『CRファッションブック』編集長 Carine Roitfeld(カリーヌ・ロワトフェルド)インタビュー
Carine Roitfeld
Writer: AYANA
彼女がいなければ、今のモード界における「セクシー」や「フレンチ・シック」、そして「アバンギャルド」の美学はまったく違ったものになっていたかもしれない。カリーヌ・ロワトフェルドはこの30年間、モデル、スタイリスト、エディターとして、そして著名なデザイナーたちのミューズとして、ファッション業界のタブーを挑発的に打ち破り続けてきた。フランス版『ヴォーグ』の編集長を10年務め、その後2012年にスタートした自らのメディア『CRファッションブック』の日本版刊行にあたり、来日中のカリーヌに今の気持ちを訊いた。
『CRファッションブック』編集長 Carine Roitfeld(カリーヌ・ロワトフェルド)インタビュー
Portraits
彼女がいなければ、今のモード界における「セクシー」や「フレンチ・シック」、そして「アバンギャルド」の美学はまったく違ったものになっていたかもしれない。カリーヌ・ロワトフェルドはこの30年間、モデル、スタイリスト、エディターとして、そして著名なデザイナーたちのミューズとして、ファッション業界のタブーを挑発的に打ち破り続けてきた。90年代、トム・フォードとともに刷新したグッチのきわどくもエレガントなイメージは、伝説となり今も語り継がれている。
2001年よりフランス版『ヴォーグ』の編集長を10年務め、その後2012年に自らのメディア『CRファッションブック』をアメリカで創刊。現在は編集長として、ファッション・カルチャー・アートを独自の切り口で発信する。
そして2018年10月、『CRファッションブック』の日本版がついに登場。本国13号のテーマを踏襲し、日本版オリジナルページも盛り込んだ作り。アートブックのように大胆な大判フォーマットで、カリーヌ節が炸裂するハイレベルのファッションストーリーが贅沢に楽しめる1冊となっている。日本版刊行にあたり、来日中のカリーヌに今の気持ちを訊いた。
─『CRファッションブック』というご自身のメディアを持とうと思ったのはなぜですか?
脳内にあるファンタジーの世界をもっと自由に表現できる場所が欲しい、そう考えたからです。ご覧のとおり、リアルな私は非常にシンプルな装いを好みます。しかし頭のなかはまったく違っていてクレイジーなんです。私はファッションのタブーを超えて、新たな価値観を提案していくことに喜びを感じます。これからも、もっと伝えていきたいことがある。だから『CRファッションブック』を創刊しました。もちろん、雑誌作りを心から愛していることも大きいでしょうね。新しいモデルとの出会いや、チーム全員でヴィジュアルを作り上げるシューティングの現場は、何度経験してもエキサイティングなものです。
─『CRファッションブック』を通して、どんなメッセージを発信しているのでしょう。
「タブーを恐れるな」ということです。これは私がファッションを通してずっと発してきたメッセージです。ファッションは自由でオープンマインドなものであると同時に、強いメッセージ性を持つもの。コミュニケーションツールとして非常に優れていると思います。また、ファッション誌がただ流行の服を提案する時代は終わっていると思います。もっと広い意味でのモードを語っていかなくては。『CRファッションブック』の13号(日本創刊第1号)ではユニセフをサポートすることに決め、表紙を含めて大々的にストーリーを展開しています。
─世の中には数々のモード誌が存在しますが『CRファッションブック』が誇れるオリジナリティは?
まずはインディペンデントな雑誌であること。この時代に、大きな資本に頼ることなく、信頼できるチームとともに13号まで作り続けることができました。これは決して楽なことではないのです。内容的にはテーマやストーリーがとても私らしいこと。すべてのページに私のスピリットが反映されています。また『CRファッションブック』には、数々の魅力的なモデルたちが登場しますが、私は彼女たちにモデルとしてではなく、女優として振舞ってもらっています。ヴィジュアルに、シネマのワンシーンのようなストーリー性を持たせているのです。
─流行の服を着て、ただポーズをとるだけというページはないのですね。
単なるシューティングはとても退屈なものです。ましてや今は、最新のルックをオンラインで確認できる時代。服のカタログのような雑誌は機能しないでしょう。
─デジタルメディアが多数あるこの時代に、紙の雑誌にこだわる理由を教えてください。
紙媒体は他に取って変わることのできない存在だと思います。私は特に写真を愛していて、これまで敬愛するフォトグラファーたちとともに、素晴らしいヴィジュアルを作ってきました。そのせいもあるのかもしれませんが、紙に触り、実際にページをめくる行為から生まれる感動があると信じています。これはタブレットには成し得ないことです。
─デジタルと紙の違いはどんなところにあるとお考えですか?
たとえば、昔は誰もがニュースを新聞や雑誌で読んでいましたが、今はオンラインで読む人の方が多いかもしれません。ファッションにも同じことが起こると思っています。通勤途中や飛行機のなかでパッと目を通して捨ててしまうような情報誌に関しては、デジタルに取って代わられていくのではないでしょうか。ですが、手もとにずっと置いておき、折に触れて眺めたいと考えるようなものは、紙であることに価値があります。『CRファッションブック』は間違いなく後者です。読み手の人数はそこまで多くないかもしれませんが、コレクションオブジェとして残っていくものでありたいですね。
─SNSを使ってプロモーションをするブランドも多くなりました。ファッションメディアはこれからどうなっていくのでしょうか。
シャネル、エルメス、グッチ、セリーヌなどのラグジュアリーブランドはオブジェとしての紙媒体を継続するべきでしょう。顧客がそれを求めるからです。いっぽうで、もう少しカジュアルなファッションブランドはデジタルに移行していくかもしれません。特にビューティの世界は鮮度や遊び心が大切なので、専用のアプリを使うなど、オンラインのメディアがどんどん活発になっていくでしょう。今後は紙媒体とオンラインが並行して存在し、そのメディアが誰に向けたものかによって、発展のしかたが変わっていくのではないでしょうか。
─日本ではまだまだ紙媒体の雑誌が愛されています。『CRファッションブック 日本版』はどんな人に手に取ってほしいですか?
ファッションを愛する人たちすべてに!私は日本の文化や、ファッションに対する情熱を非常にリスペクトしています。実は16歳のとき、ケンゾーでハウスモデルをしていたことがあるんです。そこで日本のスタイルや日本料理についても色々と学びました。日本には、着物に代表される奥ゆかしい「秘める文化」と、若い人に代表される物怖じしない「解放的な文化」が共存していますよね。そのコントラストもユニークで大好きなんです。
─日本の女性に対してはどのようなイメージを持たれていますか。
よく耳にするのが、日本女性は育児と仕事の両立に悩んでいるという話です。自分のキャリアを犠牲にして家庭を守る人も多いと聞きます。家庭を守るという姿勢はもちろん素晴らしいことですが、女性には働くという選択肢が当たり前に与えられてしかるべきでしょう。だって、女性は優秀な生き物なんですから。私はフランス女性という意味でもかなり自由に生きてきたほうだと思いますが、それは私たちの親世代が声を上げ、闘ってくれたからなのです。託児所も豊富にあり、夜遅くまで預けることのできる学校もありました。
─日本女性の多くは、育児と仕事を両立し、活躍し続けるカリーヌさんのような生き方に憧れを抱くと思います。その一方で、両立なんて本当にできるのかと悩んでしまう部分もあるのではないかと。
まずは、必ず両立することができる、それが当たり前なのだという意識改革をしてほしいですね。女性は男性の陰に隠れていなければならない、そんな思い込みは捨ててしまいましょう。企業にとっても、女性が働くことはメリットになるはずですよ。世界では、女性の大臣、外科医、パイロットが当たり前に活躍しています。また、男性が育児休暇を取る傾向も見られてきています。世の中は変わってきていますから、日本にも必ずそういった時代が訪れます。タブーを恐れないでほしい。これはまさに『CRファッションブック』を通して私が伝えたいことと同じです。
─ありがとうございます。では最後に、30年間第一線に立ち続けてきたカリーヌさんの目に、今のファッション業界がどのように映るのかを教えてください。
改めて、ファッションという業界を選んでよかったと感じています。30年経っても情熱をもって仕事ができるなんて、幸運でしかないと。この30年でファッション業界は、繊細な職人の仕事が光る時代からブランディングの時代へと移り変わり、すっかり民主化されてしまいました。そのぶん、メッセージの伝え方に気を配らなければならないと感じています。1400万人が読む『ハーパーズ バザー』では普遍的な表現、よりコアな『CRファッションブック』ではユニークな表現、というふうに。
─これからのファッション業界はどうなるのでしょう?
人気は衰えないと思っています。だって、今でも街を歩いていると、若者たちが私に履歴書を渡してくるの。それって未来のある業界ということでしょう? とはいえ、今は誰でも気軽にデザイナーやスタイリストを名乗れてしまうけれど、簡単には成功できないはずです。ファッションはただのエンターテイメントではなく、その裏に大変な努力があるものだから。今の私は高級車でコレクション会場に乗りつけるような日々を送っているけれど、昔は衣装の入った大きなビニール袋を抱えながらメトロに乗っていたんです。ファッション業界で成功するには、体力、競争に勝つ気概、優秀さ、勤勉さが必要なのだと思います。そしてもちろん、少しの運も。
<プロフィール>
Carine Roitfeld(カリーヌ・ロワトフェルド)
ファッション界において絶大なる影響を持つファッショニスタであり、『ハーパーズ バザー』のグローバル・ファッション・ディレクターを務める。数々の伝説的なヴィジュアルを作ってきた人物。18 歳の時にモデルとしてキャリアをスタートし、フランス版『エル』のライター兼スタイリストとして携わるようになる。有名フォトグラファーたちと組むようになると、彼女が手がける誌面は注目の的となる。トム・フォードとの“グッチ革命”はファッション界に衝撃を与え、2001 年にフランス版『ヴォーグ』の編集長に就任。ときに過激に、官能的にファッションにアプローチするカリーヌスタイルは、時代を挑発し、業界を興奮させる。フランス版『ヴォーグ』で編集長を長年務めた後、自身のメディア『CRファッションブック』を発行。