Elein Fleiss
Elein Fleiss

編集者・Elein Fleiss (エレン・フライス) インタビュー

Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss

Photographer & Interviewer: Chikashi Suzuki
Writer: aggiiiiiii
Translator: Shima Pezeu

Portraits/

90年代に創刊した雑誌『purple』でオルタナティブカルチャーを生み出した、世界的に有名な編集者 Elein Fleiss (エレン・フライス) 。彼女が2018年10月16日から25日まで南青山の Center for COSMIC WONDER で開催されていた『Disappearing』と題された写真展のために来日した。今回『The Fashion Post』では、Elein と旧知の仲であり『purple』のレギュラー・コントリビューターである写真家・鈴木親をインタビュワーに迎え、『purple』創刊時の話や長年のパートナーとの別れ、現在はパリを離れて田舎に暮らす彼女が夢中になっていることまで話を聞いた。

編集者・Elein Fleiss (エレン・フライス) インタビュー

Elein Fleiss | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss (エレン・フライス) が来日して鈴木親さんがインタビューをするので、その編集をお願いしたいという依頼を受けてからというもの、わたしのお腹はずっと緊張で痛みっぱなしだった。Elein は90年代に創刊した雑誌『purple prose』や『purple』でオルタナティブカルチャーを生み出した世界的に有名な編集者であるし、相手がそのレギュラー・コントリビューターだった写真家とくれば、おもしろい話を聞けないはずがない。思えば、鈴木親、Mark Borthwick (マーク・ボスウィック)、Martin Margiela (マルタン・マルジェラ)、Cosmic Wonder (コズミック・ワンダー)、Susan Cianciolo (スーザン・チャンチオロ)、BLESS (ブレス)……『purple』がきっかけで好きになった写真家やデザイナーは数えきれない。というよりも、そういった価値観のほとんどは『purple』を読んで形成されたと言ったらおおげさだろうか?

Elein が来日したのは、2018年10月16日から25日まで南青山の Center for COSMIC WONDER で開催されていた『Disappearing』と題された写真展のためだ。Cosmic Wonder 主宰であり、現代美術作家の前田征紀氏とのコラボレーションで誕生した、すべてが一点物というヴィンテージの衣服も同時に展示され、オープニングではそれらを身につけた演者たちによるパフォーマンスも行われた。インタビューでは Eleinと旧知の仲である鈴木氏が、『purple』創刊時の秘話や長年のパートナーとの別れ、現在はパリを離れて田舎に暮らす彼女が夢中になっているというあるものについても話を聞いている。国も時代も超え、Wolfgang Tilmans (ヴォルフガング・ティルマンス) から北大路魯山人 (!) まで言及されるふたりの濃密なやり取りに耳をすませていると、帰り道には頭がぱんぱんで、脳から言葉がこぼれ落ちそうになった。

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション "Autre Temps" のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション “Autre Temps” のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

鈴木親 (以下、鈴木):僕が Elein の仕事をはじめて見たのは、1994年にパリのポンピドゥ・センターでやっていた『L’HIVER DE L’AMOUR (イベール・ダムール/愛の冬)』っていう展覧会。その前にどういうことをやってたのか、全然ちゃんと把握していなくて。

Elein Fleiss (以下、Elein):24歳の時 (1992年) に『purple』を作ったのですが、並行していろんな小規模の展覧会の企画を行っていました。

鈴木:『L’HIVER DE L’AMOUR』が、一番最初にやった大きな展覧会?

Elein:そうです。もっと小規模のものだと、21歳の時 (1989年) に父親のギャラリーで展示をしたのが最初ですが (※エレンの父親は、シュール・レアリストやポスト・シュール・レアリストのアートを扱うギャラリストだった)。自分の世代ではかなり稀なのですが、私は大学に行っておらず高卒なんです。

鈴木:じゃあ、いきなりなんだ。その展覧会は、どういう内容だったんですか。

Elein:いわゆる現代美術の展覧会だったのですが、ちょっとアイデアがばかげているので、あんまりここでくわしくはお話ししたくありません (笑)。まだ若かったので。もちろん、おもしろいアーティストは何人かいましたが。

鈴木:わかりました (笑)。『L’HIVER DE L’AMOUR』で展示していた作家たちは、いま考えるとすごい有名になってる人が多くて。たとえば写真家の Wolfgang Tillmans とか。

Elein:たしかに多くの人はそうですが、すっかり忘れられた作家もいます。完全に消えてしまった作家も。

鈴木:その展覧会のカタログの表紙が、Martin Margiela の写真で。ああいった現代美術と Margiela を同列に並べたのって、多分あれが最初だったという気がします。

Elein:たしかに1980、90年代では、はじめての試みだったと思います。1920年代まで遡るとそうしたことはすでに行われていたので、歴史上初というわけではありませんが。ビデオ作品を見せたのも、革新的な取り組みでした。

鈴木:カタログの中の Margiela のドキュメントの、グラフィックというかレイアウトを手がけていたのが、Dominique Gonzalez-Foerster (ドミニク・ゴンザレス=フォルステル)?

Elein:いえ、特に彼女が Margiela のページを担当したというわけではありません。Dominique と Olivier Zahm (オリヴィエ・ザーム/『purple』のもうひとりの編集長) と私と、ほかふたりのアーティストが、チームとしてその展覧会のキュレーションを担当しました。カタログも同じチームで。

鈴木:そういうことだったんだ。(スタッフのほうを見ながら) 一応説明すると、Dominiqueっていう人は、現代美術家で、Nicolas Ghesquiere (ニコラ・ジェスキエール) がデザインしていた時の Balenciaga (バレンシアガ) の香水や店舗の内装を全部手がけていた人なんですよ。日本だとギャラリー小柳で展示をしたりしていて。

Elein:アーティストですよね。

鈴木:その後、『purple』を始めようと思ったきっかけっていうのは?

Elein:先ほどお話ししたように、小規模の展覧会を企画したり、Olivier は批評を書くなどしていて、すでに現代美術に関しては活動を始めていました。その頃に、私たちの知り合いと、私たちと同じ世代のアート評論家がある雑誌を作ったのですが、その雑誌に対して私たちはかなり批判的だったんです。そういうアプローチはないだろうって。それで、今でもその光景を思い出せるのですが、Olivier とアパルトマンの階段を下りていた時にふと思いついて、「ふたりで雑誌を始めない?」と私が言いました。それが始まりです。

鈴木:ファッションも入れようと思ったのは?

Elein:現代美術の知り合いに、ファッションに関心のある人がいたのがきっかけです。その人に、アートとファッションのページをちょっと作ってみて、と依頼したのを覚えています。

それと、個人的にファッションに興味があったというのもあります。当時は A.P.C. (アーペーセー) が特に好きでした。Margiela をどう発見したかというのはちょっと覚えていないんですが、彼と出会ってからはオブセッションというか、かなりその世界にのめり込んでいきました。Olivier も私も、雑誌をスタートした当初は特にファッションについての知識はなかったのですが、Margiela と出会ったことで徐々に興味がわいてきて。

1995年に、スイスのギャラリーからある展覧会の企画を依頼されました。それでそのギャラリーに小さなファッション誌を作らないかと提案し、クリエーターを何人か集めて、彼らをテーマにした展覧会をしようと思いました。この時にデザイナーの Victor&Rolf (ヴィクター&ロルフ) などとも知り合って。それが『purple fashion #1』/1996年 です。ご存じですか?

鈴木:もちろん! (両手をあげ、表紙のポーズをまねる)

『purple fashion #1』/1996年

『purple fashion #1』/1996年

Elein:かなり薄い雑誌で。私たちにファッションの知識がなかったおかげで、かえって自由な発想が生まれたんだと思います。スタイリストやメイクアップアーティストが必要だということも知らなかったですし。勝手に、この人のこういう服が気に入ったから、このいい感じの写真家、このアーティストに写真を撮ってもらおうって。

鈴木:そういう考えの雑誌って、多分、ほかにはなかった。デザイナーから直接写真家に洋服が送られてきて、勝手に撮って、みたいな。スタイリストはあとでだれかが適当に見つけてくるか、使わないとかで。だから写真家がかなり自由にできた。

Elein:そう。彼らのお友達に適当にモデルをしてもらって、自由に撮るっていうやり方でした。

鈴木:すごく覚えているのが、Tilmans の撮った、Elizabeth Peyton (エリザベス・ペイトン) が Bernadette Corporation (バーナデット・コーポレーション) とかを着ているページ。今考えると完全にアートピースになるようなものが、初期の『purple』にはたくさんあった。

Elein:やっぱり自由度が高かったので、非常にインパクトもあったと思います。

鈴木:だからいろんな国の写真家たちが、みんな『purple』と仕事がしたくてブックを送っていた。

Elein:ええ、そのとおりで。わりと早い段階から送られてきていました。一時期などは、かなりたくさん届きました。

鈴木:その後、『purple』に似た雑誌がすごく多くなって。でも僕の主観なんですけど、ほかの雑誌と『purple』が決定的に違うのは、Elein や Olivier は広告とか関係なしに好きな写真を選んでいるっていうか。洋服が全部映っているかどうかとかは関係ない。

Elein:はじめの頃はまさにそういう感じで、広告も自分たちに感性の近いものを選んでいましたし、お金のないデザイナーの服も掲載していました。でも90年代の終わりになり、よりメジャーなブランドの広告が掲載されるようになってからは、広告を載せるからこうしてください、ああしてください、というような様々な交換条件を提示され、それからは非常にやりにくくなりました。

鈴木:今、東京だと『purple』の古い号が1万円とか2万円の値段になっていて。初期の頃の自由な発想っていうのは、今の若い子から見てもすごく魅力的に見えるんだと思う。

『PURPLE ANTHOLOGY : ART PROSE FASHION MUSIC ARCHITECTURE SEX』/2008年

『PURPLE ANTHOLOGY : ART PROSE FASHION MUSIC ARCHITECTURE SEX』/2008年

Elein:本当に遊びのような感覚で、楽しくてたまらないという感じで作っていました。アンソロジー (『PURPLE ANTHOLOGY : ART PROSE FASHION MUSIC ARCHITECTURE SEX』/2008年) を出した時に、Christophe Brunnquell (クリストフ・ブランケル/※1994年から2000年まで『purple』のアートディレクターを務めた) と私で2日間、バックナンバーを全部ふり返ってみたんです。ふだん自分の雑誌を読むことはほとんどないのですが、たしかにその時に、今見ても新鮮味があるなというのは感じました。

鈴木:初期の号に Harmony Korine (ハーモニー・コリン) の散文が入ってたりしますが、ああいうのは映画を観てオファーするんですか?

Elein:はっきりとは覚えていませんが、おそらくそうだと思います。

鈴木:すっごい面白い。今考えたら、めっちゃ豪華なんですよね。こんなちっちゃい本なのに、そういう、今となってはそうそうたる人たちが。

『purple #7』/2001年 | Photo by Richard Prince

『purple #7』/2001年 | Photo by Richard Prince

Elein:Harmony の場合は、当時からニューヨークではある程度の知名度があったと思いますが、まったく無名の人に依頼することもありました。

鈴木:全然知らない写真家がカバーになっているかと思えば、別の号は Richard Prince (リチャード・プリンス) だったり、もうバラバラで。多分今はもう、そういう本は作れないでしょうね。雑誌とかで『purple』と似たようなものを作る人は、どちらかというとファッションの側からアートっぽいアプローチをしてる人がすごく多くて。『purple』はどっちかっていうと、やっぱり今聞いているとすごく納得してしまうのが、アートを作ってる人たちがファッションをやっていたという。

Elein:そういう違いはあります。でもおっしゃるとおり、たしかに私たちは現代美術の世界からファッションに向かっていきましたが、かえってそのおかげで、現代美術というバックグラウンドからも解放されたんです。

鈴木:もうひとつすごい覚えてるのが、Inez Van Lamsweerde (イネス・ヴァン・ラムスウィールド) っていう写真家がいて。今だったら『Harper’s BAZAAR  (ハーパーズ バザー)』のカバーとか、いろんなキャンペーンを撮ってるじゃない。でもまだ美術をやっていた頃の彼女が手がけた、最初のカバーがおそらく『purple』だった。子どもがこうやってギター持って車から出てきてっていう(『purple prose #8』/1995年)。Tilmans もカバーが最初 (『purple prose #5』/1994年)?

『purple prose #8』/1995年 | Photo by Inez Van Lamsweerde

『purple prose #8』/1995年 | Photo by Inez Van Lamsweerde

『purple prose #5』/1994年 | Photo by Wolfgang Tilmans

『purple prose #5』/1994年 | Photo by Wolfgang Tilmans

Elein:ええ、でも Tilmans にかんしては、私たちが最初だったとは言えません。すでにある程度は『i-D (アイディー)』などで活躍していましたから。

—はじめて親さんと会ったときのことは覚えていますか?

Elein:とってもよく覚えています。すごく若くて。何歳違いでしたっけ。私が今50歳で。

鈴木:僕、今45です。

Elein:5歳の違いなんですけど、当時はかなりのギャップを感じました。非常にシャイだったのを覚えています。でも、結構すぐに仕事をお願いしました。

鈴木:多分、会ってすぐ「仕事をやってみる?」って言われて。

Elein:Olivier の自宅?なんか、アパルトマンでしたよね、誰かの。

左から Laetitia Benat (レティシア・ベナ)、Elein Fleiss (エレン・フライス)、五木田智央、鈴木親 | Photo by Chikashi Suzuki

左から Laetitia Benat (レティシア・ベナ)、Elein Fleiss (エレン・フライス)、五木田智央、鈴木親 | Photo by Chikashi Suzuki

鈴木:Olivier と Elein と写真家の Anders Edström (アンダース・エドストローム)、Camille Vivier (カミーユ・ヴィヴィエ) がいて、みんなの打ち合わせが終わった後にブックを見せて。今考えると日本だったら、これまでどういうことやってたの、とかかならず聞いてくると思うんですけど、何にも聞かないで、こういうことがあるから撮ってみないかって。僕はすごい緊張してて、Anders の子どもをずっと抱っこしてごまかしてたっていう (笑)。

Elein:仕事をしたことがない人に依頼するのって、世の中ではあんまりやらないことなんだと知ったのはその後でした。でも親さんだけじゃなく、いろんな人にそうやって、気に入ったからその場で仕事をお願いするということはよくありました。

鈴木:写真を撮っていて、最初の仕事が Elein とかと始めたやつだったんで、『purple』みたいなやり方が普通だと思ってた。

Elein:かわいそうに、大変だったでしょう(笑)。

『purple fiction #3』/1997年 | Photo by Chikashi Suzuki

『purple fiction #3』/1997年 | Photo by Chikashi Suzuki

鈴木:いまだにすごい忘れられないのが、東京で撮ったドキュメントみたいなのを渡したら、『purple fiction』(#3/1997年)のカバーにしてくれたんですよ。それで、何だろう、もう頭がしびれたようになった感じをいまだに覚えています。

僕はもともと『L’HIVER DE L’AMOUR』のカタログを見ていなかったら、写真が面白いなんて全然思っていなかったから。その裏に Anders の名前と、「スウェーデン人でパリに住んでいます」って書いてあったから、フランス語を勉強して。で、(運よく知人づてに住所を知り) Anders に会いに行ったら「Elein と Olivier に会ったほうがいい」って言われて、そしたらそれがカタログを作ったふたりだった。まるで物語のようなんです。だから哲学的な感じで、人生ってこういうことなんだなというのをすごい学んだ。

Elein:あのカタログは、いまだに素晴らしいと思っています。あれを作ったときは、Olivier も私も「なかなかいい仕事したよね」みたいな感じで得意になっていたんですよ。美術館にも、これは素晴らしいカタログだから多めに印刷するようにって頼んで。でも、全然売れなかったんです (笑)。

鈴木:えっ、そうなんですか?

Elein:しかも多めに印刷してくれたものだから、わりと最近まで美術館にはまだ在庫があるという話でした。

鈴木:じゃあ買い占めて、あとで高く売ろうかな。売れるかな (笑)。そのカタログにも Tilmans 出てるし、Margiela のドキュメントとしても素晴らしいし。『L’HIVER DE L’AMOUR』に入ってる Tilmans の写真に映っているアジア人は、もともと現代美術とか建築とかやってた人たちなんですよね。

Elein:初期の頃の Bernadette Corporation のデザイナーだった Thuy Pham (トゥイ・ファム) とかですよね。

鈴木:Cosmic Wonder を最初に見たのは何年でしたっけ。

Elein:2000年にポンピドゥ・センターの地下で行われた、パリの最初のショーで知りました。はじめて見たときは、新しくて面白いスタンスの人たちだなと思い、その後、かつて Margiela にそうだったように、だんだんとのめり込んでいきました。

ファッションに関しては、Olivier も私も、のめり込むほどの対象というのはそれほど多くないんです。Martin Margiela、Susan Cianciolo、Cosmic Wonder ぐらいでしょうか。Helmut Lang (ヘルムート・ラング) にも80年代にはけっこう夢中でした。まだずいぶんと若かった頃の話ですが。

鈴木:亡くなった『DUNE (デューン)』って雑誌の編集長の林文浩さんと僕のところに、Cosmic Wonder の前田くんが来て、最初は彼は「ニューヨーク・コレクションに出したい」って言ってたんだけど、僕らは「絶対違う、パリで発表した方がいい」と提案して。そこで Elein と Olivier に見てもらえばどうにかなるかな、って。

(※そして2000年、Cosmic Wonder はポンピドゥ・センターから招待を受け、パリでのはじめてのショーを行った。)

鈴木:彼らにとっては、ポンピドゥでショーをやったということよりも、Elein に見てもらったことのほうが、いろんな人に知ってもらえるきっかけになったと思うんです。ショーだったら一部の限られた人しか見ないけど、雑誌に載ったらみんなが見てくれるから。多分、Susan もそんな感じだった気がします。

Elein:当時、Olivier と私は、少なくとも年2回はニューヨークに行っていました。それで、だれかに彼女を紹介してもらいました。

鈴木:すごく面白いなと思ったのが、Margiela も Cosmic Wonder も、たとえば Susan もそうなんだけど、Elein が雑誌をやめたタイミング (2007年) とほぼ同じ時期に、みんな、いわゆる「ファッション業界」から離れているんだよね。

Elein:そうですね。あまり何かのど真ん中にいるのは好きではないので。実は一時期、ファッションジャーナリストのふりをしていたこともあったんです (笑)。ショーに行ってそういうふりをしていたんですけど、結局は違いましたね、やっぱり。距離を置いておきたかった。

鈴木:いつも Elein が作るものを見るとすごく思うのが、無意識にやってる感じなんだけど意識が入ってる、っていうと難しいんだけど。それがスッと入ってくる。若い子からすると、こういうこともできるんだなって思うと思う。例えば、Nick Knight (ニック・ナイト) みたいに大がかりなセットの撮影とかじゃなくて、そこにあるもので、普通にいいものができるみたいな。視点がファッションでもないし、アートでもない。アートでもないってことはないか。ファッションじゃないけど、ファッションを感じさせるっていうんですかね。

Elein:当時はもちろん非常にアンテナを張っていたので、ファッション界で何が起きているのかという情報はたくさん入ってきていたんですが、そういったいろんな情報を提供してくれていたのは、実は日本人が多かったんです。今も当時も。今回の展覧会を発案してくれた林央子さん (here and there 主宰) とか。

鈴木:淑子 (現在は国内外のブランドを日本に紹介するエージェンシー「EDSTRÖM OFFICE (エドストロームオフィス)」ディレクター)。

Elein:淑子さんや、谷崎彩さん (スタイリスト兼、代官山にある輸入洋品店店主。2000年から約4年間は『purple fashion』にも携わっていた)。彼女たちはとても感性が鋭く、いろいろな面白いデザイナーや、まだだれも知らない情報を積極的に私に教えてくれました。当時のフランスのジャーナリストは、彼女たちに比べるとものすごく遅れていました。落ち目の頃の Margiela をあざ笑って、全然理解していませんでしたし。あとは個人的に、日本的な感性が自分の中にあるのかな、と思う時があります。

鈴木:なんか、京都の人みたいですよね。(展示写真を見ながら)

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション "Autre Temps" のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション “Autre Temps” のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

Elein:その心は?(笑) フランス人というのは、どうしても合理的に、頭を使っていろいろ考えたり分析したりするでしょう。私はさっきも言ったとおり、逆なんです。直感だったり、あるいは美しいものを見ることで得られる感覚に頼っているから、自分が好きなものに対して、コンセプトがどうであるとか、そういった言葉の説明や解説はできるだけ排除したいと思っているんです。現代美術の世界で仕事をしていた頃からそういう感覚だったので、『purple』でもアートについて書いてもらうのは評論家ではなく、アーティストやクリエーターに依頼することが多かったです。

鈴木:たしかにそうでしたね。やっていく中で、本当に『purple』から一気に身を引こうって思ったのは、決定的な理由があったりした?

(※Elein は2004年、公私ともにパートナーであったもうひとりの編集長の Olivier と12年間続けた『purple』に区切りをつけ、同年ひとりで『purple journal』を創刊している。一方で Olivier も、過去に4号だけ発行していた『purple fashion』を単独でリスタートさせた。)

『purple journal #1』/2004年

『purple journal #1』/2004年

Elein:Olivier は本当にファッションという世界にのめり込んで、そこに入り込みたい、ファッション・システムに向かって邁進したいと思うようになりました。いわゆるセレブ的な世界に、かなり惹かれるようになったんです。

いっぽうで私は、やはりあくまで作品としてのファッションに興味があった。そういう違いがあったからこそ、はじめの何年かは作業がうまくいったんだと思いますが、ある時点で、やはり対立してしまいました。私は Olivier がそういうシステムの中に入り込んでいきたがっているのを、自分が邪魔しているんじゃないかという気がしてしまったので、それなら (別れて) 自分の雑誌を作ろうと思って。あなたはあなたで、自分の道をお好きにどうぞ、という感じで。それでお互い、それぞれの道を歩むことにした感じです。

鈴木:Olivier が Elein と別れると言って、雑誌を分けることになった時に理由を聞いたら、「『purple』はすごく有名になって、いろんな人が手法を真似するけど、俺の部屋は逆に狭くなった。笑」って言ってたんです。それはしょうがないなって思って。だって、いいもの創って世の中に多大な影響を与えたのに収入が減るなんて、納得出来ないですし。(彼には) 子どもが出来たタイミングでもありましたから。

Elein:よくわかります。

鈴木:それが彼なりの理由なんだなっていうのが、すごい理解できて。僕は、ふたりでやってるのがすごく好きだったけど。

Elein:多くの人にそう言われました。

鈴木:スーパーマンとバットマンは、多分共存できないんですよね。でも、周りの写真家たちはみんな「Olivier は変わった」って言うんですけど、「Elein が展覧会やる」って言ったら「チカシ、Elein の展覧会の写真撮ってきて」って、すぐに連絡くれたりするし、そういうところは全然変わっていない。ただ、ちょっと女好きなだけっていう (笑)。

Elein:Olivier と私がそれぞれの道を歩みはじめたっていうのは、個人的な理由だけではなく、時代がそうさせたとも思うんですね。あの頃って、ファッションが変わった時代だったんです。ファッションが変わった方向に、Olivier はそのままついて行こうとして、私はそうしたくなかった。その違いもあったと思います。

—今回展示されているお洋服について、教えてもらえますか?

Elein Fleiss と Cosmic Wonderによる"Autre Temps"コレクション | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss と Cosmic Wonderによる”Autre Temps”コレクション | Photo by Chikashi Suzuki

Elein:古着にすっかりはまって、何年か経ちます。ひとつにはやっぱり、地方で暮らすようになったこと。田舎だと工場から出てくるような服しか売っていないし、収入も昔ほどないのですが、相変わらず洋服は好きなので、そのふたつの理由からヴィンテージや古着を買うようになりました。探せば素晴らしいものがあるし、宝探しみたいな感じで楽しんでいるんです。

鈴木:へえ。

Elein:赤十字とか救世軍とかものすごく大きいところで、悲惨な服も山積みなんですけど、よく探したら何かが出てくる。体力的に大変なんですが、けっこう大量に買い込みます。村でフリーマーケットがあるんですが、そこで自分の古着屋コーナーを設けているんですよ。

鈴木:えっ?

Photo by Chikashi Suzuki

Photo by Chikashi Suzuki

Elein:ここ (Center for COSMIC WONDER の店内) に展示されているものは、すべて、私が買ったヴィンテージを Cosmic Wonder の前田さんと安田都乃さんが墨で染めたものです。私が古着に夢中だと聞いた彼らがこのアイデアを思いついて、「白い古着を集めてほしい」とリクエストがありました。

壁に掛かっているワンピースは、100年ぐらい前のシルクの手縫いです。私の一番お気に入りだったんですが、穴が空いているからだめですか、と聞いたら、前田さんは「いや、このままでいい」と。ほかにも、たとえば昔の人がベッドカバーをリサイクルして作ったと思しき服や、20世紀初頭の麻の寝間着、化学実験などで使う白衣などもあります。キッチンの布巾やクロシェだったり、昔の農家の女性たちが自分が着るために何時間もかけて手縫いしたのだと思われる服もあります。

もちろん、Cosmic Wonder に合いそうなものをある程度は意識して選んでいます。それらの一部に、前田さんたちが Cosmic Wonder らしいデザインを加えました。彼らなら美しい作品を作ってくれると信じていましたが、最終的に上がってきた作品を見て本当に感激しました。

鈴木:すごいですね。今聞いていたら、工芸品が美術作品になっていく過程みたいなのが、すごくよく理解できた。例えば写真だって、最初は普通に産業やジャーナリストたちが使っていたものを、Elein のお父さんたちが現代美術にした。アートの語源が、アーティザナル (工芸品) でしょう。日本ではあんまりそういうのを勉強する機会がないじゃないですか。Margiela の洋服の説明にも、アーティザナルの何々、とか書いてあったりしますよね。

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション "Autre Temps" のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション “Autre Temps” のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション "Autre Temps" のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション “Autre Temps” のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション "Autre Temps" のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

Elein Fleiss と Cosmic Wonder によるコレクション “Autre Temps” のパフォーマンス | Photo by Chikashi Suzuki

Elein:そのとおりで、今回のコラボレーションでは常に Margiela の仕事が頭にありました。彼もヴィンテージや古着を積極的に作品に取り入れていましたし、そのままの状態のものに手を加えるという手法もやっていた人ですから、非常に近いものを感じます。

鈴木:日本に北大路魯山人という芸術家がいたんですけど、彼は画家、書道家、陶芸家としても活躍しながらも食事にも詳しくて。いわゆる、生活に関わることに対しての美意識が高い。そういうのが多分、本当の意味での美術なんだなって思う。

Elein:クラフトマンシップや手作業、アルティザン (職人) に対しては、すごく興味があります。特に娘が生まれてからは、非常にそういうことを考えるようになりました。日本のほうが、まだ職人さんや手仕事がいろいろ残っていると思うんですが、残念ながらフランスではほぼなくなってしまって。私の暮らすフランスの田舎の村にも、たしかにウールを縒 (よ) っているおばあさんや、かごを編む女性はいるんですが、やはりもう相当な高齢ですし、若い人たちの工芸はあまり良いクオリティーだとは思えない。そういった意味では日本のほうがまだまだ活気があるし、高レベルなものが多いと思います。

鈴木:Elein みたいな人がいると、工芸がもう一歩先、いわゆるアートの域にまで進むような気がします。『purple』で Elein がファッションデザイナーを育てたみたいに。育てたっていうか、一緒にこう寄り添ってきたというか、生活の身近なところに近づけてくれたみたいに。だから Elein には一度、日本に住んでほしいですね。

Elein:自分が普段使うものに関しても、機能美の備わったものが好きですし。例えば湯のみひとつとっても、ただの湯のみなのに美術品にもなってしまう。そういうのは、やっぱり日本だからこそだと思います。

<展覧会>
エレン・フライス「Disappearing」展
東京・南青山にある Center for COSMIC WONDER にて2018年10月16日から25日まで開催された。
HP: http://www.cosmicwonder.com/ja/event/2810/

エレン・フライス「Disappearing」展 | Photo by Chikashi Suzuki

エレン・フライス「Disappearing」展 | Photo by Chikashi Suzuki

<プロフィール>
Elein Fleiss (エレン・フライス)
1968年フランスのブローニュ=ビヤンクール生まれ。10年前にパリを離れ、現在はサン・アントニン・ノーブル・ヴァル (フランス南西部) で暮らす。1992年に『Purple Magazine (パープルマガジン)』を立ち上げ、2004年までディレクションをする。その後『Purple Journal』『Les Cahiers Purple』『Les Chroniques Purple』を発行。ときにフォトグラファー、執筆家としても活躍する。

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