Ari Aster
Ari Aster

「これはホラー映画ではない」映画ファンを魅了するアリ・アスター

Ari Aster

photography: utsumi
interview & text: mariko uramoto

Portraits/

長編デビュー作『ヘレディタリー/継承』(2018) が世界中で絶賛され、一気に注目を集めた Ari Aster (アリ・アスター) 監督。新作『ミッドサマー』は前作同様、不協和音が続くストーリーを圧倒的な映像美で表現し、“恐怖の歴史を覆す作品” と高く評価されている。しかし、本人は「ホラー映画ではない」という。その真意は? 映画界の期待を集める彼に、映画作りの想いと新作の見どころを聞いた。

「これはホラー映画ではない」映画ファンを魅了するアリ・アスター

深い悲しみとトラウマを乗り越え挑んだ、初の長編映画『ヘレディタリー/継承』で世界の称賛を浴びた Ari Aster。日本でも公開が待ち望まれた二作目『ミッドサマー』がいよいよ封切られる。予告編ではおぞましいシーンが集められているが、 Ari Aster  本人は本作を自身の恋人との別れを出発点にし、「ホラー映画ではなく、ダークコメディであり、失恋映画でもある」と語っている。主人公は家族を失い、天涯孤独となったアメリカ人女子大生、ダニー。彼女は恋人のクリスチャンや友人らと共にスウェーデンの奥地で開かれる夏至祭を訪れる。ホルガと呼ばれるその村は文明から取り残され、素朴で穏やかな住人たちが暮らしていた。太陽が沈まない白夜の日々。美しい楽園のような村で過ごしていたダニーたちだったが、次第に不穏な空気が漂い始める。それは妄想やトラウマ、不安や恐怖が怒涛のように押し寄せる想像を絶する悪夢の始まりだった。白夜に照らされた狂気の祭りを描いた彼に映画作りのアプローチを聞いた。

—『ミッドサマー』で描く主人公の孤独や喪失感は、前作『ヘレディタリー/継承』の登場人物たちが抱えるものと重なる部分が多いと感じました。これは監督自身にもリンクしていたのでしょうか?

そうですね。僕は脚本を書く時、自分が危機に瀕している方がいい物語が書けるんです。二作とも僕自身が孤独や喪失感と隣り合わせの状況で書いたので、すごくパーソナルな作品になりました。そして、どちらの作品も自分の代理になるキャラクターがいて、『ヘレディタリー/継承』は何人かの登場人物に分けて自分を投影し、『ミッドサマー』については主人公のダニーにかなりの部分を反映しています。自分が抱える絶望や孤独、恐怖心、そういった感情をキャラクターを通して表現し、なんらかのカタルシスを促したいと思いました。

— 今作は「恐怖の歴史を覆す作品」として評価されていますが、監督は「ホラー映画ではない」とおっしゃっていました。“ダークコメディ” や “失恋映画” とも表現されていましたが、「ホラー映画ではない」というその意味を教えていただきたいです。

「ホラー映画は観ない」という人にも観てもらいたいと思っているからです。そもそも、この作品にはホラー映画というラベルが合ってないと思っています。たしかに恐ろしいことは起きるけれども、ほとんどの映画で何かしらの恐ろしいことは起きますよね。僕にとってこの作品はホラーというよりも、ダークコメディ。さらにいえば、主人公が自分のホーム (家族) を失って、新しい家族を見つけるという心の再生の物語であると思っています。たしかに映画を観た人には何かを感じてほしいし、ざわざわした気持ちになってほしいとは思っているけれども、ホラーが苦手な人が想像するようなイヤな感じのざわざわではないはずですよ。

『ミッドサマー』

—「ホラーではない」ということですが、ギョッとするようなグロテスクな描写もあります。そういったシーンを描く理由はなんでしょうか?

すべてのシーンは完全なストーリーを作るために必要なものです。グロテスクに感じられる描写は、単に僕が観客を怖がらせるために作ったのではなくて、必要だから生まれたのです。たとえば、ストーリーの前半に出てくるホルガの男女の衝撃的な場面は、ダニーがこれまで避けてきたものに直面するチャンスを得るための重要なシーンです。家族を失った悲しみが癒えない彼女にとって “死” は辛く、痛ましいものですが、ホルガの二人は、自分の命を自分でコントロールし、自ら欲して死を選ぶ。この行為に対峙することは、ダニーにとってセラピーのような役割があると考えました。おそらく、ダニーは自分の辛い体験を違った視点で見ることができたのではないでしょうか。このシーン以外にも残忍な描写はありますが、どうしてここまでするのかというと、これは観客に登場人物たちと同じくらいのインパクトを受けてほしいと思っているからです。そういったシーンはダニーたちにとってトラウマを感じるようなものではありますが、決して過剰描写ではない。物語に必要だから表現しているだけであって、“ホラー映画だからこれくらいレベルのゴアが必要” といったことに応えているわけではないんですよ。

— さまざまな惨劇をより際立たせているのが、花々が咲き乱れるホルガの村やそこに暮らす人々の衣装、彼らが手がけた鮮やかな壁画など美しい色彩です。監督は映像の色味にこだわっているように感じましたがいかがですか?

そうですね、色彩設計は美術や撮影監督とともに決めていくのですが、僕の映画作りにおいて非常に大事な部分を担っています。今回の作品で意識的に使ったのは青と黄色。スウェーデンの国旗と同じ色ですが、「死」を示唆するシーンで、この二色を使っています。たとえば宗教的な建物や死の香りがする場面で効果的に使っているので、ぜひ注目してほしいですね。あとは衣装。物語の序盤ではダニーは暗い色を着ているのですが、だんだん明るい色を纏うようになる。一方でクリスチャンは反対です。色をサブリミナルに使うことでさまざまな情報を伝えたいと思いました。ただ、それが一目瞭然になってしまうと効果がなくなってしまうから、バランスを考えるのは難しかったですね。

©︎2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

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—前作同様、今作も監督の経験を反映したと聞いています。辛い思い出を映画として残すことは自分にとってより辛い状況になるように思いますが、映画化することに不安はなかったですか?

ないですね。逆に、映画を作りながら「自分の体験をそのまま見せていないか」という不安はありました。僕は映画の中に自分が感じたことを雄弁に語れるメタファーを使って、自分の体験を反映させたかったんです。だから、僕に起こった悲しいできごとを知っている人がこの作品を見ても、僕が具体的にどういうことを体験したのかはわからないと思います。“どうしてこのような作品を作ったのか” ということは映画を見るだけでは絶対にわらかない。もちろん自分が感じたことは反映していますよ。僕はこの作品が自分よりも長生きしていくことを意識下で望んではいるけれども、果たしてそうなるかどうかもわかりませんしね。

—自身の経験に基づいて作品を作ることは、そこに切実さを伴わせたいからでしょうか?

そうですね。特に物書きの人は理解しやすいと思いますが、“自分が書かなくてはいけない” と思える内容でないと書き進められないですよね。執筆がとても辛くなる。やはり、自分が書くべきものだと信じるものでなければ最後まで書き抜くことは難しいです。僕にとっては映画作りがそう。今回は1本分の脚本をすべて書いてから、自分にとってリアルではない場面はきっぱりと捨てて、物語に必要なものだけを抽出して完成させました。そうやって自分の直感を信じないと進められないことがたくさんあります。僕は自分の中から生まれた問いに対して、常に何かしらの答えを見つけようともがきながら執筆しています。そういった過程を経て作った作品には、僕自身が一番ワクワクしています。これらの映画を通して、自分が体験した悲しみや痛みではなく、自分が立てた問いが後世に残っていくといいなと思っています。とはいえ、わかりやすい答えは映画の中で提示してはいないんですけどね。

—監督は『ヘレディタリー/継承』を発表して多くの注目を集めることになりました。そのことをどう感じていますか?

作品が成功したことはもちろんとても嬉しかったです。ただ、公開時、僕は『ミッドサマー』の制作に入っていたから、ゆっくりと祝福できるタイミングがなかった。『ミッドサマー』が公開となり、今、やっと世間から僕の作品がどのように受け止められているのか実感できるようになりました。僕は、自分が感じていることを作品に込めているので、観た人が好意的に受け取ってくれたということはとても嬉しいですね。そして、制作費をいただいて映画を作っている身としては、一つの作品が成功したことで、次の作品が作れる今の状況にとても感謝しています。ただし、この成功はこれから生まれる作品によって変わるかもしれない。そういうふうに考えすぎると自分の足を引っ張ってしまうので、考えすぎないようにはしています。

—今後はどのような作品を作っていきたいですか?

今、執筆しているのはダークコメディ。その次はSFにも挑戦したいと思っています。頭の中にあるアイデアをどういうふうに組み立てたら映画として成立するか。それが見えたら脚本を書き進める予定です。実現してみたいと思うアイデアはまだまだたくさんあるんです。