Geordie Greep

記憶に焼きつくようなワンフレーズを追い求めて。ジョーディー・グリープ〈前編〉

『The New Sound』というアルバムを引っ提げて来日した black midi (ブラック・ミディ) のフロントマン Geordie Greep (ジョーディー・グリープ)。アメリカ横断ツアーを終え、ニューヨークから東京へとやってきた。

数多の時代の音楽を愛し、ジャンルを超えて新しい音として紡ぎ出すセンスは彼の代名詞といえよう。black midi 後期に宿っていた過剰さを、より風通しのいい新たな表現へと昇華させた。現地のアーティストを引き連れてツアーを行うという実験的な取り組みを、まるでロードムービーの主人公のように楽しそうに演じている。

そんな彼に、日本のブランドを着てもらうことにした。アカデミックに積み上げられた音楽の技術と、未知なるものや新しさにも楽しさを見出そうとする Geordie。こだわりの強いアーティストに服をあてがうのは、容易ではないと思えたが、意外にも彼は嬉々としてブランド名を尋ね、袖を通す。「いい感じ!」と口に出し、ゆっくりと自分の一部になるのを楽しむ。それは、さながら未知の音楽に触れたときに、感触を確かめながら、その美質を見出すように。

geordie greep

model: geordie greep
photography: yuto kudo
styling: shinya watanabe
styling assistant: sanshiro maehara
text & edit: hiroyoshi tomite

シャツ ¥49,500、パンツ ¥69,300/以上 T.T (ティー・ティー)、ジャケット、サスペンダー/ともにスタイリスト私物

ジャケット ¥396,000/NICENESS (ナイスネス)、シューズ/スタイリスト私物

緻密なだけでは物足りない。
新鮮な驚きや遊び心を交えた音楽こそ誰かの記憶となって蘇る

—アメリカのバンドを引き連れてのツアーはいかがでしたか?

素晴らしい経験だったよ。昨年の9月に出会ったミュージシャンたちと4箇所ショーを行った。その手応えがあったから今回アメリカで20公演した。サポートメンバーは非常に勤勉で集中していた。パフォーマンスでミスがあった場合、次の日にはその部分を何十回と練習して修正した。向上心を持って、正しく音楽を演奏することにしっかりと取り組んでいたんだ。

—アルバムはさまざまなジャンル。ラテン、ジャズ、ボサノヴァ、あるいはオペラの組曲のような要素が取り入れられていますね。録音プロセスにはどのように取り組まれましたか?

創作の鍵は「新鮮さを保つこと」でした。多くのバンドは録音前に曲を何度も演奏するため、曲自体のエネルギーが損なわれてしまうことがよくある。今回はそうならないように、曲の構成を時間をたっぷりかけて練り上げた。同時に演奏者たちは録音時に初めてその曲を耳にするように戦略を立てた。これによって、楽曲の構成力と新鮮なエネルギーのバランスの両方が保たれた気がしているよ。

—それが Geordie の考える「いいアルバム」というものですか?

最高のアルバムはスタジオ録音をまるでライブのように感じさせてくれる。そのためには洗練された仕上がりを目指しつつ、生の感覚を失わないことが大切。それでも多くの場合、録音された音をきれいに仕上げてしまうことで、瞬間に生まれた熱量を失ってしまう。アルバムをミックスして録音していると、「ああ、もう完成したな」と思う瞬間が訪れる。でも実は、そこがちょうど折り返し地点。本当に完成させるためには、さらに時間をかけて、もう一度エネルギーを注ぎ込まなくてはならない。だから僕は、まず洗練された音を作り、その後で同じくらいの時間をかけてエネルギーを取り戻すプロセスを取り入れたんだ。

—ロンドンやブラジルの音楽家と比べて、日本の音楽家と共に働く際の独自の点は何ですか?

日本のミュージシャンは特にロンドンの音楽家と似てるところがある気がしてる。普段は控えめでいかにも「普通の人」のようだけど、演奏するととたんに感情表現が激しさを帯びて、饒舌になる。例えば、松丸契。普段は落ち着いている人物ですが、彼のサックスの演奏はまるで「宇宙の崩壊」のような激しい音を響かせることがある。そういう部分をとても気に入ってるんだ。

—音楽が暴発する瞬間が好きなんですね。

間違いなく好きだね。今回の日本のバンドは特にユニークで、松丸もドラマーの jeimus (ジェイムス) はふたりともジャズの学校に通っていたので、いわゆる「ちゃんとした音楽」を知っている。ジャズもポップスも何でも演奏できる。でも、彼らが普段やっているのは、ほとんど即興演奏ばかり。完全にフリーで、アヴァンギャルドなスタイル。そんな彼らと僕が一緒にやる音楽は、もっと「曲」として構成されたものだから興味深い試みになると思うんだ。

—異なるジャンルの音楽を自分のサウンドに置き換えて生み出す時に、大事にしていることは?

心に残る要素だけを取り入れること。映画に置き換えて考えてみればわかりやすいと思う。例えば、世界的に支持された栄誉ある賞を獲った作品が、本当に記憶に残るほど素晴らしいかというと必ずしもそうではないよね。2年後にはすっかり忘られ去られてたりもする。だから結局のところ、心に残るものって予想できない。音楽も同じで、偶然聴いたアルバムの中の1曲が、後々になって「あれ、あの曲何だったっけ?」って気になることがある。だから技術的に完璧な作品が記憶に残るというわけではなく、むしろ印象的な瞬間があれば、見終わった直後に不完全な作品に思えても何度も記憶が甦るもの。音楽でも同じことが言えるんだ。人間のおかしみが含まれていればね。でも馬鹿げてしまうといけない。そこが一番難しいんだけど。もしあるシーンが記憶に残ったのならば、ふとある楽曲のある瞬間の旋律に印象的な部分があったなら、それこそ探求する価値のある特別なものなんだ。それをうまく活かせば、もっと良いものに昇華できるかもしれないからね。