映画監督・François Ozon (フランソワ・オゾン) インタビュー
François Ozon
Photographer: UTSUMI
Writer: Sakuya Konohana
8月4日(土)に公開される『2重螺旋の恋人』は、監督が『17歳』(2013) の主演に抜擢した美貌の女優マリーヌ・ヴァクトを主役に、François Ozon (フランソワ・オゾン) 監督作常連の Jérémie Renier (ジェレミー・レニエ) を相手役として迎えた、極上にセクシーな心理サスペンス。何度観ても新しい発見がある、謎の迷宮のような本作に対する疑問を、来日した François Ozon 監督にぶつけてみた。
映画監督・François Ozon (フランソワ・オゾン) インタビュー
Portraits
毎年1本から2本映画をコンスタントに撮り続ける鬼才 François Ozon (フランソワ・オゾン) 監督。Catherine Deneuve (カトリーヌ・ドヌーヴ) や Isabelle Huppert (イザベル・ユペール) らフランスを代表する女優8人を起用し、密室ミステリーをミュージカルに仕立て上げた『8人の女たち』(2002) から、モノクロとカラーを織り交ぜた斬新な映像で描いた重厚な人間ドラマ『婚約者の友人』(2016) まで、その作風はジャンルを超えながらも、オゾン監督の作品だとはっきり分かるのはなぜだろうか。それは、独特のスタイリッシュな映像はもちろん、ジェンダーに切り込みながら人間の根源的なセクシュアリティやファンタジーを浮き彫りにしているからではないか。そして、そんな哲学的な問題を一流の娯楽性をもって問いかけられる監督は、オゾンの他にはそうそういない——。
8月4日(土)に公開される『2重螺旋の恋人』は、監督が『17歳』(2013) の主演に抜擢した美貌の女優 Marine Vacth (マリーヌ・ヴァクト) を主役に、オゾン監督作常連の Jérémie Renier (ジェレミー・レニエ) を相手役として迎えた、極上にセクシーな心理サスペンスだ。何度観ても新しい発見がある、謎の迷宮のような本作に対する疑問を、来日した François Ozon 監督にぶつけてみた。
<あらすじ>
原因不明の腹痛に苦しむクロエは、精神分析医ポールを訪れる。穏やかなポールとのセッションで回復していくクロエは彼と恋に落ち、二人は同棲を始める。ある日、ポールとそっくりの男と出会ったクロエ。なんと、その男はポールの双子の兄で、同じく精神分析医のルイだという。ポールからルイの存在を聞かされたことのなかったクロエは、ポールに対して疑惑を募らせていく一方、ポールとは正反対の官能的で傲慢なルイに惹きつけられ、ルイとの逢瀬を重ねていく。なぜポールはルイのことを隠すのか?そして、ルイから明かされる衝撃の秘密とは……。
「問いかけ」の余韻を楽しんでほしい
—本作は、フランス映画らしいセクシーでダークなミステリーですが、アメリカ人作家である Joyce Carol Oates (ジョイス・キャロル・オーツ) の短編をどのようにフランス風に味付けしたのですか?
小説をそのまま映画化した映画は、絶対に小説を超えることができません。つまり、どこかを脚色しなければ小説以上のものにはならないと思っています。例えば、ヒッチコックはちょっとしたミステリー小説を、彼特有の素晴らしいサスペンスに変えましたよね。私も同じように、アメリカのミステリー小説をフランス風というよりは、自分の世界観にそって脚色し視覚化しました。
—本作は、様々なメタファーがさりげなく仕込まれていますよね。例えば、クロエは自分のお腹に原因不明の”何か”を抱え、自分の身体に違和感を感じて苦しむ……こういったクロエの姿は、社会が決めたジェンダーに違和感を感じている現代の女性のメタファーにも思えるのですが。
どうぞどうぞ、お好きなように解釈して下さい (笑)。私はどちらかというと、観客に”問いかける”タイプの監督なんです。だから、観客にはそれぞれ自由に解釈してもらって、映画を観終わった後の余韻をずっと感じてほしいんです。
実は、冒頭の精神分析のセッションでは、クロエが謎に対する答えを語っているんですね。最初の10分は言葉で語り、残りは視覚で語る。あえてそういう構成にしたのは、観客に問いかけたかったからなんです。答えをすべて用意するんだったら、映画監督ではなく政治家になればよいわけで……(笑)。日本の皆さんだったら、こういうミステリーを気に入ってくださるんじゃないかな。あ、でも、「4回観たら謎が解ける」という風に宣伝して下さい (笑)。なんとかヒットさせなきゃね (笑)。
—そうですね (笑)。ポールという恋人がいながらも、ルイとのセックスを通してクロエが変化していく様子が印象的でした。
この作品は、クロエが自分自身のミステリーを問いていく、自分自身を探求していく物語です。観客にはクロエの頭の中に飛び込んで行って、無意識の世界に浸ってほしい。クロエは狂気ぎりぎりのところにいて、自分自身を見失っています。精神分析を受けセクシュアリティを追及することで自分を取り戻そうとし、苦しみの果てに謎は解けたかのように見えます。でも、それは観客の受け取り方次第だと思っています。
「支配と従属の関係性」をディルドのセックスシーンで表現した
—クロエが自己探求をしていく過程に、クロエがポールとディルドを使ってセックスをするシーンがあります。あの衝撃的なシーンは最初はなかったという風に聞いていますが。
あのシーンは原作にもないですし、最初の脚本にもなかったんですが、双子についてリサーチを続けるうちにおもしろいことを発見したんです。双子の間に葛藤が起こるときは、片方が主となり、もう片方が従となる、という主従関係が生じる。そこで、“支配と従属” の関係性を男女のセックスにとり込みました。実は、最初の脚本が出来上がったときは、Jérémie Renier ではなく、某有名フランス人俳優がポールとルイの役を演じるはずだったんです。ところが、ディルドのシーンが加わると、「こんなシーンは僕にはできない。恋人や家族がなんて思うか……」と言って、彼は役を降りたんですよ。フランス人男性のマチズモ (マッチョイズム) を象徴するエピソードですね。やはり、ジェレミーはフランス人じゃなくてベルギー人だから引き受けたのかな (笑)。降板した俳優が大物だったのでプロデューサーはかなり悲しんでましたが、私としては信頼のおけるジェレミーに演じてもらってよかったと思っています。しかし、日本人の俳優はこういう役をオファーしたらのってくれるかな?これから仕事で池松壮亮さんと対談するので、聞いてみよう(笑)。
—ぜひ池松壮亮さん主演で映画を撮って下さい!(笑)本作では、クロエだけではなく、ポールにも “二面性” があるように思いました。最初は優しく穏やかだったポールが、どんどんミステリアスになり、ポールとルイの区別がつかなくなっていきます。
ポールとクロエの関係はとても危ういものです。精神分析医のポールにクロエは自分のことをなんでも伝える。一方、ポールは自分のことをクロエに話さないので、クロエはポールのことを何も知らない。だから、「ポールは本当は何者なんだ?」とクロエはどんどん被害妄想になっていくわけです。男女の関係におけるバランスが崩れると狂気が訪れる……。この点を意識してポールを描きました。とにかく本作の教訓は、自分の精神分析医と絶対に寝ちゃだめだよ!ってことかな (笑)。
「意識と無意識の対峙」を視覚的に描く
—なるほど(笑)。シンメトリーの構図、鏡、2重螺旋の階段などにも、ひとりの人間がもつ “二面性” を感じましたが、映像でこだわった点は?
本作の美術は登場人物の内面を表現しています。鏡や鏡の反射にもこだわりました。特に、1920年代~1930年代のシンメトリーが構造になった壮麗な建築物を、美術担当者と一緒に探しました。2重螺旋階段は、あの時代に活躍した Robert Mallet=Stevens (ロベール・マレ=ステヴァンス) による建築です。
—クロエが働いている美術館の展示物も個性的でした。
すべてこの映画のために創った作品で、クロエの無意識を反映したアートです。そして、クロエの内面を解き明かす鍵でもあります。実は、クロエが美術館で働いているという設定も原作にはないんです。そもそも、双子という存在は自然が創った傑作、アートだと私は思っているんですね。美術館で自分の内面を映し出すアートにクロエが対峙する……。意識と無意識の対峙を視覚化したかったんです。また、双子のポールとルイが対峙するシーンは、コンテンポラリーアートのインスタレーションのようなイメージで創り上げました。ところで、美術館に日本人がいたのに気づきましたか? フランスのコンテンポラリーアートの美術館には必ず日本人がいるんですよ。ちょっとしたクリシェを盛り込みました (笑)。日本人のほうがフランス人よりもアートに関心が深いような気がします。
—毎回違う作風の映画を撮られていますが、次回作は?
今ちょうど作品を撮り終わって編集作業をしているところです、次回作は、これまた全く違った作品で、フランスで実際に起きた事件を元にした、登場人物がほとんど男性という映画です。これ以上はまだお伝えできません (笑)。
—独特の視点をもつオゾン監督ですが、今、どういったことに興味をおもちですか?
個人的に関心があるのは移民問題です。豊かな国に人々が流入していく現象は世界的な問題になっていますよね。そして、移民問題に対して、トランプ大統領が発言していることは恐ろしいと感じています。ちなみに、日本にはフランス人の移民があんまりいませんよね?私が日本に移民しようかな?(笑)
—ぜひ!日本でたくさん映画を撮って下さい!(笑)
<プロフィール>
François Ozon (フランソワ・オゾン)
1967年11月15日、フランスのパリ生まれ。1993年に国立の映画学校を卒業。短編『サマードレス』(1996) や長編第一作『ホームドラマ』(1998) が国際映画祭で評判を呼び、『焼け石に水』(2000) でベルリン国際映画祭のテディ賞を受賞。以降、ベルリン、カンヌ、ヴェネチアの世界三大映画祭の常連となった。セザール賞の監督賞には『まぼろし』(2001) を手始めに『8人の女たち』(2002)、『危険なプロット』(2012)、『婚約者の友人』(2016)でノミネート。『しあわせの雨傘』(2010) で同賞の脚色賞にノミネートされた。
作品情報 | |
タイトル | 二重螺旋の恋人 |
原題 | L’amant double |
原作者 | Joyce Carol Oates (ジョイス・キャロル・オーツ) |
監督 | François Ozon (フランソワ・オゾン) |
出演 | Marine Vacth (マリーヌ・バクト)、Jérémie Renier (ジェレミー・レニエ)、Jacqueline Bisset (ジャクリーン・ビセット)、Fanny Sage (ファニー・セイジ) |
配給 | キノフィルムズ |
制作年 | 2017年 |
制作国 | フランス |
上映時間 | 107分 |
HP | www.nijurasen-koibito.com |
©2017 – MANDARIN PRODUCTION – FOZ – MARS FILMS – PLAYTIME – FRANCE 2 CINÉMA – SCOPE PICTURES / JEAN-CLAUDE MOIREAU | |
8月4日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開 |