Hikari Mitsushima
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女優・満島ひかりインタビュー

Hikari Mitsushima

Portraits/

みずみずしくて、野性味があって、壊れてしまいそうなほどの繊細さも見せる。俳優、満島ひかりが持つ魅力をいかんなく発揮するのが4年ぶりの単独主演映画『海辺の生と死』だ。小説家の島尾敏雄、ミホ夫妻の出会いを描いた作品をベースに越川道夫が脚本、監督をつとめた本作。満島は太平洋戦争の最中、死と向き合いながら狂おしいほどの愛へと走る島尾ミホをモデルにした主人公、大平トエを演じる。20代最後の作品として挑んだ本作への意気込みや役者の、自身のルーツでもある奄美大島への思いを聞いた。

女優・満島ひかりインタビュー

Photo by Tim Gallo

Photo by Tim Gallo

みずみずしくて、野性味があって、壊れてしまいそうなほどの繊細さも見せる。俳優、満島ひかりが持つ魅力をいかんなく発揮するのが4年ぶりの単独主演映画『海辺の生と死』だ。小説家の島尾敏雄、ミホ夫妻の出会いを描いた作品をベースに越川道夫が脚本、監督をつとめた本作。満島は太平洋戦争の最中、死と向き合いながら狂おしいほどの愛へと走る島尾ミホをモデルにした主人公、大平トエを演じる。20代最後の作品として挑んだ本作への意気込みや、自身のルーツでもある奄美大島への思いを聞いた。

 —今作が動き出したのは2013年、満島さんと越川監督が初めてタッグを組まれた『夏の終り』(2013) の公開直後だったと聞いています。越川監督から満島さんに「もし、『海辺の生と死』を映画化するなら島尾ミホさんを演じるのは満島さんだよ」とお話しがあったと。

実は、あまりよく覚えていないんです (笑)。越川さんは青年の頃から島尾夫妻の著書、特に『海辺の生と死』を大切に読んでいて、もしも映画になるなら自分もかかわりたいと思っていたそうで。それから2年後のある日、ばったり遭遇した越川さんに「あぁ満島29歳か、奄美、島尾ミホ、海辺の……いまだなぁ」と言い去られたんです。それを事務所の社長 (畠中プロデューサー) に話したら、これは私の20代最後の作品としていいと感じたようで、映画化に向けてすぐに動き出しました。まず、島尾伸三さん (島尾敏雄、ミホの息子) のところへ行って挨拶とお話をすることから、だんだんと進めていきました。

—若い世代は知らない人も多いかもしれませんが、島尾敏雄さん、ミホさんは互いに小説を出し合い、「書く」「書かれる」という立場で2人の人生を世間にさらけだしている。特にミホさんは敏雄さんの小説『死の棘』で「嫉妬に狂う妻」としてあまりにも有名です。演じる前の満島さんにとってミホさんはどういう人物に写りましたか?

 私は、ミホさんのことにきちんと触れる前に島尾家の次の世代の方々、伸三さんやその娘のまほさん (漫画家のしまおまほ) に会うところから始まりました。島尾家のみなさんは柔らかくて、色っぽくて、美しい。なので、ミホさんの第一印象は “そういう子どもたちを残した女性” でした。文学の中で語られている姿より、文学の中で描かれなかったことを探していたので、家族の生活に触れることからスタートできてとても恵まれていたと思います。

—今回、越川さんが満島さんを抜擢されたのは、満島さんのおばあさんが奄美大島の方ということも深く関係しているということですが、満島さんはご自身のルーツである島で作品を撮る心境はいかがでしたか?

 どの作品に対しても、それぞれに想いや覚悟を持って入りますが、奄美大島に対してはどうしても個人的な思い入れがありました。私にとっては人間も土地も愛おしい場所なので、いつも以上に、映画の為の嘘とかが気になってしまうだろうなと。島で嘘はつきたくないと思っていました。

—嘘はつきたくないというと?

奄美大島に限らず、その土地で育まれてきた空気や文化の中に、私たちは映画作りのためにお邪魔しないといけません。よそ者だとしても、そこで暮らす人々のリズムを見つけて、一緒になって感動もしたいし、土地の自然のあり方に耳を澄ませて、奪うようなことはしたくないと思うんです。言葉で言うのは簡単でも、実際にその気持ちを全員が維持するのって簡単じゃなくて。私にとってはルーツのある場所なので、よりリアルに、ドラマティックで幻のような島を映して欲しいと願っていました。

—そう強く思われることに何か理由があるのでしょうか。

ひとまずは、沖縄と奄美大島の違い。それから奄美大島と加計呂麻島の違いを知らない人も多くいるので、伝えられるのか不安があって。越川監督に「島の海は群青色。島の空はくもりがち」とか、よく口にしていました。島々は、それぞれに違う国みたいだと思うんです。

『海辺の生と死』

—都会の人間が撮るのは不安だ、と。

正直に言うと、撮影の準備期間があまりなくて、ただでさえ深すぎてたどり着けるかわからない作品なのに、どうするんだろうって。島尾伸三さんとも「島が映るかどうかだね」とお話をしていたし、島の方は思慮深い方も多いので、それを払拭することも私の役目かなと思いました。

—不安を抱いていた地元の方たちとは、どんなことで距離が縮まりましたか?

祖母から習っていた島の踊りが得意なので、集落のおばあちゃんたちと一緒に踊ったりしました。みんな、「わぁっ!素敵ねぇ。いい踊りするねぇ」と喜んでくれたんです。そういう日常の交流から距離が近づいた感じがします。

—作品の中で満島さんは島の方言を忠実に再現し、島唄も披露されていました。独特の抑揚があり、とても難しかったと思うのですがどうやって習得されたのですか。

島唄はこれまできちんと習ったことはなかったのですが、聞き馴染みがあったのと、島唄の伝承者・朝崎郁恵さんとの気持ちが通ったことで覚えるのは早かったと思います。方言は少し苦労しました。奄美大島と一口にいっても、ミホさんがいたのは加計呂麻島。その中でも集落によってまったく違うし、沖縄出身の父に育てられ、東京の高校に通っていたミホさんは独特のイントネーションなんです。無理を承知で伸三さんに私のセリフを読んでいただいて、その音を聞きながら覚えました。ミホさんの朗唱のような喋りと、伸三さんの想いが重なって、ものすごいエネルギーの録音でした。「一気に聞くともっていかれるから、時間はないけど少しずつ少しずつな」と越川監督から連絡もありました。その録音がいまだに iTunes に入ったままで、シャッフル再生していると突然流れるのでびっくしります (笑)。

—それは驚きそうですね (笑)。他に意識されたことはありますか?

トエ (島尾ミホさんをモデルにした主人公) をスクリーンにして島が映ったらいいな、と。家族や島に愛されて優しく生きていたミホさんの日常的な姿と、私の祖母や、そのずっと前から続いてきた奄美大島の、秘密めいた美しさや恐ろしさを映したいと願っていて。「ミホさんと島を合体させたのがトエという女性だ」と考えて演じていました。生活は毎日のことですから、彼らが過ごしたであろう無駄な時間のことも考えていました。

—無駄な時間とは?

誰も見ていない時はお尻を掻いていたりしたのかな、とか (笑)。実在の人物を演じるときは特に、「この人たちもトイレに行くんだ」とか「ご飯を作って食べているんだ」とか、隙のある時間のことを考えるんです。ぐっと日常的で人間らしく感じられて、愛おしくなります。彼らの人生はずっと映画の中のような世界じゃない。ご本人は嫌がるかもしれないけれど、彼女の人間らしさをできるだけ忘れないようにしました。

Photographer Tim Gallo、Stylist Yasuno Tomoko at Corazon/(着用衣装) ワンピース ¥ 37,500 | nooy (ヌーイ) 03-6231-0933、ピアス ¥ 70,000 | C A S U C A (カスカ) 03-5778-9168

Photographer Tim Gallo、Stylist Yasuno Tomoko at Corazon/(着用衣装) ワンピース ¥ 37,500 | nooy (ヌーイ) 03-6231-0933、ピアス ¥ 70,000 | C A S U C A (カスカ) 03-5778-9168

—役作り同様、衣装についても満島さんが慎重に選ばれたと聞きました。どのような点を意識されましたか?

明るくて、気持ちよさそうな女性性にこだわりました。ミホさんはクリスチャンだったので、教会のステンドグラスにあるような、ピンクや水色、エメラルドグリーンといった柔らかい色で、且つ、ちょっと物悲しくなるようなグレイッシュな色味がいいと、衣装の伊藤佐知子さんと話し合って。モンペもトエのものだけ、パープルやピンク、ブルーが少し入っているんです。あと、体が発光しているように見せたいということも話して、透け感のある衣裳を用意してもらいました。ブラウスやスカートもそうですし、着物も裏地がないものを身につけて、頭にはリボン、サンゴと貝のネックレスもしています。

—メイクについてはいかがでしょうか?

柔らかな表情に見えるように、眉の真ん中をちょこっと落としています。これもヘアメイクの橋本伸二さんとお話しして決めました。映画の終盤に向かって、どうしても愛に向かう姿が激しく強くなっていく中で、トエさんには、思わず触りたくなるような柔らかな女性性を残したかったんです。

—満島さんは毎回、衣装さんやヘア&メイクさんとよく話し合いをされるのでしょうか?

毎回、取り組み方は様々ですが、話し合います。年齢も性別もバラバラで、たくさんの作品に触れている方々と話していると、すてきな解釈が多くって、ひらめきに奥行きが出るんです。特に衣裳さんとヘアメイクさんの観点はおもしろい。

—いろいろな方の意見を取り入れるんですね。

衣裳さんとメイクさんと三位一体でひとりの役になる感じです。前に映画で、地方都市にいるちょっとダサい女の子の役を演じたのですが、用意していただいた衣装のどれを着ても絶妙なダサさが出なくて (笑)。一着を決めるのに半日くらいかかったこともありました。ささっと終わってしまう衣装合わせもありますが、時間をかけてやってもらうと嬉しいです。自分だけの解釈じゃなくて、監督さんやスタッフの空気とかもわかるし。けれど、あまり意見を出すのってちょっとやりすぎかなと思うこともあるんです。そのことを大先輩の樹木希林さんにお話ししたら、「役は8割見た目で決まるから全然やりすぎじゃないわよ。衣裳さんとメイクさんをこれからも大事にしなさい」って言っていただいて。残りは2割かぁとも思いましたが (笑)。少し自信がつきました。

—それは心強いですね。あと伺いたいのが満島さんの作品選びについてです。今回は20代最後作として自身のルーツである島が舞台の映画を選ばれました。ふだん作品を選ぶときに意識されていることはありますか。

その時々によって違いますが、脚本やプロットを読んで、その作品の中に光が見えたり、音が聞こえるとヒョイと飛びついちゃいます (笑)。抽象的な表現ですが、ぼやーんとしているものにはつい惹かれがちです。逆に、輪郭がはっきりしすぎるもの、説明的すぎるものにはあまり心が動かされないですね。周りからは損をしていると言われることも多いです (苦笑)。が、私はこれからも身の丈に合うもの、ファンタジーを感じる作品に惹かれていたいです。

Photo by Tim Gallo

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<プロフィール>
満島ひかり
1985年に鹿児島県で生まれ、沖縄県で育つ。1997年に音楽ユニット Folder (フォルダー) の一員としてデビュー。その後、数々の映画・テレビ・舞台などで活躍を続け、これまでに国内外で多くの賞を受賞している。最近では、mondo grosso (モンド グロッソ) の新曲「ラビリンス」にゲストヴォーカルで参加し、自身の出演するミュージックビデオも話題になっている。映画『メアリと魔女の花』(声の出演) が公開中。舞台『百鬼オペラ「羅生門」』が9月8日よりBunkamuraシアターコクーンにて上演。

作品情報
タイトル 海辺の生と死
原作者 島尾敏雄
監督 越川道夫
脚本 越川道夫
製作 株式会社ユマニテ
出演 満島ひかり、永山絢斗、井ノ脇 海、川瀬陽太、津嘉山正種
配給 フルモテルモ スターサンズ
製作年 2017年
製作国 日本
上映時間 155分
HP www.umibenoseitoshi.net
 ©︎ 2017島尾ミホ/島尾敏雄/株式会社ユマニテ
 7月29日よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー