Interview with Kazuhiro Saito part.4 / "Definite" and "Vague" - Interesting photographs of the present

PORTRAITS | Apr 25, 2013 1:10 PM
コンデナスト・パブリケーションズ・ジャパンの代表取締役を務めながら、『VOGUE NIPPON』(現『VOGUE JAPAN』)と『GQ JAPAN』の編集長も兼務していた斎藤和弘氏が、突然同社を退社する旨を公表して業界を騒がせたのは、いまからおよそ3年前のことだ。退社後は「毎日が夏休み」と話す斎藤氏だが、抜群のビジネス感覚を備えた稀有な編集者の才能を周囲が放っておくわけもなく、現在も新旧複数のメディアからの招聘に応じながら、編集者やアドバイザーとしての活動を続けている。

取材・文: 合六美和  写真: 三宅英正  取材協力: B bar Roppongi

 

コンデナスト・パブリケーションズ・ジャパンの代表取締役を務めながら、『VOGUE NIPPON』(現『VOGUE JAPAN』)と『GQ JAPAN』の編集長も兼務していた斎藤和弘氏が、突然同社を退社する旨を公表して業界を騒がせたのは、いまからおよそ3年前のことだ。退社後は「毎日が夏休み」と話す斎藤氏だが、抜群のビジネス感覚を備えた稀有な編集者の才能を周囲が放っておくわけもなく、現在も新旧複数のメディアからの招聘に応じながら、編集者やアドバイザーとしての活動を続けている。

バブル崩壊後に低迷していた『BRUTUS』を一気に黒字媒体へと転換させ、さらに兄弟誌『Casa BRUTUS』の創刊で時代の波をいち早く先取りし、『VOGUE NIPPON』では広告主導のラグジュアリーなメディアとしての地位を確立させるなど、雑誌業界において常に頭ひとつ抜けた存在であり続けた斎藤和弘氏に、ここでは改めて「雑誌とは何か?」という話から聞いていこうと思う。続けて、「ラグジュアリーブランドは今後どこへ向かうのか?」「ファッション写真は本当に終焉したのか?」というふたつのトピックスをもとに敢行したインタビューを、全4回にわけてお送りする。

 

(第1回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  雑誌と新書とウェブ。いまストーリーはどこに流れているか?
(第2回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  ラグジュアリーの条件。ブランドはどこに成立するのか?
(第3回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  ゲイと女子。ファッション写真は本当に終焉したのか?
(第4回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 / 「はっきり」と「ぼんやり」。いま面白い写真とは?

 

 

– いま注目しているフォトグラファーはいますか?

具体的に誰?と言われたら困りますが、でも最近、カメラ女子っているじゃないですか。カメラ女子の写真は、ぜんぶ「ぼんやり」ですね。だけどそれは女性だからじゃない。2013年春号の『WWDマガジン』でも書きましたが、女性カメラマンというのは昔からずっといます。たとえば最近の話題で、あの有名な報道カメラマンの Robert Capa (ロバート・キャパ) が、実は Gerda Taro (ゲルダ・タロー) というドイツ人女性と共同で名乗っていた架空の名前だったというのがあります。その驚きというのは、そこに女性フォトグラファーがいたということではない。彼女が撮った写真が、男が撮った写真と差がなかったということです。つまり彼女は、写真はこうあるべきだと思って撮っている。その頃『LIFE (ライフ)』が創刊(1936年) されるのですが、創刊号のカバー写真を撮った Margaret Bourke-White (マーガレット・バーク=ホワイト) さんという人もやはり女性で、その写真は「はっきり」しています。ところがいまのカメラ女子というのは、こうあるべきだと思って撮っていない。被写体に対して、すごく「ぼんやり」している。ぼんやりする理由は、「私の感覚」だからです。感情や情感みたいなもので写真が成立するようになってきている。だけどそれがリアル。それと同じように、ブロガーの写真もスナップ写真もそっちの世界なのだと思います。

 

– 写真が本来持つ強さみたいな部分も、ぼんやりしていくのでしょうか。

そうなるとね、困ったことが起きるんですよ。私より上の世代というのは、何においても美しさ以上に強さというのがクリエイションを評価するポイントだという風に考えてきたわけです。で、日本が一番ダメなのはここだと思っている。つまり日本人の表現はすごく美しかったり細密だったりするものの、パワーがない。パリコレを見てみても、いま日本人デザイナーがたくさんいますよね。でもあまり評価されない理由はパワーがないから、とそういう風にみてきたわけです。唯一パワーがあるのは COMME des GARÇONS (コム デ ギャルソン) 。COMME des GARÇONS には、表現としての強さがある。

写真でも、やっぱり強さが一番求められてきました。たとえば日本のフォトグラファーの中には、本当にスキルが高い人がいっぱいいます。でも強さがないから、いまいち評価されてこなかった。ただね、いまは強さなき時代になっている。だからもしかしたらこれから先、日本人も評価され始めるかも……という気がしないでもない。

 

– 雑誌を見ていても、「はっきり」した写真は明らかに減っています。

それこそ Mert & Marcus (マート&マーカス) とか Steven Klein (スティーブン・クライン) みたいな写真って、いまやほとんど見かけないでしょう。それが古臭いなんて誰もいいませんが、いってみれば古臭いですよ。

 

– 少し脱線しますが、Mert & Marcus に関しては、海外の雑誌では近年急に巨匠たちと名を連ねるようになった気もしますが。

巨匠といっても Mario Testino (マリオ・テスティーノ) や Mario Sorrenti (マリオ・ソレンティ) あたりはまだ若いですよ。Mert & Marcus にしてもいまやっと40を過ぎたくらいでしょう。彼らは Katie Grand (ケイティ・グランド) と仲がいいから、最近『LOVE MAGAZINE (ラブ・マガジン)』でよく一緒にやるようになってそう見えるのではないかな。広告キャンペーンは、彼らもけっこう前からやっています。あとは、Mert & Marcus だけはロンドンベースということもあるかもしれない。いまの有名どころのフォトグラファーは基本、『VOGUE ITALIA』で Franca Sozzani (フランカ・ソツァーニ) が発掘して育てた人がほとんどですから。

 

– ファッション写真とは、改めて何でしょうか。これからどのように変わっていくと思いますか。

表現の場所が普及してしまったじゃないですか。みんなネットに上げればいいだけ。そういう世界になってきたら、当然変わりますよね。独断と偏見で申し上げると、20世紀の半ばすぎに、ファッション写真のほとんどの型は出来あがっているわけです。それ以降は、その引用と解釈の問題だけ。写真というものが19世紀半ばに出来上がってから、20世紀の初めくらいにはもう構図から何からあらゆることが、ほぼ全て試され尽くしています。

 

– Richard Avedon (リチャード・アヴェドン) や Irving Penn (アーヴィング・ペン) 以前に、写真は完成していたということですか?

彼らがちょうど、草創期の写真と引用の写真の境目です。つまり1950年代から60年代前半あたりが境界線です。それ以降の人たちは、簡単にいうと引用。これはしょうがないですよ。写真、特にファッション写真は、そういうものですから。

ファッションのストーリーの打ち合わせは、フォトグラファーとファッションエディターの基本2人でやりますよね。そこでどういう会話をするかといったら、基本は映画と過去のファッション写真の話なわけです。それが共通理解であり、絵コンテなどは存在しません。たとえばブラックのストーリーを作ろうとなった時、あの時の Audrey Hepburn (オードリー・ヘプバーン) が着ていたこんな感じ?という話になれば、あぁそれだったら Richard Avedon の『VOGUE』じゃなくて『Harper’s BAZAAR』の頃のこういう写真だよね? という風に会話が成立していく。それでストーリーができる。だから、どうやったって引用の世界になってくる。まったく新しいクリエイションというのは、基本的にそこには成立しないです。

 

– ここで名前が挙がってきたフォトグラファーたちは、私たちから見ると揺るぎないポジションにいるように感じますが、近い将来、顔ぶれが変わるという可能性もあるのでしょうか?

フォトグラフフィーにとっての90年代が、一瞬のバブルであったのは確かです。ただね、Steven Meisel (スティーブン・マイゼル) たちの頭の中に入っているイメージストックの膨大さといったら、それはもう半端な量じゃないですよ。日本のフォトグラファーは、誰もそこまでいっていません。まず、喋れない。語学力の問題ではないです。Mario Testino と喋っていると、彼はペルー系イタリア人だから、実際のところ彼の英語は何を言っているのか本当にわかりませんが、それは具体的な英語の話であって、イメージの話は別ですから。

 

– ただし、ファッション写真はもはや憧れとして見るものではないという見解ですね。

ない。と私は思います。ネット見ればよくわかりますよね。東京でギャル向けのサイトなどを見ていると、写真に憧れるのではなくて、それを着ているモデルだったりプレスに憧れているのがわかる。かつてセレブが着るとモノが売れるといわれた時代がありました。それはいまでもそうなのですが、そのもうちょっと安いバージョンが、いまやギャルマーケットで行なわれている。だからいつまで経っても日本では写真は成立しないなと思いますね。

それにいま、写真の世界でいくと、男の人がとったファッション写真よりも、カメラ女子じゃないですけど、女の人たちがとった自分たちの姿の写真のほうが、圧倒的に面白い。そのほうがファッションを感じます。

 

– そうなると、クリエイティブに関して難しい時代ですね。

難しいですよ、自分のことしか考えちゃいけないですから。自分でネットに上げてったほうがいいんじゃないですかという話。でも、じゃあそれは同人誌とどう違うのですかという話にもなります。同人誌的なものやプライベートな発言や表現をする機会が増えているのはすごくよくわかるのですが、でもあれほど見ていて辛いものはない。私は雑誌としては、商業誌以外は信用しませんから。同人誌は、どこまでいってもやっぱりエンターテイメントになってない。

 

– クリエイティブを追求するインディペンデントな雑誌も、ここ最近また増えている印象です。

私は30年以上編集をやってきたから自分でも思うのですが、雑誌の編集って、基本的には何もしたくない人がやることですよ。基本的にはコーディネーターでしかないから、中心は空っぽみたいな人が多いです。自分で写真は撮れない、絵も書けない、原稿も書けないから、才能を集めてきて雑誌を作っちゃう。だから、どうしても何か表現したいことがあったら、雑誌なんか作らないでしょと思いますが。同人誌みたいなものって、雑誌ではなくてアートでしょう。だったら無制限の時間と無限のお金を使ってやったほうがいいのではと思います。雑誌は基本的に、制限の中でしかモノを考えないようにできていますから。

 

– 最後に、斎藤さんの個人的なエンターテイメントというか、好きなことを教えてください。

もともとないです。映画はたくさん観ます、本も新書などはそこそこ読みます。最近好きなもの……嫌なものはありますね、「テッド」。公開初日に、わざわざ空席が残っていそうなお台場まで行って午前0時半とかの回で観ましたが、あれは予告編で十分でした。これなら「オースティン・パワーズ」のほうが圧倒的に面白いよねと思う。底が知れるやつがダメ、予定調和もダメ。やっぱり驚きがないとダメなんです。

 

(第1回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  雑誌と新書とウェブ。いまストーリーはどこに流れているか?
(第2回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  ラグジュアリーの条件。ブランドはどこに成立するのか?
(第3回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 /  ゲイと女子。ファッション写真は本当に終焉したのか?
(第4回/全4回)【インタビュー】編集者・斎藤和弘 / 「はっきり」と「ぼんやり」。いま面白い写真とは?

 

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Kazuhiro Saito斎藤和弘 (さいとう・かずひろ)
1955年山形県山形市生まれ。78年東京大学卒業後、雑誌『太陽』(平凡社)の編集者としてキャリアをスタート。81年平凡出版(現マガジンハウス)に入社し、『平凡パンチ』『BRUTUS』『POPEYE』の編集部に勤務。96年『BRUTUS』編集長に就任。98年兄弟誌『Casa BRUTUS』を創刊し、編集長を兼務。2001年コンデナスト・パブリケーションズ・ジャパンの代表取締役社長に就任。『VOGUE NIPPON』(現『VOGUE JAPAN』)『GQ JAPAN』の編集長も兼務する。09年末に退社。現在はトキドキ編集者、タマタマ大学教授。

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