A Special Talk Session For 'Inside Architecture —A Challenge to Japanese Society'

『だれも知らない建築のはなし』公開記念トークショー : 藤村龍至 (建築家) x 石山友美 (監督) × 磯崎新 (スペシャルゲスト)【前編】

A Special Talk Session For 'Inside Architecture —A Challenge to Japanese Society'
A Special Talk Session For 'Inside Architecture —A Challenge to Japanese Society'
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『だれも知らない建築のはなし』公開記念トークショー : 藤村龍至 (建築家) x 石山友美 (監督) × 磯崎新 (スペシャルゲスト)【前編】

A Special Talk Session For 'Inside Architecture —A Challenge to Japanese Society'

世界のスター建築家たちにインタビューを敢行し、ドキュメンタリーに仕立てた映画『だれも知らない建築のはなし』が、5月23日から渋谷・イメージフォーラムほか全国で順次公開を迎え、建築界内外で反響を呼んでいる。

世界のスター建築家たちにインタビューを敢行し、ドキュメンタリーに仕立てた映画『だれも知らない建築のはなし』が、5月23日から渋谷・イメージフォーラムほか全国で順次公開を迎え、建築界内外で反響を呼んでいる。

同作品は、2014年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で日本館のディレクターを務めた建築史家・中谷礼仁氏が展示の一環として発案し、映画監督の石山友美氏が依頼を受けて制作。このオリジナル『Inside Architecture —A Challenge to Japanese Society』に、追加取材、編集を加えて完成した劇場公開版『だれも知らない建築のはなし』では、1970年代から現代にいたる建築の変遷とともに、建築家たちの思惑と苦悩が浮かび上がる。これを観て、建築関係の人はさまざまな問題提起を受け取るであろうし、そうでない人も建築家が繰り出すバトルさながらのトークに惹き込まれ、映画的なスリルを味わううちに、自分にとっても決して無縁の話ではないことに気づくだろう。

ここでは公開を記念して催された多数のトークショーのうち、石山友美監督 × 建築家の藤村龍至氏、さらに映画の出演者でもある磯崎新氏をスペシャルゲストに迎え、代官山蔦屋書店で行われたセッションを収録。2時間にわたり繰り広げられた濃密なトークを、2回にわけてほぼノーカットでお送りする。

5月18日 (月) 代官山蔦屋書店にて。左から: 石山友美氏、磯崎新氏、藤村龍至氏 | © Hidemasa Miyake

石山友美 (以下、石山):映画のチラシを見た人から、「アウトレイジにしか見えない」とか「うさん臭い」とか (笑)、いろんな意見をいただきました。人の個性は顔に出るものだなぁと改めて思います。このチラシに出ている6人は、Charles Jencks (チャールズ・ジェンクス) 以外が1982年にアメリカのシャーロッツビルで開催された伝説的な国際会議「P3会議」の参加メンバーです。安藤忠雄さんも伊東豊雄さんもまだ若く、小さな住宅ばかりやっていた無名の頃です。その2人を磯崎新さんがどういうわけか選んで、国際デビューをさせた。「P3」ではかなり辛辣な海外勢にしてやられてしまったようですが、この経験があったからこそ、おふたりの今がある。『だれも知らない建築のはなし』は、この「P3会議」を起点に、ちょっとドラマティックな要素も入れながら、1970年代から現代までをストーリーラインにしてまとめた映画です。
今日、藤村さんと話したいと思ったのは、試写会でいただいた感想が、私の狙っていた意図と近いところがあったから。この映画が、安藤さんと伊東さんの気持ちに寄り添うものであるという。

藤村龍至 (以下、藤村):今日はお呼びいただきありがとうございます。試写を拝見し、素直に感想を書きました。ひとつは、いわゆる “花の41年組”の総括の仕方について。建築界に限らず、1941年生まれというのは有名な方が多い世代として知られていますが、この映画はその人たちをバッサリ切っちゃう。すごく残酷に見えたんです。誰が主人公なのか、映画では特に強調されていませんが、やはり安藤さんと伊東さんのふたりなのかなと思いました。もうひとつは、石山さんがポストモダニズムを、つまりCharles Jencks (チャールズ・ジェンクス) が『ポスト・モダンの建築言語』(1978)で紹介した日本人の建築家たちを、かなりフレームアップして紹介している。今、日本の建築の歴史の中ではある意味でなかったことになっているポストモダン建築のことを、本当はこういう流れが日本にあったでしょと、作ってみせているのが批判的だなと。

石山:当時、ジェンクスの本は凄まじい反響を呼びましたが、そこで取り上げられているのに、いなくなっている人はどうなっているの?という素朴な疑問がありました。この疑問は、ディレクターの中谷礼仁さんも企画段階から考えていました。建築の評価基準はいろいろありますが、当時は磯崎さんやいろんなジャーナルが存在する中で、すくい取られていった人とそこには入らなかった人がいる。なぜか? その要因のひとつが、人間関係だと思うんです。磯崎さんが、安藤さんと伊藤さんを選んだという、ある意味で個人的な関係に収束していく、そういう時代だったというのがすごく面白い。

安藤忠雄:1941年大阪生まれ。独学で建築を学び、69年自身の建築研究所を設立。2011年東日本大震災復興構想会議で議長代理を務め、遺児育英資金を設立。10年にわたり支援を続けている | © Tomomi Ishiyama

藤村:(建築デザイン専門誌の)『GA JAPAN』最新号の巻頭特集で、日埜直彦さん、磯崎新さん、石山友美さんのインタビューが立て続けに並んでいますよね。そこで磯崎さんは、石山さんの映画を評価したポイントとして、中と外をちゃんと見ている、ということをおっしゃっている。中だけ見ると、磯崎さんが安藤さんと伊藤さんを「P3」に連れて行った。その後、ジェンクスが日本人建築家をある意味で利用して、自分のマニフェストに使った。それぞれに思惑があり、それによって浮かぶ人もいれば沈む人もいる。建築にはジャーナリズムがあるし批評もあるし、そういうのと付き合いながら自己実現できる人もいるし、いなくなる人もいる。建築ってそういう世界なんだなと改めて気づかされるわけです。

ただしそれは1995年までの話で。今でも覚えているのは、『GA JAPAN』の「現代建築を考える〇と×」で読んだ、マルチメディア工房 (1996年竣工) の階段に関する妹島和世さんの説明です。階段がなぜ、ひとつはまっすぐで、ひとつはカーブしているのか?これについて妹尾さんは「必要な天井高を取るため」と説明したんですね。もしこれが80年代だったら、「意味を失った虚構としての柱を打ち立てることで、都市の虚構性を暴き出す」(会場笑) といったような説明になるところです。95年以降、すごく即物的になった。この変化が、石山さんの映画で強調されているように思います。つまり伺いたいのは、原題が『Inside Architecture』となっているその意味は?

石山:(映画で紹介している) 51の建築物は、ある程度の中距離をとり、カタログ写真的なアプローチで撮り、編集しました。つまり、建築自体を撮っている感覚ではない。チラシを見ても分かると思いますが、これは建築ではなく建築家という人に焦点を当てる映画なので、その思想からのタイトリングということで。シンプルです。

新宿区歌舞伎町にある二番館。ポストモダン建築の代表的な建築家、竹山実による設計 (1970) | © Tomomi Ishiyama

藤村:劇場版には『だれも知らない建築のはなし』という日本語が与えられていますが、これは二重の意味だなと思いました。ひとつは「今の世代の人たちが知らないであろう『P3会議』やチャールズ・ジェンクスの話」であるということ。もうひとつは「安藤さんや伊東さんは世界的な建築家でありながら、実際の日本社会ではだれも知らない」。その両方をかけていると思うと、なかなかアイロニカルですね。一番印象的だったのは、41年世代の人たちが「だれも知らない」ことにものすごく葛藤しているということです。映画の最後のほうで伊東さんが「むなしい!」っていうシーンがありますよね。これが映画全体の中でも強調されていて、観ている側まで切なくなる。

 

藤村龍至氏 (東洋大学理工学部建築学科専任講師、藤村龍至建築設計事務所代表) | © Hidemasa Miyake

石山:出演者の方々は、みなさん真面目に、饒舌に応えてくださいました。中でも伊東さんは、特にそういう感じがします。ただ、編集の段階で改めて見直すと、いやこれは果たして本当のことをいっているだろうか? という疑念がわいてきたりも…… これは今回取材した全員の方に対していえることなのですが。

藤村:なるほど。そこにはもうひとつ、“だれも知らない建築のはなし” があるかもしれないわけですね (笑)。そういえばちょうど昨日、大阪都構想の住民投票がありましたが、この結果を受けて今、いわゆる有名であることについて考えなければいけないなと思ったんです。何を考えなければいけないかというと、黒川紀章についてです。磯崎さんがおっしゃるところの、いわゆるメディア・アーキテクトという建築家がいます。つい先月、『メディア・モンスター:誰が「黒川紀章」を殺したのか?』という本が出版されましたが、これを読んで改めて思うのは、黒川さんって本当に面白かったのに、建築の歴史上でどうして話題にならないのだろう? 一方でなんとなく分かるのは、彼は有名になりすぎたということです。田中角栄がテレビと共に有名になり、『日本列島改造論』 (1972) が100万部近く売れて世の中を動かしていったように、黒川さんもそんな時代の流れの中で、テレビにバンバン出て、槇文彦さんや大高正人さん、磯崎新さんとケンカしながらも、前へ前へと出て行きました。

これを受けて今、我々若い建築家はどうすればいいのか? 選択肢としては2つしかありません。ひとつは有名になること。テレビに出まくって、誰でも知っている建築家を目指す。あるいは、それだとむなしいし時代でもないから、そうではない建築家のあり方を目指す。

スーパードライホール / 設計者: Philippe Starck (フィリップ・スタルク) (1989) | © Tomomi Ishiyama

石山:藤村さんは、有名になることへの覚悟をお持ちなんですか?

藤村:いや、それを今日相談しようと思って。(会場笑)有名になったほうが自己実現できるのか、今さら有名になってもダメなのか。もともとテレビタレントとして有名な橋本徹・大阪市長が、これまでずっと誰も実現できなかった府市統合に着手しました。ほとんど実現しそうなところまでいきましたが、結局ダメでした。このアイロニーをどう考えるのか。95年の段階では、テレビタレント・アーキテクトって、けっこうパワフルだったんですよね。鈴木俊一・東京都知事が推進した世界都市博を伊東さん方が会場構成し、ほとんどオープン直前だったものを、青島幸男が当選して一気に破壊する、といったように。今は、ネットによる評判社会というのができていて、黒川さんもそれを自覚していたはず。2007年の選挙に出た時はメディア的な振る舞い、たとえばヘリコプターやクルーザーに乗ったりのパフォーマンスをしましたが、結局15万票しか取れませんでした。

大阪都構想が廃案となり、いわゆるメディア・アーキテクトの時代は終わったんだなと思います。41年組はがんばったけれども「だれも知らない」という皮肉があり、かといって黒川さんのように有名になったとしてもダメ。新しいフェーズに移ってしまった。では、何をするのがいいのか。それが新しい問題です。

 

© Hidemasa Miyake

藤村:(磯崎新氏、登場) では、ここからは私が司会をします。改めまして、磯崎新さんです。まず最初に、磯崎さんが映画をご覧になった感想を。

石山監督の長編デビュー作『少女と夏の終わり』(2013年公開)

磯崎新 (以下、磯崎):まず、石山さんは前作で『少女と夏の終わり』(2012) という映画を作っていますね。僕はこれを拝見して、とても面白いと思いました。どこが面白かったのかというと、山の中で突然、事件が起きる。この組み立て方が、僕にはとても面白かった。日常が、事件を経て映画になる。今度の映画も、実はとても構造が似ています。どこが似ているかというと、「トウ」が出てくるところ。この件については後で話しますが、いわゆる解説的なドキュメンタリーではなく、石山さんは「トウ」をひとつの手がかりにして、映画に組み立てている。これが全国公開されるというのは面白いですね。

もうひとつは、タイトル。『Inside Architecture』というのは、もしかして『Inside the Actors Studio (邦題: アクターズ・スタジオ・インタビュー)』が元ネタになっているのかなと。僕も時々スターチャンネルで観ているアメリカのトーク番組なのだけど、どう?

石山:いや…… ちょっと当たっている気がします (笑)

磯崎:『アクターズ〜』は、映画学校に有名な俳優や監督を連れてきて、生徒の前でインタビューする。ただそれだけの番組なのですが、実物の有名人が出ているから面白い。石山さんの映画には、世界的に名の知れた建築家、批評家がたくさん出てくる。建築界の “トム・クルーズ” を出すことによって組み立て、映画にしたというのは、いい手がかりだと思う。

昔、Otto Wagner (オットー・ワーグナー) という人が『近代建築』の初版 (1895) を書きました。この本は1913年くらいまで版を重ねていて、近代建築のはじまりの理論を説いた論文として位置づけられています。この論文の何がそれまでと違うのかというと、第一章が「建築家」で始まるんです。これまでの建築論で、建築家なんて出てくるものではなかった。これが偶然なのか、この映画でも実践されていますね。これは、建築家のゴシップです。登場する建築家たちは、だれも真面目にしゃべっているとは思えない。建築家はみんないい加減ですから、話し続けるうちに、つい失言をしていますね。その失言だけを取り出して作ったのが、この映画。(会場笑)それが僕の印象です。そういう点で、まさに『Inside〜』だと思います。これは非常に褒めています。ここで事件のカギとなる「トウ」の話に戻りますが、この映画に出ている日本人建築家は、安藤さんと伊東さん。僕はその前の世代ですから、主にこの2人ということになります。安「ドウ」と伊「トウ」、どちらも「トウ」ですね。でもこの映画には、もうひとり「トウ」がいるんです。

 

 

 

石山:藤 (とう) 賢一さんですね。ちなみに予告編では、一番最後に出てくる男性です。映画の中でも出演シーンは短いですが、かなりのインパクトがあったみたいで、一般の方の好感度が高い。ご存知ない方も多いと思うのですが、福岡地所という、福岡にあるディベロッパーの方です。

磯崎:この映画は建築家の話でしょう。中村敏男さんや二川由夫さんは厳密にいうと建築家ではないけれど、建築の雑誌や書籍に関わる人物ということで、やはり関係者。藤さんだけ、違うんだな。これに石山さんは一生懸命インタビューをしている。彼が失言する時、 “事件” が起きるんです。どういうことか?

まず確認しておきたいのですが、この映画は、近代建築100年史ではありません。60年代から70年代初頭にかけての建築を語る上では避けて通れないキャラクター、黒川紀章、丹下健三、菊竹清訓あたりが一切出てきませんからね。つまり70年代以降にしぼり、その中でまだ息をしているやつらを取り上げています。

藤は、大阪万博が終わった直後くらいに、大分の富士見カントリークラブハウス (1974年竣工) というゴルフ場の設計を僕に依頼してきました。さて、どうしようかと考えましたが、僕は1960年前後に丹下さんのところにいて、たまたまゴルフクラブの設計に付き合ったことがあるんですね。横浜にある、屋根が逆転しているゴルフクラブです。丹下さんはゴルフがライフワークなのですが、僕はゴルフはやらない。その彼に、この屋根はマズいよといわれました。こういう屋根だと光がボンボン入ってきて、プレイした後、休もうにも休めない、これじゃあ外と一緒だと。その言葉を思い出して、大分の仕事では、屋根をそのまま逆さにしました。(会場笑) で、これだけでは面白くないから、ひねってクエスチョンマークにしました。空から見たら「?」の形に見えます。つまり、このゴルフ場は建築として成立するかわからない、そういう種類のデザインだったんです。どういうことかというと、とにかく藤はこれを売り払いたいわけ。彼は、建築をどうやったら高く売れるか、初めて必死に勉強した人なんです。

Rem Koolhaas (レム・コールハース): 1944年アムステルダム生まれ。1978年に発表した著書『錯乱のニューヨーク』で一躍有名に。2014年にはヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の総合コミッショナーを務めた | © Tomomi Ishiyama

その後、彼は福岡地所に戻ってきて「NEXUS」(旧福岡相互銀行の四島司が中心となり、福岡地所として乗り出した都市開発プロジェクト)を始めました。藤のプロジェクトは、NEXUSからキャナルシティにいたるまで、つながっていいます。そこで僕はコーディネート役となり、たまたま知り合いだった Rem Koolhaas (レム・コールハース)、Steven Hall (スティーヴン・ホール)、Christian de Portzamparc (クリスチャン・ド・ポルザンパルク)、Oscar Tusquets (オスカー・トゥスケ)、そして石山修武さん (石山監督の父) に声をかけ、集合住宅をそれぞれ手掛けてもらいました。つまりNEXUSというのは、建て売りアパートであり、商品です。藤は、建築をブランドとして売れば高く売れることに気づいたわけです。スティーヴン・ホールにいわせると、こんな珍しいディベロッパーはいないらしいですね。だから、藤が建築家をリスペクトしているかどうかはわからないけれど、建築家たちは藤をリスペクトしている。レム・コールハースがその著作『S,M,L,XL』で、藤にデディケーションすると書いたくらいです。

後編に続く)

<映画情報>
『だれも知らない建築のはなし』
出演: 安藤忠雄、磯崎新、伊東豊雄、Rem Koolhaas (レム・コールハース)、Peter Eisenman (ピーター・アイゼンマン)、Charles Jencks (チャールズ・ジェンクス)、中村敏男、二川由夫
監督: 石山友美
撮影: 佛願広樹
(2015年 | 日本 | 73分 | カラー | ドキュメンタリー)
製作: 第14回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館製作委員会、P(h)ony Pictures
配給: P(h)only Pictures
配給協力・宣伝: プレイアイム
5月23日 (土)、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
HP: ia-document.com