枠を超えて探求する、新しい物語。ジョーディー・グリープ〈後編〉
1999年生まれのGeordie Greep(ジョーディー・グリープ)。バンドとしてフルアルバムを3枚リリースした後に生み出されたソロアルバム『The New Sound』は、様々なジャンルへの愛を感じさせてくれる一枚だった。
緻密に整理されたジャンルの壁を掻い潜り、不思議なサウンドを届ける。時には性急に捲し立てるように歌い、時には12分に及ぶオペラ調ともいえる楽曲を忍び込ませ、策士のように笑って見せる。音楽の歴史のレガシーに敬意を払いながら、同じくらいの熱量で傍若無人に奇妙な作品を生み出すことを恐れない。
2015年に日本で大月壮士によって「日本人の精神性とテーラーのテクニックによって作られるダンディズム」をコンセプトに立ち上げられた SOSHIOTSUKI (ソウシオオツキ)。英国人の彼は自身のルーツとなる音楽の学びの礎の上にボサノバやサルサ、タンゴみたいな異なる音楽を重ね合わせる。同じように、洋服が持つ異なるアイデンティティを容易く着こなす。そのしなやかな折中の仕方はどこからくるのだろうか。自身が主人公の物語を紡ぎながら、主演とシナリオライター的なアティチュード、主観と客観を行ったり来たりする彼の背景を、様々なジャンルや音楽のリファレンスを引きあいに教えてもらった。
geordie greep
model: geordie greep
photography: yuto kudo
styling: shinya watanabe
styling assistant: sanshiro maehara
text & edit: hiroyoshi tomite
即興と構成の妙、違和感こそ楽しんで
—今作の歌詞では曲の登場人物が自分が人生をコントロールできてるようにみえて、むしろ運命に翻弄されている、みたいなシチュエーションが描かれています。映画のシナリオのようなストーリーを描いた理由は?
このアルバムの歌詞のメインのテーマは特に面白さ(ファニー)と感情的なパワーや意味をどうバランスさせるかを意識したんだ。音楽はあまりにも「笑い」の要素が少ないか、ただのおふざけ(シリー)に成り下がるかのどちらかしかないから。
—なるほど。一瞬面白くてもしばらくすると飽きてしまったり。
そうなんだ。だからユーモアを持ちつつも、きちんと感情を込められた楽曲を作りたかった。歌詞がストーリー調で登場人物がリスナーの境遇と違っても、共感できることを目指した。
—「the Magician」は既に2年前の black midi のツアーで演奏していましたね。僕も当時インタビューでもこの曲は突出しているとお伝えしました。その時からどのように楽曲を仕上げましたか?
当時演奏していた時から、録音するときには違う型式にしたいと考えてた。あの曲から既に結構長い楽曲になってた。前半はずっと同じコードの繰り返しで、緊張感が高まっていく中で歌詞も心情も変化していくような構成だった。アルバムとして録音するときには、計算しつくされた状態を目指した。楽器編成が徐々に変わるイメージ。最初はバンドの演奏、その後はマルチトラックのギターが重なり、最後はオーケストラのような構成になる。そうやって、さまざまな楽器を重ねて多様なサウンドに仕上げたよ。
—なるほど、まるで新しいオペラみたいな大作ですよね。1曲の中にいくつもの章があるような。
まさに!でも、black midi で演奏していたときは、もっとシンプルなロックの曲としてやってたね。それはそれでよかったけど。アルバムではもっと違う表情を持たせたんだ。
—「The Magician」だけじゃなく、他の楽曲も実験的なアプローチをさらに押し広げている印象です。このツアーのように新しいプロジェクトを通じて、未知の音楽の旅をしていますね。
そうだね。ブラジルでのレコーディングのプロジェクトが成功したことで、「これならいろんな場所でできるかも」と思った。だから、アメリカ、イギリスで違うメンバーと演奏したし、日本でもやることにした。そうすると新しいミュージシャンとつながる扉が開かれるんだ。
—アルバムのタイトル通り、ジャンルの境界を押し広げていくサウンドですよね。
ジャンルの枠を超えて新しい音を純粋に探求すること。それが今の時代に一番大事なことじゃないかな。みんなジャンル分析をあまりに真面目にやりすぎるよ。僕にしてみれば「そんなのどうでもいいじゃん?」って感じで。例えば Frankie Ruiz (フランキー・ルイス)、彼はサルサのシンガーで、ちょっとチープな感じもするんだけど……。
—でも、チープなサルサも時には良いものですよね。
そう、それこそが面白さだったりもするしね。他のジャンルでも Ástor Piazzolla (アストル・ピアソラ) のタンゴとか。Gary Burton (ゲイリー・バートン) や Keith Jarrett (キース・ジャレット) のアバンギャルドなジャズもそう。真面目で格式高いとされている古典音楽と並べても、全然引けを取らないし。意外とチープとされるものの方が良かったりもすることがある。
—練り上げられたアルバムとは逆にライヴの良さってなんだと思います?
その瞬間に没頭できること。何が起こるかわからないし、完璧にコントロールすることはできない。会場の音響が悪いかもしれないし、誰かがミスをするかもしれない。楽器の音が思ったように響かないこともある。その分ミラクルもある。ライブはその場限りの美しさがあるね。
—1回しか起きないハプニングを楽しむというか。でも一方のアルバムはそうはいかない。
そういえば、日本のバンドでフランス語の名前のすごく有名なバンドがいるよね? 南のほうの出身で、サイケデリックなバンドで……なんだっけ……。裸のラリーズ(Les Rallizes Dénudés)だ!ヨーロッパでも最も有名な日本のバンドのひとつだけど、彼らは正式なスタジオアルバムを一切出さず、ライブのみで活動していた。その結果、彼らの偉大さが音楽好きの一部のものになってしまった。もちろん、素晴らしいライブ録音もあるし、ライブパフォーマンスの記録は残っている。でも多くの人が求めるのはスタジオアルバム。莫大な時間をかけて練り上げるから何年、何十年と残り続ける。その意味で、ライブとアルバムの違いは想像以上に大きい。
—最近ハマってる映画やサウンドトラックってありますか? ついリピートしてしまうような。
繰り返し聞いたサウンドトラックで言うと『Le Clan des Siciliens(邦題:シシリアン)』のサウンドトラックかな。後は昨日日本に来る飛行機の中で『サタデー・ナイト・フィーバー』をはじめて観た。Bee Gees (ビー・ジーズ) の曲の作り方がめちゃくちゃ巧妙でびっくりした。
—確かに言わずもがな名曲ばかりですよね。
普通のポップソングって、例えば「ヴァース→コーラス→ヴァース」みたいに、予想がつくような構成になりがちなんだけど、Bee Gees の曲は実は違うものが多い。「Stayin’ Alive」とか冒頭のヴァースで「おっ、いい感じだな」思わせてきて、コーラスに入って「おお、さらにいいぞ!」となる。そしたら次にブリッジが出てきて、「えっ、こんなのもあるの?」と驚かされる。で、またヴァースに戻って、最後にコーラスがさらに盛り上がって終わる。曲がずっと盛り上がっていくような構成になってて、本当に考え抜かれてる。後は正直なところ映画自体はみてないんだけど、『ヤコペッティの残酷大陸』のサントラは最高だ。イタリア映画で、1970年代当時「とにかく衝撃的な作品を作ろう」みたいな流れがあったらしく、過激な映画の一つだ。奴隷制度の時代に遡る話らしいね。でも、面白いのはそのサウンドトラック。イタリア映画って実はいつも素晴らしい歌手が参加してる。
—確かに、イタリア映画の音楽って独特の美しさがありますよね。
驚くほど美声のシンガーの Katyna Ranieri (カティーナ・ラニエーリ) を起用したメインテーマ曲が「Oh My Love」。本当に素晴らしい。境界を押し広げるものって、こういうふうに練り上げられたものとアンバランスさの妙味にあると僕は思うんだよね。