現場で向かい合ったときに感じることから相手を知っていく。そのほうがずっと意味がある気がします。

—『追憶の森』では完全にマシュー・マコノヒーとのふたり芝居だったわけですが、彼に対しても同じように向き合われたのでしょうか。

今回は撮影前には一切彼と会わないようにしました。現場で初めて出会った状態でやりたいと思ったので。フィッティングやカメラテストも、スケジュールを全部ずらして。

—実際に会ってみてその印象はいかがでしたか。マシュー・マコノヒーという俳優も、渡辺さんと同じようにいつもそのイメージを裏切る作品選びをしている印象があります。特に近年は『マジック・マイク』や『ダラス・バイヤーズクラブ』の演技が絶賛されていますね。

© 2015 Grand Experiment, LLC.

© 2015 Grand Experiment, LLC.

マシューとはかなり似たタイプの俳優だなと思いましたね。年は10歳くらい若いですけど。いまこの作品がおもしろいと思ったらその作品に対して骨身を惜しまず努力するし、決してすべてを理屈で解釈しようとはしないところとか。もちろん準備は怠らないし、自分なりにいろいろなものをポケットにしのばせているんだけど、いざカメラの前になると非常にフラットに立つ。そこでお互いが何を感じるかを、映像に克明に記していこうとするタイプ。そういう点で、彼にはとても近しいものを感じました。生物の分類法でいくと「〜種(しゅ)」から「〜目(もく)」まで一緒なんじゃないかな(笑)。

—理屈でせめるのではなく直感を信じる、ということですが、『追憶の森』の物語はまさに理屈では理解できないような内容です。この映画の話を聞いたときどのように感じましたか。

まず驚きました。非常に東洋的というか、日本的な死生観や仏教的な世界観のこめられた話でしょう。台詞のなかにもそういうものがあるし。そういう物語に、ハリウッドの人たち、いわゆる西洋文化の価値観をもった人たちが興味を持つようになったんだということに対して驚いた。それが第一印象でした。

—逆に日本人として「これはちょっと違うんじゃないか」と戸惑われた部分はありましたか。たとえば、この映画での日本人の描かれ方やその死生観についてですとか。

この映画に含まれている宗教観や死生観は、たしかに日本人である私たちが伝統的に培ってきたものだと思います。でもいまもその思想が確固として残っているかといえば、そんなことはない。時代とともに変化してきたし、文明のなかで形骸化しているところがたくさんある。でもだからこそ一旦立ち止まって振り返ってみるべきものかもしれない。僕は宗教家でも哲学者でもないので、「実はこれはこういう意味をもっている」とか「こう考えないといけない」なんてことを映画で提示する気はまったくない。ただ、少なくともここで描かれている世界観がいったいどういうものなのか、僕はもう一度考えてみた。そのうえでひとつのセリフや視線のなかにその世界観をどう折り込めるか、そういうことに真剣に向かいあったつもりです。結局俳優としての僕に重要なのはそこですから。

—俳優としての心構えをたくさん聞かせていただきましたが、今後の活動において、俳優業以外もやってみたいというお考えはありますか。たとえば監督業やプロデュース業への進出など。

『明日の記憶』ではエグゼクティブ・プロデューサーもつとめましたが、俳優業以外の仕事は、本来僕にはちょっと荷が重いんですよ。やってやれないことはないし、日本映画においてそういうポジショニングを要求されることはこれからもあると思う。でも極力単体の俳優として参加したいと思っています。立場的に物申したりすることもあるし、意見を求められれば自分なりの考えは言うけれど、役職としてやるのはもういいかな、と。あくまで俳優として、これまでどおり適当にやっていきたいですね。

—活躍の場としても、映画、舞台、テレビと、あらゆるジャンルでもやっていくという感じでしょうか。場所も日本やアメリカに限らなそうですね。

自分でももうわからないよね、今後どこで何をするのか。「わからない!」と胸張って言いたいです(笑)。

<プロフィール>
渡辺謙 (わたなべけん) /1959年生まれ。1983年のデビュー以来、数々のテレビドラマ、映画、舞台に出演。アメリカ映画デビューを果たしたエドワード・ズウィック監督『ラスト サムライ』(03)でアカデミー賞®助演男優賞にノミネートされた後、クリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』(06)、クリストファー・ノーラン監督『インセプション』(10)などに出演、日本国内外を問わず活躍中。2015年にはNYリンカーンセンター・シアターでのミュージカル『王様と私』に主演し、トニー賞ミュージカル部門主演男優賞にノミネートされる。2016年9月17日(日)には、李相日監督『怒り』が公開予定。

映画タイトル 『追憶の森』
監督 ガス・ヴァン・サント
出演 マシュー・マコノヒー、渡辺謙、ナオミ・ワッツ
提供 パルコ、ハピネット
配給 東宝東和
HP tsuiokunomori.jp
全国公開中
©2015 Grand Experiment,LLC.

 

Interview&Text: Rie Tsukinaga
Photography: Yusuke Miyashita
Stylist: Junko Baba
Hair-make: Tomomi Tsutsui