メトロポリタン美術館キュレーター Andrew Bolton (アンドリュー・ボルトン) インタビュー
Andrew Bolton
writer: akiko ichikawa
ファッションをアートの一分野として位置付け、これまで数多くの服飾展覧会を世に送り出してきたニューヨークのメトロポリタン美術館コスチュームインスティテュート。5月4日からは存命デザイナーとしては1983年のイヴ・サンローラン以来、という COMME des GARÇONS (コム・デ・ギャルソン) の川久保玲をテーマとした展覧会「Rei Kawakubo / Comme des Garçons: Art of the In-Between」が開催されることになっている。展覧会を企画したキュレーターの Andrew Bolton (アンドリュー・ボルトン) に話をきいた。
メトロポリタン美術館キュレーター Andrew Bolton (アンドリュー・ボルトン) インタビュー
Portraits
ファッションをアートの一分野として位置付け、これまで数多くの服飾展覧会を世に送り出してきたニューヨークのメトロポリタン美術館コスチュームインスティテュート。 特にここ数年は記録的な入場者数をたたきだし、2016年の「Manus x Machina: Fashion in an Age of Technology」は美術館史上7位、2015年「China: Through the Looking Glass」展は史上5位となっている。また展覧会プレビューに合わせて開催されるガラパーティは世界各国、各界のトップセレブリティが集うことでも話題となっているが、4月15日にはこの盛大なパーティの舞台裏をドキュメントした映画『メットガラ ドレスをまとった美術館』が日本公開となった。そして5月4日からは存命デザイナーとしては1983年のイヴ・サンローラン以来、という COMME des GARÇONS (コム・デ・ギャルソン) の川久保玲をテーマとした展覧会「Rei Kawakubo / Comme des Garçons: Art of the In-Between」が開催されることになっている。映画の“主人公”でもあり、展覧会を企画したキュレーターの Andrew Bolton (アンドリュー・ボルトン) に話をきいた。
—映画では「17歳のころからキュレーターに憧れていた」とおっしゃっていましたが、ファッションにはどのように興味をもたれたのですか?
子供のころから音楽が大好きで、音楽が僕をファッションに導いてくれた、といっていいですね。僕は生まれがイギリスなのですが、 僕の姉はパンク世代で、彼女を通じてパンクを知り、その後ニューロマンティックにはまっていきました。特に影響を受けたのはやはり David Bowie (デヴィッド・ボウイ)。あとは Bryan Ferry (ブライアン・フェリー)、Sex Pistols (セックス・ピストルズ)、Buzzcocks (バスコックス) なんかもよく聴いたな。当時ミュージシャンたちは自己表現の手段としてファッションを使い、そしてそれがストリートに広がっていったけれど、当時のストリートスタイルはサブカルチャーといってよかった。それはアイデンティティの表現であり、セクシャリティや階級社会、人種差別への問題提起でもあった。当時はイギリスがストリートスタイルをリードしていて、それがハイファッションにも影響を与えていましたね。僕はまず、そんなファッションの社会学的な面に興味ひかれたんです。高校生のころはどうやったらキュレーターになれるか、っていうのは皆目見当つかなかったけれど、昔から勉強が好きで、文化人類学の授業でもドレスをテーマとした論文を書いたりしていました。
—ロンドンからニューヨークへ移住し、メトロポリタン美術館のコスチュームインスティテュートへはどのように入られたのですか?
僕は昔からコスチュームインスティテュートのキュレーターだった Harold Koda (ハロルド・コーダ) や Richard Martin (リチャード・マーティン) の大ファンで、彼らが手がける展覧会をずっとフォローしていたんです。彼らはファッションに学術的な見地を持ち込み、アートフォームとして展覧会を企画しはじめたパイオニア。ある日、デザイナーの Yeoh Lee (ヨー・リー) が Harold Koda を紹介してくれるというので一緒にランチをすることになったんです。僕は当時ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館のリサーチ部門でプロジェクトリーダーとして働いていたのだけれども、そのときは Harold Koda と会えるというので、ものすごく緊張したのを覚えています。いい印象を与えなければとか、変なこと言わないようにしなくちゃ、とかね (笑)。その数週間後に彼が電話をくれて、アソシエートキュレーターとして彼と一緒に働かないか?というオファーをもらいました。2002年のことです。
—子供のころからの夢が叶い、キュレーターとしてメトロポリタン美術館で働き始めたころはどんな感じでしたか?
彼はあるがままで先生みたいな人なんだけど、ダイレクトに教える、というのが嫌いだった。でも彼は物静かながら学ぶことは本当にたくさんあって、彼は僕がそれまで持っていたファッションの社会学的見地から、よりアーティスティックな視点へと導いてくれました。彼が引退する2015年まで僕らはたくさんの展覧会を一緒に企画してきましたが、キュレーションする過程においては、僕らはそれぞれ違ったものの見方をするから、それが相乗効果を生んだと思います。
—映画では「ファッションとは美術館に展示されるべきアートか?」というテーマがあったかと思いますが、ここ数年の展覧会のご成功を見ると、ファッション=アートという認識が一般的に広まっていると感じます。
今、自分自身の中では迷いなくファッションはとてもパワフルなアートのひとつ、と考えています。その理由は他のアートと違って身に纏うことでその生き生きとしたアートフォームを体感できること、そして着る人のアイデンティティを表現しやすいという点もあげられます。僕が考えるアートとしてのファッションの価値は、クオリティはもちろんのこと、デザイナーが服に独自の解釈を持たせ、そのエッジに挑戦しているか、ということです。
—その意味で今年開催される川久保玲さんの展覧会「Rei Kawakubo / Comme des Garçons: Art of the In-Between」はぴったりのテーマですね。企画を進める上で川久保さんとはどのようなやりとりがあったのでしょうか?
今、ファッションはどこにあるのか?実は今日、玲とそのことで議論になったのだけれど「彼女はそんなこと関係ない」というんです。そもそも彼女は回顧展なんてやりたい人ではなかった。だから、正直いって実現できるとは思ってなかったんです。彼女にとっては自分の過去を振り返ることも、そして作品が解釈されることも全く意味がない、だから僕の提案はひとつも受け入れられなくて、完全に拒絶されたように感じたこともありました。彼女は生まれながらにして究極のパンクで常に挑発的な人でもあるから、企画を進めていく上ではお互いのコンフォートゾーンに踏み込むような場面もありましたね。最も難しかったのは彼女を知ること。彼女に会ったのは1年ほど前、「Manus x Machina」の展覧会の時です。存命のアーティストをキュレーションするほど難しいことはない。というのも、彼らが持つセンシビリティをリスペクトしながらも客観的な視点を持って展覧会を作っていかなければならないから。僕の仕事は解釈すること、でも彼女は解釈されるのを拒んでいる、この展覧会をつくりあげることは僕らにとってのジャーニーでもありましたが、最終的には 本当に素晴らしい体験となりました。
—展覧会の内容について少し教えていただけますか?
タイトルにある In-Between (間の技) のアイディアは1996年にファッションジャーナリストの Susannah Frankel (スザンナ・フランケル)(現『AnOther』誌編集長) が “Body Meets Dress-Dress Meets Body” のコレクションについてインタビューした時、玲は紙切れに黒いインクでひとつの円を描いて、その場を立ち去った、というエピソードから得ました。その円こそが彼女の“答え”であり、僕にとってはもっとも興味深い“アート”だと思ったのです。円というのは“無”のシンボルでもあります。そして“無”というのは常に“間”と対になっている。“無と間”、この禅的ともいえるコンセプトが本展覧会の軸となっています。会場には彼女がパリコレにデビューした1981年からの作品、約120点を8つのテーマ 「Fashion /Anti-fashion」「Design / Not Design」「Model / Multiple」「Then / Now」「High / Low」「Self / Other」「Object / Subject」「Clothes / Not Clothes」に分けて展示しています。服が存在する空間もまた、服と同等に大切な要素だったので、今回は会場デザインも今回は玲とコラボレーションしながら作りました。
—展覧会という空間で服と対峙する体験というのは何にも変えがたいものだと思いますが、最近ではインターネットや SNS などデジタルメディアもファッションのあり方や作り方に大きな影響を与えていると思います。最後、その点についてのお考えをお聞かせください。
SNS やインターネットのおかげでより多くの人々がファッションに触れ、楽しむことができるようになったのはよい点といえるでしょう。そもそもファッションとは儚さを伴ったものですが、デジタルメディアはその儚さをとるに足らないものにしてしまうという危険性もはらんでいると思います。そして服とは平面の物体ではなく、人間が着用してこそきちんと理解できるもの。だからコレクションの発表形態はランウェイでもプレゼンテーションでもどちらでもよいのですが、人が着て見せることは絶対的に不可欠だと考えます。オンラインで見たつもりになっていても、色が違っているかもしれないし、理解したことにはならない。インターネットやスマートフォンはファッションを楽しみ、理解するためのひとつのツールであるべき、ではないでしょうか?
<プロフィール>
Andrew Bolton (アンドリュー・ボルトン)
1966年9月5日 生まれ、イギリス・ランカシャー出身。イースト・アングリア大学で人類学と芸術を学び、卒業後にヴィクトリア・アンド・アルバート美術館に就職する。02年に、高校生時代の夢だったメトロポリタン美術館服飾研究所にのキュレーターに。11年の展覧会「アレキサンダー・マックイーン/野生の美」を始めとして、メットの中でも人気の展覧会を多数企画してきた。13冊の著書があり、各地で講演すると共に、様々な出版物に寄稿している。2015年に上司の Harold Koda の後任として主任キュレーターに就任した。