Joe Odagiri
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俳優・オダギリジョーインタビュー

Joe Odagiri

Portraits/

自他共に認める理想主義者のゲバラに感銘を受けて戦線に入ったボリブア出身のフレディ前村とは、いったいどんな人物だったのか。阪本順治監督最新作『エルネスト』で主人公フレディ前村を演じるオダギリジョーにインタビューを行った。

俳優・オダギリジョーインタビュー

1963年元旦、キューバの学校で医学を学び始めたばかりのフレディ前村は、同校を訪れたチェ・ゲバラにこのような質問を投げかける。「あなたの絶対的自信はどこから?」彼は答える。「自信とかではなく怒っているんだ、いつも」

フレディ前村の祖国であるボリビアへ貢献したいという強い思いが、彼を医学の道へと向かわせた。もしゲバラと出会わけなければ、彼はフィデル・カストロによって創立されたヒロン浜勝利医学校を経て、目指していたハバナ大学の医学部に入学し、将来は医者として多くの祖国民を救ったかもしれない。フレディに関する様々な証言、記述から伝わってくる真面目で我慢強い性格を鑑みれば、彼が名医になる未来を想像することは難しいことではない。

だが、彼はゲバラが掲げる革命論に身を捧げることを決意した。そして、革命戦士としてボリビア東部サンタクルス州の山岳地帯で最期を遂げる。自他共に認める理想主義者のゲバラに感銘を受けて戦線に入ったボリブア出身のフレディ前村とは、いったいどんな人物だったのか。『エルネスト』は、ゲバラが旗手をつとめたドラマティックな革命の歴史を、オダギリジョー演じるフレディという異なる視点から眺めた映画である。

 

『エルネスト』

 

—『エルネスト』には、邦画とも洋画とも言えぬ空気が漂っています。主人公を演じたオダギリさんが当たり前のようにスペイン語を話して、現地に溶け込んでいるのも不思議な感覚でした。そういうのって、やっぱり現場の雰囲気が反映されるものなのでしょうか?

例えば、美術の原田 (満生) さんがやろうとしたことを、キューバのスタッフはすこしでも満足のいく絵が撮れるように努力してくれていました。圧倒的に物が不足している環境でやっていたので、お互いに苦労が分かりますし、ちょっとしたことでも喜び合えました。その苦労が多ければ多いだけ仲は深まりますし、日本でもなかなか見ない仲の良いチームだったと思います。それと、現場ではオッケーが出るとすぐに次のシーンのスペイン語の確認や準備で、なかなかリラックスする余裕もなかったのですが、まわりのみんながそんな僕を気遣い、一人でいられる空間を作ってくれていました。

—映画を観ていて、そういうヴァイブスは感じられました。では、映画の中身に話を移します。まず、主人公のフレディ前村がボリビアの戦線に入っていった理由として、「母国を軍事政権による圧政から救う」という大義名分はよくわかるんです。だが、彼はもともと医学でもって祖国に貢献しようとキューバの学校に留学したはず。彼がゲバラの打ち出した“革命”にそこまで触発され、実際の行動に移した個人的な理由を、オダギリさんはどう解釈しましたか?

彼が幼少期のころに近くの子供へ薬を届けるというシーンがあるじゃないですか。そのエピソードから、僕はフレディ前村に、施しという感覚ではない実直さを感じたんです。自分が何かを持っているのであれば、必要としている別の誰かにそれを差し出したいという思いがあったんじゃないでしょうか。それは、情けをかけるということではなく、人と誠意を持って向き合うということなんだと思います。フレディ前村が実直に人生をまっとうしようとした人だと考えれば、母国の軍事独裁政権に疑問を持つのは当たり前だし、国のため、未来のため、身を捧げて戦うという選択肢は自然だったように思えます。

Photo by Hiroki Watanabe

Photo by Hiroki Watanabe

—彼の生きる姿勢が自然のそのような行動を起こさせたと。では、彼のそのような姿勢に対して、オダギリさんは個人的にどのような思いを抱きながら演技に臨みましたか?

役者の仕事は、台本に書かれた人物に人間的な立体を与えていくことだと思っています。今回の場合は、彼の人間性を丁寧にひも解き、彼がゲリラ戦に身を捧げた理由、彼にとっての正義みたいなものを模索する作業でもありますよね。そうした作業を数ヶ月続けるわけですから、共感することもあれば共感に届かない部分もある。ただ、100パーセントの理解を目指して現場に向かい、演技に臨んだつもりです。

—この映画のストーリーを読んだ時には、ここまでヒューマニズムに焦点があたった映画になるとは想像もしていませんでした。阪本 (順治) 監督の中でも異色の作風ではないかと思います。オダギリさんが台本と読んだ時と、実際に映画を観た時の印象の違いについて教えてください。

今の日本の映画界でこういう作品を作ることって、まあ難しいんですよ。よくそんな挑戦を、監督、あとはプロデューサー陣もやろうとしているな、というのが台本を読んだ時の第一印象でした。でもだからこそ、僕はその船に乗りたくなったんです。物語に関しては、多くの人が想像していると思いますが、ゲリラ戦などの戦闘シーンが多くなると思っていたんですけど、それまでの過程であるフレディ前村の学生生活に重きを置かれているのは意外でした。僕は昔からキューバにすごく興味を持っていて、ゲバラやカストロや当時の革命のことも少しは知っていましたが、それらを知らない、または興味を持っていなかった人達にとっては小難しそうな作品に思われそうじゃないですか。しかも資本主義に生まれた現代っ子の僕たちに、当時のキューバの人たちの気持ちが理解できるかって、この映画における一つの課題だと思っていたんです。でも完成したものは、きちんとそれを克服する作品になっていました。当時の人たちの気持ちに一瞬なれたような気がして、感動したんです。それってやっぱり国や時代を超える気持ちなんだなと思いました。

—最初におっしゃった “今の映画界で作ることが難しい作品” とは、具体的にはどういうものでしょう?

どういう作品ですかね (笑)。今の日本映画によく見られるのは、ある程度の集客が見込める、ある種ビジネス感が匂ってくる作品が多いじゃないですか。大人気の原作ものであったり、テレビの映画化であったり。それが悪い訳ではないですが、単純に映画監督が作りたいものを自分で書いて撮る、という基本的な構図が今はなかなか見当たらないですよね。そういう時代を受け入れるしかないのかも知れませんが、少なくとも『エルネスト』は今の時代に当てはまらない作品だと思います。「これは客が入るぞ!」とはなかなか言いにくいでしょ?(笑) 誰もが敬遠するであろう作品だからこそ、企画した段階ですごいなと思いましたね。お金じゃなくて気持ちが動かしている映画なんでしょうね。

—オダギリさんが最初にキューバを訪れたきっかけは?

仮面ライダークウガの最終回です (笑)。最終回の1シーンを撮る為だけに行かせてもらいました。今では考えられないですよね。あの作品のプロデューサーもやっぱり、お金じゃなくて気持ちの人だったように思います (笑)。

Photo by Hiroki Watanabe

Photo by Hiroki Watanabe

—ゲバラのことを知って感銘を受けたのは学生の頃ですか?

よくは覚えてないんですが、振り返ると子供の頃からどこかひねくれたところがあって、権力とか常識とか、そういった大きなものに対してとにかく歯向かうようなタイプだったんですよ (笑)。そういう田舎の子はだいたい中学生の頃にパンクにハマるんですよね。そんな流れの中でゲバラを知ったのかなぁと思います。ただ、その当時はゲバラの思想とか主張は理解していなかったと思います。とにかくアメリカの資本主義に抗っていろんな国を解放しようとしている姿が美しく見えたんでしょうね。革命という意味では、明治維新の坂本龍馬に通ずるものがあって、男の子としては魅力的に思えたんだと思います。

—当時の革命軍の中でフレディ前村という存在に光をあてることには、どんな意味が生じると思いますか?

ゲバラは見た目にもカリスマ性があるから世界的なアイコンにされてしまっているけれど、同じように志を持ちながら戦場で命を落とした革命戦士はたくさんいますよね。彼らが想いの強さでゲバラに劣っているわけではありません。今まで光があたってこなかったそんな戦士のことも忘れてはならないと思いました。大きなことを成し遂げる裏側にはたくさんの人達が命を懸けて戦ったわけで、ゲバラのことだけを特別視したくないなと思いますね。

©︎ 2017 “ERNESTO” FILM PARTNERS.

©︎ 2017 “ERNESTO” FILM PARTNERS.

—この映画ではヒーローとしてのゲバラを崇めておらず、けっこう淡々と俯瞰して歴史を描いているような映画だと思うんです。それは歴史観が徐々に変化してきて、今ゲバラ周辺を描くとこうなるよ、ということなのかもしれませんが。

確かに国によってもゲバラのイメージは大きく違いますもんね。これはどこまで言っていいかわからないんですけど、キューバの人たちはゲバラを尊敬していると同時に、どこかでゲバラを金儲けの道具にしている印象も見え隠れするんです。僕たち観光客がゲバラ印のものを買っちゃうから、そうなるのは仕方ないのかもしれないけれど、それはちょっと驚きましたね。

—オダギリさんもゲバラのグッズがあれば買ってしまいます?(笑)

いや、実は、革命運動ではゲバラとカストロ、その2人がツートップのように思われがちですが、もう1人、カミーロという人も有名なんですね。日本ではあまり触れられる機会も少ないんですけど、僕はカミーロが一番好きなんです。だけど、現地でカミーロのTシャツを探しても見つからない。カストロのものすらなくて、その理由を聞いてみると、どうやらゲバラしか売れないから作らないらしいんです。でも、むこうの人に「カミーロが好きだ」と伝えると嬉しそうに当時の資料を見せてくれる。アルゼンチン生まれのゲバラがキューバのために命をかけたことに対する敬意はあるにせよ、どこかでゲバラに対する捻じ曲がった意識が生まれちゃっている気がしていて、それは今の社会が生んだ捻れなのかなって思いましたね。

—オダギリさんはゲバラに対して、良くも悪くも何か印象は変わりましたか?

今回の映画の関係で、ゲバラの息子、カミーロさんと会うことがあったんです (注:カミーロの名前は先の話に出たカミーロから取られている)。彼と話しているとゲバラの革命家ではない面も知ることができました。彼からするとやはり優しい父親なわけで、そんな話を聞くとどこか温かい気持ちになりましたね。

—フレディ前村にとってのゲバラのような存在って誰か思いつきますか?

キャプテン・ビーフハートっていうミュージシャンがいるんですけど、僕は彼に価値観を変えられましたね。けっして一般的に聴きやすい音楽を作る人ではないんです。実験的で、即興的で、多くの人にとって耳障りは悪いでしょう。だけど僕には深く刺さりました。彼からは、大衆に届けるためにものを作るのではなく、「自分が突き詰めたいから作る」という精神がものづくりの根本にあるということを学びました。だから、僕は役者になった今でも、メジャーな作品に出ることより作家性やオリジナリティに重きを置いたインディーズの作品に出ることを優先しています。どこかで一般受けするものに疑いを持つ人間になってしまったのは彼のせいです (笑)。

—フレディ前村が初めて会ったゲバラに「あなたの絶対的自信はどこから?」と質問して、彼が「自信とかではなく怒っているんだ、いつも」と答えるシーンがありますが、オダギリさんも同じような感情を抱いていると言えますか?

うん、それはありますね。「役者とはこうあるべき」という思いや理想が高ければ高いほど、それが怒りに変換されるというか。どんな職業に就いていても満足できることは少ないじゃないですか。先ほど話しましたが、映画界というものに対しても、イライラした気持ち、怒りは常にあります。そういう意味で、阪本監督なんかはずっと怒りをもって映画を撮っているように見えます。

—阪本監督とそういう “映画に対する思い” についてじっくり話し合う機会はありましたか?

もちろん何度もそういう話になりますよ。飲んでる時間が深くなるといつもそういった話になります (笑)。ただ、僕はずっと阪本監督の作品を観ていた立場なので、今回も共同作業というよりは、「阪本監督の作品に参加させてもらった」という意識が強い。あくまで監督がゲバラで、僕がフレディ前村なんです。監督が戦いたいものに賛同する感覚です。

—近年の出演作として、オダギリさんの素の姿がかいま見える『オーバーフェンス』(2016) がありますが、僕は『エルネスト』にもオダギリさんの別のリアルな側面を感じることができました。この人はこの映画を通して本当に言いたいことを言っているのかもしれないと。

『オーバーフェンス』と『エルネスト』では演じ方に大きな違いがあるので、そのように感じてもらったことは意外ですね。でも、芝居とはそういうもので、演じる側の人間性までもがフィルムに焼き付けられるものだと思うんです。だからこそ中途半端な気持ちでやるべきではないし、誠意を持って作品に向き合わなければならないと思っています。でも、このインタビューからも分かると思いますが、僕は普段から言いたいことを言ってますよ (笑)。

Photo by Hiroki Watanabe

Photo by Hiroki Watanabe

<プロフィール>
オダギリジョー
1976年2月16日生まれ、岡山出身。2003年、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された黒沢清監督の『アカルイミライ』で映画初主演を果たす。続く北村龍平監督の『あずみ』(2003) で、日本アカデミー賞最優秀新人俳優賞、エランドール賞新人賞を受賞するや、その後も『血と骨』(2004) で第28回日本アカデミー賞、ブルーリボン賞の最優秀助演男優賞、『ゆれる』(2006)、『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』(2007) で日本アカデミー賞優秀主演男優賞、『舟を編む』(2013) で同賞優秀助演男優賞を受賞。海外作品に『悲夢』(2009)、『PLASTIC CITY プラスティック・シティ』(2009)、『ウォーリー&ウルフ』(2011)、『マイウェイ 12,000キロの真実』(2012)、『ミスターGO!』(2014) など。TVドラマではTBS「おかしの家」(2015)、「重版出来!」(2016)。近年の出演作は、『オーバー・フェンス』(2016)、『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)、『続・深夜食堂』(2016) など。待機作に『南瓜とマヨネーズ』(2017) がある。

作品情報
タイトル エルネスト
監督 阪本順治
脚本 阪本順治
出演 オダギリジョー、永山絢斗、ホワン・ミゲル・バレロ・アコスタ
配給 キノフィルムズ
製作国 日本、キューバ
製作年 2017年
上映時間 124分
HP www.ernesto.jp
©︎ 2017 “ERNESTO” FILM PARTNERS.
10月6日(金)TOHO シネマズ 新宿他全国ロードショー