today's study:
Billie Eilish

【きょうのイメージ文化論】   第1回 攻めるファッション・イメージの時代

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【きょうのイメージ文化論】   第1回 攻めるファッション・イメージの時代

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Billie Eilish

text: yuzu murakami
illustration: aggiiiiiii
edit: miwa goroku

写真研究や美術批評のフィールドで活動する村上由鶴が、ファッション界を取り巻くイメージの変化や、新しいカルチャーの行方について論じる新連載。現代アート、フォトグラフィー、ポップカルチャーにわたる広域から、いま最も気になる具体的なトピックを探り出してレクチャーします。第1回は、世界中のメディアを釘付けにしっぱなしの Billie Eilish (ビリー・アイリッシュ) に注目。今年5月、誰も予想しなかったコルセット姿でオーセンティックなファッション写真に収まった、その真意について考えます。

イメチェン? 宣言?

British VOGUE の7月号の表紙を飾ったビリー・アイリッシュの写真はたちまち世界を駆け巡り、大きな反響を呼びました。彼女のシグニチャースタイルとなっているだぼだぼのスウェットとは対称的な、コルセットやガーターベルト、ラバーのグローブなど、女性らしさをやや過剰に強調するピンナップ・ガール風の衣装に、ナチュラルでありながらゴージャスなブロンドヘアの彼女の姿は衝撃とともに受けとめられました。

ビリーは常に、やることなすことそのすべてが議論の的になり、先進的な時代の精神を象徴してきたポップスター。デビュー当時から一貫したスタイルを貫いてきました。今回の大きなイメージチェンジは、いわゆる 「イメチェン」 ではなく、むしろ 「宣言」 のような、意思表示と受け取るべきものでしょう。

 

では今回、ビリーが宣言したかったことはなんだったのか。

 

 

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おそらくそれは、ボディ・シェイミングに抗い自分を守るという段階から、スラット・シェイミングなどのあらゆる 「シェイミング」 を正面から批判するフェーズに入る、という選手宣誓です。

スラット・シェイミングとは露出の高い服を身につけるなど性的に能動的な振る舞いをする人を誹謗中傷しとがめること。そして、ボディ・シェイミングとは体型や肌の色などを誹謗中傷することを言います。オーバーサイズの服を好んで着る彼女のバギースタイルは心無い言葉から自分を守るためのものでしたが、今回のボディラインを露わにしたイメージはこれまで彼女がボディ・シェイミングに対して講じてきた対応とは全く異なるものです。

ですから、これまでのビリーのバギースタイルを 「女性性を強調していない」 という点で支持してきた人たちからは 「ビリーがスラットになっちゃった」 という困惑の意見もあがっています。しかし、そんな人たちのやんわりとした (でも根深い) スラット・シェイミングも予期したうえで、ビリーは自身の新たなイメージを世にぶっ放ち、彼らに冷や水を浴びせています。

 

ファッション写真に見る身体の変化

ところで、ビリーの 「アンチ・シェイミング宣言」 の場に選ばれたファッション写真の世界でも、扱われる身体の表現は移り変わってきています。

 

Viviane Sassen『ROXANE II』(2017)

たとえばファッションブランドのキャンペーン広告において、ボディ・ポジティブやインクルーシブなどのビジョンが示されるようになってきていますが、これはそもそもファッション・イメージが、「ボディ」 の理想像を社会に刷り込み、ボディ・シェイミングを発生させる元凶として機能してきたことの反省から始まっています。モデルは一様にして若く、細い手足、くびれたウエスト、目鼻立ちの整った顔、白い肌で、その身体を 「良く」 見せるポーズをとってこちらを見つめる。画一的でファンタジックな 「美しさ」 で、購買欲や性的欲望あるいは変身願望に火をつける……。それがファッション写真の窮屈な 「正統」 だったのです。

そうしたファッション写真の正統 (らしきもの) に反して、ファッション写真の流れを大きく変えた写真家のひとりに Viviane Sassen (ヴィヴィアン・サッセン) がいます。彼女の写真では黒人モデルの身体や、組体操のような奇怪なポーズが際立っています。

また、自身の母をモデルにする Charlie Engman (チャーリー・エングマン) や、ユーモラスなポーズと舞台設定が特徴的な Pascal Gambarte (パスカル・ガンバルテ)らの表現も同様にファッション写真において身体を捉え直すものであり、これらは写真集 『POSTURING』(2018 | Spbh Editions) にまとめられています。これらの写真に共通するのは、身体の理想化やセックスアピールを伴わないファッション・イメージだということ。特段細いわけでもなく若いわけではない写真家の母親やアフリカ系のモデルなど、ファッション写真の歴史において 「不可視」 にされてきた身体を起用することで、先進的なビジョンを示しています。

Charlie Engman が自身の母親をミューズに撮り続けているプロジェクト “Mom.”

こうした流れから考えると、ビリー・アイリッシュが選んだピンナップ・ガールのスタイルはやや保守的なファッション写真と言えます。コルセットでギュンギュンに締め付けられているウエストやほとんど下着姿のようなスタイルは、性的な欲求を掻き立てるものでもあるし、ビリーはもちろん若い白人女性。さらに今回、撮影を担当した Craig McDean (クレイグ・マクディーン) はアートとコマーシャルの領域にまたがるファッション写真という分野ではコマーシャル寄りの活動を中心とする写真家の一人であり、これまでのビリーの言動からすればちょっと旧態依然的なチョイスかもしれません。

しかし、こうした点から今回のビリーのプロジェクトを改めて見てみると、これらのスタイルは逆に 「私は自分がしたいことをなんだってできる」 という彼女の 「意思表示」 を最も強く的確に伝えるためものであり、性的なアピールや保守性も計算づくだということが読み取れます。まさに 「ボディ・シェイミング」 との闘いだけでなく、より広い 「シェイミング」 に反旗を翻すために、ファッションや写真の 「正統」 をあえてインストールする企てです。

 

ファッション・イメージの手強さを知る

さて、ここまで言及してきたボディ・シェイミングもスラット・シェイミングも、ジェンダーの不平等の問題と深く関係しておりいずれも男性よりは女性に対して常に強力に作動してきた規範です。

こうした規範をたずさえつつ、ファッション・イメージはものすごい浸透力でわたしたちの意思決定や社会の常識に行き渡っています。単なるイメージ、と割り切れればよいですが、そこに写し出される身体とわたしたちが生きるこの身体は簡単に切り離せるものではありません。細くて若い身体ばかりのファンタジックな広告はわたしたちのこの身体の居心地を悪くするし、露出の高い服を着ている人が性的にだらしないと決めつけ批判する社会は、わたしたちの選択肢を狭めます。

つまりこの社会において、ファッション・イメージの手強さを認識しておくことと、ファッションと身体に対する態度のあり方を再考することは、この身体で生きるわたしたちの世界を心地よくする方法となり得るのです。

ビリー・アイリッシュは保守的なイメージをあえて打ち出すことで、そして、新しいファッション写真は不可視だった身体を起用することで、窮屈な規範を打ち破ります。どんな服を着て、どんな身体で生きようともとやかく言われる筋合いなんてない! というメッセージがさまざまなかたちで示されるようになったファッション写真の動きに今後も注目です。

ではまた!

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