影響を受け、与えながら生きる。坂東龍汰と岡山天音が『我々は宇宙人』から考えたこと。
人と出会い、関係を結ぶことは、自分ではない誰かによって、少しずつ自分が変えられていくことでもある。ときには傷つき、取り返しのつかない出来事を経験しながらも、互いに与えた影響は、その後の人生に残り続ける。
映画『我々は宇宙人』が描くのは、“普通”であることに悩む翼と、周囲から“特別”な存在として見られる暁太郎、二人の少年の関係だ。性格も立場も異なる彼らは、同じ時間を過ごし、互いの人生に深く入り込んでいく。そこにあるのは、単純な友情の美しさだけではない。人と関わることの喜びと怖さが、細やかなアニメーションによって浮かび上がる。
青年になった翼の声を演じた坂東龍汰と、暁太郎の声を演じた岡山天音。二人は、人に影響を与えること、影響を受けることをどう捉えているのか。作品を通して考えた、人間関係と友達について話を訊いた。
ryota bando & amane okayama
Photography: Kota Ishida
Stylist (Ryota Bando): Yasuka lee
Stylist (Amane Okayama): Haruki Okamura (FJYM inc.)
Hair & Make up (Ryota Bando): YASUSHI GOTO
Hair & Make up (Amane Okayama): MASA KAMEDA
Interview & Text: Hiroaki Nagahata
—坂東さんは完成した作品を観たあと、「とてつもない大傑作の誕生の瞬間を目の当たりにした」とコメントされていました。それほどの衝撃を受けたのは、どのような部分だったのでしょうか?
坂東龍汰(以下、坂東):単純に、観終わったときに、「やばいものを見てしまった」と思ったんです。映画を観て感動することはありますけど、ここまで身体ごと持っていかれるような経験は、あまりなくて。試写が終わったとき、周りの人たちの表情を見ただけでも、みんなの心が動かされたことが分かりました。
僕は一度だけ、実際にアニメーションを制作している現場を見学させてもらったんです。制作が佳境に入っている時期で、スタッフの皆さんが絵を描いている姿を見せてもらいました。本当に一つひとつが細かくて、あれだけ膨大な量の絵が積み重なっていること自体が、皆さんの熱量を物語っていた。それに圧倒された、というのが一番大きいかもしれません。
—翼と暁太郎のどちらに自分を重ねるかによっても、受け取り方は変わりそうです。坂東さんは翼を演じていますが、ご自身に近いと感じたのはどちらでしたか?
坂東: むしろ、暁太郎の方が近いと思いました。僕は、まさしくああいう子どもだったんですよ。
—別の取材で、暁太郎について「無駄な動きが多い」と描写されていましたよね。
坂東: あ、そうですね。僕も人がとにかく好きで、「ねえ、ねえ」って、しつこく話しかけるような子どもでした。たぶん、周りからしたら相当うざかったと思います(笑)。いまでも覚えているのが、小学生のときのこと。休み時間に、墨汁のついた筆でクラスメイトの手に落書きをしたんですよ。相手から「やめて」と言われたのに、また書いた。「もうやめてって言ってるじゃん」と言われても、さらに書いて、最後は顔にまで墨をつけてしまったんです。その子は普段ものすごく優しい子だったんですけど、急に血相を変えて追いかけてきた。「捕まったら殺される」と思って、校内を必死に逃げ回りました。最終的には胸ぐらをつかまれただけで、何もされなかったんですけど。そういえば、彼は高校の卒業論文で「怒り」について書いていました。
—坂東さんが論文のテーマを与えたのかもしれない(笑)。でも、相手を怒らせたり傷つけたりした過去があっても、関係が残り続けている。そのエピソードも、本作で描かれる二人の関係に通じますね。
坂東: そうですね。その彼とは、実は今でも仲がいいんです。このあいだも僕の舞台を観に来てくれましたし、出演作をほとんど全部観てくれています。
—一方、岡山さんは公式資料の中で、本作の世界を「美しく歪んだ世界」と表現されていました。「美しさ」は緻密な描写や映像からも伝わりますが、「歪んだ」という言葉には、どのような思いを込めたのでしょうか?
岡山天音(以下、岡山): 生きていると、悲しみや傷のようなものがどうしても生じますよね。でも、そういうものに見舞われなければ、日の光の美しさに気づけないこともある。自分自身が歪んでいるからこそ、歪んだものに寄り添える。
人生の中で湾曲してしまった部分は、必ずしもきれいに直るわけではなくて、そのまま残っていくのかもしれない。この作品は、そうしたものを美化せず、高い精度のアニメーションとして表現していると感じました。でも僕は、人間が持っている歪みこそ、その人だけの色気や奥行きになると思っているんです。
坂東:木も、成長する途中に障害物があれば、それを避けて曲がったまま伸びていくじゃないですか。形としては変かもしれないけれど、その曲がり方には、過ごしてきた時間が刻まれている。この作品にも、そういう色気を感じます。
—いまのお話を聞いて、「美化しない」ということも本作の重要なポイントだと感じました。人生を美化しないことは、映画やアニメーションが優れた作品になるための条件だと思いますか?
坂東: どうだろう。それは作品のクオリティや、何を描こうとしているかにもよると思います。美化しないこと自体が、絶対的な条件というわけではないですよね。
岡山: 僕も、それぞれの作品が行くところまで行き切っていれば、面白くなると思います。自分とはまったく関係のない話だったとしても、表現として徹底されていれば、心を動かされることはありますから。
坂東:ちょっと話が飛んでしまうんですけど、僕は“死を扱っている”作品が好きなんです。結局、そこには作り手の死生観が描かれるから。すべてはそこに通じているような気がします。暁太郎と翼の関係もある出来事をきっかけに変わっていきますが、ある意味で一度関係が死んだとも言えるんじゃないかと思うんです。
誰かと付き合うと、それまで一人だった人間が、二人の関係の中に入っていくじゃないですか。そのとき、それまでの自分の一部は死んでいるんじゃないかと思うんです。そういえば、映画『CLOSE/クロース』はご覧になりましたか?
—観ました。たしかに、本作と『CLOSE/クロース』のテーマは、二人の友人関係がどのように変容していくのかを追うという点で共通しますね。
私は本作を観ながら、人が人に影響を与えることについて考えたんです。いまは個人の幸せを守る意識が強くなっている一方で、人と関わりたい気持ちも消えることはない。でも人と関われば、自分の領域を侵されることもあります。お二人は、誰かに影響を与えることや、影響を受けることに対して、怖さを感じますか?
坂東: 影響は、やっぱり受けてしまいますよね。人は常に誰かに影響を与えているし、誰かから影響を受けている。それによって、自分も変わっていると思います。ただ、言葉は怖いです。言葉によって、相手の人生を台無しにすることもある。言った本人には残っていなくても、言われた相手にはずっと残っていることがありますから。
たとえば僕が彼女に振られて、ものすごくつらかったとするじゃないですか。それを天音くんに「聞いてよ、俺めちゃくちゃつらいんだよ」と話したら、僕は少し楽になるかもしれない。でも、今度は天音くんが少しつらくなる。しかも、天音くん自身もそのときつらい状態だったら、僕の話を聞くことでもっとつらくなってしまうかもしれない。だったら、一緒に踊ったり、カラオケに行ったりして、どちらも少し救われる方がいいんじゃないか、とか……。天音くん演じる暁太郎の笑顔を見ながら、言葉の難しさをあらためて感じました。
岡山: 影響について考えると、僕もかなり恐れを感じます。人と距離を置くことや、個人主義的に自分を守ることが必要になる場面もある。でも、怖いからといって離れるのではなく、僕はちゃんと人に近づいていきたい。影響が生まれる場所に、自分から接近していきたいと思っています。
誰かから影響を受けることは、最終的には自分の選択です。だからこそ、なるべく丁寧に、愛情を持って人と関わりたい。僕自身は、誰かから影響を受けて何かが起きたとしても、「あいつのせいだ」とは思いたくないんです。その人に近づき、影響を受けることを、自分で選んでいるわけですから。
怖さはあるけれど、それは同時に、生きることの醍醐味でもある。人から何かをもらわなければ、自分の人生は変わっていかない。人と人との接点は、一番問題が起こりやすい場所かもしれないけれど、人間が生きる理由も、そこにあるような気がします。
—人との接点を避けるのではなく、そこに自分から入っていく。
坂東:渋谷のスクランブル交差点を歩いているときにも、似たようなことを考えます。大勢の人が歩いている中で、顔を上げて人の目を見れば、自分の周りにはたくさんの人が存在している。でも、ずっと下を向いて誰とも目を合わせなければ、自分にとっては、そこに誰も存在していないのと同じになる。顔を上げて見渡すことで、人から影響を受けるし、自分も誰かに影響を与える。僕も、そういう場所に突っ込んでいきたいと思うんです。
いまはソーシャルメディアで、顔の見えない人たちの言葉がいろいろなことを動かしていますよね。たとえば一万件の反応がついたトレンドが、まるでいまの日本のすべてであるかのように見える。でも、まったくそんなことはないと思います。自分が何から影響を受けるかは、自分で選び続ければいい。いらないと思ったものは、そこで解除すればいい。だから、そうですね、SNSを見続けるくらいなら、本作を観てくれって(笑)。
岡山:え、そういう話になるんだ(笑)。
—他人と関わることは、その人を理解しようとすることでもあります。「あなたはこういう人だ」と理解することが、相手を決めつけることにもなり得る。お二人は、近しい人を“理解”することについて、どのように考えていますか?
岡山: 相手を決めつけたくはないです。でも、理解はしたいと思います。「昨日までこの人はこういう人だったから、今日もこう言うだろう」という文脈だけで話すのではなく、「今日、この人が何を言うかは分からない」という感覚は持っていたい。ただ、相手を理解していなければ、その人の痛みに気づけない瞬間もあると思うんです。だから、時間を共にしながら理解していきたい。
でも、理解したことによって相手を固定したくはない。「この人はこういう人だ」と決めつけてしまうと、その人の今日時点の言動を、過去に作った枠の中に押し込めてしまう。その人がいま過ごしている日々の中で起きた変化に、気づけなくなってしまう。相手を理解することと、決めつけないことは、相反しているようにも見えますけど、その両方を持っているのが理想だと思います。
坂東: 友達に対しては、僕もそう思います。ただ、恋人になると、少し違う感覚があるかもしれない。もちろん、好きな人のことは理解したい。でも、理解することよりも、理解できないまま一緒にいる時間を優先してしまうこともある。友達なら、しばらく離れても、また会えるような気がする。でも、好きな人は、永遠にいなくなってしまうかもしれない。自分のことを知ってもらい、相手のことを知ることで、価値観の違いがはっきりしてしまうかもしれない。その怖さから、尻込みする瞬間があります。「お互いに知らない方がいいこともあるのかな」と思ってしまうこともあって。
—相手を知ることによって、別れや、離れてしまう可能性まで見えてしまう。
坂東: そうですね。友達なら、2年会っていなくても、久しぶりに会った瞬間に、それまでの時間がまだつながっているように感じることがあります。恋人は距離が近くて、大切だからこそ、嫌われたくないとか、いろいろな感情が出てきて、うまく素直になれない。でも、そういう時間を経て、友達のような関係になっていく可能性もあると思います。そう考えると、友達って、相手のことを全部分かっているわけではないのに、「この人は自分のことを分かってくれている」と思える存在なのかもしれませんね。
—『我々は宇宙人』は、人と人との関係を描いた作品であると同時に、「友達とは何なのか」を考える映画でもありますね。
坂東: 本当にそう思います。シンプルすぎる感想ですが、友達は大事にしたいですね。
坂東:ジャケット¥660,000、パンツ¥170,000、シューズ¥180,000/すべてDIOR (ディオール)
岡山:トップス ¥255,200、ジャケット¥975,700、パンツ ¥160,600、シューズ ¥151,800/すべて LOEWE (ロエベ)











