【インタビュー】アルバトロス・グローバル・ソリューションに聞く、デジタル時代におけるラグジュアリーブランドのあり方
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【インタビュー】アルバトロス・グローバル・ソリューションに聞く、デジタル時代におけるラグジュアリーブランドのあり方
Luxury Market For Millennials On Study
今回、Albatross Global Solutions の本国 CEO である Christophe Caïs (クリストフ・カイス)、そして日本支社の 代表である森本武美が揃う絶好の機会を得て、The Fashion Post は独占インタビューを敢行。昨今大きな変革期を迎えつつあるラグジュアリー市場は、今後どこへ向かうのか。
取材・文: 岡部駿佑 写真 (ポートレイト): 島田彩枝加
“ラグジュアリー”と一口に言っても難しい。Hermes (エルメス) や Chanel (シャネル) がラグジュアリーであることは疑いようもない。ラグジュアリーな車と言われて思いつくのは、Rolls-Royce (ロールス・ロイス) や Maybach (マイバッハ) あたりだろうか。それがグルメやお酒好きの人となると、またその選択肢は増えるに違いない。ラグジュアリーとは曖昧な表現である。しかしそれと同時に、ラグジュアリーとそうでないものには決定的になにか境界線があるのだ。ラグジュアリーとは何なのか、そして現代においてその言葉がどんな意味を持つのか。このファジーな命題を、長年に渡り調査してきたのが Albatross Global Solutions (アルバトロス・グローバル・ソリューション) だ。世界67か国で、230以上の名だたるグローバルブランドのコンサルティングとして、ラグジュアリーマーケットを定点観測してきた同社は、また同時に激動のデジタル時代におけるラグジュアリーブランドのあり方を問うてきた。今回、Albatross Global Solutions の本国 CEO である Christophe Caïs (クリストフ・カイス)、そして日本支社の 代表である森本武美が揃う絶好の機会を得て、The Fashion Post は独占インタビューを敢行。昨今大きな変革期を迎えつつあるラグジュアリー市場は、今後どこへ向かうのか。
– まず始めにお伺いします、ラグジュアリーの定義とは何でしょう?
Christophe Caïs (以下 Christophe): ラグジュアリーの意味、英語を直訳すると贅沢だとか豪華といった単語が出てくるよね。そしてラグジュアリーという価値観を構成する要素を噛み砕いて見てみると、そこには実に多くの意味が含まれていることに気付くんだ。価格が高いこと。長い伝統を持つこと。職人技に対する飽くなき探究心を持っていること。クオリティはもちろんのこと、いかに独自性を主張出来るデザインかという点も主な判断材料となる。これら様々な文脈で捉えて、最高だとされるものがラグジュアリーと呼ばれるわけだけど、もちろんその評価基準は人によって違う。例えば君が今持ってる素敵なバッグもラグジュアリーブランドのものだけど、私が好きな Patek Phillip (パテック・フィリップ) の時計もまた違う意味でラグジュアリーと言えるはずなんだ。それと同じように、ニューヨークに住む50代の男性が考えるラグジュアリーと、東京に住む25歳の女性が考えるラグジュアリーは、まるで違うイメージを思い描いても不思議じゃない。つまりラグジュアリーを一元的に定義しようとしても、それはほぼ不可能に等しいんだ。
– 最近ではミレニアルズと呼ばれる、20~30代の比較的若年層にあたる消費者に注目が集まっています。ラグジュアリーという価値観を上記のような評価軸で見た時、それ以前の世代と比べてどのような特徴があるのでしょう?
Christophe: 直近の私たちの調査では、ラグジュアリーブランドの消費者のうち40パーセントがミレニアルズだという調査が上がっている。それほどまでに影響力を持つ彼らの特徴を挙げるとすれば、まず職人技に対する意識が高まっているということ。最近ではクラフツマンシップという言葉が一般にも浸透しているけど、ミレニアルズ世代以前がデザインや価格に大きな比重を置いているのに対し、彼らは控えめなデザインであっても上質な素材や高い品質に魅力を感じると言える。ミレニアルズ世代との深層インタビューでは、「隅から隅まで細部にわたって注意を払われて丁寧に作られているもの」がラグジュアリーだと感じるという意見が出てきた。奇抜なデザインよりも、実用性に魅力を感じるというのはまさに今を象徴する傾向だね。
– ミレニアルズ世代にとって、ラグジュアリーブランドでの消費行動に結びつく重要な要素とはなんでしょう?
Christophe: これもまた、最初の質問と同じように様々な側面から分析する必要はある。まずラグジュアリーブランドに魅力を感じ、購入に至るまでのモチベーションを4つの角度に分類する。言うまでもなく、まず自分へのご褒美。そして社会的成功、これには上で言うデザイン性で他との差をつけたいという欲望が込められている。そして社会的成功とほぼ直結して挙げられるのが、ステータスシンボルとしてのラグジュアリーブランドという考え方。非常にシンプルだね。そして最後に、社会認知度という要素も重要になってくる。これは、いかに名前であったりデザインが社会的によく知られているかという議論だね。そしてこれらの分析の結果、ミレニアルズ世代たちの消費行動における特徴に、社会的成功と社会認知度が他の年代に比べ比率が高いことが分かった。つまり、あるブランドのバッグを買ったら他の人にどう思われるのか、それが差別化であれ同調であれ、自分の属するグループ内での評価をより重要視するのが特徴的だね。
日本で言えばゆとり世代、いわゆる個人主義を訴える年代に育っていながら、半ば無意識のうちに他との関係性によって消費行動、ひいては価値観の形成が築かれている。何とも皮肉な話だけどね。
– ミレニアルズとそれ以前の世代、彼らの価値観の違いはどのようにして生まれたのでしょうか?
Christophe: ラグジュアリーは産業になった、とでも言おうかな。もともとラグジュアリーアイテムは、一部の限られた富裕層のためだけのものだった。それが大きく覆されたのが80年代から90年代。まさに今のミレニアルズたちが生まれた時代だね。世界的に好景気に沸いた当時、どこかのブルジョワの家系でなくてもお金さえあればラグジュアリーブランドのアイテムを買うことが出来るようになったんだ。数字でも見てもその変化は歴然としている。例えばラグジュアリーファッションブランドの代名詞である Louis Vuitton (ルイ・ヴィトン) は、1975年には年間で1億ユーロほどの売り上げだったのに対して、直近の報告によると売上高は60億ユーロに迫る勢いを見せている。これほど飛躍的に成長をすれば、自ずとその市場の価値観が変わってくるだろう。
そしてその後追い討ちをかけるかのように世界中を席巻したインターネット。これによって、ラグジュアリーマーケットは一大産業となり、誰もがその価値を共有出来るようになった。ミレニアルズは、こうしたラグジュアリー・デモクラシーを生まれながらにして受け入れ、自分のものとしている世代なんだ。
– ラグジュアリーブランドにとって、オンラインストラテジーは永遠のテーマのように見えますが。
Christophe: 長い歴史によって培われたストーリー、ヘリテージ、クラフツマンシップを礼賛するラグジュアリーブランドにとって、デジタルコミュニケーションは今最も重要な課題だった。実際に手にとって、素材の良さや縫製の丁寧さ、ブランドの歴史、デザイナーのクリエイティビティ、それらをフェイス・トゥ・フェイスで伝えてきたラグジュアリーブランドのマーケティング担当者や店舗スタッフたちにとって、突如現れたデジタルカルチャーの波をそう簡単に信用しろという方が無謀な話だったはずだ。とはいえ、これほどソーシャルメディアが一般的になり、eコマースもスタンダードになりつつある中で、未だに上手く使いこなせていないブランドがあるとしたら、その問題は恐らくデジタルをあまりに別の業種として捉えているということが考えられるね。
– 自社でのeコマースのみならず、海外ではラグジュアリーブランドに特化したオンラインショップが成功を収めています。
Christophe: まさにその通り、ラグジュアリー市場とeコマースの関係性で見た時、2015年という年は大きな変革期なんだ。Net-a-Porter (ネッタポルテ) と Yoox (ユークス) が統合したことも話題になったよね。それと時を同じくして、これまでデジタルを苦手としてきらラグジュアリーブランドが揃って自社のeコマースを立ち上げたり、オンラインで商品の取り扱いを始めた。これまで以上にデジタルツールはラグジュアリー市場において重要だということを実感し、行動に移し始めたのが2015年なんだ。そしてこの傾向は、恐らく来年以降も継続されるはずだよ。
– 海外ではこうしてeコマースが一般的になっている一方で、日本ではまだラグジュアリー市場におけるデジタル化は遅れを取っていると言わざるを得ません。
Christophe: 日本のマーケットについては、森本さんの方が詳しいはずだよ。
Takemi Morimoto (以下 Takemi): そうですね、日本でもeコマース自体は一般的に浸透しているにも関わらず、ラグジュアリーマーケットというフィルターを通して見ると成功例と呼べるものはほとんどありません。その理由は、私自身非常に関心を寄せているところではあるのですが…消費者目線で見てみると、地理的に見ても実店舗に足を伸ばす負担が少ない日本において、eコマースでラグジュアリーブランドを買うというのは必ずしも最善の選択では無いからでしょう。これがアメリカなら話は違う。例え欲しいブランドのアイテムがあっても、それを売っている店が数千キロ離れたところにしか無いとなれば、自ずとeコマースの利便性が評価される。加えて、市場調査をする中で分かったのが、日本のラグジュアリー顧客たちは、ほかの国にも増してあらゆるプラットフォームから情報を集め、購入までの動機に至るということ。店舗で実際の商品を見る、ネットで詳細の情報を探す、雑誌に載っているか見たと思えば、ソーシャルメディアでもチェックする。コンシューマーの意識が様々なチャネルに分散されていることにより、eコマースが育たないというのが現実的な見方ですかね。
Christophe: とはいえ日本はテクノロジー面では他の国に比べても進歩的なはず。近いうちに何か革新的なサービスが始まってもおかしくないね。
– eコマースでは遅れを取る一方で、この1年の間に日本国内にラグジュアリーブランドの路面店が数多く出店し、イベントやローカルショーのためにデザイナーが来日しています。アジアの諸外国がこれほど注目される中で、なぜラグジュアリーブランドは敢えて日本を選ぶのでしょう?
Christophe: まず言えることは、日本という国はラグジュアリーブランドに対して深い理解を育んできたということ。80年代後半から90年代にかけて、グローバル規模で見ても日本は経済の中心だった。その中でラグジュアリーブランドは、日本をアジアマーケットの中枢として重要な役割を果たしてきた。そしてもう一つ日本人の国民性として誇るべきは、そのセンスだね。日本人は洗練されたものを見極める審美眼という点において、世界中のどの国よりも秀でている。繊細で完璧主義、そして良いものを知っているからこそ、ブランドが求められるレベルも高い。逆に言えば、日本で成功すればどこの国でも通用するということだね。
– しかしながら、日本では急速な高齢化と少子化が問題視されている現実もあります。
Takemi: ある程度の経済成長を経験した国が高齢化するのは珍しい話では無いはずです。むしろここでもやはり注目されているのは、高齢化社会においてラグジュアリーブランドがどのような社会的変化を遂げるのかということじゃないでしょうか。
Christophe: そうだね、高度経済成長期の好景気をリアルタイムで経験している高齢者にとって、ラグジュアリーブランドを買う動機は大きく分けて3つあるように感じるんだ。まずは自分へのご褒美。最近では医療の進歩により、高齢でも健康で過ごせるようになった。彼らの生活をより良くするためのツールとして、ラグジュアリーブランドは重要な役割を果たしている。ラグジュアリーブランドを誰かへの贈り物に買うというのも一般的だね。これは高齢者に限らず言えることだけど、誰かに贈り物をするという時、ラグジュアリーブランドはある種のお墨付きのようなものと言える。
– もう一つは何でしょう?
Christophe: 高齢者が高価なものを買う時の理由として挙げられるのが、次の世代へと受け継いでいくということだね。はじめに言った Patek Phillip の広告にあるキャッチコピーがあるんだ。「あなたは Patek Phillip の所有者になるのではなく、次の世代へ継承されるまでの管理人となるのだ」。価値のあるものを次世代に受け継いでいく。これこそがラグジュアリーを愛する人のスピリットなんじゃないかな。
Christophe Caïs (クリストフ・カイス)
アルバトロス・グローバルソリューションズ ファウンダー・CEO
フランス生まれ、ドバイ在住。プレミアムブランドのゼネラルマネージャーとして10年の経験を積んだ後、ラグジュアリー特化型のエージェントとしてアルバトロスを設立。トータル20年以上に渡りアメリカ。ヨーロッパ、アジア、中東とグローバルな環境でリテールとラグジュアリーブランドビジネスに携わる。そこから得た経験と知識で世界中でラグジュアリーブランドのビジネス拡大をサポート。また、英語・フランス語・中国語の3か国語を操り、卓越したコンサルタントとして様々なラグジュアリー業界の会議やトレードショー等でも講演を行いグローバルに活躍している。
森本武美 (もりもとたけみ)
アルバトロス・グローバルソリューションズ株式会社 代表取締役社長
グローバルブランドビジネス&小売業のエキスパート。30年以上に渡り、日本および海外で様々なグローバルブランドの“新規立ち上げ”、“リブランディング”、“安定成長”に携わり、ブランドの認知度とビジネスの拡大に実績を残す。世界中のリアルなマーケットと人を見てきた知識と経験で、膨大な情報の中から最適なものを選択、編集、形にし、ブランドと消費者を繋いでいる。特に女性をターゲットとする“美・食・ファション”のラグジュアリー・ライフスタイル消費財、サービス分野を得意とし、新しいライフスタイルを提供することをライフワークとしている。