太田莉菜が金原ひとみに聞く。かつて怒れる若者だった私たちは、いま限りなく透明に近い諦念の中にいる
村上龍が20年間務めたテレビ東京『カンブリア宮殿』の新MCに、作家・金原ひとみが就任した。文壇の枠を越え、お茶の間へとその存在が浸透していくニュースは、多くの人を驚かせると同時に静かな期待を抱かせた。そんな、金原への取材の場に“聞き手”として招いたのは、モデル・俳優の太田莉菜。金原作品の熱心なファンであり、若くして表舞台に立ち、母になり、離婚を経て、それぞれの場所で走り続けてきた——その共通項ゆえに、他のインタビュアーでは引き出せない言葉があると踏んでのことだった。ノートにびっしりと質問を書き込んで臨んだ太田が、金原の変化の深層へと切り込んでいく。
hitomi kanehara & rina ohta
interview: rina ohta
photography: tomoyo tsutsumi
hair & makeup: yuko aika
edit & text: asuka furukata
ワンピース ¥74,800/POOLDE、ネックレス/スタイリスト私物、その他/本人私物
金原: なんか、お酒が欲しいですね(笑)。
太田: ビールを買ってこようかなとも考えたんですけど、一応お仕事だしな……と自制しました。
金原: インタビュアーのお仕事って今回が初めてですか?
太田: そうなんですよ。不慣れな部分もあるかもしれませんが、よろしくお願いします。まずは、カンブリア宮殿の新MCになったことについて聞けたらいいなと思っています。いままでは書くことが仕事だった金原さんに、言葉を聞く・話すという作業が新たに加わったんだな、とすごくワクワクするニュースでした。オファーが来た時は、どういう感覚になりましたか?
金原: 書くことのプロであるという自覚はあるけど、話を聞いたり、話したりということはそんなにうまくないと思っていたから「なんで私?」という戸惑いがありましたね。「このプロデューサーは私のこと、ちゃんと知っているのかな?」と。
太田: 私は金原さんがカンブリア宮殿の新MCになると知った時、言い方が悪いかもしれないけど「テレビ局なのにセンスいい!」と思いましたよ(笑)。村上龍さんという大先輩が20年間やってきた番組を引き継ぐ役割として、ベストな人選だなって。
金原: 龍さんが私の『蛇にピアス』の解説を書いてくれていて、私が去年、龍さんの『ユーチューバー』の解説を書かせてもらって。そういう縁もあって声をかけていただいたそうです。でも、仕事に繋がるとは全く思っていなかったので驚いたし、「私でいいのかな?」という戸惑いは最後までありましたね。でも龍さんが20年続けてくれたからこそ、私は「あれと同じことはできない」という、いい意味での諦めも持てたし、諦めつつも自分にできることをやっていこう、と。大きな存在をひしひしと感じながら臨んでいます。
太田: 話すのも、聞くのも得意ではないとおっしゃっているけど、金原さんに対する私の印象は違うんですよね。最初にお会いしたのは『YABUNONAKA』の毎日出版文化賞の授賞式。あの日はその場にいた全員が、いかに自分が金原ひとみという人や、作品を愛しているかを告白しているような状況でしたよね。
金原: ご褒美タイムをもらっちゃったって、私も思っていました。作家をやっていて、あんなに褒めてもらうことってそんなないし、しかも同業者のみんなから声をもらうこともあんまりないので。……余談だし、本当かはわからないんだけど、朝井リョウさんが、昔酔っ払った私に絡まれて「私の本なんか誰も読んでねーんだよ!」って肩を持って揺さぶられたことがあるらしいんですよ。そんなことは絶対にしてないと思うんだけど(笑)。
太田: その授賞式での“告白タイム”を見ていて「金原さんって、話したくなる人なんだろうな」って思ったんです。
金原: それはあるんですよね。「聞いて」と言われることが割とよくあって。そんなに仲良くない人から突然「恋愛の相談したいんだけど」と言われたり。それは多分、絶対に否定しないからなのかな、と。倫理的に良くないとか、人としてどうなの?というところから一番遠い場所にいるから話しやすいんじゃないかなと思っています。
太田: 今回、このインタビュアーの話をもらって、金原さんってどういう人なんだろうって私なりに考えて、書き出してみたんです。読み上げますね。「いろんな人の心の中に点在している」「パンクス・マザーテレサ」「微笑みの革命家・世界征服者(自覚なし)」「時代って感じ」。
金原: めっちゃかっこいい(笑)。
太田: 存在感がどんどん強烈になっているけど、すごい開放感がある。フラットな言葉で場を嵐のように持っていくけど、それがいつしか自分のお守りのような感覚になる。それは多分、金原さんの持つ「常に本当のことしか言わない」という誠実さへの信用があるからこそだと思います。今日、収録も見学させてもらったんですが、気負う感じもなく、やっぱりこの人はこのままそこに立てる人なんだな、と。
金原: 嘘がつけないんですよね。「自分をどう見せたいか」と考えることも割と無駄だと思っていて。そんなことできないよな、と。常にむき出しでいる方が楽といえば聞こえがいいですが、それ以外のことができないだけなのかも。小説の方が私はより正直になれるんです。人に相対しているとき、嘘をついている感覚はないんですけど、多分もっとさらけ出せるのを、どこか少し閉じてしまう。だから小説が一番のパーソナルなスペースだし、それでありながら社会とつながる場所だと思っています。カンブリア宮殿のMCは普段とは全然違う仕事のやり方だなと思いながらも、嘘はつかずに真正面からぶつかっていくしかないな、とやっぱりちょっと半分は諦めながらやっています。
太田: 金原さんは、たくさんの本を書いてきて、いろんな人の憧れや指標になる存在感を持っている人だと思うんですよ。つまり、かつて憧れを置き去りにしたまま成長しちゃった人が、こうでありたいと自分自身を投影しやすい存在だし、そういう人たちが、若者に「こういう大人がいいよ」って伝えやすいミューズにされている気がして。その感じを、ご本人はどうやって受け止めているのか気になっていました。
金原: あんまり実感がないな、というのが正直なところです。もちろん、評価してもらったり、賞をもらえるのは嬉しいし、純粋に受け止めるけど、自分の中に覆しようのない劣等感のようなものがあるんです。「自分はいない方がいい」という確信がずっとあり続けている。だから「イエーイ」と直接的に受け取るというよりかは、自分の屈折したものが作品に反映され、自分のマイナスな感情や肯定のできなさが同じようなモノを持っている人たちに、どこかで届いているということが最も嬉しい。……絶対になれないけど、全ての人に祝福されているような朝井リョウみたいなやつが羨ましい(笑)。
太田: どこらへんがですか?
金原: だってあの人、感性が突き抜けているし、小説だけじゃなくて本人もめちゃくちゃおもしろいし、毎年本屋大賞にノミネートされてるし、めちゃくちゃ売れているし。発売前重版とかするんですよ。なのに謙遜するし。「『いやいやいや』じゃねーよ!認めろ!俺はすげえって言え!」って思っています(笑)。
太田: 年齢を重ねて、良い意味で「諦めを持つ」もそうですけど、昔より外交的になっているというか、楽になっているような雰囲気も感じるんですけど、40代になってみてどうですか?
金原: 根本的に変わっていないところは多くあります。
太田: 例えば?
金原: 取り繕えないとか、穏便に何かを済ませることができないとか。でも、許せないものがちょっとずつ減ってきた気もしています。世の中がどんなに許せないものだらけだったとしても、「なんでそうなるんだろう」ということを考えていく中で、和解じゃないけれども、その存在の意義を知っていくことを冷静にやっていかなきゃ、と。それを思い始めたのが30歳くらい。
太田: 今まで、金原さんに対して「怒り」というテーマで行われるインタビューが多かったと思うんですけど、私も「怒り」について聞きたいことがいくつかあって。私は怒りが原動力かと思うくらい、よく怒っているんですよ。
金原: 「怒りで爆発するんじゃないか」みたいなこと?
太田: そうですね。なんでこんなに怒っているんだろうと思うと同時に、私も「許せないことが減ってきた」という感覚を持ち合わせていて。まだ混乱の中にいるな、と。だから金原さんには「怒りの収め方」について聞きたかった。
金原: テーマや場面によっても違いますよね。
太田: 私は怒っている人がすごく好きなんですよ。怒りというものを認めている人。金原さんの小説からはそれをすごく感じて安心する。
金原: 怒りはあった方がいいですよね。怒りという感情を持ち合わせている自分が辛い、という人もいるじゃないですか。私は怒れない方が圧倒的に辛いと思う。テーマにもよりますけど、私も“怒り爆発型”。多分、太田さんと同じです(笑)。言葉で全てをぶつけたくなってしまう。できるだけ人ではなく、小説相手にやろうって思っているんですけど、人に対して爆発してしまうこともある。それでも、怒りを収めないで表現する方が納得がいくと思っています。怒りを爆発させることによって人と対話ができたり、本音をぶつけ合ったりもできるし。
太田: 小説に怒りをぶつける時はどんなことを考えているんですか?
金原: 「なんでこういう人がいるんだろう」「どうしてこういう邪悪なものが存在しているんだろう」という疑問を物語に落とし込むために最も適したシチュエーション、キャラクターはどんなものだろう、ということでしょうか。何に対しても「そういうこともあるよね」って言えちゃう人って怖いじゃないですか。世界がどんなことになっていても、自分が何を言っても変わらないと諦めているような人たちになってしまうことが、私は怖い。怒って、それを表現し続けていくのが、最も人間的な行為だとすら思っています。
太田: ちなみに、娘さんと「怒り」について話したことはありますか?金原さんもそうだと思うんですが、シングルマザーだと2人っきりで過ごす期間が多いし、感情的にクッション材になる場が少なく、気持ちを剥き出しにせざるを得ない時期がありませんか?自分も成長しながら、子どもの成長も見守らないといけないという点において、怒りは手放せないテーマの一つだと思うんですよね。
金原: うちの子もしかりなんですが、今の子たちってアンガーコントロールができちゃっていませんか?反射的に怒りをぶつけたりせずに、一旦持ち帰って考えるとか、冷静に受け止めたりとか。だから、私みたいに反射でブチ切れたりすると、完全に心をシャットダウンされちゃうんですよ。
太田: めちゃくちゃわかります。
金原: だから表現の仕方を考えないといけない。私は、恋愛相手とかだとすべての怒りをぶつけてしまうんですけど、やっぱり子供には嫌われたくないから。できるだけ相手に受け入れてもらえるように「対話をしたいんだよ」「あなたのことを知りたいんだよ」ということを伝え続けているんですけどね。それでも私が少しでもカッとしてしまうと、遮断されちゃう。
太田: 金原さんのお子さんと、私の娘の年齢って近いので共感しかないです。最近、久しぶりにめっちゃくちゃでかい親子喧嘩をしたんですよ。
金原: どれくらい大きい喧嘩?
太田: 取っ組み合い(笑)。お互いに自分でびっくりするくらい怒って、冷静になった時に「ごめんね」ではなく「まあ、これはひどかったね」みたいな、将棋の感想戦のような終着をしたんですけど(笑)。
金原: いやあ、取っ組み合いの喧嘩、いいですね。私は子どもとやったことがなくて。野蛮なコミュニケーションもたまには必要だよなって思うんですけど。娘さんは普段、怒りを表現しない人なんですか?
太田: 喧嘩をしたら必ず謝るというルールがあるくらいには、私に対してはまだ表現してくれる方なんですけど、どちらかというと仲介みたいな役割が多いから心配はしていたんです。だから、もちろん怒鳴りあうような喧嘩はしない方がいいに決まっているんだけど「溜まった膿を出すように怒りをぶつけられる人がいてよかった」と安心もしたんですよね。怒る方法すら知らない人も世の中にはいると思うから。
金原: うちの子がまさに怒り方がわからないタイプだと思います。経験がなさすぎてブチ切れ方がわからなくて、彼氏と喧嘩しても下手すぎて、「そんなんじゃ伝わんねえよ!もっと言ってやれ!」と私の方がキレている(笑)。
太田: 若い時に言われて、今でも思い出す「これ言われて嫌だったな」という言葉ってありますか?
金原: 母親が私が学校に行かないことをすごく気に病んで、「世間体が」みたいなことをよく言っていたんです。母親がその言葉を使う度に「世間って何なの?」という純粋な疑問もあったし、「世間体のために人に何かを強いるってヤバくない?」という不信感を持つ言葉だったなと思いますね。
太田: 作品にもそれはすごく反映されていますよね。
金原: そういうものへの嫌悪が小さい頃からあったっていうことは、自分の中で何かを解放してあげないと、みたいな気持ちになったひとつのストレスかもしれない。
太田: その経験は、娘さんたちへの子育てに活きましたか?
金原: されて嫌だったことはしないように気をつけてます。あとは、自分が思ったことをなるべく正直に言うようにしてます。性格的にもそれしかできないんですけど、何かをしてもらいたいからって別の言葉でそそのかしたり、プレッシャーを与えたりすることはやっぱり嫌いなので、できるだけしないようにと思っています。
太田が撮影した金原
金原が撮影した太田
太田: 母親という役割において「教える」というのは使命としてあると思うんですが、30歳・40歳は、“大人”という役割を社会からもなんとなく求められ始める年齢の気がするんです。金原さんがカンブリア宮殿のMCになったことも、多くの文学賞で審査員もされていることも、そういうことを象徴する出来事のように感じています。大人になった自覚もないけど大人になってしまった人たちが、求められる振る舞いについてはどう考えていますか?
金原: 文学賞の審査員は、責任感というものはあまり感じていなくて。良いと思った作品を受賞させて、この世に出したいという素直な気持ちでやっています。なので、先輩や年長者としてではなく、「いい小説に出会いたい」と思っている一人の読者として参加している感覚。そのフラットさはちょっと持ち続けていたいです。
太田: 金原さんは、軽やかにボーダーラインを超えてきますよね。それは自分がこうであるべきということを固定化せず、解放されているように見えるからだと思います。金原さんと話していると、気持ちの良い風を浴びているような感覚になる。
金原: カンブリア宮殿のMCも同じように、何かを伝えるべきものを持っているというよりは、フラットに社長さんたちとお話して、どういうことを考えているのか、どういう人生を送ってきたのか、普段何を考えているのかを気負わず話していけたらいいなと思っていますね。
太田: 私自身も、大人として何か教えてあげようという気持ちはないんです。ただ、ずっと若い時から変わらない感覚として「なんとなく世の中にハマれていない気がする」という違和感がある。だから、もし自分と同じような違和感を持っている人がいるなら、彼らに「別にいいんだよ、そのままで、安心して」って思えるような雰囲気が私からじんわりと伝わればいいかな、とは思うんですよね。常に最高の自分でいたいというほどのエネルギーがあるわけでもないんだけど、それを自然に感じたい人は感じてくれたら嬉しいな、と。
金原: 何かを語るのではなく、生き方として、ということですよね。
太田: そうです。この間、知人が「20代の頃は怒りが剥き出しで、許せないことは許せないし、自分がダサいと思ったことはやりたくなかった。でも、年齢を重ね、子どもが生まれ、許せることも増え、今までの自分だったら絶対選ばなかったであろう選択肢を選べるようになった。それは優しくなったとも言えるけど、かつての自分が今の自分を見たらがっかりするんじゃないか、と思う」と話していたんです。その話を聞いて、私自身は、若い時の方がコントロールできていなかったので、今の方がむしろ安心をしている節があるな、と。年齢を重ねて考えが変化し、選べるようになったことが、かつての自分から見たらどんなにダサいことでも、憎むべきことではない。むしろ愛おしい瞬間ですらあるんじゃない?と、その人には話したんですけど。
金原: 年齢を重ねても、20代の時の視線がまだ生きている、ということですよね。太田さんがいうように、きっとそれも受け入れるしかない。自分も変わるし、環境も、時代も変わる。そのままで居続けることはできないという諦めと、時代に合わせて自分も変化していける方が、きっと自分にとっても社会にとってもいいんじゃないかなって、私も思います。
太田: そもそもカンブリア宮殿に出たことが新しいことではあると思うんですけど、大きな夢とかを持っていたりしますか?
金原: 私、マジで「これになりたい」「これやりたい」と思ったことがほぼなくて。できることが小説を書くことだけだったから、小説を書いてきただけの人生なんですよね。だから、何か大きな野望みたいなのを持ったことはなくて。もちろん「朝井リョウみたいに売れてえなあ」と思うこともあるけど(笑)。ひとまずは『カンブリア宮殿』を継続していくことを目標にしたいと思います。
太田: 最後に、金原さんが思う「大人」って何ですか?
金原: 自分をちょっと客観的に見れるようになった時が、一つのステップアップというか、生きることがちょっと楽になった瞬間だった覚えがあるんです。自分がなんでこういう人間なのかとか、人と比べてどうなのかとか、そういうことを俯瞰して見れた時に初めて「そういうことか」と腹落ちする感覚があった。その視点を持てるようになるためには、それなりに経験値を積まないといけないですよね。
太田: 私がずっと若い時から言い続けてるのは「成人は30歳からにしてくれないか」と。なんなら今は 40歳からにしてくださいと思っているし、50歳になったら「成人は50歳からで」と言い出しそう(笑)。何が言いたいかというと、年齢を重ねても客観性を持てるフェーズとそうじゃない時があるじゃないですか。
金原: そうですね。常にアップデートされているし、自分が置かれた環境や仕事、家族だったりが鏡のようになって返ってくる。だから、大人とは、いろんな体験をして、ちょっとずつ色んな視点を携えていくことなんじゃないですかね。











