CHANEL
N°5

【History】 シャネルの ナンバーファイブ

第二次世界大戦におけるパリの解放のとき、米兵たちはCHANELのブティックに押しかけて、祖国で待つ妻や婚約者にN°5を持ち帰った。N°5の名は一気に知れわたり、世界的ベストセラーとなる

CHANEL N°5
CHANEL N°5
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【History】 シャネルの ナンバーファイブ

CHANEL
N°5

text: miwa goroku

現在、東京・天王洲アイルB&C HALLで開催中の「マドモアゼル プリヴェ」展は、CHANEL (シャネル) を象徴する5つのキーカラーごとに、ファッション、ジュエリー、フレグランスを展示。3つの角度からメゾンの軌跡を巡り、そのスタイルとクラフツマンシップを浮かび上がらせる大型展覧会だ。今回はその中から、20世紀を代表するアイコンとしても知られる「シャネル N°5 (ナンバーファイブ)」にフォーカス。フレグランスの世界において、香水は「N°5以前」と「N°5以後」とにわけられるほど、「シャネル N°5」は名実ともに革命的な存在である。

つかみどころのない香り

CHANEL初のフレグランス「シャネル N°5」が誕生したのは、カンボン通り31番地のクチュール サロンがオープンしたのと同じ1921年。当時のフレグランスは、単一の花からなるモノフローラルの香りが主流のなか、Gabrielle “Coco” Chanel (ガブリエル “ココ” シャネル) が欲したのは、もっと複雑で抽象的な香りだったという。彼女は香りの開発を、元ロシア宮廷の調香師 Ernest Beaux (エルネスト・ボー) に依頼。希少なグラース産のジャスミンを贅沢に使い、さらにローズ ドゥ メ、ヴェチバー、イランイラン、サンダルウッド、ネロリ、トンカビーン…… 当時においては圧倒的に多い80種以上の天然の香料をかけ合わせ、かつてなく豊かなフローラルを生み出したのだった。

まさにフローラルブーケと呼べる贅沢で複雑なハーモニー。そこに合成香料のアルデヒドを加えたのがまた画期的で、その後のフレグランスをすべて変えてしまったといわれている。たとえばイチゴに垂らす1滴のレモンように、アルデヒドはいわば隠し味として、複雑な香りに輪郭を与え、花々の香りを引き立たせていく。こうして完成した香りを Gabrielle Chanel は「女性の香りのする女性のための香り」と表現し「服と同じくらい大切なもの」と説いた。服をまとうように香りをまとう、とはよくいうが、このアイデアそのものが CHANEL の創り出したスタイルだったのだと気づかされる。Marilyn Monroe (マリリン・モンロー) のあまりにも有名なフレーズ「寝るときに身にまとうのはN°5だけ」(1952年) は、本人のセダクティブな魅力とともに、N°5の特性を伝えるものでもあったのだ。

©CHANEL

シンプルなボトルとネーミング

「シャネル N°5」 の名前は、Ernest BeauxがGabrielle Chanelに提示した試作品の中で5番目のものだったからとも、Gabrielle Chanel のラッキーナンバーだったからともいわれる。いずれにしても世界中の誰もが一目で理解できるユニバーサルな番号を香りに名づけたのは、これまた発明的なアイデアだった。

N°5は、香りとボトルの関係性も軽やかにひっくり返して見せた。装飾性を競った時代において、N°5の飾り気のない直線的な、極めてシンプルな形のボトルは、どこまでもピュアなイメージで逆に異彩を放った。1959年、N°5はそのシンプルな佇まいのまま、MOMA美術館の恒久コレクション入り。Andy Warhol (アンディ・ウォーホル) のシルクスクリーン作品の題材としても人気を集め、CHANELのアイコン=20世紀を代表するアイコンとなった。

ミニマルな佇まいを守りつつ、N°5は時代のデザインコードに合わせて、少しずつ変化を重ねている。たとえば50年代、70年代のボトルはサイズが大きく、キャップも厚みがあり、どんどん豊かになっていった時代背景が透けて見える。©CHANEL

革新的な広告キャンペーン

「シャネル N°5」は、広告のヒストリーにおいてもパイオニアとして君臨する。1937年、広告キャンペーンとしては業界で初めてデザイナー本人がヴィジュアルに登場。CHANELのアートディレクター Jacques Helleu (ジャック・エリュ) は、広告に世界的スターを起用するスタイルを確立、40年以上にわたり多くの名キャンペーンを生み出している。Jean Shrimpton (ジーン・シュリンプトン)、Catherine Deneuve (カトリーヌ・ドヌーヴ)、Nicole Kidman (ニコール・キッドマン)、Audrey Tautou (オドレイ・トトゥ) …… そして2012年には、Brad Pitt (ブラッド・ピット) を女性用フレグランスの顔として初起用、業界を超えて大きな話題をさらった。

先日発表されたばかりの「シャネル N°5 ロー」のホリデーキャンペーンには、Lily-Rose Depp (リリー=ローズ・デップ) を起用。Jean-Paul Goude (ジャン=ポール・グード) のディレクションによるファンタジックな世界が広がるなか、高揚感に満ちた Lily-Roseの表情が生き生きと今っぽく、自由を好む N°5の革新的なスピリットが改めて伝わってくる。

常に時代の一歩先を歩き、新たなスタイルを生み出し続けてきた「シャネル N°5」。現在開催中の「マドモアゼル プリヴェ」展は、貴重なアーカイブを展示するのみならず、空間そのものが N°5 の香りで満たされていて、 CHANELの世界観に五感で浸ることのできる贅沢なイベントに仕上がっている。