agnès b.
with mieko kawakami

アニエスべーと5人の表現者たち vol.2 川上未映子

agnès b.
with mieko kawakami

model: mieko kawakami
photography: naoya matsumoto
styling: sumire hayakawa
hair & makeup: yuko aika
interview: tomoko ogawa
edit & text: yuki namba

流行ではなく、スタイルを生み出す服がある。映画、音楽、アートをこよなく愛する一人の女性、Agnès Troublé (アニエス・トゥルブレ) によって1975年に誕生したブランド agnès b. (アニエスベー)。50年近くにわたり彼女が生み出してきた服には、人々のスタイルに馴染み、着る人の個性を引き立出す力が宿っている。

どんなに時代が移り変わろうとも、自分らしく、独創的であること。今回、agnès b. が大切にしてきたスピリットに共鳴する、独自のスタイルを持つ5人の表現者がagnès b.に袖を通し、それぞれの表現活動やオリジナリティについて語る。

第2回に登場するのは、日本の現代文学を代表する小説家の一人である、川上未映子。今や世界各国から注目を浴びる彼女が、一人の女性として声を上げること、作品を世に生み出すことに対して、どのように向き合っているのか。今年、自身が経験したつらい体験を経て、今の川上が考える、オリジナリティについて。

agnès b.
with mieko kawakami

アニエスべーと5人の表現者たち vol.2 川上未映子

川上が選んだのは、艶やかなレザーで仕立てられたホワイトのラウンド型バッグ。シンプルながらも存在感のあるバッグを主役に、アニエス氏のこだわりが詰まったシックなブラックドレスに袖を通した。襟元や袖口のカットライン、ウエストのリボンベルト、計算されて生み出された上品なシルエットが、川上のしなやかな美しさを助長する。

−小説家でありながらも、声を上げることで働きながら生きる女性として多くの女性をエンパワーメントしている川上さんですが、問いやモヤモヤを表に出てきちんと言葉で伝えようと思い始めたタイミングやきっかけがあったのでしょうか?

私が若い頃は、もちろんMe tooという言葉もなかったし、フェミニズムはやや特権的な学問であり、私たちが感じている生きづらさとうまく接続できないものでした。自分の母親やコミュニティを見ていると、やっぱり何かおかしいよなと思うようなことが、小さい頃からずっとあるわけですが、ストリートで生きてると、何を読めばどうなるのかもわからなかった。そこから、だんだんインプットしたりフィードバックしたりして、それにはどういう理由があって何がおかしいのかを言語化できるようになってきたのが、10代、20代の嵐のような時期から出た20代の後半だったと思います。私は31歳の頃に文筆の仕事を始めて、出産を経たのですが、とりわけ出産は、それまでの生き方が通用しなくなるというか、本当に大きな経験でした。勉強やそうした心身の変化をつうじて、だんだんと表現ができるようになっていったんだと思います。

−川上さんの作品の中にも女性や人間の生きづらさが描かれていると感じますし、読んで励まされたという声もたくさん届くのではないかと思いますが、自分として声をあげることと、作品の表現はやはり別物なのでしょうか。

私はオピニオンリーダーでもないしアクティビストでもなくて、作家なんだと思います。いろんな問題に対して意見も憤りもあるけれど、私個人の文学的な欲望の中に、混沌を混沌のままに野蛮なフィクションの世界を書く、ということがあります。それは芸術に特権があるという話ではなく、そもそも表現がもっているいろんな可能性の中に、人を傷つけるものがありありと存在しているということです。物語でしか照らせない人間や社会のあり方があり、また、原理的に、表現者は自分が何を表現したのかを知ることができません。個人的には口に出したくないようなことや起きてほしくないことも、物語の中では起こります。文学は人を安心させるためのものではなく、共感を疑いつづける仕事だと思っています。個人としてのオピニオンとフィクションを書くときの姿勢は矛盾しません。乗り物の2つの両輪のように存在するものです。

−2021年に英訳された『ヘヴン』が「ブッカー国際賞」の最終候補作になったり、『夏物語』が欧米を中心にベストセラーになり、『黄色い家』は大手出版社クノップフがオークションで版権を獲得しと、世界各国から翻訳オファーが絶えない川上さんですが、昨年『黄色い家』を発表して以降、どのように過ごされていたのでしょうか?

この数年、母の加療があり、二月に見送りました。そのすぐあとに父も亡くなりました。私は筋金入りのマザコンなんです。母が目の前で日に日に弱って、死んでいくのを見ました。そのあいだ、すべてが恐ろしくて、仕事以外ではフィクションにほとんど触れることができませんでした。自分も作品の中でいろんな死について書いてきましたが、あまりにもフィクションの中で人が死に過ぎていました。フィクションで描かれる死と、目の前で起こりつつある一回性の死の関係をどう受け止めればいいのか、人が確実に死んでいくとはどういうことか、みんないずれ死ぬとはどういうことか──それは、恐怖で埋め尽くされるような日々でした。唯一読めたのは、ちゃんと死んでいった人たちの残した言葉でした。今まで、人が生まれてくるところも、死んでいくところも見てきたはずで、みんなも私も刻々と死に向かっている、それについて考えることができていたと思っていたけれど、自分は何にもわかってなかった、何をやってたんだろうと。そして、きっとこれからもわからないんだろうなと思います。昨年の夏、母の加療中に、私自身も大きな手術を受けました。誰にも告げず普通にしていたので、外からは仕事もうまくいって、とても調子が良く見えたかもしれません。誰が何の当事者で、何を抱えているのかは、いつだってわからないものですよね。私たちは、会って話をしていても、ましてやSNSでは、誰のこともわからない。そして、人生の最高のときではなくて最低なときにこそ、誰が支えてくれたか、どんな言葉をかけてくれたか。友情や厚情のありがたさがわかるのだと、あらためて感じました。

−そんな最近の川上さんが思っていること、今後、書きたいと思っていることなどあればシェアしていただけたらと。

母がいなくなって、半年がたちますが、まだ毎日泣いています。けれど同時に、これからもっと若い人たちが大切な人と大変な時間や、かけがえのない時間を過ごすことがあったときに、こういうこともできるよ、大丈夫だよと力になれるように、自分を鍛えなきゃいけないな、とも思っています。そして、母や自分のことで経験した様々なこと、たくさんの医師とやりとりして知り得たこと、感じたり考えたりしたことをシェアしたいという気持ちもある。まずは、自分の体を大切に。必要な検診は定期的に受けるようにしてほしいです。

バッグ¥44,000、ドレス¥71,500/ともに agnès b. (アニエスベー) 、シューズ/スタイリスト私物

−独自のスタイルを持っているという点でアニエスベーと共鳴する川上さんですが、アニエスベーに対する印象と、オリジナリティをどう捉えているかを聞いてもいいでしょうか。


アニエスベーは高校生の時から憧れのお洋服で、シンプルでモノトーンで変わらないんだけれど、逆説的に、それが変化なんだという気持ちにさせてくれる服だなと。例えば10代の頃からのアニエスベーのカーディガンを着ていて、もうくったりしているんだけれど、それを着てる時が、いちばん魅力的に見える友人がいて。その変わらなさが、着る人の変化をその時々でバックアップするんですよね。シワが増えたりシミが増えたり、それこそ病気をしてちょっと体調が良くなかったり、いろんな変化があっても、変わらないでいてくれることで、オリジナリティと響き合ってる幸福な関係を結べる。オリジナルっていうことは確固としたものがあるってことじゃなくて、やっぱり変化そのものなんですよね。だから、オリジナリティを発揮しているお洋服。こんなふうに生きてきた自分というものを可視化してくれる、唯一無二のお洋服だと思います。

−変化するものであることを前提に、川上さんのオリジナリティを言葉にするとしたら、どういうふうに表現されますか?


クリエイターは0から1を生み出す仕事だと言われるけど、私はあんまりそうは思わなくて。なぜなら、自分が考えた言葉を使っているわけではないし、全部組み合わせだし、引用だよねという気持ちがどこかにあります。だから、オリジナルなものって、自分が生きて死んでいくこの体と記憶ぐらいしかないんじゃないかな。そして、オリジナルであるってことは、やっぱり人と共有できないものだと思う。みんながそれぞれのオリジナリティを持っていて、メタファーとして誰かのオリジナリティに触れたとときにいいなと感じるけれど、実際はオリジナリティの影を見ているだけかもしれない。でもそれは悲しいことでも何でもなくて、変化していく体感は自分にしかわからないことで、その状態は、みんな一緒だと思います。

バッグ¥44,000/ agnès b. (アニエスベー)