【連載コラム】 ブックデザインアワードの先駆け、 「Best Dutch Book Designs」
THINK ABOUT
【連載コラム】 ブックデザインアワードの先駆け、 「Best Dutch Book Designs」
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Best Dutch Book Designs
vol.12
text: yusuke nakajima
アートブックショップ「POST」代表を務める傍ら、展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける中島佑介。彼の目線からファッション、アート、カルチャーの起源を紐解く連載コラム。第12回目のテーマは「Best Dutch Book Designs (ベスト ブック ダッチ デザイン)」。
今日さまざまな国でブックデザインアワードが開催されています。国際的にも権威ある賞のひとつとされているのが、ライプチヒで開催される「Best Book Design from all over the World」。各国で開催されているブックデザインアワードの受賞作品など、世界中から優れたデザインの本が一堂に集い、その中から優秀作品を選出するというものです。毎年30カ国以上から700を超える候補作品が寄せられ、十数点の優秀作品が選出されます。
このアワードがスタートしたのは1963年、50年以上の長い歴史を誇りますが、このアワードよりも遥か昔からブックデザインアワードを開催していたのがオランダです。
オランダの「Best Dutch Book Designs」(以下、BDBD) が設立されたのは1926年。デザインという言葉が一般的に用いられるようになったのが20世紀の初頭と言われているので、オランダではデザインの概念が生まれてすぐに本のデザインについて議論する場が設けられていたことに驚きを隠せません。社会情勢などの影響で開催ができない期間もありましたが、昨年までに60回が開催され、ブックデザインアワードとしてはヨーロッパで最古の歴史を誇っています。
このアワードに参加する条件は、
1. オランダで設立された出版社によって出版されている
2. オランダ国籍保持者またはオランダ在住者によってデザインされている
3. オランダでビジネスをしている、印刷業者または製本業者が制作している
上記3つのうち、2つ以上を満たしていることが条件となっています。著者・作者はオランダと関係がなくても応募対象となっている開かれたアワードで、参加条件に「出版社」と「印刷業者または製本業者」がオランダに籍を置いていることを求めるというのがユニークです。
本の内容は美術や写真などを題材としたアートブックだけでなく、文学や児童書、ノンフィクションに至るまで、幅広い内容の本が参加対象となっています。
近年「フォトブックアワード」は世界中で数多く設立され、アートブック出版を活気づけることに一役を買っています。僕がディレクターを務める「東京アートブックフェア」でもドイツの出版社 Steidl (シュタイデル) とともに「Steidl Book Award Japan」を開催しましたが、ブックアワードを開催して感じたのは選考の難しさでした。一言で「アートブック」と言っても寄せられた表現は多種多様で、共通の基準で選出を行うというのは極めて困難な作業でした。他のブックアワードも同様の困難を抱えているはずです。1ジャンルだけを対象にしても困難な選考を、BDBD のコミッティーはどのように行なっているのでしょうか。
現在、BDBD のディレクターを務める Esther Scholten (エスター・スコールトン) に選考の方法を聞くと、2つの特徴がありました。ひとつは、選考メンバーの構成です。
選考メンバーは、
・グラフィックデザイナー2名
・印刷または製本のプロフェッショナル1名
・出版事業のプロフェッショナル1名
・グラフィックデザインまたはブックデザインのプロフェッショナル1名
の最低5名によって構成され、1名の選考メンバーは2年以上4年以下が任期となり、毎年メンバーが徐々に入れ替わるような仕組みが設けられています。一般的にデザインアワードの選考メンバーはデザイナーが中心となることが多い中、BDBDには印刷や製本、出版事業のプロフェッショナルも含まれていることが興味深い点です。二次元の集積として捉えられがちな本ですが、本を持ったりページをめくったりする三次元的な体験から読者が得ている感覚は、本に印刷されて記録されている情報と同程度、またはそれ以上に読書の質に影響するものです。その質を優れたものにするために、印刷や製本といった技術は欠かせません。選考メンバー構成からは、BDBD が本を単なる情報伝達手段ではなく、複合的な表現として捉えていることが見て取れます。
もう1つの特徴は、1926年から変わらない評価基準です。
・グラフィックデザイン的観点
・編集的観点
・製作における、技術的革新性
この3点を主要な評価基準に設け、30冊~33冊の本が選出されています。表現や内容の優劣で評価するのではなく、技術的な事項を主な評価基準に設けることで、多岐に渡るジャンルを横断した評価を可能にしていました。
技術的な事項を評価基準に設けているというのは、良く考えると的確な評価方法です。一冊の本は共同作業によって制作されます。デザイン、編集が拠り所とするのは、作品のコンセプトや内容なので、優れたデザインと編集は優れた作品からしか作り出すことができません。技術的な側面を評価することで、間接的に表現や内容自体も評価することができる選考プロセスは、合理的で公平性に優れた方法と言えるでしょう。
本の主役となりやすい著者・作者の創造性を評価するのではなく、デザインや編集、印刷・製本といった協同製作者たちの成果を評価することで、BDBD は出版文化の育成と発展に貢献してきました。近年はその活動をさらに拡張し、2015年からは選考メンバーが美術学校の生徒によって構成され、BDBD と全く同じ基準とプロセスによって選考される「Best Dutch Book Designs Student Selection」を開催しています。優れたブックデザインについて考察する経験を通じて出版にまつわるリテラシーが高まった次世代たちも、近い未来に優れたブックデザインを生み出すクリエイターとして活躍するのでしょう。