【きょうのイメージ文化論】 #2 音楽業界の不都合な真実を暴く
きょうのイメージ文化論
【きょうのイメージ文化論】 #2 音楽業界の不都合な真実を暴く
today's study:
Lil Nas X - Industry Baby
text: yuzu murakami
illustration: aggiiiiiii
edit: miwa goroku
写真研究や美術批評の分野で活動する村上由鶴が、ファッション界を取り巻くイメージの変化や、新しいカルチャーの行方について論じる本連載。第2回は、ラッパーの Lil Nas X(リル・ナズ・ X)が7月23日にリリースした新曲MV についての考察です。本作は 「子供向けではない」 とリリース前にあらかじめ本人の Twitter を通してレーティングされていましたが、解禁後は果たして本人の思惑通り(?)に批判が噴出。セクシュアリティを入り口に、音楽業界の矛盾までも一気に突いて暴こうとするリル・ナズ・ X の過激な挑発から目が離せません。
有罪のわけはゲイだから?
リル・ナズ・X が Jack Harlow(ジャック・ハーロウ) とコラボレーションした新曲 「Industry Baby」 の MV に先立ち、プレリュード(前奏曲)として公開した 「Industry Baby prelude」 のビデオでは、彼の名前にちなんだ架空の 「モンテロ州立裁判所」 での 「Satan Shoes」 裁判のストーリーが彼自身によって演じられています。
「Satan Shoes」 とは、リル・ナズ・X が今年3月にリリースした 「Montero (Call me by your name)」 に合わせて、MSCHF(ミスチーフ)とのコラボレーションで発売されたスニーカーで、Nike Air Max 98 のエアーの部分に、本当の人間の血が1滴ずつ入っているという、めちゃサタン ! なアイテム。
しかしこのスニーカー、Nike の許可を得ていなかったことから、実際に Nike から訴えられて法廷での争いに発展し、4月には自主回収されることとなりました。しかし、リル・ナズ・X、転んでもただでは起きない男。この法廷闘争までも、自分の MV のストーリーとして利用したのです。
このストーリーにおいて、リル・ナズ・X は裁判官、検察官、弁護士、陪審員、そして彼自身を演じています。冒頭、裁判官は仕事に全くやる気がない様子である上、リル・ナズ・X を弁護するはずの弁護士も彼の名前すらうろ覚えで超適当。法廷のリル・ナズ・X は不安そうな表情を浮かべます。検察官はめちゃくちゃ嫌味っぽく 「あなたはゲイですか?」 と聞き、法廷内が騒然。「それがこの裁判となんの関係があるんだよ?」 という声も制され、「そうです」 と答えるやいなや、「モンテロ州立刑務所」 での懲役刑が言い渡されるという前奏部分から、曲がはじまります。
差別のなかにある差別感情を暴く
さて、MV では登場人物が彼自身によって演じられているので、ユーモラスに見ることができますが、実際にこういうことが起っていた時代があります。
1900年代初頭、アメリカ南部では黒人に対する集団暴行が横行し、はっきりとした数字はわかっていませんが、数千人が殺害されたと言われています。その暴行のほとんどが、白人に対する犯罪が起こり、噂やでっちあげで黒人が犯人に仕立て上げられたことによるもの。公判でも、裁判官、検察官はもちろんのこと、弁護士さえもまともに弁護を行わないことも多く、そのうえで有罪判決や死刑がくだされるやいなや聴衆がなだれ込み、殴る蹴るの暴行だけでなく、生きたまま火を放たれたり、木や橋などから吊るすといった市民による見せしめの私刑が実行されたのです(日本語では、ジェシー・ワシントン・リンチ事件の Wikipedia にその時代のことが書かれていますが非常にショッキングな写真を含むので閲覧要注意です)。さらに、黒人リンチの歴史においては、吊るされた黒人の遺体が写真絵葉書として流通していました。「Industry Baby」 冒頭の裁判シーンは、このように 「黒人である」 という理由によって有罪となったおぞましい時代を彷彿とさせます。
しかし、今回の 「Industry Baby」 では、こうした被差別の属性が 「ゲイであること」 に変換されています。
それを示すように 「Industry Baby」 の MV では、登場人物の人種的多様性への配慮が見られ、黒人やアジア人、そして女性の姿もあります。裁判に関わる人物をリル・ナズ・X 自信が演じていることから、黒人に対する差別的な構造は描かれません。つまりここでは、人種的な差別というよりは同性愛嫌悪に焦点をしぼったメッセージが展開されていると言えます。
MVでは、そこから先、わたしたちがアメリカの映画やドラマで知るような、同性間の性的暴行が起こる場所としての刑務所が、ハーレムのような場所として提示されます。日本でも人気のある名画 『ショーシャンクの空に』 でも 「同性間の性的暴行」 が 「最大の屈辱」 として描かれますが、MV ではこの映画を思わせる脱獄にまつわる小ネタも満載。
架空の 「モンテロ州立刑務所」 で、セクシーを通り越して性的に露骨で挑発的なダンスに興じるリル・ナズ・X をはじめとする受刑者たち。全裸での群舞や、同性間のセックスを思わせる描写といった過激な内容には批判の声がよせられました。
その批判は 「性的に無責任」 だとか、「より多くの男性がエイズで亡くなる原因を作っている」 とか、子供のファンが多い彼に対して 「子供向けに適切な内容にすべきだったのでは?」 といったもの。
それに対し、リル・ナズ・X は、「ニガー(ママ)が複数の女性と寝るラップばかり歌っていても君たちはみんな黙っている。でも俺は少し性的なことをしただけで 『性的に無責任』『より多くの男性がエイズで死ぬ原因になっている』 と言われる。君たちはみんなゲイを憎悪している。それを隠すな」 とツイート。
y’all be silent as hell when niggas dedicate their entire music catalogue to rapping about sleeping with multiple women. but when i do anything remotely sexual i’m “being sexually irresponsible” & “causing more men to die from aids” y’all hate gay ppl and don’t hide it. https://t.co/ZiwbYcIH5l
— nope 👶🏾 (@LilNasX) July 25, 2021
つまり批判が寄せられる前から、彼はこうした同性愛嫌悪的批判を予期し、挑発して議論を巻き起こすための MV を制作したと考えられます。
彼が指摘するのは、黒人が牽引する音楽ジャンルとしてのヒップホップにおいて見ないふりをされてきた、黒人が 「差別する者」 となるシーンの現状です。長く 「被差別者」 である彼ら自身を鼓舞し、レペゼンし、上昇志向を示す手立てのひとつだったヒップホップというジャンルにおいて、女性を劣位に見る歌詞や、マッチョ思考には、同性愛嫌悪が含まれてきました。
リル・ナズ・X が、彼を一躍有名にした 「Old Town Road」 でも、カントリーラップというスタイルによってカントリーミュージックというジャンルに蓄積してきた白人中心主義の世界観が内省を迫ったように、彼のジャンル挑発的な振る舞いは、ミュージシャンとして音楽業界の欺瞞に光を当てるチャレンジングかつ責任ある態度といえるのではないでしょうか。
浄化する 「サタン」
さて、「ゲイである」 ということによって刑務所に入れられるも、「ゲイである」 ことによって刑務所の環境を楽園として生き抜くリル・ナズ・X の姿は、自分が黒人でありゲイであることを誇りに思う彼の力強い態度表明と見ることができます。今年の6月にゲイであることをカミングアウトした彼も、かつては、自分のセクシュアリティを墓場まで持っていこうと考えていたそう。
黒人でありさらに同性愛者である境遇は、映画 『ムーンライト』 でも描かれているような被差別者としての二重の困難といえます。黒人も同性愛者は、いずれも長く、無根拠に 「サタン/悪魔」 と結びつけられてきました。黒人を悪魔と同一視する考え方や、ゲイを治療するための悪魔祓いは残念ながら現代にも残っています
デビューしてから 「一発屋」 などと言われつつも、より深く鋭いメッセージを楽曲とプロモーションを組み合わせて発揮するリル・ナズ・X は、寄せられた批判を巧みにかわすどころかむしろ力に変え、ポップ・スターとして音楽業界の不都合を暴き出すのです。