映画監督・是枝裕和インタビュー
Hirokazu Koreeda
Photographer: Hiroki Watanabe
Writer: Mariko Uramoto
最新作『万引き家族』で、第71回カンヌ国際映画祭の最高賞 “パルム・ドール” を受賞した是枝裕和。1995年に監督デビューして以降 “家族” をテーマにした作品を数多く発表し、国内外問わず高い評価を得ている。犯罪を通してつながる人々のいびつな関係を描いた最新作では、家族とは何か?という大命題を巧みな演出で浮かび上がらせる。静かでありながら、心に響く作品を手がける彼の映画論、俳優論を聞いた。
映画監督・是枝裕和インタビュー
Portraits
最新作『万引き家族』で、第71回カンヌ国際映画祭の最高賞 “パルム・ドール” を受賞した是枝裕和。根っからの映画人と思われがちだが、キャリアのスタートはテレビの制作会社だ。アシスタントディレクターを経て、ドキュメンタリー番組の演出家としても活躍し、現代社会で見過ごされがちな問題に目を向け続けてきた。そこで独自の切り口、視点を培い、活動の場を映画界へシフト。1995年に監督デビューして以降は “家族” をテーマにした作品を数多く発表し、国内外問わず高い評価を得ている。今回、発表した『万引き家族』は、犯罪を通してつながる人々のいびつな関係を描いた作品。そこから浮かび上がるのは、家族とは何か?という大命題だ。静かでありながら、心に響く作品を手がける彼の映画論、俳優論を聞いた。
—今回の作品は、実際にあった年金詐欺事件をベースに、さまざまな家族の問題を包括しています。脚本を書くときはどうやって話を広げていくのでしょう?
『そして父になる』(2013) を作ったときに浮かんだ “父親はいつ父親になるのか” ということと、“親子をつないでいるのは血なのか、時間なのか” という問いからからスタートしました。あの時は、母親は子供を産んだらすぐに母親になると思っていたけれど、それは男の勝手な思い込みだと気付いた。じゃあ、産まないと母親になれないのか、という問いの立て方もしてみたかった。今回は、ある少女に出会った男女が、その子の育ての親になろうとする話を出発点にしました。そういった “家族のつながり” をテーマとして描きながら、彼らをつなぐものとして年金詐欺事件の話を盛り込んだ、というのが作り方の流れでしょうか。
—高齢者家族の死亡通知を出さずに遺族が年金を受け取り続けるという年金詐欺事件は全国各地で発生しましたね。
この事件はずいぶん世間から叩かれたけれど、個人的には「どうしてそこまで?」と思った。だって、もっとひどいことしている人はいるでしょう?この事件に根本的な問題があるとするならば、それは制度の方だと思います。もちろん、不正に受け取った側の「死んだと思いたくなかった」、「別れたくなかった」というのは言い訳だと思うけれど、その気持ちはわからなくもない。家計の貧困が極まっているときに高齢者の年金しか生活費の手立てがなければ、それに頼ろうとするのは案外、罪悪感が薄いままやっているのではないかと。
—では、どうしてあんなに非難されたと思いますか?
それは社会の状況がよくないからだと思いますよ。生活保護世帯や在日外国人といったマイノリティに対して攻撃の矛先が向くというのは社会が体力を失っているから。政治がその手当てをしていない。
—実際に起こった事件を取り入れるのは『誰も知らない』(2004) 以来だと思うのですが、今、注目しているニュースはありますか?
う〜ん。気になっていることはたくさんありますよ。映画にしようとは思ってないけど、麻生太郎さんの進退については非常に気にしていますね (笑)。
—ちょっと意外ですが、是枝さんが描く政治ドラマには個人的にすごく興味があります。さて、今作では犯罪を通してつながる家族について描いていますが、中でも子供たちの存在が際立っていました。子役の城桧吏くん、佐々木みゆちゃんはオーディションで決めたということですが、起用したポイントは?
桧吏は単純に僕の好きな顔なんですよ。彼がオーディション会場に入って、席に座った瞬間に「この子だな」と思った。
—無垢な表情を見せたかと思えば、その次の瞬間にはどこか冷めたような顔もして、目が離せませんでした。特に、彼が廃車の中で何かを一生懸命削っているシーンが心に残っているのですが、あれは何を削っていたのですか?
男の子って金属を手にするとその辺にあるものを一生懸命に削るんですよね。桧吏は撮影していないときも、現場にあったコンクリートのブロックやら、何かしらを削ってましたよ。11歳の男の子ってこんな感じかぁと思いました。あの子は目が強いから、ジッとものを見る表情を撮りたかった。彼をどう撮ったらいいかというのは常に考えていたので。だから、妹役のオーディションも、桧吏と誰を組み合わせたらうまくいくだろうということを念頭に置いていました。ただ、正直に言って、妹役に決まった佐々木みゆちゃんは、それが想像しにくいタイプだった。いわゆるお芝居が上手な子はほかにもいたから、そういう点でも時間がかかるなと思ったけど、この子をどうしても撮りたいと僕が思っちゃったんだよね。
—どこに惹かれたのでしょう?
みゆちゃんは表情が暗くて、それがよかった。本人はすごく明るいのに。僕はオーディションのとき、本人が受け応えしているとき以外に、他の子が発言しているときの様子もよく見るんです。どういう顔をして聞いているのか、どういう反応するのか。相槌を打って話を聞いている子もいるし、「私も!」って話題に入ってきたりする子もいる。その点、みゆちゃんはじっと前を見たまま。その表情が一瞬、輝いたりするのを撮りたかった。
—佐々木みゆちゃん演じる、実親に非情な扱いを受けていた少女の姿を見ると本当に切なくなりました。そんな彼女を見かねて、リリー・フランキーさん演じる治、安藤サクラさん演じる信代は自分たちの娘として育てようとする。治は子供に万引きを教えて、足りない生活費を稼ぐというずる賢い人なのですが、不器用ながらに家族を想う気持ちが伝わってきて、憎めない。この役は、リリーさんにしか演じられないとすら思いました。リリーさんはこれまで是枝監督の作品に三本出演されていますが、『そして父になる』(2013) のときに演じられた父親のイメージが起用の決め手になったと聞いています。
リリーさんは人間のダメなところ、男のだらしのないところ、ずるいところ、女に甘えるところ。全部持っているから。
—天性のキャラクターもあると思うのですが、演技が自然ですよね。
リリーさんが芝居が上手なのは、映画において、何にもしないことが一番強いということを知っているからじゃないでしょうか。演技をせず、ただ、そこにいるということが、実は重要だということを体感としてわかっている。めったにいないけど、そんな人は。
—是枝さんは、演技をしない、もしくは自然な姿を引き出すためにさまざまな工夫をされていると思います。たとえば、子役に台本は渡さず、台詞や場面設定をその場で伝えて、彼らから自然と出た言葉や仕草を撮ることをされますよね。それは、過剰な芝居を避けるためだと思うのですが、そういう偶然から生まれたことを作品に生かす、現場で生まれたものを面白がるという姿勢はいつ頃からですか?
『ワンダフルライフ』(1998) からですね。この作品は、演技経験のない一般のおじいさん、おばあさんを起用したのですが、彼らから出てきた言葉を聞いて、表情を見ながら、物語を書き直していくということをやっていました。『誰も知らない』(2004年) もそう。子供たちを見て、台詞やシーンを修正していった。今回は撮影初日に、みゆちゃんの歯が抜けるというハプニングがあって (笑)、差し歯を入れて撮るか、歯が取れたというシーンを書くかのどっちかだったので、後者にしました。
—まさに、その場面は物語の重要な分岐点になります。
そうですね。樹木希林さん演じる初枝おばあちゃんには歯がないので、この作品は意外と「歯」がポイントになっているかもしれない。老いと成長を対比する象徴でもあり、物語が曲がっていくポイントにもなると考えました。
—その初枝さんは、亡くなった夫の息子の顔を見て、「血は争えない」と言っていました。血のつながりを問う作品において、非常に響く言葉です。
このシーンでは、人間がそんなに簡単に血のつながりを越えられるというわけではないということを示したかった。初枝は血のつながりを拘泥しているし、そこから逃れられない人。だから、亡き夫の面影が残る息子に余計な期待をするし、少々気持ち悪い接し方もする。一方、安藤サクラさん演じる信代は、血にこだわらない共同体を作ろうとしている人。彼女は、自ら選択してつながる方が強い絆が生まれると思っているから。思いたいのかな。
—監督はこの作品で、答えを出したいわけではなく、家族の形について観客に考えさせる余白を残しています。さまざまな解釈を生み出すというのは、絵本にも近い役割があると思いますが、今作ではレオ・レオニ作の『スイミー』がいろいろな場面で出てきますね。
レオ・レオニはもともと好きだったんです。でも、わざわざ取り上げようと思ったのは、撮影前に養護施設に取材に行ったことがきっかけになりました。親から虐待を受けて入所している小学生の女の子が、ちょうど学校から帰ってきたところで、彼女はランドセルから教科書を取り出して、僕たちの前でいきなり読み始めた。施設の大人達は「みんな忙しいんだから、読むのはやめなさい」と制しているのに、まったくいうこと聞かなくて (笑)、最初から最後まで僕らの前で読み通した。僕はそれにすごく感動して、拍手したら、すごくいい顔で笑ったんです。それで、「ああ、この作品は取り入れたいな」と思った。治たち家族が、『スイミー』に出てくるような、小さな魚が寄り集まって暮らすようにも思えたし、高層マンションに取り囲まれたぼろぼろの平家に暮らす彼らが空を見上げるのは、スイミーが水の底から水面を見上げるようなイメージと重なった。この取材を経ていなかったら生まれなかったシーンです。
—そういった偶然の出会いを作品に取り入れるのは、是枝監督ならではと感じます。少し話が離れますが、去年、東京で行われたフランス国際映画祭で女優イザベル・ユペールさんと対談されていましたよね。「彼女とフランスで会ったとき、後ろ姿が忘れられなかった。もし、ユペールさんと映画を作るとしたら、後ろ姿を撮りたい」とおっしゃっていました。
そう。そしたら、彼女が「顔も撮って」って言ったんだよね。ああいう切り返し方は見事だなと思う (笑)。
—監督は「女性のこういう瞬間が撮りたい」と思うことはありますか?好きな仕草とか。
う〜ん。何かを食べている女性は好きですね。もしくは料理をしている手元。料理をしながらしゃべると役者は演技がうまく見えるんです。お芝居って、台詞だけに集中しているときが一番下手に見える。しゃべりながら、別のものを見て、また別の作業をしているっていう、同時に3つの方向に意識が分散されているといい芝居になる。でもね、それってなかなかできないですよ。意識を分散させるために、子役や動物がいるといいんですけどね。そちらに気持ちが向くから。
—たとえば、これまでの作品の中で好きなシーンを一つ挙げるとしたらどうですか。
『歩いても 歩いても』(2008) で、希林さんが編み物をしながらしゃべっているシーンなんて好きですね。何かを食べながら台詞を言うっていうのも難しいんですけど、たいていの役者さんは自分の台詞が始まる前に飲み込んじゃう。でも、希林さんはその逆で、自分の台詞の前にめいいっぱい頬張るんですよ (笑)。安藤サクラさんもそう。この作品でも、勢いよくそうめん食べているし。ああいうことができる俳優はなかなかいない。あとは、田中裕子さんぐらいじゃないですかね。ちゃんとできるのは。
<プロフィール>
是枝裕和 (これえだ ひろかず)
1962年6月6日生まれ。東京都出身。早稲田大学卒業後、制作会社テレビマンユニオンに参加。2014年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げる。1995年、『幻の光』で監督デビューし、ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。2004年の『誰も知らない』では、主演を務めた柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞。そのほか、『ワンダフルライフ』(1998)、『花よりもなほ』(2006)、『歩いても 歩いても』(2008)、『空気人形』(2009)、『奇跡』(2011) などを手掛ける。近作には福山雅治主演、カンヌ国際映画祭審査員賞他、国内外の数々の賞に輝いた『そして父になる』(2013)、『海街diary』(2015)、『海よりもまだ深く』(2016)、『三度目の殺人』(2017) がある。
作品情報 | |
タイトル | 万引き家族 |
監督・脚本・編集 | 是枝裕和 |
出演 | リリー・フランキー、安藤サクラ/松岡茉優、池松壮亮、城桧吏、佐々木みゆ、緒形直人、森口瑤子、山田裕貴、片山萌美 、 柄本明/高良健吾、池脇千鶴、樹木希林 |
配給 | ギャガ |
制作年 | 2018年 |
制作国 | 日本 |
上映時間 | 120分 |
HP | gaga.ne.jp |
©︎2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro. | |
6月8日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー |