A Special Talk Session With Isabelle Huppert And Hirokazu Koreeda For Women In Motion

映画『エル ELLE』を観る前に知っておきたい、イザベル・ユペールが演じた3人の女たち

A Special Talk Session With Isabelle Huppert And Hirokazu Koreeda For Women In Motion
A Special Talk Session With Isabelle Huppert And Hirokazu Koreeda For Women In Motion
News/

映画『エル ELLE』を観る前に知っておきたい、イザベル・ユペールが演じた3人の女たち

A Special Talk Session With Isabelle Huppert And Hirokazu Koreeda For Women In Motion

今年6月、フランス映画祭の関連イベントとして「Women In Motion」トークイベントが開催され、会場には映画のプロモーションのために来日していた Isabelle Huppert (イザベル・ユペール) が登場。聞き手はカンヌ国際映画祭をはじめ、最新作『三度目の殺人』が第74回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に正式出品されるなど、国際的な評価の高い是枝裕和監督。 Isabelle Huppert とともに過小評価されがちな映画業界の女性の問題を提起した。

様々なドラマを生んだ本年度の賞レースで、ひときわ異彩を放ちながらも、131ノミネート68受賞 (2017年6月8日時点) と驚異的な数の賞をさらい、フランス映画にして第89回アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされた話題の映画『エル ELLE』が遂に公開した。主人公の大胆かつショッキングなキャラクターに首を縦に振る女優が見つからない中、立候補したのは Jean-Luc Godard (ジャン・リュック=ゴダール)、Claude Chabrol (クロード・シャブロル)、Michael Haneke (ミヒャエル・ハネケ) をはじめとする錚々たる巨匠たちと仕事を重ねてきた名女優 Isabelle Huppert (イザベル・ユペール) だった。今年5月には、多岐にわたる作品に挑戦し、大胆なクリエイティブさを持って世界中から賞賛されている女優として Kering (ケリング) が主催するウーマン・イン・モーション・アワードを受賞するなど、女優として、また一人の女性として世界中から注目されている。

 

『エル ELLE』

 

今年6月に、フランス映画祭の関連イベントとして開催された Kering (ケリング) が主催する「Women In Motion」のトークイベントには、同プロジェクトのアイコンであり、新作映画のプロモーションのために来日していた Isabelle Huppert (イザベル・ユペール) が登場。聞き手として、カンヌ国際映画祭をはじめ、最新作『三度目の殺人』が第74回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に正式出品されるなど、国際的な評価の高い是枝裕和監督が登壇し、Isabelle Huppert とともに過小評価されがちな映画業界の女性の問題を提起した。

真っ赤なドレスに黒いパイソンレザーのバイカージャケットという装いで登場した Isabelle Huppert は、緊張の色を見せる是枝監督に向かって挨拶し「是枝監督は素晴らしい監督で、いつもとても素敵だなぁと思っています。フランスの人たちはみんな是枝監督の映画が好きです。彼の作品は、私が大切にしている “女性のポートレート (価値観)” を表現しています。本当に私の隣にいてくださってありがとうございます。嬉しいです。」と監督への好意を伝えた。彼女がこれまで演じてきた作品中から『主婦マリーがしたこと』(1988)『ピアニスト』(2001)『8人の女たち』(2002) といった3タイトルを厳選。作品作りの背景から、それぞれの作品の主人公たちを通して見えてくるフェミニズムについて語ってくれた。

 

是枝裕和: この春に新作のキャンペーンでパリに行ったときに、取材場所のホテルにユペールさんが来てくださったんです。そのホテルのロビーで少しお話をさせていただいたんですが、その後ホテルの表まで送った時に、「じゃーね。」と、ふっと一人で街中に消えていかれたんですけど、みんなでその背中を見ながら、「かっこいいなぁ (ため息)。」って。一人でふらっと来て、ふらっと帰るんですけど、その去っていく後ろ姿が本当にかっこいいんですよ。で、色んな作品を見させていただいても、歩いてる姿っていうのが…

Isabelle Huppert: 表から見てもかっこいいんですけど (笑)。

是枝裕和: もちろんなんですけど!(笑) あの、その、なんだろうなぁ…。いつもその何かをこう、未練を残す訳ではなくて、すっと歩いて、歩き去っていく姿っていうのがすごく印象に残る方だなって思っています。この春に公開された『未来よ、こんにちは』という、Mia Hansen-Løve (ミア・ハンセン=ラヴ) さんの新作の中でも、すごく歩くシーンがたくさんあったと思います。教室の中を歩き回る教師の姿、母親の病院に電話をする姿、海辺で素足で歩いている姿、色んな歩く姿が色んな表情として描かれている映画だなと思いました。あの映画は、一人の女性の職業を持っている女としての部分と、娘、母親、妻、そして教え子に少し気持ちを動かされている女としての部分とって、最後におばあちゃんになるっていうすごく女性を立体的に描こうという意思の強い豊かな映画だったと思いますけれども、あの映画の中でその歩き方というのは演技を考えるプランの上でどのくらい重要ですか?

Isabelle Huppert: そう、その通りですね。その通りの映画なんです。Mia Hansen-Løve 監督は、誰かが常に動いているということ、つまり歩いているということを描きたかったのです。前進するということは大統領の合言葉であり、党内の名前でもあるのですけれども。常に動き続ける、それには色んな挑戦や課題があるけれど、しかし、それでも前進をするということを描きたかったんですね。下を向いてあまり周りを見ないで歩くというのは、一つの世の中を生き抜ける方法でもあります。あるいはもう、正面から受け止めるように歩くとか、美しさを受け止めるように歩くとか、まさに「歩く姿」というのがこの映画自体を構成する本当に美的な一つの要素であったわけです。そして、人物を歩く様子によって描き分けています。

是枝裕和: 役作りという言葉がフランス語でどういう言葉になるのか、ちょっと分からないんですけれども。例えば髪型とか、どういう服を着るかとか、歩き方が外面かどうかはあれですが。そういう外側から作っていくのか、まず感情を作るのか、どちらのタイプですか?

Isabelle Huppert: 外からですね。内側からはなかなか役を演じる前に人物像を作るのは難しいです。やっぱり、映画自体がだんだんだんだんその人の人物像を教えてくれるんです。ある画家はこのように言っています。「探すことによって私が探しているものを見つけることができる」と。ですから、演じるときにその人物像が分かるようになるんですね。まずは、具体的な細かいところから決めていきます。服をどういう風にするかとか、髪をどういう風にするかとか。それが、見る人にもヒントになるわけです。まず最初の。それがすごく重要なんですけれども、他のものは後でついてくるわけなんですよ。考えなくても、もうやっているうちに、映画を作っていくうちにだんだん人物像に役がついてくるっていう感じですよね。もちろん大枠は監督が指導してくれるわけですけれども。こういったニュアンスは、こなくてはいけないときに気がつかないうちにやってくるんですね。その役自体が。衣装に関しては、Mia Hansen-Løve の時はとてもよく検討しました。彼女は細かいところにもよく注意を払う人でした。作り込み過ぎず、信じられるような本当にいるような人物にしたいということだったんです。それから人物設定の条件に対立するような服はいけないですよね。色とか。哲学の教師ですから、哲学の教師に見えなければいけない。それから、歩くという時に靴が重要です。靴はやっぱり体を動かすわけですから。 女性映画監督の Chantal Akerman (シャンタル・アケルマン) は以前「私の映画は靴の中にあるんです。」と答えていたんです。これは必ずしも、簡単な言葉ではなくて、ハイヒールなのか、どれくらいの靴なのかによっても状態が変わるということです。

是枝裕和: 例えば哲学の先生を演じた時に、具体的な教師という職業についての取材、例えばそういう人に直接お会いしたりするようなことはされるのでしょうか?

Isabelle Huppert: 最近は頻繁にはそういうことはありませんが、少し前はありました。教師の役というと『ピアニスト』(2001) でも教師の役ですし。まぁ、今回哲学の授業にもう一度行くというようなことはしませんでした。Jean-Jacques Rousseau (ジャン=ジャック・ルソー) の作品などそういったものを見直すということはしましたが。映画には力があります。見てるものをそれを信じさせるということ。私たちも感激している点なんですけれど。哲学の先生というのは、その姿を見たらこの人は哲学の先生なんだというように信じることができるというわけなんです。『エル ELLE』という作品の中では、ビデオゲームの会社の代表をやっています。要するに、その映画で見ている人に信じてもらおうとおもって見せるものは信じてもらえます。それを強要するわけではないですけれども、なにかその責任を持って見せるということですね。

『主婦マリーがしたこと』

『主婦マリーがしたこと』©1988 MK2 Productions / Films A2 / Films du Camelia / Sept

『主婦マリーがしたこと』©1988 MK2 Productions / Films A2 / Films du Camelia / Sept

是枝裕和: マリーというのはどんな女性ですか?

Isabelle Huppert: マリーという女性はフランスでギロチンにかかって死刑になります。その唯一の理由は堕胎です。その時代は戦時中でしたので、色々な処刑がありました。マリーという人物はそれほどシンパシーを感じる人ではないんです。なぜなら、フランスが第二次大戦中であり、生きるためにお金を稼ぐということがとても難しい時代でした。そこで、堕胎をすることでお金を稼いだんですね。そして、夫によって告発されて、死刑になります。

是枝裕和: 演出家から考えると、久しぶりに夫が帰って来たスタートの再開のシーンは、少なくとも笑顔で迎えた方がいいんじゃないかって思いながら見るんですけど。最初の方では「字は苦手なんだ。」もっといくと、「あなたのことは好きじゃない」ってはっきり伝えるシーンがあります。この夫婦がここに至るまでの映画では描かれない数年間というのが一体どういうものだという認識をもってこのシーンを演じられているのでしょうか?それは相手側の役者とも共有されているものなのか、そうゆう映画の描く前の時間というのは監督とも話し合って、埋めたうえでこのシーンは生まれているのでしょうか?

Isabelle Huppert: いいえ、議論した記憶はありません。Claude Chabrol (クロード・シャブロル) はシーンの前後にあるであろう、小さなストーリーを描くことが好きでした。人物を理想化しないこと、女性が喜んでもっと暖かく夫を迎えるかどうかということですが、それはどのような時期なのかということも必要です。この映画の中は戦時中でした。女性自身が完全に悪いとか、冷たいという訳ではなく、シチュエーション自体がとても難しい時期だったわけです。戦う必要もあったし、人間性の中にも人間性を失わせる戦争というものがありました。彼女は「字は苦手」って言いますけど、それは貧しさであり、お金が足りないから教育を受けられなかった。そして、愛情も貧しいから少ないのだ。というわけで、豊かではなく、そして寛大でもないというこういった政治的なビジョンを Claude Chabrol は作品の中に持っていました。このシーンの前のこの夫婦の関係は、どうだったのか。映画の中では夫の姿はここで初めて見るわけですが、その前に彼女は子供を育てなければならないとっても大変な時期だったので、少し人間性を失っているのではないかという風に言えると思います。

是枝裕和: そうすると、その戦地に行った夫も人間性を失っているし、残った妻も人間性を失っていると。そこがむしろ大事だったということですかね?同じ戦争の時間を過ごしているという。

Isabelle Huppert: ええ、そういうことだと思います。この物語自体は、極端なほど苦しいシチュエーションで、そしてまた、儚い状況です。ですから、色んなものが繋がってく、そういった中でこの女性は最終的には死に至ります。その途中ではお金を稼いで、また不倫をするということもありますが、ただその前はとても貞節な女性だった、真面目な女性だった。また、無垢なところもあり、また、真面目な面もあったわけです。ですから、その無垢な面を見せるということも非常に重要なことだと思いました。彼女は歌手になりたいといって、とても歌に固執しているんですね。で、それがこの物語においてとても感動させる側面でもあります。小さな炎があって、そしてその炎に彼女は惹かれていく。そして、それは歌手になりたいといった言葉で表されていきます。死ぬ直前にはそういったことはないかもしれませんが、しかし、こういった難しい時期には人間性が死んでしまうのです。もしかしたら、時代が違えば歌手になれたかもしれない。また違う人生を送ったかもしれません。

是枝裕和: あえて言いますが、小さな悪に手を染めていくことで、このマリーという女性はすごくいきいきしていきますね。だけど結局その小さな罪は、裁かれる。大きな罪は裁かれないというその対比がすごく見事だなと観ていて Claude Chabrol 監督の視点というんですか、その大きな罪と小さな罪の描きかたというのが、それがとても見事に描かれている映画だなと思いました。

Isabelle Huppert: まさにおっしゃる通りです。現代なら保険でカバーできるような小さな罪なんですけれども、政府の体制の偽善によって彼女は死刑になってしまうわけです。同じ時代に、もっと重大な罪、例えば収容所などがあって。みんな共犯だったわけです。

『ピアニスト』

是枝裕和: 2本目は、『ピアニスト』のエリカという女性です。ピアノの教師ですね。エリカはどんな女性ですか?

Isabelle Huppert: 彼女は人生が妥協しなければいけないということに気がつかない人です。そして、ある高さに自分を置いて、死を見ることができない。彼女にとっても相手にとってもそうです。愛を白熱させて燃やし尽くしてしまうという人ですね。そして、自分でその代償を払ってしまうという人です。しかし、ロマンティックなヒロインならばそこで「死にたい」と思ってしまうけれども、それができない。ですから、愛のために生きることも、愛のために死ぬこともできない女性ですね。

是枝裕和: 母親との共依存のような関係が、すごく見事に描かれていたと思いますけれども、あの (エリカが手を怪我させた) 教え子の母親が訪ねてきたときに、「私たちは人生を犠牲にした」っていう言い方をしたときに、「私たちではない、犠牲にしたのは娘だ」と明解にしますよね。あそこに自分と母親との関係というのがすごく、二重写しにされていて、彼女がどういう風に若い頃母親との関係があったのかというのがそこですごく浮かんで来る、とてもいいシーンだと思いました。

Isabelle Huppert: その関係というのはかなり毒気のある関係ですね。そしてカップルというと普通は男と女ですけれども、彼女の場合はお母さんと組んでいるのです。本来ならば子供は母親から離れていき、別の道を歩んでいくわけなんですけれども、それをしていない。彼女はそれができない。そして、そこに音楽があるのです。すべては純粋でなければならない。美しくなければならないと、バッハのカンタータのように。そして、この男の子が初めて演奏するのを聞いたときにとても混乱しながらも、彼女は感動します。彼女は彼の演奏の中に魅惑することと、本当の愛ということを混同しているんだと思いました。演奏の仕方がパーフェクトで、彼女自身は恐怖のような脅威のようなものを感じてしまうんですね。それで、それを拒否してある意味ではゲームみたいなものを彼女は提案します。恐れているからこそ、自分が破壊される前に自分が支配してしまおうという関係をつくっていくんです。

是枝裕和: その演奏を最初に聴くシーンを見ていただきたいんですけれども。聞いている表情がクローズアップになります。ほとんど感情を表さないエリカが、ちょっとだけ口元が笑いかけているんですが、それをとどめるような微妙な表情をするんです。このあとも彼女の表情を見るお客さんはもう逃さないぞ、逃すなよっていう。これ多分監督からの合図だと思うくらいの微妙な表情の変化なんですけど。これは何か監督からどういう指示があったか覚えていますか?これは何か感情を抑えているんですか?引き算?どういう演技を、自分の中の感情を削っていく作業なのか?

Isabelle Huppert: 彼は何も言わなかったですよ。本当に撮影している間も、ほとんど何も言わない人なんです。彼はとても芸術的なことに気を取られているんです。例えば、物理的な行動が正確に見れるようにということは考えるんですけれど、感情と表現する感情が本当にあっていたのかどうかということは考えていない。この作品の中で髪の毛を引っ張るシーンがあるんですけれど、もちろん本当に引っ張っているわけではないんですよ。そうでなければとっても痛いですからね。でも、そこはとても時間をかけてシーン撮りをしているんです。本当に引っ張っているように見えるようにと。だけど、このシーンは初めての演奏を、まぁオーディションのシーンですよね。何も言われませんでしたね。顔を写すときも、音楽を聞いていれば何か表情はあるものなんです。顔にはなにかは表情は出てきます。音楽を聴いていれば。だから、彼としてみればそれを引き出せばいいと思っていたのではないかなと。何も言わないで、カメラをちゃんと正しい位置に据えるということだけに集中していましたね。それで、そうゆう感動がこうゆうふうに撮られると、俳優のほうも感じるものがあって、それでかつ音楽も聴いていますので。あの時は本当に自然に音楽を聴いていました。だからそれが現れてきたんです。まぁ私も音楽を聴いていなかったら、表情はなかったと思います。映画の中では撮影をしているときに、例えば音楽を聴いていないで、止めてしまって芸術的な理由でそれを演じているということがありますけれども。こうゆうシーンでしたら音楽をほとんど聴かないでは撮影できなかったなと思いますね。

是枝裕和: このあと、ビデオ屋さんみたいな所に行ってボックスでエッチなビデオを観るシーンがあるんですけど、そのときに前の男が捨てていったティッシュをゴミ箱から拾って匂いを嗅ぐという非常に素晴らしいシーンがあるんです。そのシーンの直前にこの歩いていた男とぶつかった肩を2度払うんですね。そこがなぜかすごく好きで、その対比が見事だなと思って観ているんですが。ここの歩く姿もとても素晴らしいと思いました。あの2度払うというのは脚本に2度払うと書いてあるんですか?

Isabelle Huppert: 二回というのは書いてあったかは分からないのですが、一回というのは書いてありましたね。すべてシナリオに書いてありました。でも、Michael Haneke (ミヒャエル・ハネケ) は私に「本は読まなように」と言ったんです。だから原作は読んでいません。作家のほかの本は読んでいるんですけど。ちょっと神経質な感じの、まるで男のあととかシミを取り除こうというような行動。耐えられないというような行動ですね。あれはシナリオにありました。ちょっと病的な理解できないような行動ですよね。そして、そのあとは一人で部屋にいるときに、匂いを嗅ぐというコンタクトをするわけです。

是枝裕和: その両極を自分の中に抱え込んでいるというのが、あの一連のシーンですごく良くわかる脚本だし、演出だし、演技だなというふうに思いました。

『8人の女たち』

是枝裕和: オーギュスティーヌという女性なのですが、大好きな Francois Ozon (フランソワ・オゾン) 監督の作品です。このオーギュスティーヌはどんな女性ですか?

Isabelle Huppert: オーギュスティーヌというのはオールドミス。ちょっと突然違う人物になるという陰と陽を持ち合わせた人です。突然、ヴァンパイアみたいに非常にはっきりした女性になるんです。あなたは何をするとか、これをするんだというように指示をするわけですよ。Francois Ozon が実際に映画を撮るときに指示をしていたような感じでやっているんです。ちょっと面白い役でした。最後にちょっとまたなんか自分が変わっていくんですけれども、そういうそれぞれの人物像に、それぞれの特徴があって秘密があるわけなんですよね。そして、歌を歌うことによってそれが現れていくというものですね。そういう人物像の構造から、この人工的なものが見えてくる作りになっていて、それとともに音楽で本音を表していくような。オーギュスティーヌも、苦しむこともできるし、感動することもできるということをみせています。

是枝裕和: 全体的にはすごくライトなタッチですすんでいく映画なんですけれども、ユペールさんがピアノを弾かれて、歌って少し涙を流すシーンがあるんです。抜群のタイミングで両目から涙が流れるんですが。その涙のコントロールというのは自在にできるタイプですか?

Isabelle Huppert: スクリーンで泣くというのはとても心地よいものですね。いつでも必要なときにできます。そして、瞳の色が割と明るいので、泣くのは簡単です。また喜びもそのときに感じられるんです。普通の感動と、観ている人の感動とはまったく違う。観る人と演じる人は全く違う役割なんですね。私は映画を観て泣くこともありますが、このように演じているときに涙を流すというのは、言って見れば、冷たい感動というような形です。ほとんどの人が想像されるのとだいぶ違うと思います。自分たちが演じるときに距離があって、そしてその演じているということを実感しながら感情に押されて涙を流すのではないのです。「その人物になることは難しいですか?」という質問をよく受けますが、そんなことは絶対にありません。その人物によって苦しむということは全然ありません。その人物は苦しんでいるかもしれないけど、演じる方はそれを楽しんでいるので、全く同化するということはありません。その苦しみをそのまま自分の苦しみとして受け取るようなこともありません。ある哲学者が『コメディアンの矛盾』という本の中で書いていますが、まさに演じるものの矛盾だと思います。

是枝裕和: 秘密にしていたことが父親の妹によって明かされてしまうというシーンでは、非常にコミカルなユペールさんのコメディエンヌとしての才能が見事に発揮されていて大好きです。すごい細かいところなんですけど、最後車椅子に座ったら、立てかけてあった杖が落ちるじゃないですか、あれは偶然ですか?演出ですか?

Isabelle Huppert: 覚えてません。このシーンほとんど覚えていないんです。細かいところまで全部覚えている作品もありますが、このシーン本当に覚えていません。偶然だったのかもしれません。まぁいずれにせよ、偶然に杖が落ちたのかもしれませんし、撮影中の何かちょっとしたアクシデントがあるというのは好きです。カットと言ったとたんに何かインシデントがあってそれがとても面白いときには本当に残念だと思います。空が私のうちに落ちようと、何があろうととにかく演技を続けます。

是枝裕和: あそこまで使っているということは、Francois Ozon はあの振り返った表情が気に入っているんだと思います。この役をそんなに覚えていないとおっしゃいましたけど、とても楽しそうにこの役を演じられているなと思いました。

Isabelle Huppert: ええ、そうですね。もちろんこの誰でも演じるのはとても嬉しいことで、楽しいことです。特に私の役は、本当に楽しいコンポジションになっていますし、コスチュームもそうですけど、子供が遊ぶようなとても楽しい演技です。ただ、この作品そのものの中のそれぞれの人物像は、本物っぽさがあります。人間として本物みたいで、機械仕掛けの人間のようにはなっていません。

是枝裕和: さきほど『ピアニスト』の映像を見ながら、左手てピアノを叩くような動きをされていましたが、今回選んだ3本の作品はどれも音楽が実は全て関係しているんですが、それで、ユペールさんと音楽との出会いはどこにさかのぼるのか、最初に出会った音楽というものはどうゆうものなのか、最初に買ったレコードはなんなのかというのをお伺いしたいなと。ピアノは習われていただのですか?

Isabelle Huppert: ピアノは長い間習ってました。母はピアノがとても上手で、毎日1時間必ず弾いていました。私も6歳の時にはとても上手でした。今はそれほど上手ではありませんけれども。当時ドビュッシーの短い曲ですが、それをとても上手に演奏していました。『ピアニスト』の作品が始まったときに、バッハの作品でピアノのレッスンを再開しました。しかし、ワルター役の Benoît Magimel (ブノワ・マジメル) はもっと素晴らしい演奏をみせています。私は子供のときにピアノを習っていましたが、彼は子供のころピアノを習ったこともないのにあれだけ良い演技をしています。

是枝裕和: 最初に買ったレコードってなんですか?

Isabelle Huppert: 初めて買ったレコードですね。とっても難しい質問をいただきました。覚えていないんです。レコードは確かに聴いていましたが、うちにもありましたけれど、それは自分で買ったものではないと思います。The Beatles (ザ・ビートルズ) かもしれません。たぶん、「Here Comes the Sun (ヒア・カムズ・ザ・サン)」かな?

©Jeremie Souteyrat

©Jeremie Souteyrat

<プロフィール>
Isabelle Huppert (イザベル・ユペール)
フランスを代表する国際派女優。パリのフランス国立高等演劇学校で演技を学び、1971年の『夏の日のフォスティーヌ』で映画デビューを果たす。『レースを編む女』(1977) で脚光を浴び、 Claude Chabrol (クロード・シャブロル) 監督『ヴァイオレット・ノジエール (原題)』でカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞。以降、Jean-Luc Godard (ジャン=リュック・ゴダール) 監督の『勝手に逃げろ 人生』(1979) などに主演し、Michael Cimino (マイケル・チミノ) 監督の問題作『天国の門』(1981) で米国進出する。『主婦マリーがしたこと』(1988) と『沈黙の女 ロウフィールド館の惨劇』(1995) でベネチア国際映画祭の最優秀女優賞を受賞。Michael Haneke (ミヒャエル・ハネケ) 監督『ピアニスト』(2001) で2度目のカンヌ国際映画祭女優賞に輝いた。フランスの名監督の作品だけでなく、ポーランドの Andrzej Wajda (アンジェイ・ワイダ) や韓国の Hong Sang-Soo (ホン・サンス) らの作品でも活躍する。

是枝裕和
早稲田大学卒業後、独立TVプロダクション「テレビマンユニオン」でドキュメンタリー番組などの演出を手がける。95年、初監督映画「幻の光」がベネチア国際映画祭で金のオゼッラ賞 (撮影賞) などを受賞し注目を浴びる。続く『ワンダフルライフ』(1999) は日本だけでなく、海外でも高く評価された。『DISTANCE ディスタンス』(2001)、『誰も知らない』(2004) と2作連続でカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品を果たし、後者では当時14歳だった柳楽優弥に日本人初・史上最年少での男優賞をもたらした。その後の監督作も自身のオリジナル脚本によるものが多く、編集も自ら行う。初の連続ドラマ「ゴーイング マイ ホーム」(2012) でも全話の脚本・演出・編集を手がけた。福山雅治を主演に迎えて監督した『そして父になる』(2013) で第66回カンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞した。監督だけでなくプロデューサーとしても活動し、西川美和監督の『蛇イチゴ』(2003) や砂田麻美監督の『エンディングノーグ』(2011) などを手がけている。

作品情報
タイトル エル ELLE
原題 ELLE
監督 Paul Verhoeven (ポール・ヴァーホーヴェン)
原作者 Philippe Djian (フィリップ・ディジャン)
製作 Said Ben Said (サイード・ベン・サイード)、Michel Merkt (ミヒェル・メルクト)
出演 Isabelle Huppert (イザベル・ユペール)、Laurent Lafitte (ローラン・ラフィット)、Anne Consigny (アンヌ・コンシニ)、Virginie Efira (ベルジーニ・エフィラ)
配給 ギャガ
製作年 2016
製作国 フランス
上映時間 131分
HP gaga.ne.jp/elle
© 2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP
8月25日(金) TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー