アカデミー賞監督 Barry Jenkins (バリー・ジェンキンス) インタビュー
Barry Jenkins
Photographer: UTSUMI
Writer: Sota Nagashima
最新作『ビール・ストリートの恋人たち』の公開前に初来日を果たしたアカデミー賞監督 Barry Jenkins (バリー・ジェンキンス) にインタビュー。映像化に対して厳しいことで知られる James Baldwin (ジェイムズ・ボールドウィン) 作品の映画化に至った経緯、映画におけるクリエイティブについて、そして愛の物語を通して伝えたかったこと。
アカデミー賞監督 Barry Jenkins (バリー・ジェンキンス) インタビュー
Portraits
よく晴れた冬の午後。インタビューを行う部屋に訪れると、温かい笑い声が聞こえてくる。「ごめんね、時差ボケでちょっと疲れてるけど。」そう言いながらも優しく微笑む男の名は、Barry Jenkins (バリー・ジェンキンス)。『ムーンライト』で第89回アカデミー賞作品賞を受賞し、一躍その名を世界に轟かした映画監督だ。今回は新作『ビール・ストリートの恋人たち』の公開にあわせて初来日。前作では黒人男性のアイデンティティと同性愛、今作では人種差別などの問題に直面しながらも70年代のNYを懸命に生きる若い男女のカップル。形こそは異なるものの引き続き愛をテーマに儚くも力強い作品を産み出した彼は、作品同様に知性と深い愛情を併せ持つ人なのだろうと、すぐに僕を安心させてくれる。映像化に対して厳しいことで知られる James Baldwin (ジェイムズ・ボールドウィン) 作品の映画化に至った経緯、映画におけるクリエイティブについて、そして愛の物語を通して Barry Jenkins が伝えたかったこと。一つ一つ丁寧に話をしてくれた。
—本作『ビール・ストリートの恋人たち』の脚本を書いた時点では、原作の映画化権を獲得してなかったと聞きました。無事映画化し、この素晴らしい作品を日本で観れたことに感謝しています。
当時は結果がどうなるとか、作れるか作れないかなどは心配せずに物を作るということが必要だった時期なんです。何かにならなくても、書く作業が楽しかったということで自分にとっては十分だった。もちろんこうやって製作できて観てもらえるのも嬉しいのだけど、元々権利がクリアになっていない中で書くのであれば、自分が楽しむために書くべきだと思っていました。
—では、書いてはいるけど映画化に至ってない作品が他にもある?
そこまでのレベルには達してないものは、たくさんありますよ。人にはオススメはしないけれど、このように自分のキャリアが変わったのは、自分のために書くことを純粋に楽しめるようになってからなんです。
—もしかしたら、前作『ムーンライト』よりも本作が先に公開していた可能性もありましたか?
実は元々そのつもりだったんです。夏に執筆旅行へ出掛けたのですが、それは『ビール・ストリートの恋人たち』を書くことがメインだったんです。久しぶりに脚本を書く作業に取り掛かるとき、まずは『ムーンライト』を書き始めて勘を取り戻そうと思っていたら、そのまま書き終わってしまった (笑)。それで『ムーンライト』が先に権利がクリアになったので、こういう形になりました。
—今回それほど映画化をずっと夢見て、あなたを突き動かした James Baldwin 作品の魅力は何だったのでしょうか?
元々、James Baldwin は私の人生の中で特別な作家でした。我々がよく目にするラブストーリーというものは、主人公たちが置かれている政治的背景や社会的状況を切り離して描いているものが多い。誰もが社会の一員なわけですから、現実的に描こうとするのであれば当然そういった要因は入ってこなければいけない。それに対し『ビール・ストリートの恋人たち』は純粋なラブストーリーでありながら、両方の側面がしっかりと組み合わさっていた。James Baldwin は映画の評論もやればエッセイもやっていて、ラブストーリーも社会的な作品も書いている。彼の政治的社会的な不公平さを描く声と、恋愛や官能を描く声、その2つの声が見事に組み合わさっている点が映画化を望んだ最大の理由です。
—脚本だけでなく今作も音楽と映像表現が美しくて息を呑みました。どちらも前作『ムーンライト』に引き続き同じスタッフで製作されていますよね。
作曲を担当してくれている Nicholas Britell (ニコラス・ブリテル) は、素晴らしいミュージシャンであることはもちろんのこと、何がすごいかって音楽を人の気持ちを操る使い方と、人の気持ちに影響を与える使い方をちゃんと区別して理解している。悪い意味ではなく、今回は Nicholas の楽曲たち無しでも、映画として成立はします。でも、彼の楽曲は映画無しでは成立しない。映画の音楽というものは、時に作り手の意思を押し付けるような使い方がされている。彼は絶対にそういうことはせず、キャラクターの行動や感情を増幅させるような音楽、つまりどの局面においてもキャラクターの個性ありきなんです。音楽を劇伴として聴いているときも、音楽よりも先に来るのはキャラクターだったり、彼らの置かれている状況。そう作られているからこそ、音楽はまた強いものになっていると思います。
—James Laxton (ジェームズ・ラクストン) による映像も素晴らしかったです。特に登場人物たちを真正面から見つめるようなカメラワークは印象に残っています。
画角は、2:1という映画では珍しい比率を選んでいます。それは当時70年代のハーレムを撮影していた写真家の Gordon Parks (ゴードン・パークス) などの写真を参考にして作っていた部分があったので、写真と映画の間ぐらいの画角を探った結果、このサイズになりました。もう1つは、これはドキュメンタリーじゃないと考えたとき、ヒロインであるティッシュの意識や感じている事を反映して画を作っていこうと決めたんですね。ここで切り取られているのはリアルな当時のハーレムではなくて、ティッシュという19歳の女の子が記憶に留めておきたい事であったり、留めておきたくない嫌な事、恋愛がこうあって欲しいという夢など、彼女の見方や感じ方を全て映像化している。所謂一定のやり方はとりあえず横に置いておいて、彼女がどんな風に記憶に留めたいのかなどを考えながら作っていった結果、あのような画になりました。
—先程おっしゃったように本作は政治的や社会的な問題を含んだ作品ですが、正直なところ日本ではアメリカに比べると人種差別などに対し馴染みがない人も多いと思います。そういう国の人々に今作はどのように観て感じて欲しいですか?
差別というものが映画で語られるとき、今でこそ増えていますが、差別を受ける側が物語を綴っている作品は少なかった。そういった意味で今作は日本の観客の方にアメリカで黒人として生きるという経験がどんなものなのか、描写を通してニュアンスまで深く感じてもらえるのではないかと思います。差別というものを受けたとしても、それでも人は生きていかなければいけないし、誰かを愛するし、家族を持つわけだから。それは人間誰しもが経験することなので、人種に関係なく分かってもらえるものだと思います。差別という意味では、人種に限らずエイジズム (年齢差別) やセクシズム (性差別) と様々な差別があります。そういった社会や政治やシステムによって家族や恋愛が複雑な状況に追いやられたり、あるいは崩壊してしまうということは普遍的にどの世界にもあることだと思うので。
—実際に作品を観て、痛い程に共感できました。
ありがとう。アメリカでインタビューを受けていたとき、日本のビジネスマンは『ムーンライト』の主人公であるシャロンのように、ビジネスマンとはこうあるべきといった型にハマるよう、社会が求める姿を演じているという話を聞きました。違った形ではあると思うけど、そういう問題への理解の手立てにもなると私は思っています。それぞれの問題は、国が違うから文化が違うからと思われてしまいがちかもしれないけど、みんな同じ人間なので。分かってもらえるんじゃないかと思います。
<プロフィール>
Barry Jenkins (バリー・ジェンキンス)
1979年11月19日生まれ、アメリカ・フロリダ州マイアミ出身。『Medicine for Melancholy』(2008/日本未公開) で長編デビューし、ニューヨーク・タイムズ紙のA・O・スコット選で2009年の最優秀作品に選ばれた。2013年にはニューヨーク・タイムズ紙の “世界の映画界で観るべき20人の監督” の1人に選出された。長編2作目となる『ムーンライト』(2016) で、第89回アカデミー賞において作品賞、脚色賞、助演男優賞の3部門を受賞。黒人だけのキャスト・監督・脚本による作品での作品賞受賞は史上初となり、まさに歴史を変えた一本となった。最新作には、米作家コルソン・ホワイトヘッドによるピューリッツァー賞受賞小説をドラマ化する、amazon (アマゾン) の新リミテッドシリーズ「The Underground Railroad」が控えている。
作品情報 | |
タイトル | ビール・ストリートの恋人たち |
原題 | If Beale Street Could Talk |
監督 | Barry Jenkins (バリー・ジェンキンス) |
原作 | James Baldwin (ジェイムズ・ボールドウィン) |
出演 | KiKi Layne (キキ・レイン)、Stephan James (ステファン・ジェームス)、Colman Domingo (コールマン・ドミンゴ)、Teyonah Parris (テヨナ・パリス) |
配給 | ロングライド |
制作年 | 2018年 |
制作国 | アメリカ |
上映時間 | 119分 |
HP | longride.jp/bealestreet |
©︎2018 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved. | |
2019年2月22日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開 |