think about
Ephemera
vol.13

【連載コラム】 アーティストたちの思考が詰まったエフィメラの魅力

think about Ephemera vol.13
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【連載コラム】 アーティストたちの思考が詰まったエフィメラの魅力

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Ephemera
vol.13

text: yusuke nakajima
edit: mikiko ichitani

アートブックショップ「POST」代表を務める傍ら、展覧会の企画、書籍の出版、DOVER STREET MARKET GINZA (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとするブックシェルフコーディネートなどを手がける中島佑介。彼の目線からファッション、アート、カルチャーの起源を紐解く連載コラム。第13回目のテーマは「Ephemera (エフェメラ)」。

e-mailやSNSなど、情報発信の手段が多様になった今日でも、印刷物の招待状やDMなどが活用されています。デジタルツールを使った案内は手軽に使うことができる手段として活用されているのとは対照的に、印刷物で届けられる案内は、機会を厳選して用いられているケースが多いのではないでしょうか。

デジタルツールがなかった時代、主な案内手段は印刷物でした。展覧会の案内状などは、一時的な利用のために使われて、機能を果たした後には廃棄されてしまうことがほとんどで、総称して「短命なもの、はかないもの」を意味する「Ephemera (エフェメラ)」と呼ばれています。受取主に興味を持ってもらえるように、案内状の送り主たちが腐心したのは昔も今も変わりません。芸術家たちの多くは自分自身で案内状をデザイン、それぞれに試行錯誤をしました。

 Yves Klein (イヴ・クライン) によるエフィメラ | 『Please come to the Show』

Yves Klein (イヴ・クライン) によるエフィメラ | 『Please come to the Show』

フランス人アーティストの Yves Klein (イヴ・クライン) は、「クライン・ブルー」という彩度の高い青が作品の特徴として知られ、「インターナショナル・クライン・ブルー」の名前で特許も登録されています。彼はこのクラインブルーを DM に使用しました。中でも冴えたアイデアだったのは、既製の切手をクライン・ブルーで彩色して、案内状にその切手を貼ったものです。証紙である切手を加工してしまうと本来は使えなくなってしまいますが、彩色した切手で手紙を送るために、郵便局員に賄賂を渡したという噂もあります。

Lucio Fontana (ルーチョ・フォンタナ) はキャンバスを切ったり、穴を開けることで、絵画の既成概念を超えて空間的に開放しようと試みたアーティストです。彼の DM は、パンチで円形に穴を開けられ、必要最低限の展覧会情報が記載されているだけですが、こちらもクラインの例と同様に作品の特徴がシンプルに表現されています。

ランドアートの旗手として知られる、Robert Smithson (ロバート・スミッソン)。ランドアートは岩や土、木など自然の素材を用い、大地そのものに人工的な造作物を設置する作品群の総称です。彼のインビテーションには茶色の紙に、砂のような質感で名前がプリントされています。こちらも、色調と質感で作品の特徴を表した一例です。

フランスの Arman (アルマン) は、既製品を大量に積み重ねたりする作品を制作しています。彼がインビテーションで用いたのは手巻きたばこのペーパーに名前をスタンプしたものでした。紙が重なって入っているこの商品で、作品の特徴を暗喩したのでしょうか。彼は既製品を DM にするアイデアをいくつか試していて、中にはオイルサーディンの缶を DM にしたこともあるようです。

そのほか、ストライプが作品の特徴になっている Daniel Buren (ダニエル・ビュレン)、星や五角形を作品のモチーフとして多様する James Lee Byars (ジェームス・リー・バイヤース) など、DM が作品を象徴するアイデアが多く見られる一方で、Andy Warhol (アンディ・ウォーホル) が1964年にギャラリーで開催した展覧会の案内状はこれまでの事例とは違った特徴があります。ポスターに大きく Andy Warhol のポートレートを掲載し、下には彼の作品についての評論が載せられて、作品はひとつも紹介されていません。

同じように、蛍光灯を素材として彫刻作品を制作している Dan Flavin (ダン・フレヴィン) や、ポップアートの重要作家の一人 Roy Lichtenstein (ロイ・リキテンスタイン) などもポートレートを案内状にしています。展覧会に来てもらうために、まずはアーティストのパーソナリティに興味を持ってもらうという面白いアプローチです。

案内状は情報を知ってもらい、興味を持ってもらうデザインの機能が強く、作品とは全く違った性質を持っています。しかし、それぞれに遊び心が効いたアイデアは、作家のセンスを象徴しているものです。アーティストの思考を垣間見ることができるものとしてエフェメラを観察してみると、作品からは分からなかったアーティストの魅力が見つけられるかもしれません。