新たな読書体験を創造した本屋『代官山蔦屋書店』のA to Z
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新たな読書体験を創造した本屋『代官山蔦屋書店』のA to Z
A comprehensive guide to Daikanyama TSUTAYA BOOKS, one of the most innovative bookstores in Japan
おなじみ「TSUTAYA」の前身が、「蔦屋書店」であったことをご存知だろうか。いまでこそ、DVD、CDのレンタル・販売、書籍販売の大手として全国に認知を広げているTSUTAYAだが、その原点は大阪府枚方市のレコードレンタルと書籍、雑誌の販売を行う小さな店にあった。コンセプトは“ライフスタイルを選ぶ場所”。むしろいまっぽい謳い文句に聞こえるが、誤解のないように念を押すなら、これは元祖「蔦屋書店」が創業当時 (1983年) から、いまに至るまで掲げているコンセプトである。
取材・文: 合六美和 写真: 三宅英正 英語翻訳: Oilman
蔦屋=TSUTAYAは以降、全国に展開を広げていく一方で、実験的な試みにも意欲的に取り組んできた。まず2000年には、フラッグシップショップとなる「SHIBUYA TSUTAYA」を、東京で一番目立つといわれる渋谷ハチ公口の交差点前にオープン。続いて2003年には、六本木に「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」を登場させ、「初めてのBOOK&CAFE」として話題を集めた。 (同店は、とりわけアート系書籍の取り揃えでも、高い評価を獲得している)
そして2011年12月。50代、60代の大人をターゲットとした新しいコンセプトのTSUTAYAが代官山に誕生したのは、まだ記憶に新しいだろう。おそらく読者の方々の多くが、一度は足を向けたことのある場所—— 「代官山 蔦屋書店」のことである。もうおわかりだろうが、店名にはあえてTSUTAYAではなく、創業当初の漢字表記を採用している。
品揃えにおいては、専門性を重視し、一般の書店とは大きく一線を画すレイアウトを展開している (たとえばここに「スポーツ」や「占い」といったカテゴリーの本は、売れ筋必至にも関わらず取り扱いがない!) 。専門コンシェルジュの個性に任せて、商品そのものというよりはそのトータルな世界観やスタイルを提案しようとする姿勢は、創業からのコンセプトにも通じるものだ。TSUTAYAにとっての「代官山 蔦屋書店」とはつまり、その最新の進化系であると同時に、原点でもあるといえる。そしてこの原点=ライフスタイルを選ぶというアイデアは、いまの時代に最も求められているものである。
オープンから1年経ったいま、「代官山 蔦屋書店」が出現すべくして出現した場所であることは、代官山近辺の人の流れの変化からも明らかだろう。かつては1日1500人前後の往来しかなかった場所はいま、休日になると3万人が通る (※2号館2階のAnjinの通路でカウント) ホットスポットになっている。
ここでは、「代官山 蔦屋書店」の意外と知られていない魅力と利用術を、7名のコンシェルジュのインタビューを介して紹介したいと思う。同店のコンシェルジュたちの多くは、全国の公募から選抜された専門のエキスパートだ。マニアも唸るレベルと評される同店のユニークな本棚のラインアップは、彼ら個々人の手によるものである。さらに彼らは、各売り場をディレクションするのみならず、日々普通にレジ対応もすれば、書棚の整理もしている。あまりにその風景に溶け込んでいるため、一見それとは気づきにくい存在だが、もし探し物があったら、気軽に声をかけてみるといいだろう。いつもすぐそこに居るはずだから。
<まず知っておきたい代官山蔦屋書店の基礎知識>
3棟からなる「代官山 蔦屋書店」は、すべては1階部分が書店となっており、「人文・文学」「アート」「建築・デザイン」「クルマ・バイク」「料理」「旅行」の“6つの専門”ごとにコーナーがわかれている。「雑誌」は、3棟の中央を貫くようにして並べられている。2階は、1号館側が「映像」、3号館側が「音楽」。そしてその両棟の真ん中に、2号館のラウンジ (Anjin) が位置する構造だ。その広さゆえ、時に迷い込んでしまったような感覚に陥ることもあるが、目的意識さえはっきりさせれば素人にもわかりやすく、玄人には掘りやすいレイアウトになっている。 (あるいは目的なくブラブラ過ごすのも、一方では贅沢な楽しみ方だ) 。
■営業は朝7時〜深夜2時
■スターバックスのドリンク購入で、ソファに座って閲覧可
■よりゆっくりしたいなら、2号館2階のカフェAnjinへ (懐かしのバックナンバーが勢揃い)
■隣接する「代官山T-SITE GARDEN」には、7つのショップやスペース (IVY PLACE、代官山 北村写真機店、代官山 Motovelo、ボーネルンド代官山、GREEN DOG代官山、松倉 HEBE DAIKANYAMA、GARDEN GALLERY)
■建築デザインを手掛けたのはクライン・ダイサム・アーキテクツ (主な仕事にユニクロ銀座店、グーグル本社など)
■「蔦屋書店」のグラフィックは、原研哉が担当
■地勢がいい (縄文時代から地上であり、江戸時代は旧徳川邸の土地だった。現在は大使館も多く立ち並ぶ、歴史ある場所)
<知っておくと便利な、代官山蔦屋書店のサービス>
■高音質のヘッドフォンの貸し出し
■映画フロアのMODサービス (流通していない映画作品も、DVDにしてくれて購入ができる)
■音楽フロアのレーザーターンテーブル (LPを視聴可。CDとの聞き比べもできる)
■アナログレコードのクリーニングサービス
■トラベルデスク (旅行本コーナーのすぐ横で、個人旅行のプランニングができる)
■ZINEの品揃え (国内最大規模!)
■カフェAnjinでは、アートフロントギャラリー監修のアートを販売
■1階のギャラリースペース (2週ごとに展示入れ替え)
■DVD, CDの無料で郵送の返却が可能 (自宅の近くのポストへ投函して、返却ができる)
■児童書のコンシェルジュたちが毎月無料で発行している『絵本通信』
■1号館2Fの映画フロアにある子供が遊べるキッズスペース
■オンラインストア (代官山蔦屋書店で販売されている商品はインターネットでも購入が可能)
URL: http://tsite.jp/daikanyama/ec/tsutaya
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3棟を貫く“マガジンストリート”!谷口貴美代・コンシェルジュ
3棟にまたがる「代官山 蔦屋書店」の中心部を、まるで一本の道のように貫いているのが “マガジンストリート”だ。取り扱いは常時、国内最大規模の約30000冊。昔の貴重なバックナンバーから、国内ではなかなかお目にかかれないマニアックな洋雑誌までを幅広く取り揃える。とりわけファッション誌を含むアート関連のコーナーは、多くのクリエイティブ関係者が定期的に訪れるトレンドスポットとしても有名だ。
専門性の高い各売り場への“入り口”としての役回りも持つ雑誌を、ほぼ一括してコントロールしているのが、谷口貴美代・コンシェルジュだ。10年前には、「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」のオープニングにも参画し、この「代官山 蔦屋書店」にはプロジェクト立ち上げ当初から携わっている。いわば生え抜きのベテラン書店員という意味では、このたび公募により集まったコンシェルジュたちの中でも、逆に異彩を放つ存在だ。
得意の専門分野は、洋雑誌。実は前職の大手レコードチェーン店時代から、洋書バイヤーとして活躍してきた。最近では、「代官山 蔦屋書店」ならではのニーズというのも、顕著に浮かび上がってきているとか。「ジャンルでいうなら、食やインテリア、ガーデニングなど。より生活に根差したライフスタイル寄りの洋雑誌がよく動いています。個人的に、もともと得意なフィールドでもあるので、嬉しい傾向ですね。勢いがあるのは、『INVENTORY』『Anthology』『KINFOLK』の3誌。オススメです。蔦屋書店には、アパレルやデザイン関係者も多くいらっしゃるので、ファッション誌も常に動きがいい。洋雑誌全体の中でも、断トツの売れ行きを見せているのは、イギリスの『LULA』です。続いてメキシコの『Baby Baby Baby』。残念ながら刊行が不定期なので、常に展開できないのですが、それでも毎日のように問い合わせが来る人気雑誌です」。
この他、カメラマンの問い合わせから取り寄せたという『TISSUE』 (エロ要素の強いアート写真の雑誌) や、一連の韓国モード誌 (『VOGUE girl KORIA』『ELLE KOREA』『ELLE girl KORIA』) など、リクエストがきっかけでレギュラー化している雑誌も少なくない。「最近は、オーストラリアもおもしろい。ガーリーなテイストの『FRANKIE』や、そのお兄さん版的な立ち位置の『Smith Journal』などは、入荷すると必ず売れます。イギリスとアメリカのいいとこ取りという感じなので、日本人のテイストに合うのかもしれませんね。男性誌だと、台湾の『STREET MONSTER』は、本国の誠品書店 (台湾にあるオシャレな人気書店) よりも売れていると聞きます」。
谷口貴美代 (たにぐち・きみよ) /タワーレコード渋谷店7階の洋書バイヤー、オンライン書店の洋雑誌MD担当を経て、現職。これから開拓したいのは、アジア圏の雑誌。「ついにここまで来たかと思うんですけど (笑) 、インドのインテリア雑誌やベトナムのファッション誌など、もしかしたらおもしろいかなと考えているところです」。1970年5月9日生まれ
〈注目の新刊雑誌〉
『MONKI』No.08
「ここ最近一番売れている」というファッション誌。キッチュでガーリー、少しダークさも混じった独特の世界観が人気だ。「誌面ではイラストも多用。写真もいまっぽくてオシャレです」と谷口コンシェルジュ。ちなみに『MONKI (モンキ) 』とは、H&M傘下のスウェーデン発ファッションブランド。H&Mよりさらにプチプライスで、北欧では絶大な人気を集めている。遂に日本上陸した『MONKI』の魅力、まずは雑誌で要チェック!
圧巻の映画史コーナー!上村敬・コンシェルジュ
TSUTAYAと聞いて、まず思いつくのがDVDレンタルだろう。もちろん、ここ「代官山 蔦屋書店」にも、DVDのコーナーがある。人文・文学の書籍が集まる1号館のエレベーターをのぼって2階。迎えるのは、上村敬・シネマコンシェルジュだ。「好きな映画?よく聞かれるけど、なかなか決められないんです。同率1位でベスト100っていうことなら、すぐにでも挙げられるんですけど」と嬉しそうに話す。無類の映画好きだ。
もちろん、ただ「映画が好き」なだけでは、このフロアに見る圧巻のラインアップは編成できなかっただろう。アメリカの大学では、映画監督コースを修了。リーマン・ショックを機に帰国し、その後はしばらくテレビ制作会社で番組のプロデュースに携わっていたが、1年前に再び、映画漬けの日々が送れる場所へと「戻って」きた。「東日本大震災が起きた時、『本当に自分が好きなこと、やりたいことって何だろう』と改めて考え直したんです。僕の場合、それが映画だった。そんなタイミングで目に入ったのが、この蔦屋書店のコンシェルジュの公募広告。これだ!と思いました」。
彼が手掛ける棚のなかでもとりわけ必見なのが、映画史だ。ヌーヴェル・ヴァーグ、イタリア・ネオリアリズム、ニュー・ジャーマン・シネマ。日本の昭和映画史も充実している。国やジャンル別に丁寧にカテゴライズされた映画史コーナーは、眺めているだけでもおもしろいし、棚をじっくりと辿っていけば、忘れかけていたレアな名画にも出会うことができる。
昨年は、マキノ雅弘の特集を組んで、話題を集めた。マキノ雅弘とは、「日本映画の父」と呼ばれた牧野省三を父に持つ、日本映画の黄金時代を築いた映画監督だ。「特にシニアの映画好きの方からの反響が大きくて、すごく盛り上がりました。そういったお客さまたちからは、『君、若いのによく知っているね』と、かわいがっていただいています (笑) 。最近は、DVDを逆に頂いてしまうこともある。僕がまだ見ていない映画の話になると、わざわざ持ってきてくださるんです」。気づけば店員と客の関係を超えて、映画ファン同士が話に花を咲かせている。まるでサロンのような風景に、このフロアでは出会うこともある。「多くの映画ファンが集えるようなスペースをこれから創出していきたいと思っているんです」。今年も、映画監督などを交えたトークショーなどを続々と企画中だ。
上村敬 (かみむら・たかし) /かつて年に約400本の映画を鑑賞 (ただし夏はサーフィンに時間を捧げていたので、実質は10ヵ月で400本の計算!) 。もともと好きなのは、ロシアやイランの映画。チェチェン紛争がなければ、ロシアの映画学校に留学しようと思っていたほど。1978年9月23日生まれ
〈話題のDVD〉
「シルビアのいる街で」 (監督・脚本 ホセ・ルイス・ゲリン)
劇場公開が本邦初となったゲリン監督6作目の作品。「先日、ゲリン監督が来店されたんです。小津安二郎や山中貞雄とか、見て回る作品がびっくりするくらいマニアック。最終的には日活ロマンポルノのコーナーにも案内しました。今後の活躍にも期待したい監督のひとりです」。
世界のジャズ・メンが信頼を寄せる仕掛人!及川亮子・コンシェルジュ
レンタルと聞いてあなどるなかれ。マニア垂涎の廃盤も含め、これだけのボリュームを揃えているレコード屋は、おそらく世界中を探してもどこにもない。なかでもジャズ・ファンを唸らせている随一の場所、それがこの音楽コーナーである。担当するのは、及川亮子・コンシェルジュ。男の世界のイメージが強いジャズ界において、ジャズのCDやライブのプロデュース活動を展開してきた、ユニークな経歴の持ち主だ。
ロン・カーター、エディ・ゴメス、ラーシュ・ヤンソンなどそうそうたる巨匠たちから信頼を集める存在。「ジャズのプロモーターの仕事は、まるで選挙運動みたいなもの。とにかく365日ライブのチラシを持ち歩き、チケットを売っている状態。ハコは小さいし、ツアーを組まないとペイできなかったりもする。何度も辞めそうになったけど、これで最後と思うたびに、そのライブの内容が最高に良かったりするから、やっぱり辞められなくて (笑) 」。地元仙台を拠点にしながらの国内外ミュージシャンのプロモート、ニューヨークでのCD制作を経て、ライブハウスを自身で経営するまでに。しかし、東日本大震災の影響もあり、現在は、「代官山 蔦屋書店」の音楽フロアにいる。
ジャズといえば、音楽の中でもとりわけ理解するのが難しいと思われがちだが、及川は決してそんなことはないと主張する。「いまは、たとえばJポップを聞いていても、ちょっとカッコイイなと思うと、そこには必ずジャズのエッセンスが入っている。ジャズミュージシャンで、常にジャズシーンを一歩先に進んでいるハービー・ハンコック (1960年代から活躍しているシカゴ出身のジャズ・ピアニスト) という人がいますが、彼が以前その難解さについてインタビューされた時、『Time would tell (時間が証明するだろう) 』と答えていたことを、最近よく思い出すんです。いままさに、その状況になってきている。震災以来、日本全体として、聴く音楽が変わってきた感じがしているんです。一時期流行ったヒーリングとか、イージーリスニングとか、そっちのほうじゃない。もっとしっかりとした音楽に向いている気がします。ある意味では、本物志向になってきたんじゃないかな。みんなが、時代が、ジャズに追いついてきたのだと感じています」。
実際、このフロアでは、これからジャズを聴いてみたいという若者たちの姿もよく見かける。「いいジャズというのは、初心者も上級者も関係ない。だから初心者の方にも、自分がいいと思っているものの中から、聴きやすくてしっかりしたジャズを選んでオススメしています。ジャズ演奏のそれぞれにストーリーがあるように、お客さんにも聴くためのストーリーを作ってあげられたらな、と思っているんです」。
及川亮子 (おいかわ・りょうこ) /大学卒業後に勤めたのは六本木にある会社。ライブハウスが多いエリアだったので、給料をもらってはそのままライブに直行する毎日を送っていた。数年後、OLを辞めて、アルバイトをしながら、プロモート活動をする。プロモーター10年目にジャズの本場NYへ。帰国後は仙台を拠点に、CDやライブのプロデュース活動を展開。国内外のジャズミュージシャンに知られる存在に。1957年1月14日生まれ
〈いまオススメの一枚〉
「Transport」Tim Lapthorn
ジャズ界では珍しいイギリス出身の若手ピアニスト/ティム・ラプソーンのアルバム。3作目となる本作「トランスポート」は、世界に先駆けて昨年3月に日本先行発売となり、「代官山 蔦屋書店」で取扱中。及川コンシェルジュが独自のルートで仕入れたものなので、一般のCD屋ではまず見かけない。「久々に、全曲通して聴きたいと思ったCD。シンプルで親しみやすいメロディだけど、しっかり聴かせてくれます。ストリングスの使い方も素晴らしいと思います。こういう新しいジャズの香りを持つミュージシャンに出会えると、本当に嬉しいですね」
伝説の書店員、ここに健在!間室道子・コンシェルジュ
一書店から一書店員が辞める。通常だと、ニュースには到底なり得ないトピックスだが、それが間室道子ともなると、周囲は黙っていなかった。ついには某有名週刊誌の記事にも取り上げられて、彼女の動向に業界が大注目。そんな騒ぎをよそに、当の本人は「退職から10日後には、『代官山 蔦屋書店』で働く決意を固めていた」というから、この間室道子という文学コンシェルジュは、やはりタダ者ではない。
「代官山 蔦屋書店」への移籍に関しての質問には、「つくづく、本の神様っているんですよね」と、朗らかに話し始める。「知り合いの作家や編集者の方からは、いつもゲラや献本を送っていただいているので、自宅でゆっくり書評書きでもやろうかって考えていたんです。でも、それらを読み進めていくうちに、『この本をどうやって売ろうかな』と考えている自分に気づいた。あ、私は書店員をやりたいんだ!そう思った時には、ここの公募が出ていました。しかも、場所は自宅から徒歩5分圏内。まさに導かれた気分です。ほらね、本の神様って、やっぱりいるでしょう」。
間室コンシェルジュが常駐するのは、1号館1階。いわゆる文庫、文芸、新書を中心に扱う文学のコーナーだ。レジ脇のエリアには、自身が取材を受けた数多くの雑誌の書評記事とともに、オススメの新刊本が日々アップデートされ続けている。もちろんすべてに、間室コンシェルジュ直筆のポップ付きだ。「たとえばこの『二重生活』 (小池真理子著) はね、……」と案内し始める矢先から、その本は早くも完売御礼状態。その隣には彼女が帯を手掛けた本や、「たまたま著者が本屋にいらしたのをつかまえてサインしてもらったんです (笑) 」というレアなサイン本も並んでいたり。他店ではまずお目にかかれないこの濃厚なラインアップは、間室コンシェルジュ個人の才覚なくしてはありえない風景だ。
「あえて一冊ずつ、コツコツ選んで手作りをする。どうしようかと迷う時には、必ず“手”のつくことをたくさんする。手紙、手作り、手段、手だて、手がかり、手間。その結果は、人間関係の部分にも出てきていると思うんです」。いわゆる著者指名 (※作家がダイレクトにイベント出演を受けること) が多いことでも有名な間室コンシェルジュは、ここ蔦屋書店でもそのネットワークを生かして、数々のイベントも企画中だ。
世の中には、「本好き」と「本屋好き」がいるとよくいわれるが、「代官山 蔦屋書店」はまさに後者のハートに響く場所といえる。「いま、ネット書店に対抗できるリアル書店の生き残りの道があるとしたら、やはり空間をどれだけ魅力的に創出できるかということ。データ管理とは違うやり方で作っていけば、本屋という空間はまだまだやれることがいっぱいある」。
間室道子 (まむろ・みちこ) /「1日1冊、休みの日は5冊。月に60冊、年間720冊」の読書量。お気に入りスポットは、菅刈公園。「緑が多いですし、うちのカバーをつけた本をベンチで読んでいる人を見かけると嬉しくなりますね。散歩の途中で大きな書店に立ち寄れるというのは、代官山ならではの魅力です」。趣味は年二回の海外旅行。1960年7月17日生まれ
〈オススメの新刊本〉
『残り全部バケーション』 伊坂幸太郎 (集英社)
アジアでは翻訳本も出るなど、国内外で注目を集める小説家、伊坂幸太郎の新刊。「伊坂さんの小説には深刻でダークなものが多いが、基本は善玉も悪玉も変な人である、というのが特徴であり魅力。そういったオフビート感覚のミステリーは、海外にはあるが日本では例が少なく、彼はその第一人者といえる。この新刊は“リドルストーリー”といって、結末を読者に委ねている。男は戻ってくるのか?こないのか?その結末を介して伊坂さんは、読者の生き方を柔らかに問うているんです」。
一流トラベルライターの本棚!森本剛史・コンシェルジュ
棟の中央を走る“マガジンストリート”から一歩脇にそれると、いろいろな「図書館」に辿り着くことができる。重厚な木の本棚で囲まれたその空間では、照明も落とし気味。まるで自宅のリビングでくつろいでいるような心地よさとともに、軽いトリップ感が沸き上がってくる。“森の中の図書館”をコンセプトに掲げる「代官山 蔦屋書店」の、まさに心髄ともいえるスペースだ。
そのうちのひとつが、旅行のコーナーだ。世界を網羅する種々様々な本が、ただし一般書店の棚とはひと味もふた味も違ったラインアップで、天井までみっちりと詰め込まれている。
通常なら主力であるはずのガイドブックは、足もとの本棚に並ぶ。代わりに目線の高さで広がるのは、各地域の歴史や文化にまつわる“読み物”の本だ。「ある場所を訪ねる時、その土地の文化を少しでも知っていれば、見る風景が変わってくる。海外旅行とは、異なる文化との出会い。そのカルチャーショックがおもしろいんです」と話すのは、森本剛史・コンシェルジュ。ガイドブックが存在しなかった1970年から旅を続けている“バックパッカー第一世代”だ。であると同時に、彼はトラベルライターの草分け的存在でもある。これまで37年にわたり、一流の新聞や雑誌に寄稿を重ねてきた。「書店員の経験はゼロ。でも、お客歴は45年ありますし、海外旅行歴は42年。いま、自分にぴったりの仕事に出会えたと思っています」。
たとえばイギリスの棚には、近代史はもちろん、紅茶辞典やソーサー (皿) の絵本、さらには英国幽霊案内といった本までが、ストーリーを感じさせるユニークな配列で並んでいる。洋書もあれば、ヴィンテージ (古本) もあるし、バルト3国の棚に目を移せば、杉原千畝のマンガ本があったりするのも、森本コンシェルジュの目利きによるセレクションだ。「ライター仕事をしている間に集めた蔵書は、多い時で5000冊。僕はやっぱり本が好きなので、旅に出る時もまず書店に行って、目的地の国にまつわる本を調べるんです。その国の歴史や芸能はもちろん、その国の人が書いた小説まで。実は、ここに並んでいる本は、そうして僕が過去に蓄積してきた蔵書リストの中から厳選したもの。品揃えとしてはいま、8割くらいでしょうか。あとの2割は、まだ出会っていない本や、置きたいけど絶版になってしまっている本に当てていきたい。これからさらに充実させていくつもりです」。旅行コーナーの中央では、ひとつの国や土地にフォーカスしたフェアも常時開催中。関連雑貨なども取り揃え、誰がいつ立ち寄っても楽しめる仕掛けとなっている。
森本剛史( もりもと・たけし) /これまで制作した旅行ガイドブックは22冊。回った国は100カ国。特に思い入れのある地域は、中南米。旅に出る時は、出発の1ヵ月前から持っていきたい本を紙袋に詰め込んで、ゆっくりと時間をかけて吟味する。休日は、経堂の安酒場で、ゆったりとお酒を飲みながら話をめぐらせてリラックス。1949年1月19日生まれ
〈旅コーナー利用のススメ〉
「何がしたいとか、何を見たいとか、好みや目的を言っていただけると、的確なアドバイスができると思います。実はうちの旅行コーナーには、隣り合わせでT-TRAVELというトラベルカウンターもあるんです。ホテルの予約状況なども、その場ですぐにリサーチ可能。ご希望に応じて、そちらのコンシェルジュも一緒に、より充実した旅の計画を具体的にご提案します。旅行から戻ってきたら、またふらりと「代官山 蔦屋書店」に立ち寄って、旅の土産話を披露したくなる。そんな場所に育てていきたいですね」。
伝説の「リンドバーグ」を丸ごと移植!藤井孝雄・コンシェルジュ
「10年前までは、『クルマが趣味』というポジションがあった。男が3人いれば、うち必ず1人はクルマが趣味という時代。お金もないのにいいクルマを買って、何としてでも維持しようと、多くの男が必死になっていた。エアコンもない、ただ走るためだけに作られたクルマに乗ることが、どれだけたのしいか。オートバイよりも臨場感があるんですよ。まずは知って欲しい。そして乗ってみて欲しい。知られていないっていうのが、一番さびしいよね」と、藤井孝雄・コンシェルジュは語り始める。彼は、6つの専門書店が集う「代官山 蔦屋書店」の中でも、飛び抜けて高い専門性を有しているクルマ・バイクのコンシェルジュであり、車好きの間では“伝説の書店”として名を轟かせる「リンドバーグ」の創業者だ。
公募からの精鋭が集うコンシェルジュの中でも、さらに別格の存在。TSUTAYAを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭がもとより「リンドバーグ」に注目していたこともあり、ほぼ即決でプロジェクト参加が決定した。だからこの書籍コーナーには、「リンドバーグ」が創業以来27年間培ってきた哲学がそのまま移植されているといっていい。売り場の本棚も、「リンドバーグ」の昔ながらのスタイルだ。たとえばアルファロメオのコーナーの中には和書もあれば洋書もあり、DVDやイラスト集、整備書までもが揃う。専門性に特化し、本のジャンルを超えて集結させてみせるというのは、実は「代官山 蔦屋書店」の他の売り場にも共通する並べ方でもある。ひとつのコーナーですべてが完結できる。それは、きっかけをつかみやすいという意味で、マニアはもちろん、実はそうでない者にとってもフレンドリーな在り方だ。
若者のクルマ離れがいわれるようになって久しいが、だからこそ、この売り場には大きな存在価値がある。「ただね、僕の10年来のお客さんたちは、『キレイすぎる』とかいって、まだこっちに来てくれていない人もいる。ここ、すごくいいんですよ。文句のつけどころがない。だからつまらないって思う人も中にはいる。かつての『リンドバーグ』には、気づいたらなんとなく人がたむろっているような雰囲気があった。代官山にオープンして1年が経とうとしているいま、うちならではの良さをもっと出していきたいなと、いろいろ試行錯誤しているところです」。かつては世田谷の環8沿いに集結していたカーマニア/バイクマニアたちの熱量。それがいま再び、ここ代官山でさらにスケールを広げて、新たな共鳴を生み出し始めている。
藤井孝雄 (ふじい・たかお) /車人生の原体験としてあるのは、“ワシントンハウス”。藤井コンシェルジュが生まれ育った渋谷にはかつて、進駐軍の将校たちの住宅が広がっていた。公園通りを行き交う高級なアメ車への憧れが、その原点にあると話す。28年の歴史を持つ「リンドバーグ」は現在、ウェブでも展開している。1946年4月12日生まれ
〈 (素人も楽しめる!) マニアにオススメの一冊〉
マイケル・ファーマンの写真集
「写真やっている人ならわかると思いますが、彼の写真は、写り込みがおかしいんです。でも、その処理がものすごくうまい。クルマがアートであることを説明できる、とてもいい写真集です。被写体となっているクルマは、60年代より前のアメ車がメイン。いろんな出版社から出ていますが、マニアにもオススメしたくなる本が多い写真家です」
文具で広げる魅力的な生活!篠塚陽子・コンシェルジュ
代官山駅方面から「代官山 蔦屋書店」へと向かう場合、まず目に飛び込んでくるのが3号館1階の風景だ。ピカピカに磨き上げられたガラス窓に面して、大量の万年筆が整然とした並びで収められている。まるで空中を浮遊しているかのようにも見える不思議な光景。ユニークな見所を多く備えた「代官山 蔦屋書店」の中でも、とりわけ人目を引くスペースといえるだろう。それはここが本ではなく、文具に特化した売り場だから、というのもひとつある。ペンやノート類はもちろん、現代の生活に寄り添う様々な周辺アイテムが、世界から選り抜かれた独自のラインアップで揃えられている。本のついでに立ち寄るというよりは、何かスペシャルな文具を求めてわざわざ訪れたくなるような、特別な引力がそこにはある。
高級筆記具メーカーの老舗パーカーによる、ボールペンでも万年筆でもない“第5世代”のペン。この新テクノロジーを搭載したシリーズから、新しいカラーが入荷。
「ソネット パール ピンクゴールド トリム」 ¥24,150
仏ラグジュアリーメゾン「エス・テー・デュポン」が、創業140周年を記念して制作した「オードリーコレクション」のひとつ。ヘプバーンが映画『パリの恋人』で着用した帽子のリボンモチーフが、メタル部分に彫刻されている。
限定コレクション万年筆 ¥55,650
南馬越一義/BEAMS創造研究所シニアクリエイティブディレクター
代官山蔦屋書店の、特に雑誌や写真集コーナーでよく見かけるのが、ファッション関係のクリエイターやプロデューサーたちだ。聞けば、新しいプロジェクトのリサーチやインスピレーション探しに、代官山蔦屋書店を利用することが多いとか。ここではビームスのマゴさんこと南馬越一義氏をお迎えして、マゴ流の蔦屋利用法をインタビュー。
– カルチャー通のファッション業界人といえばマゴさんでしょう。ということで、今日は「代官山 蔦屋書店」2階のラウンジAnjinにお越しいただきました。日頃から本屋にはよく通っていらっしゃいますよね?
カルチャー通っていうか、僕はただのサブカルでしょ。本屋は、通っているといえるほどではないですが、たまにチェックしているという感じかな。本屋に行くと、トイレに行きたくなっちゃうからね。印刷の匂いのせいなのか、単調な風景のせいなのか。理由はわからないけど、それはさておき「代官山 蔦屋書店」のトイレはすごいですね。ゴージャスですばらしい。それでもう高評価です。
– マゴさんが「代官山 蔦屋書店」に来るのは、どんな時ですか?
次シーズンに打ち出すイメージのインスピレーションを探しに来たりとか。知らない雑誌や写真集がたくさんありますからね。雑誌をペラペラとめくっているうちにコレだ!と思うときもあるし、逆にテーマを決めてからそれに合うようなヴィジュアルを探すこともある。
– 確かにクリエイティブ関係者の姿が目立つ書店ですよね。
多いと思いますよ。よくツイッターでも、ファッション業界人やその周辺にいるクリエイターたちが、「代官山 蔦屋書店」についてつぶやいているのをよく目にします。代官山自体が、ファッション的な街ですね。
– 「代官山 蔦屋書店」ができて以降、人の流れも変わりましたよね。
ここって、わざわざ足を運んでくる場所じゃないですか。「代官山 蔦屋書店」には、独自の審美眼で選ばれた本が、きちんと演出された空間のなかで展開されている。来て、見て、買うという楽しみがある。モチベーションがあがるわけです。
僕らのファッション業界でも、いままさにそういうところが重要になってきています。Eコマースがどんどん伸びている中、いかにしてリアル店舗ならではの“何か”を作り出していくのか。たとえば欲しいブーツがある時、お客さんはそれを試着しに店舗に来るけど、気に入ってもそこでは買わない。サイズが確認できたら、家に帰ってからEコマースで買うんですよね。だから来店のモチベーションをあげることは、いまとても大事だと思う。店内でイベントを仕掛けたりしてね。そして必ずモノも作る。
– ここで特にお気に入りのコーナーはありますか?
カルト級の映画を焼いてくれるサービスがありますよね。まだ利用はしていないですが、前にチラッと見た時にけっこう悩んだんですよ。値段的にも、普通にDVDを買うのと変わらないでしょう。
– 「復刻シネマライブラリー」ですね。日本での版権が切れてしまっている映画を、ひとつひとつ本国から許諾をとってラインアップしているらしいです。
それってすごい財産ですよね。個人的には、アラン・ドロン主演の『サムライ』とか、ぜひ復刻して欲しいですね〜。いまアマゾンなどでは数万円で取引されていますから。これ出たら、絶対みんな買いますよ。
– 1階の本コーナーはどうですか?
僕が覗くのは、写真集のコーナーですね。最近探しているのは、アメリカ西海岸のイメージ写真とか。ファッション業界はいま、いろんな意味で西海岸を見ていますよね。エディ・スリマンは、LAにスタジオを構えて「サンローラン・パリ」の服を作っているし。そういうハイエンドから、もっとカジュアルなサーフまで、いまはとにかく西海岸ブームがキテます。僕的には、もう少し若い子たちのリアルなライフスタイルの写真を見てみたいと思って探しているんだけど、これがありそうでなかなかない。
あとは、 (各フロアで開催されている) 展示モノも、要チェックだと思います。こないだ見たのは、加藤和彦さんの私物展示。面白かったです。加藤さんは生前、ビームスでスーツを作ってくれていたんですけど、それも飾ってありました。
– Anjinはどんな時にいらっしゃいますか?
前に来たのは、何かの打ち合わせの時だったかな。バックナンバーがとにかく圧巻ですよね。「スクリーン」とか、小学生の頃に愛読していたのでグッときます。あれ?「映画秘宝」はないの? 担当者の方、これはマストですよ!
– 「代官山 蔦屋書店」の各コーナーに、専門のコンシェルジュが常駐しているのはご存知でしたか?
いいサービスだよね。コンシェルジュを置くっていうアプローチは、うちとも通じます。ビームスも、それぞれのセクションでオタクなやつが多いから。カジュアルだったらデニムオタクがいたりね。思うに、最近の若い子たちって、文脈や背景みたいな部分に興味を持つようになっている気がする。そういうウンチクがくっついているものが、売れていく雰囲気があるなと感じている。なぜここに、これがあるのか?ということ。マーケットの考え方じゃないよね。趣味で集積しているというのは、いますごくいい。
– 具体的にどんな層に響いているんでしょう?
意外と若い層だよね。特に30代。あとちょっと下がって10代後半から20代前半とか。僕の息子がちょうど20歳だけど、いろいろと昔のものを掘っている。もしかしたら親からの刷り込みもあるかもしれないけど。僕はオタクのファーストジェネレーションだから。宮﨑勤と同年代。
– このエリアで他にオススメの場所はありますか?
IVY PLACEとか。西海岸っぽくて、日本じゃないみたいですよね。一度ブレックファーストミーティングで利用しました。そういえば最近、朝飯文化ってありますよね。パンケーキとかも流行っているし。なんだろうね?僕が住んでいる杉並区ではまだない文化だなぁ。
南馬越一義 (みなみまごえ・かずよし) /BEAMS創造研究所シニアクリエイティブディレクター。ファッション業界きってのサブカル通であり、その振り幅の広さから、多岐にわたる分野のイベントやセミナーなどで常にひっぱりだこ。最近手掛けているのは、「シブカル祭。」とのコラボレーションや、ビームスの新業態「ビーミング ライスストア」のプロデュースなど。