Interview with Shawn Stussy

PORTRAITS | Aug 16, 2012 10:00 AM
ただTシャツや帽子に書かれているデザインだけではない。売れっ子ストリート系ファッションにも深い歴史があった。Stussy(ステューシー) が世界に広まる前、”International Tribe”唯一のメンバーは、その象徴的なブランド名の由来となったショーン・ステューシー本人だけだった。彼が自分と同名のサーフボードビジネスを始め、名字を殴り書きしたロゴを作った1980年代、まさかサーフボードのおまけとして作成したロゴTシャツが世界的な現象を引き起こし、事実上現代のストリート系ファッションの原点となるとは夢にも思っていなかった。そんなレジェンドに話を聞いた。

提供: Hypebeast  翻訳: Oilman

©Hypebeast

ただTシャツや帽子に書かれているデザインだけではない。売れっ子ストリート系ファッションにも深い歴史があった。Stussy(ステューシー) が世界に広まる前、”International Tribe”唯一のメンバーは、その象徴的なブランド名の由来となったショーン・ステューシー本人だけだった。彼が自分と同名のサーフボードビジネスを始め、名字を殴り書きしたロゴを作った1980年代、まさかサーフボードのおまけとして作成したロゴTシャツが世界的な現象を引き起こし、事実上現代のストリート系ファッションの原点となるとは夢にも思っていなかった。そんなレジェンドに話を聞いた。

– 初めてサーフボードに触れたのはいつでしたか?

初めて触れたのはそうとう若いときだけど、使い始めたのは13歳のときだね。

– Stussyのブランドはすごい勢いで広まりましたが、あくまでも当時のサーフボード制作のサイドビジネスであったと言っていました。服飾ビジネスが自分の夢を邪魔したという想いはありますか?

Stussyのブランドがすごい勢いで広まったというのは賛同できないね。実はその間逆なんだ。服飾をサイドビジネスとしながら何年もサーフボードを制作していたよ。サーフボードを制作することで生活をまかなって、空いた時間に服を作っていたんだ。それが、服の方に興味が集まるようになり、服飾ビジネスとしてのポテンシャルに気付いてサーフボードの方がおろそかになっていったんだ。服飾が自分の夢を邪魔したなんて思っていないよ。自分の人生そのときどきに合わせてサーフボードを制作してきたように、そのときの流れに合わせて自分の活力が服飾に移っただけだよ。

– それでは、S/DOUBLEのプロジェクトは、歩んできた冒険の原点に戻る象徴としてとらえていいですか?

そうですね。昔の私と変わらぬ気持ちで新しい冒険に繰り出します。ブログにも書きましたが、東京支店のオープニング用に制作したサーフボードはすべてサンタ・バーバラのスタジオで手作りしたものですよ。

– サーフボードを制作する時のインスピレーションはなんですか?

サーフボードの船体デザインに伴う絶対的な基準を長年理解し、勉強していることだね。船や飛行機のようにサーフボードのデザインにもさまざまな要素が絡んでくるんだ。

– 今では誰もが知っている”STUSSY”の文字を、初めてサーフボードに殴り書きしたときのことを覚えていますか?

はい。ちょうど1980年の2月でした。70年代をかけて作ってきたサーフボードのデザインを捨て、凄くパンクな気持ちで名字を殴り書きしてそのまま突進したんだ。振り返ることなく前に進んだね。

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