Sean Baker
Sean Baker

映画監督・Sean Baker (ショーン・ベイカー) インタビュー

Sean Baker

Photographer: UTSUMI
Writer: Tomoko Ogawa

Portraits/

全編iPhone5sで撮影した前作『タンジェリン』が話題を呼んだショーン・ベイカー監督。彼が新作『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』で描くのは、世界最大の夢の国として知られるディズニーワールドのすぐ外側にある安モーテルでその日暮らしの生活を送る6歳のムーニーとシングルマザーのヘイリーの物語だ。エンターテイメントから現実社会のアクションへと人々を巻き込んでいく監督に、新作について、そして彼の映画づくりについて話を訊いた。

映画監督・Sean Baker (ショーン・ベイカー) インタビュー

前作『タンジェリン』では、ロサンゼルスのトランス・ジェンダー・コミニティで起こったクリスマス・イブの喜劇を、全編iPhone5sで撮影することで低予算で仕上げてしまうという大胆さを見せたショーン・ベイカー監督。彼は、作品ごとにフォーカスしたテーマに沿って綿密なリサーチをし、現地の人々と交流し、そこでキャストまでも見つけてしまう。その方法も、リサーチ中の出会い、路上スカウト、地元のオーディション、SNSを駆使するなどさまざまだ。

新作『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』の舞台は、世界最大の夢の国として知られるディズニーワールド、ではもちろんなくて、そのすぐ外側にある安モーテルだ。物語の主役は、その日暮らしの生活を送る6歳の娘ムーニーとシングルマザーで無職のヘイリー。貧しくても彼女たちの毎日は、生き生きとしていて、楽しいことで溢れている。

監督は、約3年に渡って、舞台となったフロリダ州キシミー地区のモーテルに滞在取材を敢行。実際、アメリカ各地では「隠れホームレス」の増加が社会問題となっていて、そのうち41%が彼女らのような家族づれだという。エンターテイメントから現実社会のアクションへと人々を巻き込んでいくベイカー監督に、彼の映画づくりについて話を訊いた。

-登場する主人公のムーニーはじめ、子どもたちのなんでもできる!というちびっこギャングっぷりは、演技とは思えないものでした。どうやって、彼らのイノセントな無敵感を引き出したのでしょうか?

メインとなる3人の子どもたちは、初めからとても社交的で冒険好きで、大人に対して萎縮する素振りが全くありませんでした。一番最初に開催した地元のオーディションで、主役のブルックリン・(キンバリー)・プリンスと友人役のクリストファー・リヴェラをペアにしたんだけど、求めてもいないのに、クリストファーは準備体操として床で腕立て伏せを始めるし、ブルックリンはスクワットをし始めた(笑)。だから、オーディションをする前から二人の採用は決まっていたんです。そこからは、家族的でカジュアルなセットで彼らに働いていると意識させないようにして、僕自身もボスと思われたくなかったのでそう振る舞って、と慎重に環境をつくったことで、彼らのリアルなパフォーマンスを引き出すことができたんだと思います。

-主人公ムーニーを演じたブルックリンの子どもらしいパワーというか、絶対嘘のない言葉を話しているという姿に夢中になってしまいました。監督は、彼女のどこに惹かれましたか?

ブルックリンって、年齢以上に賢く見えるんですよね。現場では、映画にとって何がベストかを常に探しているかのように見えることもあったし、僕が即興劇をお願いしたときも、そのシーンをどこで撮るべきかを理解しているように見えた。映画を撮るにつれて彼女の能力がわかって、アドリブを頼むことが増えていったんですが、ムーニーというキャラクターをすごく理解していたから、彼女が即席で言った言葉はほとんどそのまま本編に使えるものでした。演じることも映画づくりも大好きで、児童労働法の関係で家に帰らなきゃいけないことに毎日腹を立てていましたから(笑)。

-アワードシーズンでも、彼女はすごくのびのびとしていて、輝いてましたね(笑)。

確かに、映画祭のプロセスもすごく楽しんでましたよね。パーティーで入り混じって、話すべき人と会話してという単調になりがちな習慣だけど、彼女はちゃんと自分の居場所を見つけていた。『ワンダー・ウーマン』(17)のガル・ガドットのところへ行って遊んだり、『ワンダー 君は太陽』(17)のジェイコブ・トレンブレイのいるところへ駆けて行って腕を組んでたり、すごくいい時間を過ごしてました(笑)。

© 2017 Florida Project 2016, LLC.

© 2017 Florida Project 2016, LLC.

-ジミー・キンメルの番組でも、7歳らしさもありながら、大人顔負けの聡明さもあって、さらにファンになっちゃいました。

彼の番組に彼女が出たことは、すごく意味があったと思います。なぜって、7歳の女の子が地元の貧困問題を理解して、ローカル・チャリティをすすめる代弁者となって、192号線沿いのモーテルに住む地域の人々を助けることにつながったわけだから。番組で自分の話だけをすることもできたわけだけど、ブルックリンは実際にそこで苦労している子どもたちの状況について同世代として語り、どうやったら彼らを助けられるかを伝えた。それって、すごく希望と未来を与えてくれる行動ですよね。とにかくすばらしい人だし、僕らは彼女のことが大好きです。

ーまさにそうですよね。監督は、前作『タンジェリン』でもストリートでスカウトした役者を起用していますが、本作でもジャンシー役のヴァレリア・コットを街中の大型スーパーでスカウトしたり、ムーニーの母親ヘイリー役としてブリア・ヴィネイトを Instagramで見つけたりされています。演技未経験者を使うときに起きるマジックってなんなのでしょうか?

とにかく、僕はスクリーンでフレッシュな顔ぶれを見るのが好きなんです。演技経験のない役者たちは、メソッドも技術もない環境からやって来て、考えることを余儀なくされる。型にはまったやり方がないから、その登場人物の中に入って考えるしかない。登場人物自身が場面を通して考えることで、そこに命が吹き込まれる。僕はスクリーンに映っているキャラクターを観ていて、彼らが自分で考えていると思えることが好きなんです。それって、技術のあるベテラン俳優がしていることなんですけどね。

ー本作でいうところの、ウィレム・デフォーのような俳優さんですね。

そうです。彼のシーンを観ると、台詞がなくても彼が思考のプロセスの中で葛藤しているという内側が伝わる。僕は演技未経験の役者を「ファーストタイマー」と呼んでいるんだけど、彼らは初めての経験を通じて、シンプルに考えることを強要させられるわけです。スキルがある「ファーストタイマー」たちに囲まれていることは僕にとって幸せなことだし、時には彼らに自分自身の人生経験を取り出してもらうことがもできる。経験を役という型にはめるという意味じゃなく、役と役者自身がパラレルに経験できるときがあるんですよね。

ーたとえば、今回はどなたがパラレル経験をしていたんでしょうか。

ブリア・ヴィネイトかな。彼女はシングル・マザーに育てられて、6歳で出身地のリトアニアからニューヨークに移住している。彼女自身が、キャラクターに持ち出せる類似点を持っていた。「ファーストタイマー」が映画でフォーカスしている世界と自分を関連づけることができると、キャラクターが本物になる。僕はこれまで数回、それを実感したことがあります。

ーベイカー監督は、これまでも実際の社会問題にフォーカスして、その土地を長期的にリサーチし、その土地で生きる人々を起用して撮影されていますが、ハーフドキュメンタリー、ハーフフィクション構成の魅力とは?

ドキュメンタリーとフィクションをハイブリットさせる映画づくりが興味深いのは、まず、観客自身が考える余白があること。この現実は、どこから始まってどこで終わるのか。現実とフィクションの間のラインがぼんやりしてるから、その境界線はどこにあるのかということをまず考えますよね。結果、観客に映画の現実をより信じさせることができるというのが第一にあります。それに、作り手の視点で見ても、ものすごくエキサイティングな手法なんです。これは僕の映画についてだけの話ではなくて、たとえば、ハスケル・ウェクスラー監督の『アメリカを斬る』(69)は、実際のシカゴ民主党大会でのデモ隊鎮圧事件の現場に俳優を投げ混んで撮っていましたよね。ハイブリットすることで、フィルムメーカーとして経験できることがたくさんあるんです。

ー社会的なメッセージを説教としてではなく、ポジティブなエンタメ作品として、主人公と同じ目線に立って内側から、そして観客として外側から自分が何ができるかを考えさせてくれる面白い作品だなと思いました。監督が思う面白い映画ってどういうものですか

僕は観客だったらメンバーとして扱われたいし、自分も観客をメンバーだと思ってる。つまり、「ほら、こっちですよ」とずっと手を引っ張られていたくはないし、さっきも触れたけど、自分で考えたり、シーンに対する自分の解釈を持ち込める余白がほしいんです。映画は観客を考えさせるものだし、そこから討論をスパークさせるもので、そうやって観客を巻き込んでいく作品こそが僕にとっての面白い映画ですね。

ー私はアメリカに一年暮らしたことがあるんですが、アメリカを好きにはなれなかったんです。でも、この作品を観ているとアメリカを少し好きになれた気がしました。アメリカに生まれた監督として、この映画で描かれているアメリカのよさって何だと思いますか?

私たちは今、信じられないくらいの量の問題を抱えています。分裂国家だし、銃乱射事件がほぼ毎週起きていて、人種差別もあれば性差別もあって、と始めたら止まらないくらい色々なことがある。本当に、暗い時代になってきています。でも、そんな中でもまだ、楽観的なところがあるように思える。特に、今回撮影したエリアは、連邦政府も州政府のちゃんとしたサポートもほとんどないんです。でも、僕が気がづいたのは、そこには本当の意味での地域社会があるということ。そして、誰もまだ全然諦めていないということなんです。この映画であなたが観る全ては、10年前に現実で起きたことの結果です。不況で住宅危機であっても、住民もビジネス・オーナーたちも非営利の地方自治体も諦めずに努力している。それはすごく元気づけられることだし、希望があるなと僕は思います。

<プロフィール>
Sean Baker (ショーン・ベイカー)
1971年2月26日生まれ、ニュージャージー州出身。ニューヨーク大学映画学科卒業後、『Four Letter Words(原題)』(00)でデビュー。違法移民の中国人男性が中華料理店のデリバリーとして働く1日を描いた『Take Out(原題)』(04)と、路上でブランドコピー商品を売って生活する男が初めて自分に息子がいたことを知る物語『Prince of Broadway(原題)』(08)の両作でインディペンデント・スピリット賞のジョン・カサヴェテス賞にノミネート。監督第4作目『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(12)では同賞にノミネートされただけでなく、インディペンデント・スピリット賞のロバート・アルトマン賞を受賞した。全編iPhoneで撮影した『タンジェリン』(15)はサンダンス映画祭でプレミア上映され、サンフランシスコ映画批評家協会賞の脚本賞受賞をはじめ、22受賞33ノミネートを果たした。

作品情報
タイトル フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法
原題 The Florida Project
監督 Sean Baker (ショーン・ベイカー)
出演 Brooklynn Prince (ブルックリン・キンバリー・プリンス)、Willem Dafoe (ウィレム・デフォー)、Bria Vinaite (ブリア・ヴィネイト)
配給 クロックワークス
制作国 アメリカ
制作年 2017年
上映時間 112分
HP floridaproject.net
© 2017 Florida Project 2016, LLC.
5/12(土)新宿バルト 9 ほか全国ロードショー