【連載コラム】アーティストブック—芸術家たちが見出したアートと本の交点— 後篇
THINK ABOUT
【連載コラム】アーティストブック—芸術家たちが見出したアートと本の交点— 後篇
Think About
Artist's Books Part 2
vol.5
by Daisuke Yokota
アートブックショップ「POST」代表を務める傍ら、展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける中島佑介。彼の目線からファッション、アート、カルチャーの起源を紐解く連載コラムがスタート。第三回目のテーマは「アーティストブック」。
コンセプチュアル・アートは1960年代に始まり、その流れは現代のメインストリームまで続いています。日本語で「概念芸術」と呼ばれている名前の通り、物質を伴ったアートピースそのものではなく、作品に秘められている概念や思考を作品の中心に据えた芸術です。(余談ですがコンセプチュアル・アートを遡ってくと、ここでもまた Marcel Duchamp (マルセル・デュシャン) の作品「泉」に辿り着きます。)「コンセプチュアル・アート」という呼称は、60年代初頭から中心となって活躍していた Sol LeWitt (ソル・ルウィット) が1967年に発表したエッセイで確立されました。
この芸術運動は旧来の美術のあり方、例えばアートピースは基本的に1点しか存在しないことや、作品発表の場が美術館やギャラリーなどのホワイトキューブを中心としている点、作品自体が商業的な取引対象になっていることなどに対する疑問や否定が根源になっています。その解決方法として、コンセプチュアルアートの作家たちは「本」を表現の場として見出します。複製可能でどこにでも持ち運べ、世界中に同じものが流通できる、こういった特性を持つ本は、芸術の旧体制を打破するために格好のプラットフォームとなりました。
コンセプチュアルアートが本を作品発表の場として機能させた一例として「The Zerox Book (ゼロックス・ブック)」があります。コンセプチュアルアートの父とも呼ばれている Seth Siegelaub (セス・ジーゲローブ) が発案によるこの書物は、「展覧会を開催する空間=ホワイトキューブ」である固定観念を見直し、作品発表を紙面上でのみ展開するという企画で、参加したアーティストには Sol LeWitt を始め、Joseph Kosuth (ジョセフ・コスース) や Carl Andre (カール・アンドレ) など、コンセプチュアルアートの旗手たちが名を連ねています。
各作家たちも本を積極的に制作しました。世界中のオーディエンスに本を届けるために作家自身が販売まで行うケースもありましたが、基盤となったのが書店の存在で、特に2つの書店が寄与しています。ひとつが、世界で初となるアーティストブック専門店としてアムステルダムにオープンした「Other Books & So (アザー ブックス アンド ソウ)」です。この書店は、自身もアーティストだった Ulises Carrion (ウリセス・カリオン) が世界中のアーティストたちに「本を作って送ってほしい」と手紙を送り、寄せられた本を取り扱う形でこの書店をオープンしました。カリオンが送った手紙は1000通以上、彼の熱意に応える形で世界中から多くの本が集まりました。また、カリオンは同年に「The New Art of Making Books」というマニフェストを発表、明文化によって「アーティストブック」が表現として確立しました。今日、残念ながらこの書店は存在していませんが、カリオンからの手紙によって本が芸術の表現手段となることに気がついたアーティストたちも数多くいたのではないかと想像します。
「Other Books and So」のオープンした翌年、ニューヨークにもアーティストブックを専門に扱う書店「Printed Matter (プリンテッド・マター)」がオープンしています。この書店は Sol LeWitt と、評論家の Lucy Lippard (ルーシー・リパード) が中心になって設立されていますが、この二人は1960年代にお互いが勤務していた MoMA (ニューヨーク近代美術館) で出会いました。自身でもすでにアーティストブックを作成し始めていたルウィットと、MoMA での勤務をしながらコンセプチュアル・アートのリサーチを行うリパードは、当時の主流だったギャラリーや美術館のシステムには属さない組織の必要性を感じ、仲間たちと非営利組織「Printed Matter」を設立します。この書店はコンセプチュアルアートだけでなくさまざまなジャンルのアーティストブックが集まる聖地となり、現在でもニューヨークで運営されています。アーティストブックという気鋭の芸術が進化し、継続していくために、この2つの書店が残した功績は大きく、後世のアーティストたちに本を表現手段として用いる啓蒙の場としても機能しながら、今日でも重要な書店であり続けています。
そして今日、アーティストブックにまつわる動向で刮目すべきなのはアートブックフェアの存在です。中でもとくに Printed Matter が主催している New York Art Book Fair (ニューヨーク アート ブック フェア:以下NYABF) は、世界中で開催されている今日のアートブックフェアのロールモデルとなっています。ブックフェアは一般的にはB to Bのための場として、出版社が書店と商談をするための見本市としてありましたが、2006年にスタートした NYABF は作り手と買い手が直接コミュニケーションができる場としてスタートしました。このブックフェアは開催を重ねるごとに大きくなり、近年は4日間の開催で来場者数は3万5千人以上、出展者も30カ国から370組が参加するイベントにまで成長しています。
コンセプチュアルアートの作家たちは世界中のどこにでも届いていく本の流通力がひとつの優れた機能として考えていましたが、現代のアーティストたちは違った捉え方で本を活用しているようです。SNSが発達した現代では、発信したものごとが一瞬のうちに全世界へと拡散していきます。その発信力は利点にもなりえますが、発信者が望まない形で見知らぬ場所へと到達してしまう危険性も孕んでいます。危険性も孕んだSNSの強力な発信力に対して、本は作った部数のみだけ、販売の方法を限定すれば自分の手が届く範囲に限定することも可能です。一部のアーティストは、このSNSよりも限定された適度な発信力に魅力を感じているという話を聞きました。これは現代における一例ですが、時代の遷移に伴って変化した本の機能に気がついたアーティストたちによって、これまでとは違った未知のアーティストブックが生みだされるのも、そう遠くない未来なのかもしれません。
<プロフィール>
中島佑介 (なかじま ゆうすけ)
1981年長野生まれ。出版社という括りで定期的に扱っている本が全て入れ代わるアートブックショップ「POST」代表。ブックセレクトや展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける。2015年からは TOKYO ART BOOK FAIR (トーキョー アート ブック フェア) のディレクターに就任。
HP: www.post-books.info