綾野剛主演・荒井晴彦監督『星と月は天の穴』ヒロイン 咲耶、その文豪たる素顔
SAKUYA
photography: Asuka Ito
interview & text: Hinano Ako
『Wの悲劇』(84)や、『ヴァイブレータ』(03)、など数々の名作脚本を手がけ、監督作『火口のふたり』(19)、ではキネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位に輝いた荒井晴彦。 日本映画界を代表する脚本家である彼が監督・脚本を務めた最新作『星と月は天の穴』が、12月19日(金)に公開される。
1969年の東京を舞台に、男と女の滑稽で切実な営みを全編モノクロームの映像美で描いた本作。綾野剛演じる“愛をこじらせた作家”の日常をかき乱すヒロイン・紀子を演じたのは、オーディションでこの大役を射止めた新星・咲耶だ。
吹越満と広田レオナを両親に持ち、17歳で母の監督作でスクリーンデビューを果たした彼女だが、「本格的に俳優を志したのはここ3年くらい」と語る。学生時代は教師から文豪というあだ名をつけられたという異色の感性を持つ25歳の彼女は、いかにして昭和の女・紀子を演じきったのか。 主演の綾野剛も認めたその表現者としての美学とは。インタビューで明かされた彼女の素顔に迫る。
綾野剛主演・荒井晴彦監督『星と月は天の穴』ヒロイン 咲耶、その文豪たる素顔
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—まず、演じられたヒロイン・紀子(のりこ)というキャラクターについて、教えてください
まず紀子というのは、主人公であるこじらせた作家の矢添(綾野剛)とちょっと特殊な出会い方をして。そこから女性としての自分の本能というものが目覚めて、矢添さんとの逢瀬のなかで、女性として開花していく様が特徴的なキャラクターです。それと同時に、こじらせた矢添の心も、彼の中で凝り固まっていた価値観みたいなものも凌駕していって、彼自身を圧倒していく……なんて言ったらいいんだろうな。ちょっと気が強いけど、小悪魔的なところもある、そういう女の子です。
—時代設定は1969年。役作りで意識したことや苦労した点はありましたか?
演じる上で特に声を意識しましたね。あとは喋り方もそうですけど、振る舞い方そのものがやっぱり今の21歳とは全然違うので、そういった仕草や、言葉遣いをものすごく意識しました。あと個人的に大変だったのは、私、左利きなんですよ。でも紀子って昭和の21歳の女の子なので、右利きなんですね。 食事のシーンが結構あったので、右手でお箸を持ってご飯を食べるのがすごい大変だったんです。地味に、地味に大変で(笑)。出演が決まってから撮影までそんなに時間がなかったので、100均で子供用の矯正箸を買って、豆を移すところから練習して。キャラクターの性格よりも、その時代的なギャップ、そこに対する意識っていうのが強かったですね。
—ご自身と紀子の性格で重なる部分はありますか?
ありますね。まず紀子ってファザコンなんですよ。どこかこう、父親の面影っていうものをいつも追い求めていて。私自身も小さい頃から父親と離れて暮らしていて、男性に対して、父親とちょっと近い部分のある方に魅力を感じたりするんですね。そういう意味では私もファザコンと言えますし。あと、紀子ってドMなんですよ。そういう紀子のドMで、わざと自分からハードモードな方に突っ走っていくっていうところは、私も通じるところがあって。お仕事が特にそうなんですけど、私自身もすごいハードな役柄であったり、精神的にきついものだったり、そういう役柄の方が燃えるんですよ。 そうやってちょっと精神的に自分のことを追い込む癖があって、それが快感につながるんですよね。だから私も精神的にマゾヒストという部分で結構重なるところがあります。
—”文豪”と呼ばれていたそうですが、もともと文学少女だったのでしょうか?
中高生の頃にすごく純文学が好きだったんです。 性格がそもそもひねくれてて、変な作文ばっかり書いてたら、学校の先生たちに文豪ってあだ名をつけられたんですね。で、作文を回し読みされてたらしいんですけど、それを母(広田レオナ)が面白がって、プロフィールの特技欄に文豪って書いたんです。(笑)
—役作りの参考にしたものは?
今回の作品が、実はとってもコメディ要素が強いっていうことだったり、そういう作品に対する理解みたいなものが、純文学の作品を読んでいたことによって、面白がれたかなと思います。
—全編モノクロ映像での撮影はいかがでしたか?
モノクロで撮っているといっても、映されている私たちはカラー(の現実世界)でやっているので、「どういう風に映ってるんだろう?」っていうのが正直あまりわからないんですよ。撮っているときは本当にどこをどこまで意識すればいいのかっていうのがわからない手探りの状態でやっていて、 スクリーンで見たときに、「ああ、こういう風に映ってたんだ!」という感覚になった部分が大きいですね。
—撮影の中で、一番印象に残っているシーンは?
矢添と紀子が初めて出会うシーンですね。
やっぱり初日っていうのもあって、そもそも「荒井組」にも初めて参加する日だったので、ものすごく緊張してたんです。あの日はとにかく綾野さんに助けていただいたという印象があって。 撮影に入るときに、多分私がものすごく緊張してそうだなっていうのを、おそらく察していただいたんだと思うんですよ。綾野さんが「僕は今回、昭和や純文学、そして荒井映画のムード……そういった空気感を大切にしているけれど、咲耶さんはもうその佇まいが出来上がってるから大丈夫」っていってくださったんです。「カメラテストのときから、紀子は咲耶さんで間違いないと思ってたから、心配しなくていいよ」と。その言葉で、かなり肩の荷が下りましたね。本当に助かりました。
—矢添と紀子の距離感について、どのように意識して演じましたか?
まあ、いわゆる恋人ではないけれども、体だけっていうわけでもないみたいな、そういうちょっと特殊な関係です。紀子は紀子で彼氏いるし…なんて言うんだろう、そういう「名前のない関係」だからこそのやり取りっていうのが結構あって。
やっぱりそういう関係だからこその、喋り方、距離感の取り方とか。恋人じゃないけど男女の仲ではあるからこその、絶妙な、外歩いてるときの距離感とかあるじゃないですか。すごくそのあたりは意識しましたね。
あとは、紀子はやっぱりドMですから、自らあえて飛び込んでいくじゃないですけど、仕掛けに行くスタイルっていうのもやっぱり恋人じゃなくて、紀子がどんどん矢添さんとの関係が進むにつれて、女性として開花していくからこそ。「恋人じゃないからこその態度」だと思うんですよ。強気な態度だったり。そのあたりはちょっと意識してましたね。
—荒井監督についての印象は?
荒井さんは、皆さん最初はちょっと気難しい方とか、そういうイメージを持たれやすいのかなって思うんですけど、実際、荒井さんってすごく可愛らしくて。私の中では「ハイジのおじいちゃん」(アルプスの少女ハイジ)っていう印象なんですよ。
口数が多いわけではないですけど、現場でとっても優しかったです。ディレクションの仕方だったり、普段お話しする言葉がとても文学的なんですね。 そういった意味でも、荒井さんと一緒にいる時間というのは居心地が良くて楽しかったですし、荒井さん可愛かったですね。
私がクランクアップするときにお手紙をお渡ししたんですけど、「親愛なるエロジジイへ」そういう風に書いて(笑)。荒井さんが笑ってくださるくらいには仲良くなりました。
—最後に、この作品をどのように受け取ってもらえたら嬉しいですか?
この映画は舞台が昭和であり、令和とはかけ離れた時代背景。全編モノクロで原作も純文学……となると、もしかしたら堅苦しい印象を与えるかもしれません。センシティブなシーンも多いですし。 ただ、そういった作品だからこそ、今の私たちの世代の方に見ていただきたいなと思います。実は随所にものすごく笑えるところがあって、正直いって私はコメディだと思っているんです。 全く敷居の高い映画ではないですし、劇中のファッションもとっても可愛い。この時代だからこそ、ぜひ見ていただきたい作品です。
—ありがとうございました。














