sawa nimura
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【東京の女の子】GIRL no.2 仁村紗和

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Model: Sawa Nimura
Photographer: Takashi Homma
Editor&Writer: Tomoko Ogawa

幅広い分野で、写真表現の可能性を様々な方法で追求し、国内外で注目される写真家ホンマタカシ。彼が、「東京のいま」を生きる女の子の素顔をポートレートし、彼女たちの生の表情と声を届ける新連載。第二回目は、大阪出身、凛々しい顔立ちとは裏腹に意外にもひょうきんでまっすぐなキャラクターが印象的な23歳の女優兼モデル、仁村紗和がセルフコーディネートで登場。意外にも、二人が初めて会ったのは、雑誌『GINZA』の<Mame Kurogouchi>の企画だったそう。三度目となる彼女の素顔をホンマはどう捉えるのだろうか。
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【東京の女の子】GIRL no.2 仁村紗和

—仁村さんは大阪出身なんですけど、東京に住んでいる女の子ということでお話をお伺いできたらなと。

仁村:ホンマさんに、お会いするの、1年ぶりくらいですね。mame の撮影でしたよね。

ホ:『GINZA』で。

『GINZA 』(マガジンハウス/2017年 4月号)Styling:Sonya Park Hair & Make-up:Katsuya Kamo

『GINZA 』(マガジンハウス/2017年 4月号)Styling:Sonya Park Hair & Make-up:Katsuya Kamo

—仁村さんは高校卒業後に大阪から状況して4年だそうですが、東京はどうですか?

仁村:東京はおいしいものがいっぱいあって、楽しい。

ホ:大阪のほうがおいしいよね?

仁村:私ラーメンが好きで、東京はラーメン屋さんのおいしいところが多いし、種類も多いんです。

ホ:えっ、何ラーメン?(笑)

仁村:気分にもよるんですけど、「めっちゃ食べたい!」ってなるのは「家系ラーメン」ですね。こってり系が好きです。

ホ:大阪と東京、一番違うなと思ったところは?

仁村:人との距離感ですかね。どこまで入っていいのかわからないというか。冗談を言っているのか、本気で言っているのか最初は本当にわからなかった。大阪の人は、けっこう土足で踏み込んでいくことを恐れないし、わかりやすいから。

ホ:東京の人は心を開いているのか開いていないのかがわからない感じかな?

仁村:わからなかったですね。

ホ:まあ地方から東京に来た人なのか、東京出身の東京の人なのかでもちょっと違うんだけどね。

仁村:そうですよね。でも、距離感の難しさには、もう慣れました。ボケなのかなと突っ込むと、まわりが「え」ってなったりして、そういうのはあかんのかと思ったり、その辺の押し引き具合は4年かけて習得しました。

—笑わせなくちゃみたいな意識はあるんですか?

仁村:そんなにストイックではないですけど、舞台とか、長く続く撮影の現場では関係作りのために自分をいじって笑いを作ろうとはしますね。私が気を遣うタイプっていうのもあると思いますけど。

—東京の好きな場所はありますか?

仁村:好きな場所は、家ですね。外に出るときは出るんですけど、出ないときは本当に出ないです。

ホ:インスタも家の写真が多いよね。

仁村:もうずっと、家で犬とたわむれてます。家大好きっ子です。布団が好き。単純に、外はどこに行っても人が多いというのはありますね。

ホ:じゃあ、どのエリアが好きというのはある?

仁村:巣鴨、大塚あたりがすごく好きです。

ホ:確かに、あそこら辺は、ちょっと大阪感もあるかもね。

仁村:巣鴨にいると、若者がすごく重宝されるんですよ。業界の人もほとんどいないですし。

ホ:自分で写真も撮るよね? ビジュアル的に東京ってこういうところが大阪と違うっていうのはある? 路地に猫がいるとか、坂道が多いとか。

仁村:東京は、坂道多いですね。あと、いきなり変なところに階段があったりする。それがすごく面白いです。建物の距離が近いのもすごいなと思うし。逆に、大阪は古い街が残っているし、喫茶店とかも圧倒的に多いですよね。

—お仕事の話もお伺いしたいんですが、仁村さんは、元々芸能界には入りたいと思っていたんですか?

仁村:ずっとダンスをやっていたんです。筋肉を弾いてダンスするというポッピンというジャンル。ウェーブとかアニメーションもポッピンのジャンルに入るんですけど。ちょっと、人間の動きじゃない感じの。それをやっていました。だから、現役時代はムッキムキでしたよ。筋肉がないと打てないので。

—ダンスを始めたのはどうして?

仁村:父がずっとダンスをやっていて。私が中学校1年生くらいのとき、ちょっとグレていたんですよ(笑)。といっても、ただの反抗期なんですけど。何もしたくないっていう感じだったんですけど、お父さんが「ダンスやったらええやん、お父さんできるし」みたいに言ってくれて、それがきっかけですね。

ホ:あはは、けっこう素直な反抗期だ(笑)。

仁村:そうです(笑)。「え? やる!」みたいな。

ホ:お父さん、前に撮影したときに写真を見せてもらったよね。けっこう大阪のイケイケの感じの。どこか奥田瑛二的な。

仁村:それ言ってましたよね。でも、公務員ですけど(笑)。今でも趣味で夜に踊りに行ってますし、お父さんが東京に来たら、たまに一緒に踊りに行きますね。

ホ:どういうところに行くの?

仁村:ディスコ。

ホ:そんなの今あるの?

仁村:あります、あります! ソウルとかファンクとかそういう系の。いろんなところに行くんですけど、「マハラジャ」とか。

ホ:「マハラジャ」ってまだあるんだ!(笑)

—女優をやろうと決めたのは、何かきっかけがあったんでしょうか?

仁村:大阪から上京したときにいろんなオーディションを受けさせてもらって、CMがいくつか決まったんです。それで、15秒でお芝居するのって難しいなと実感して。でも、同時に伝えるってダンスと通じる部分があるなと思ったんです。そこからですかね。苦しいとか悲しいとか思っていても、見ている人に伝わらないといけないから。自分の身体を鏡で見て、どう動くとどう見えるかということをダンスを通して勉強していたので、それは身になっていますね。

—ダンスの経験は、舞台でも生きそうですよね。

仁村:舞台は舞台でまた違う面白さがありますよね。お客さんが入ったときに、空気が全部違うものになるというか。土地柄もありますしね。あれが癖になるという役者さんがいらっしゃいますけど、わかります。あと、何回もその台詞を言っていると飽きちゃうので、最初の状態をキープしようとするから鍛えられますね。

—やっぱり、飽きるものですか?

仁村:飽きますよ! ぼーっとしてても勝手に台詞が出てくるんですよ。

ホ:じゃあ台詞を入れるのは得意なほう?

仁村:得意というか、あれは慣れだと思います。最初は本当に覚えられなかったですから。

ホ:忘れるほうが大変っていう人もいるよね。

仁村:確かに。

—最近の活動について教えてください。

仁村:ドラマの放送が2つあります。ABCの『声ガール!』と、台湾に行って撮影したものも。あとは、プライベートで同世代の友達と集まってダンス部を作ったんですよ。役者だけでなく、一般の方もいて、みんなでスタジオを借りて筋トレやストレッチから始めてダンスをするという。

ホ:リーダー?(笑)

仁村:リーダーではないですけど、発起人的なやつです。スタジオに朝集まって昼までやって、という本当に部活ですね。それで、昼飯を食べて帰るんです。特に目標のないダンス部ですけど、今後「何かやれたらいいね」っていう話はしています。

—じゃあ、今後の野望は?

仁村:何だろう……。今は7割映像で、3割モデルなんですけど、今後どういうふうになっていくのか自分でも想像できなかったりするので……。将来的には映画俳優になりたいですね。ちゃんと素敵なスタッフや監督さんと出会って、いい作品を一緒に作れるような。あとは、冒険に出かけたいです。いろんな国や山に行ったりとか。

ホ:ちなみに、どんな監督や映画が好きなんだろ?

仁村:西川美和さんとか。チャップリンの映画も好きですし、グザヴィエ・ドランやソフィア・コッポラも。ヒューマンドラマ系が好きですね。

—憧れている女性っています?

仁村:デザイナーの内田文郁さんは、すごく素敵だなと思います。モノを作る仕事をする人は話していて、面白いですよね。今日着ているのも、<FUMIKA_UCHIDA>なんですけど、内田さんのセンスも好きだし、格好いいなって純粋に思います、女性として。

—ちなみに、今日のセルフコーディネートは、仁村さんの普段着スタイルですか?

仁村:今日は珍しい格好をしています。いつもは、黒い服が多くて。だいたいモノトーンでシンプルなアイテムを着ることが多いです。基本的に、古着が多いですね。

ホ:よかった、黒じゃなくて。

仁村:だと思ったんですよ、写真的に。本当にすっぴんで来ちゃいましたけど。

Photo by Takashi Homma

仁村紗和
1994年10月13日生まれ、大阪府出身。東京を訪れていた際に原宿でスカウトされ14年2月に芸能界入り。同年にNHK・Eテレ高校講座「ロンリのちから」内のドラマで女優デビュー。『無伴奏』(15)で映画初出演。AbemaTV初のオリジナルドラマ「#声だけ天使」でヒロイン役に抜擢。映画『巫女っちゃけん。』(18)にも出演。4月には、「資生堂×ユニクロ」コラボ広告で美背中を披露した。