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Alexey Brodovich
vol.10

【連載コラム】Alexey Brodovich (アレクセイ・ブロドヴィッチ)—ファッション写真の黎明期を築いた伝説のアートディレクター—

Think About Alexey Brodovich vol.10
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【連載コラム】Alexey Brodovich (アレクセイ・ブロドヴィッチ)—ファッション写真の黎明期を築いた伝説のアートディレクター—

Alexey Brodovich
vol.10

by Yusuke Nakajima

アートブックショップ「POST」代表を務める傍ら、展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける中島佑介。彼の目線からファッション、アート、カルチャーの起源を紐解く連載コラムがスタート。第9回目のテーマは「Alexey Brodovich (アレクセイ・ブロドヴィッチ)」。

1867年、ファッション誌『Harper’s BAZAAR (ハーパース・バザー)』が世界初の女性誌としてニューヨークで創刊されました。刊行当時はまだ写真が発明したばかりで、一般的に利用されるようになる随分前の時代です。誌面はイラストレーションを用い、アイテムや人物を緻密に描いた図版を中心に構成されていたようです。

1910年代にはいってようやく誌面に写真が使われるようになります。初期のファッションフォトグラファーとして名前を挙げられるのが、Adolf de Meyer (アドルフ・ド・メイヤー) と Edward Steichen (エドワード・スタイケン)。二人とも当時の写真表現の中心だったピクトリアリズム的な写真を誌面で発表しています。1920年代に入ると、ファッション写真の表現はより豊かになってきました。代表的な写真家として Cecil Beaton (セシル・ビートン) が挙げられます。

そして1930年代に入り、ファッション写真は黎明期から黄金期へと移っていきます。今日のファッション写真の基礎となっているのはこの時代に築かれたと言っても過言ではありません。『Harper’s BAZAAR』は情報を伝えるためのメディアとしての役割だけでなく、写真家たちに活躍の場を与え、優れた写真家たちを多く輩出するプラットフォームとして機能することで、文化の発展にも貢献しました。この時期に『Harper’s BAZAAR』のアートディレクターを務めていたのが Alexey Brodovich (アレクセイ・ブロドヴィッチ)、彼がファッション写真の黄金期を築いた立役者の一人と言えます。

創刊初期の『Harper’s BAZAAR』(1868)

Alexey Brodovich は1898年にロシアで生まれました。父は医者、母はアマチュアの画家という比較的裕福な家庭に生まれ、社会でも戦争や前衛主義など、新しい価値観が創造されている最中で幼少期を過ごしています。写真に出会ったのもこの頃です。1905年、父からカメラを借りた7歳の Brodovich はこの時に初めて撮影したそうです。写真に対する興味を強く刺激され、その後も継続的に写真を撮影するようになりました。青年期は芸術大学に入る夢を先延ばしにしながら軍隊に入りますが、10月革命によってロシアを離れざるをえない状況になり、Brodovich は妻とともに1920年にパリへと渡り、モンパルナスに住居を構えます。当時のモンパルナスといえば、Pablo Picasso (パブロ・ピカソ) や Fernand Léger (フェルナン・レジェ)、Marcel Duchamp (マルセル・デュシャン)…といった芸術家たちが集まっていた場所で、金銭的に厳しい生活の中でも、さまざまな前衛美術家たちから刺激を受けたことでしょう。転機となったのは1924年、ポスターデザインのコンペで彼の作品が最優秀賞に評価され、モンパルナス一帯の壁に彼のポスターが掲出される機会を得ました。その翌年にもテキスタイルやジュエリーデザインが装飾芸術国際展で表彰され、これらの社会的評価を契機として、ポスターやディスプレイなど、様々なデザインを手がけるようになります。

国際的な知名度が高まる中、1930年にはフィラデルフィア美術館の副館長に誘われてアメリカへと渡り、フィラデルフィア芸術大学の広告科に教師として着任します。生徒にヨーロッパのデザインを教えながらフリーランスのデザイナーとして活躍していましたが、ある展覧会で、彼の作品が『Harper’s BAZAAR』の新編集長に着任した Carmel Snow (カーメル・スノー) の目にとまりました。彼女は Brodovich の斬新で見たことのないレイアウト手法に驚嘆し、彼を『Harper’s BAZAAR』のアートディレクターへと誘います。雑誌のオーナーを説得するためにダミーレイアウトを作って欲しいと依頼された Brodovich はすぐにその作業に取り掛かり、17日間で2種類のダミー雑誌を制作しました。Snow がこのダミー雑誌を保守的なことで有名な本誌オーナーのハースト氏に見せたところ「荒々しくて手に負えず、海外の前衛的な、変わったテイストが染み付いている」と否定的な評価をしたようです。しかしハースト氏は、「もし君が彼を採用したいと考えるのであれば、進めなさい」と、新編集長の意見を自身の考えよりも尊重しました。

Brodovich の手がける『Harper’s BAZAAR』は当時の一般的なレイアウト方法とは明らかに異なっていました。当時の典型的な雑誌のレイアウトではひとつの記事が終わると、写真は次の記事のヘッダーに入り、読者の注意を惹くための装飾として用いられるような扱いでした。Brodovich は写真を誌面のメインに据え、テキストも視覚表現のひとつとして用いることで写真とテキストを統合し、伝統的な雑誌のスタイルを一新しました。当時の読者にとってもこの変化は画期的だったに違いありません。

雑誌におけるグラフィックの実験とも言える誌面デザインをより豊かにするために、立ち上げ初期に Brodovich はパリを何度も訪れ、旧友やアーティストたちに会い、誌面での協力を要請しました。Brodovich の要請に応えて Man Ray (マン・レイ) が作品を提供以降、Jean Cocteau (ジャン・コクトー) や Marc Chagall (マルク・シャガール) といった著名な作家たちも次々に登場しました。ヨーロッパのクリエイターだけでなく、アメリカを拠点とする写真家たちも多く起用しています。Irving Penn (アーヴィング・ペン) や Richard Avedon (リチャード・アヴェドン)、William Klein (ウィリアム・クライン)、Robert Frank (ロバート・フランク)、Martin Munkácsi (マーティン・ムンカッチ)…と、『Harper’s BAZAAR』で活躍した写真家たちは写真史における重要作家のリストと大きく重なっています。

『Harper’s BAZAAR』以外でも精力的に活躍しました。ひとつが雑誌『PORTFOLIO』です。Alexander Calder (アレクサンダー・カルダー) や Charles Eames (チャールズ・イームズ) といった作家の仕事の記事から、買い物袋のデザインまで、さまざまな記事を魔法のようなレイアウトで読者に魅力を伝えることに成功しています。特殊な仕様や加工を多用したことから資金繰りが追いつかず、残念ながら3号で廃刊してしまいましたが、雑誌のグラフィックデザインとしては、未だに金字塔として存在しています。

『PORTFOLIO』

『PORTFOLIO』

『PORTFOLIO』

『PORTFOLIO』

もうひとつが教育で「Design Laboratory」と名付けたワークショップを定期的に開催しました。イラストレーション、グラフィックデザイン、写真に焦点をあてたワークショップで、学生だけでなく、すでに社会で活躍しているプロフェッショナルにも開かれていた教育の場でした。これはさまざまな表現を横断し、総合的なセンスと技術を身につけていく Bauhaus (バウハウス) の教育理念から着想を得たと言います。このワークショップを受講したのは Richard Avedon や Garry Winogrand (ゲリー・ウィノグランド)、Lisette Model (リゼット・モデル)…といった、現代では巨匠と評価されている写真家たちが数多く名を連ねました。

彼が活躍した40年代~60年代といえば、スイスでは『Neue Grafik (ノイエ・グラーフィク)』が刊行され、ドイツではウルム造形大学が設立されたのと時期が重なります。ファッション・大衆誌という影響力の大きなジャンルを舞台として文化の発展に大きく貢献した Brodovich の仕事も大きな功績を残し、今日の文化へと大きな影響を与えています。

「Design Laboratory」の様子

「Design Laboratory」の様子

<プロフィール>
中島佑介 (なかじま ゆうすけ)
1981年長野生まれ。出版社という括りで定期的に扱っている本が全て入れ代わるアートブックショップ「POST」代表。ブックセレクトや展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける。2015年からは TOKYO ART BOOK FAIR (トーキョー アート ブック フェア) のディレクターに就任。
HP: www.post-books.info

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