Think About
Dutch Design
vol.7

【連載コラム】オランダのデザイン—デザイン先進国が取り組み続けてきた「コトづくり」とは—

Think About Dutch Design vol.7
Think About Dutch Design vol.7
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【連載コラム】オランダのデザイン—デザイン先進国が取り組み続けてきた「コトづくり」とは—

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Dutch Design
vol.7

by Yusuke Nakajima

アートブックショップ「POST」代表を務める傍ら、展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける中島佑介。彼の目線からファッション、アート、カルチャーの起源を紐解く連載コラムがスタート。第6回目のテーマは「オランダのデザイン」。

大学卒業後、初めて買い付けで訪れたかった国がオランダでした。そのきっかけになったのはオランダの De Jong (デ・ヨング) という印刷所が1953年から1971年まで定期的に刊行していた「Quadrat Prints」というシリーズ出版物です。「正方形の印刷物」を意味するこのシリーズは、De Jong の技術をクライアントに知ってもらうための広報物として制作され、当時の先端技術が用いられています。ディレクターを務めたのは De Jong 創業者の息子だったデザイナーの Pieter Brattinga (ピーター・ブラッティンガ)、彼は同時代のクリエイターたちに制作を依頼しました。起用されたのはアーティストの Dieter Roth (ディーター・ロス)や、写真家の Ed van der Elsken (エド・ファン・デル・エルスケン)、デザイナーの Bruno Munari (ブルーノ・ムナリ ) など、錚々たる顔ぶれです。彼らに共通して求めた条件はひとつ、版型が25cm角の正方形であることのみ。それ以外は各々の自由な表現が許され、多様なクリエイターが制作した33種類の印刷物はそれぞれに特徴的なアートブックになっています。中にはWillem Sandberg (ウィレム・サンドベルフ) による「Nu」と「Nu 2」や、Wim Crouwel (ウィム・クロウェル) による「New Alphabet」など、オランダのデザイナーが手がけたものもありました。

この印刷物を知った当時、オランダの文化に深い関心を持っていたというよりも、この Quadrat Print を探しに行きたいという気持ちからオランダに興味を持ったので、二人の存在は Quadrat Prints を通して名前を知った程度でした。しかし彼らはデザインによってオランダの文化を豊かにした立役者で、オランダに留まらず国際的なデザイン史・美術史にも大きな影響を与えた重要人物でした。今回はこの二人の仕事を事例としながら、オランダのデザインについて考察してみたいと思います。

「Quadrat Prints」

「Quadrat Prints」

Willem Sandberg (1897-1984) はデザイナーとしての顔を持ちながら、キュレーターとしても活躍しました。Sandberg の功績として高く評価されているのがオランダの Stedelijk Museum (アムステルダム市立美術館) での仕事です。彼は1945年から1963年まで館長を務め、デザインとキュレーションによって旧来の美術館のあり方を大きく転換させました。一般的には展覧会ごとに別々のキュレーターが担当して、カタログもそれぞれに異なったデザインが採用されることが多い中、Sandberg はキュレーター兼デザイナーでもあり、カタログはシリーズのように同一のフォーマットを採用し、デザインはカタログ、ポスター、館内サイン、チケットに至るまで、ほぼ一人で長期間にわたって手がけています。Sandberg の手法は特殊でしたが、常に統一感のある全体構成によって美術館の特徴を際立たせることに成功しました。アイデンティティやブランディングという、今では多くの事例で重要視されるデザインの機能をいち早く取り入れた事例と言えます。

1963年に Sandberg が館長を退任後、デザインを担当したのが Wim Crouwel (1928-) です。ちぎった紙で作った図や活字を組み合わせた Sandberg のタイポグラフィーとは対照的に、未来的な印象を感じる Wim Crouwel のデザインですが、De Jong の Quadrat Prints で発表した「New Alphabet」に彼のデザインに対する姿勢が良く表れていました。この文字は近い未来に到来するであろうコンピューターの時代を予見した Crouwel が、コンピューターで用いることを想定して作った書体です。実用されることはありませんでしたが、時代の変化に対してデザインは常に呼応していくべきという、彼が抱いていた思想が垣間みえる作品です。

彼は「コーポレート・アイデンティティ」の概念を重視し、Sandberg が実行していたアムステルダム市立美術館でのデザインルールをさらに推し進めました。シンボルとしたのは「Stedelijk Museum」の頭文字をとった「SM」のロゴマークです。小さくても大きくても、誰が見ても判別できる、このシンプルで判りやすいロゴを継続的に採用することで、美術館のアイデンティティを構築していきました。一方でポスターやカタログのデザインは各展覧会の内容に合わせてデザインされているので多様性がありながらも、統一感が感じられます。「多様性」と「統一感」は共存が難しい要素ですが、共通したグリッドデザインとサイズ、シンプルな構成を維持しながら、常に同じデザイナーが手がけることでその難題を解決しています。Crouwel は1985年まで美術館のデザインを手がけ、この期間はほぼすべてのカタログとポスターをデザインしました。

二人に共通しているのは、デザインは視覚的な表現が先行するのではなく、コンセプトに基づいた結果として生じるものだとの意識を持ちながらも、そのコンセプトを強く感じさせることのない優れたバランス感覚ではないかと思います。純粋な視覚表現としての強度を保ちながら、コンセプトが土台を築くことで、目にした人は深く考え込まずに惹きつけられつつも、無意識に情報以上のものを受け取っているはずです。また、彼らの姿勢は今日のオランダで活躍するデザイナーにも共通しています。それは文化の伝統だけでなく、教育によって現在も培われているようです。ある美術学校でデザイン科の学長を努めていた方に「学校でどんなことを教えているのですか?」と質問をした際に、「学生たちに技術的なことは全く教えない。ある課題だけを与えて、その課題に対してコンセプトを組み立てて、どれだけシンプルに伝えられるかの実践を重点に置いているの。」との返答がとても印象的でした。この教育プロセスによって培われるセンスは、まさに彼らが実践していたデザインの根幹にある価値観でしょう。

オランダの文化施設でデザインが巧みに機能しているのは、デザイナーに与えられる役割の大きさも影響しているのではないでしょうか。二人の事例を見ると、美術館とデザイナーは主従の関係性ではなく、対等な協働者であったのではないかと見受けられます。クライアントである美術館がデザインの重要性を理解し、彼らが自由に力を発揮できる場を提供することで、二人はデザインの機能を最大限に活かしました。近年は問題解決のためにデザインが有効であることが認知されつつありますが、オランダでは70年以上も前からデザインが社会にとって有効であることを理解し、デザイナーの役割を重要に考えていたのです。「ものづくり」とは違ったセンスが必要な「コトづくり」を70年以上も前から実践し培ってきたオランダは、今日でもデザインの世界で最先端を走り続けています。

<プロフィール>
中島佑介 (なかじま ゆうすけ)
1981年長野生まれ。出版社という括りで定期的に扱っている本が全て入れ代わるアートブックショップ「POST」代表。ブックセレクトや展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける。2015年からは TOKYO ART BOOK FAIR (トーキョー アート ブック フェア) のディレクターに就任。
HP: www.post-books.info