女優・樹木希林インタビュー
Kirin Kiki
Photographer: Hiroki Watanabe
Writer: Mariko Uramoto
“名演技” という一言では言い表せないほど、存在感のある芝居で爪痕をしっかりと残す女優・樹木希林。たとえ、ほんの数分しか登場しない役であっても、目が離せない人であり続け、作品そのものを底上げする。果たして、その求心力はどこから生まれているのか。今回は最新出演作となる是枝裕和監督の『万引き家族』を通じて、演じるとは何か、家族とは何か。役への向き合い方、難を背負う一人の女性の生き方を聞いた。
女優・樹木希林インタビュー
Portraits
“名演技” という一言では言い表せないほど、存在感のある芝居で爪痕をしっかりと残す女優・樹木希林。たとえ、ほんの数分しか登場しない役であっても、目が離せない人であり続け、作品そのものを底上げする。果たして、その求心力はどこから生まれているのか。今回は最新出演作となる是枝裕和監督の『万引き家族』を通じて、演じるとは何か、家族とは何か。役への向き合い方、難を背負う一人の女性の生き方を聞いた。
—近年、演じられる役柄は、ちょっとクセがあるおばあさんという印象が強いのですが、さりげない仕草や言葉に子供や孫など家族を思いやる気持ちがこもっていて、樹木さんを見ていると心がじんわりと和みます。
へぇ〜。優しそうに見えてた?本人はまったくそんなことないのにね。画面を通すとそう見えちゃうんだから、つくづく、芝居っていうのは現実と関係ないわね (笑)。
—それは樹木さんが本当に優しいからだと思っているのですが (笑)、今回演じられた初枝という役にはちょっと不気味さも感じたんです。それはなんでだろうと思ったら、髪を長く伸ばして、さらに、入れ歯を外されていたんですね。少々、薄気味悪い見た目にされたのはご自身のアイデアですか?
もちろん。女優に「入れ歯を外してください」なんて言える監督なんていないでしょう?今回の役ではね、人間の顔はこうやって崩れていくんだというのを画面で出したいと思ったの。それを見せられれば「もう、この作品が最後でいいな」とすら思った。私ももう後期高齢になりましたからね、そういう気持ちもあったのよ。
—いやいや、もっと樹木さんの演技を見たいと思っている人は大勢います。今回は、軽犯罪で生計をたてる家族を描きながら、真の絆について深く考えさせられる作品です。シリアスなテーマを扱う中で際立っていたのが、家族で海に行くシーンでした。初枝さんが浜辺に座り、海ではしゃぐ息子家族を遠くから見つめる優しい眼差し。台詞はないのですが、すごく温かな場面です。あの時はどのような思いで見つめていたんですか?
そこはクランクインして最初に撮ったんだけど、まだ台本がなかったの。だから、何を撮っているのか正直わからなかった (笑)。もちろん、作品の大筋はわかってはいるけど、海のシーンがどんなふうにつながるのか知らなかったのよね。
—動きも台詞も決まってなかったんですね。でも、何かを言いたげに口をぱくぱくと動かしています。
そう。あれは、ある言葉を言ってるの。だけど、声には出さなかった。
—樹木さんは、台本は読んでいくけれど、役は決めこまずに、その場で作っていくというのを聞いたことがあるのですが、まさにあのシーンがそうですか。
あの時は、海とそこにいる家族というのがすべてで、そこから感じたものに素直に動いたのよね。
—是枝監督は、あの樹木さんの演技が物語の指針になり、そこから脚本を直していったと話されていました。それほど、あのシーンは樹木さんが印象的です。
そういうふうに見えているのはね、役者は関係ない。監督の腕。
—是枝監督の作品に出られるのは今回が6作目ですが、一緒にお仕事をされる理由はなんですか?
6作目って言ったって、他の作品はついでにでているだけよ。一緒に仕事するのは事務所が近所だから (笑)。プロデューサーが「企画書、ポストに入れときましたから」ってこんな感じなのよ。雑でしょう?
—いやいや、それは厚い信頼関係が成立しているからこそだと思います。是枝監督の現場はどのような雰囲気ですか?
是枝さんは静かで優しいわよ。ただし、粘り強い。気に入るまで絶対にOKを出さない。
—現場で監督と演技について話し合うことはありますか?
話し合わない。ただ、その場にいて感じたことに沿って素直に動いてみる。
—樹木さんを見ていると「これ、アドリブなのかな?」と思わせる動きが多々あるように感じます。だから、観ている方は目を離せない。たとえば、初枝さんがご飯食べながら爪を切るシーンはなかなか強烈ですが、あれもそうですか?
いや、あれは台本に書いてあったの。爪がその辺に飛んでも平気でいられる、雑なところや無神経さ。それが画面を通じて伝わるでしょう? 切った爪が落ちていてもちっとも不思議じゃない荒れた家でさ。雨風はしのげるけど、こんな貧しくて、寒い家からは早く脱却したいなと思っていた。
—その、今にも壊れそうな平家に祖母の初枝さん、父、母、その妹、息子が身を寄せ合って暮らしていて、ある少女を連れ帰ってくるところから物語が始まります。彼女の境遇を知り、彼らは家族の一人として育てようとする。血のつながりはないけれど、精一杯の愛情を注ぐ。その姿を見ていると、家族にとって血の繋がりとは何だろうと深く考えさせられました。
そりゃあ、血が繋がってないと気が楽だよね。いつでも離れられるから。
—そういう点でいうと、樹木さんは夫・内田裕也さんと血が繋がっていないですが、別れてはいないですよね。
子供を通じて繋がっているからね。
—だから、内田さんとは別れない?
もうね、今はどっちだっていい (笑)。
—以前、樹木さんはあるインタビューで、内田さんを「難が有るから、ありがたい存在なんだ」とおっしゃっていました。それが別れない理由なのかなと思っていたんです。
もちろん、ありがたい存在ですよ、今でも。自分の人生にとって厄介な人がいるということ、そういうものを背負っているということは必要なことだなと思いますね。それは旦那でなくてもいいんです、子でも親でも。そういう厄介な人がいるから、自分が成熟していく。厄介だなと思ったらそれまでだけど「血が繋がってるからしょうがない」と思えばいい。
—あえて、俯瞰で見ておもしろがってみる?
そうそう。自分で立ち位置を変えていくの。そうすることで人間は成長する。もちろん、一人で気楽に生きていくのも人生よ。でも、それじゃあなかなか成長しないだろうなと思うの。背負わなくっていいもん。いつでも厄介さから逃げられる。
—面倒なことから逃げないことで自分が成長していく。そういう実生活の体験は演技にも生かされますか?
もちろんそうですよ。だから、役者は当たり前の生活をしなくちゃと思うの。
—だから、樹木さんの役には人間くささが宿るのでしょうか。
日常を生きてるからだよね。ふだんから、お手伝いさんや付き人に「これ、お願い」「あれ、持ってきて」ってそんなことやっていて、現場で衣装を着させられて、はい、お芝居スタートってわけにはいかないのよ。おかみさんの役をするにしたって動きがぎこちなくなる。そういうものよ。うちで掃除をして、洗濯をしてって、当たり前の生活をやっていないとできない。それは昔、久世光彦さんが言ってたの。
—そのリアリティの追求は、見た目のこだわりからも感じられます。以前、満島ひかりさんにインタビューした時に、「樹木さんから、“役者は見た目が8割で決まるからね。衣装さんとメイクさんを大事にしなさい” と言われて、とても励みになった」とおっしゃっていたんです。
それはね、ちょっと違って、私じゃなくて、サラ・ベルナールという人が言ったとことなの。彼女は「扮装で7割以上、役作りができる」って言ったのね。でも、それに必要なのは、正しいものを選び取る自分の目。だってそうでしょう。衣装さんがたくさん用意してくれた服の中から、「これだ」って決めるのは自分だもの。選び取れるかどうかはその人自身にかかってるんじゃない?
—ご自身の手持ちの服も撮影に持って行くことはありますか?
作品に沿うものがあればね。たとえば、『モリのいる場所』(2018) という映画で、熊谷守一の妻役をやらせていただいたんだけど、これはある夏の一日の話だから、衣装は1着だったの。絵描きの奥さんだから、アッパッパー (簡易服) でいいんだけど、新しいものを着ても「なんかちょっと違うな」って。それで、以前、人から頂いた刺し子の着物がぴったりじゃないかと思って、生地を解体してワンピースにしてもらったの。それを朝から晩まで着るわけ。一日中着ていると、汗を吸ってるから、脱ぐとドスンというくらいになってる。乾かして、また着てっていうのを繰り返して、くたっとした刺し子の手触りになる。それを本番で着ると、汗で背中にペタッとついていたり、変におしりの格好が出ちゃったりするのよ。この奥さんはそういうのをずっと着てたんだろうなぁって服1枚から想像できる。そういうことも含めて衣装を決めるわね。用意されたものを着ても芝居はできるんだろうけど、それじゃもったいないと思っちゃう。意識を巡らせて、時間をかけてやらないとね。最適な選び取りができるかどうかは結局、自分の衣装を普段から決めていないとできないんですよ。
—樹木さんは舞台挨拶や授賞式などにも私服で登壇されますよね。
そう。今は当たり前になっちゃっているけど、役者がテレビや舞台挨拶に出る場合にスタイリストがついているでしょう。それを見てると不思議に思うの。用意された服を着続けて自分のことがわかるのかねって。少なくとも、役者をやろうと思う人間だったら、自分がどう見えるのかというのは常に考えないとまずいんじゃないの?って。スタイリストはよかれと思って、流行りのものを持ってきたりするじゃない。だから、みんな同じような格好になっちゃう。それがどれだけおもしろくないか。そういう服を着ることが一種のステータスだと思っているのよ。
—なるほど (笑)。ふだんの買い物はどこでされているんですか?
買わない。ここ何十年も買い物はしていないのよ。着られない服があるなら、生地をほどいて、足したりしながら着ている。本木さん (義理の息子) のスーツも肩はぎして着ますよ。下着だってそうなの。「余ってるのよね」って人がいれば、それをいただく。何かが欲しくて、それを買いに行くってことはもう随分ないわね。あるものを使うし、合わなかったら自分に合うようにする。そういうことが自分を作っていくと思うから。そういえば、リリー・フランキーさんにも服もらったのよ。「それ、いいわねぇ、ちょうだい」って言ったらくれた (笑)。あれ着て、舞台挨拶にいこうかしら?
※実際に後日行われた完成披露試写会の舞台挨拶では、リリー・フランキーからもらったセットアップを着て登場した。
<プロフィール>
樹木希林 (きき きりん)
1943年生まれ、東京都出身。1961年に文学座に入り「悠木千帆」名義で女優活動開始。森重久彌主演の「七人の孫」(1964) や「寺内貫太郎一家」(TBS)(1974年~) に出演。2008年に紫綬褒章、14年には旭日小授章を受章。『わが母の記』(2912) で第4回TAMA映画賞最優秀女優賞他、多数の女優賞を受賞。近年は『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(2007)、『歩いても歩いても』(2008)、『そして父になる』(2013)、『神宮希林 わたしの神様』(2014)『あん』『海街diary』『駆込み女と駆出し男』(全て2015) に出演。
作品情報 | |
タイトル | 万引き家族 |
監督・脚本・編集 | 是枝裕和 |
出演 | リリー・フランキー、安藤サクラ/松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美 、 柄本明/高良健吾、池脇千鶴、樹木希林 |
配給 | ギャガ |
制作年 | 2018年 |
制作国 | 日本 |
上映時間 | 120分 |
HP | gaga.ne.jp |
©︎2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro. | |
6月8日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー |