Interview with Chikashi Suzuki, Photographer / The Relationship between Photographers and Designers Part 4

PORTRAITS | Jul 3, 2014 1:35 PM
90年代半ばから、フランスの雑誌『Purple (パープル)』を拠点に、インターナショナルな活動を続けている写真家・鈴木親 (すずきちかし)。ファッションとアートとストリートの境目を縦横無尽に行き来しながら独自の作風を確立させ、作家としての高い評価を勝ち得てきた。鈴木氏は写真を撮るのみならず、ファッションブランドにコラボレーションワークを仕掛けるなど、クリエイションの現場そのものから作り上げていくパワーとネットワークを持つことでも一目置かれる存在だ。伝説の編集者として語り継がれる故・林文浩=『DUNE (デューン)』編集長には、「日本で唯一のファッション・フォトグラファー」といわしめたこともある彼に、ここではそのファッション写真のロジックについて話を聞く。

取材・文: 合六美和  写真: 鈴木親  英語翻訳: Oilman  取材協力: montoak

 

90年代半ばから、フランスの雑誌『Purple (パープル)』を拠点に、インターナショナルな活動を続けている写真家・鈴木親 (すずきちかし)。ファッションとアートとストリートの境目を縦横無尽に行き来しながら独自の作風を確立させ、作家としての高い評価を勝ち得てきた。

鈴木氏は写真を撮るのみならず、ファッションブランドにコラボレーションワークを仕掛けるなど、クリエイションの現場そのものから作り上げていくパワーとネットワークを持つことでも一目置かれる存在だ。

伝説の編集者として語り継がれる故・林文浩=『DUNE (デューン)』編集長には、「日本で唯一のファッション・フォトグラファー」といわしめたこともある彼に、ここではそのファッション写真のロジックについて話を聞く。

 

(第1回/全4回)【インタビュー】写真家 鈴木親/ファッション写真の構造
(第2回/全4回)【インタビュー】写真家 鈴木親が犯すタブーとロジック
(第3回/全4回)【インタビュー】写真家 鈴木親/ファッション写真の9.11以後
(第4回/全4回)【インタビュー】写真家 鈴木親/フォトグラファーとデザイナーの関係

 

– フォトグラファーとファッションデザイナーとの関係を、どう捉えていますか?

たとえば Balenciaga (バレンシアガ) の場合、アートディレクターの Fabien Baron (ファビアン・バロン) は、メインとなるシーズンヴィジュアルを David Sims (デヴィッド・シムズ) で撮影していました。Sims は素晴らしいくらいに綺麗なファッション写真ですから。Sims でレディースキャンペーンをしっかりさせておいて、Ryan McGinley にメンズのヴィジュアルを撮影させました (2009 S/S)。その時 Balenciaga は、そのヴィジュアルを Ryan の写真集として限定のハードカバーで作ったんです。何がいいのかというと、Ryan は自分のスタイルで Balenciaga を表現することができますよね。仮に洋服がちょっと写っていないようなことがあっても OK ということです。作家性を損なわずに。Sims の強いファッションイメージがあり、Ryan のような若い作家も起用してエッジも表現できるので、そこには、ビッグメゾンとフォトグラファーの関係が Win-Win で成立していると思えます。

 

– 親さんは最近、TOGA と have a good time のコラボレーションを仕掛けましたよね。

have a TOGA time | Photography: Chikashi Suzuki

have a TOGA time | Photography: Chikashi Suzuki

ストリートのコネクションを持つ have a good time に、TOGA のロゴを勝手に入れた T シャツなどを作ってもらいました。僕はムービーと写真を撮って、『Purple DIARY』に UP してもらって。そうしたらモード界隈の人の目にもつくし、ファッション表現になりますよね。並行して開催した THE LAST SHOW のグループ展には Jason Dill (ジェイソン・ディル) が参加していましたから、Supreme (シュプリーム) 系のお客さんもチェックしに来る。小さい規模でしたが、海外にも発信できて、ストリート、アート、ファッションを上手く繋げられたかなと思ってます。

 

– ムービーが手ブレだらけだったのはどんな意図から?

性能の悪い、家庭用カメラを使って手ぶれさせました。今のものなら逆に手ぶれしないですから。(笑) そのグチャグチャ感が、グラフィティで落書きしているようなアブストラクトなイメージとマッチンングすると思いました。これが1時間続くと酔っちゃいますが、5分程度のショートムービーだったら見てもらえる。ディスアドバンテージをアドバンテージにすること。人がいいと思うポイントはそこにあります。使ったのは、3万くらいの適当なキヤノンのカメラです。そのキヤノンのカメラは暗部が締まらない特徴があるんですけど、僕はもともとネガが好きだから、ムービーもあえて浅い感じにするのが好きです。映像のプロにいわせるとヒドイ画像らしいですけど。

 

『ハニカム』でのエディトリアルで背景をアニメにしたのは?

もともと街の工事現場っぽい場所の色が好きなんですけど、最近は外国からのロケでもそういう現場が好んで使われるようになって、ちょっと面白くないなと思っていた。じゃあどこで折り合いつけようかって時に、あえてグラフィティが描かれていないようなところを探そうと思った。それが秋葉原。グラフの無いところなら、グラフが書いた服がウルサく感じないですから。

 

– ヴィジュアルのモデルは、ちょっと歪んでいますね?

望遠と魚眼を使いました。全部望遠だとサラッと終わっちゃうから、ハズしで魚眼を。この手法は押井守が元ネタです。彼は映画の中で、必ず何ヵ所かに魚眼の表現をワザと入れている。

 

– 日本のデザイナーをどう見ていますか?

若くて才能のあるデザイナーは、日本にもたくさんいます。でもそのほとんどが10年くらいで消えてしまう。何が足りないのかというと、ひとつはヴィジュアルだと思うんです。つまり、いいアートディレクター、いいフォトグラファー、いいスタイリストと一緒に仕事ができているかどうかです。

ファッションなので、同時期に同じような方向性のものが出来上がることもあります。発表の早い欧米のデザイナーの方が先に露出しますし、その後に出す方はどうしても不利ですよね。ましてルックブックかショーのみなら、服だけで判断されてしまいますし。そういう場合は、ビジュアルで世界観を違った見え方にするだけでも違うと思うんです。それによって、海外の一線でも活躍できる可能性は上がると思います。

 

– もっと多くのフォトグラファーがインターナショナルな視点を持てるといいですね。

僕も40歳になったから言えるけど、何かを成し遂げようとするなら、表層だけをなぞるのは絶対によくない。写真は撮れちゃうし、ちょっとしたお金儲けはできるかもしれないけど、世界には出ていけないし、続かない。その構造やオリジナルのルーツを探った上で模写して、自分のオリジナリティーのあるものを作るべきです。東京はアジアの中でもスペシャルな場所だから、まだネームバリューがあるうちに修正しないと。

 

Photography: Chikashi Suzuki

Photography: Chikashi Suzuki

– 親さんの失敗談を聞きたいです。

パリに行って間もない頃、『Purple』で Maison Martin Margiela (メゾン マルタン マルジェラ) の撮影をすることになった時。最初はブランドのこともよくわかっていなくて、でもなんとなくシュールっぽいのがいいのかなと思い、適当に公園で撮ろうと言ったら、質問攻めにされました。(笑) 服のコンセプトがあって、それを理解した上でハズすならいいけど、何もわからないうちに公園で撮るというのはあり得ないって。それで軌道修正したら、結果的にその写真は巻頭で使ってもらえました。

パリには当時、Anders Edström (アンダース・エドストローム) や Mark Borthwick (マーク・ボスウィック) がいました。僕が一番年下で、フランス語はおろか英語もちゃんと話せなかったのに、ご飯によく呼んでもらったりと、なんとなく現場に居させてもらえたのは、すごくラッキーだったと思う。何かひとつのことをコンシャスにやるというのがいかに大切かを学びました。

 

– そこに居合わせることができたのも親さんのひとつの才能ですよね。パリを目指した最初の理由は何だったのでしょうか?

偶然です。最初のキッカケは、学生の時にたまたまもらった『L’HIVER DE L’AMOUR BIS』 (英語で winter of love) という展覧会のカタログ。Wolfgang Tillmans (ウォルフガング・ティルマンス) をはじめ現代美術の作家たちの作品が収録されているんですけど、その中にひとつ、Maison Martin Margiela (メゾン マルタン マルジェラ) のショーのドキュメンタリーが入っていたんです。ファッションなのにレポルタージュ的な側面があったりして、とにかくカッコいいと思った。クレジットを見たら Anders Edström の名前があって、lives in Paris と書いてあった。これはもうパリに行くしかないと単純に思いました。とりあえず今できることからと思って、日仏学院に通い始めました。そこでたまたま知り合った人の奥さんが、Anders の知り合いだったんです。その人には住所だけ教えてもらい、その後1年くらいかけて渡仏のためのお金を貯めて、Anders に直接会いに行きました。

 

– 運命に導かれている感じがしますね。

Anders のところにブックを持って訪ねて行ったら、「君は自分がいいと思う写真を撮っているから、このまま撮ったほうがいい。僕がいいと思っているところを全部紹介してあげる」って言ってくれて、その後すぐに出会ったのが『Purple』です。彼らは僕の経歴も年齢も聞かないまま、シューティングやってみる?と聞いてきた。やります!ってもちろんなるじゃないですか。そのままキャリアがスタートしました。後でわかったんですけど、僕が最初に影響を受けた『L’HIVER DE L’AMOUR BIS』は、『Purple』が作っていたものだったんです。

『アルケミスト』じゃないですが意味もなく、急にこうなりたい、こうしたいって思うことありますよね。それは心の声だから、従う。そうすると自分のやるべきことが見えてくる。直感に従って、それを実行するために、何をすべきかを考え、やってみる。たとえ目指すゴールがすごく遠いところにあったとしても、できることから始めれば案外近づくし、その人がそのまま進んだ方がいい場合は、偶然がうまく重なっていくことがある。若い人たちに参考にしてもらえればと思って、時々話していることです。

 

– 若手フォトグラファーに向けて、メッセージをください。

自分が何ができないかを分かっている人は、何ができるかが分かるから、そこを伸ばしたりすれば、いい。専門職なので。何となく、なんでもできてしまう方が良くないと思います。実際、日本の現場はそれを求められますが。せっかくいいセンスがあるのに間違ったほうに行こうとしている若いフォトグラファーの写真を見ると、本当に心配になります。教える必要はないっていう人もいるけど、本来は教えるべきだと思う。ちょっとだけ方向を修正してあげることができたら、日本の写真はもっと良くなるし、それによって、民度も上がって、他の分野も良くなると思う。

今は大きく稼げる時代じゃないし、若い子は最初からしんどいと思うけど、最初から何でもやろうとせずに、もうちょっと自分の写真について考えた方がいい。特に作家としてやっていきたい人なら尚更です。100%のものを出さない限りは次がない。人の作品をコピーしたり、満足のいかないダメな写真を出したら次がない。そう思って僕は一生懸命やってきました。

 

(第1回/全4回)【インタビュー】写真家 鈴木親/ファッション写真の構造
(第2回/全4回)【インタビュー】写真家 鈴木親が犯すタブーとロジック
(第3回/全4回)【インタビュー】写真家 鈴木親/ファッション写真の9.11以後
(第4回/全4回)【インタビュー】写真家 鈴木親/フォトグラファーとデザイナーの関係

 

鈴木親 (すずき・ちかし)
1972年生まれ。96年渡仏し、雑誌『Purple』で写真家としてのキャリアをスタート。『Purple』(仏)、『i-D』(英)、『Dazed & Confused』(英)、『CODE』(オランダ)、『Hobo』(カナダ)、『IANN』(韓)、『honeyee.com』(日)、『GQ』(日)、『commons&sense』(日)、『Libertine / DUNE』など国内外の雑誌で活動。Issey Miyake、United Bamboo、Toga などのワールドキャンペーンを手掛ける。主な作品集に『shapes of blooming』(treesaresospecial刊/2005年)、『Driving with Rinko Kikuchi』(THE international刊/08年)、『CITE』(G/P gallery刊、09年)など。

Blog: http://blog.honeyee.com/csuzuki
Twitter: https://twitter.com/chikashisuzuki

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