ジュエリー界に一石を投じるシャルロット・シェネ、クリエーションの秘密
Charlotte Chesnais
Interview & Text: Aika Kawada
ダイナミックで美しいフォルムでありながら、驚くほど解剖学的なアプローチ。それはまるで身につけるアート作品のようだ。事実、ジュエリーデザイナーの Charlotte Chesnais (シャルロット・シェネ) は彫刻を創作する発想で、知的で型破りな作品を数多く制作してきた。
今でこそアーティスティックな発想のアイディアやユニークな着用方法のイヤーカフやリングが受け入れられているが、そのムーブメントの先駆をなしたのが彼女であることは疑いのない事実だろう。手がけたアイテムは、どんな装いにも心地よいハーモニーを奏でるクリーンな佇まい。ジュエリーと身体にフレッシュな相互作用が起きる喜びは、多くの女性たちの心を掴んでいる。今回は、彼女が唱える“タイムレスなデザイン”が成熟するまでの軌跡と、ジュエリーだけにとどまらずクリエーションの可能性を広げていることについて話を聞いた。
ジュエリー界に一石を投じるシャルロット・シェネ、クリエーションの秘密
Portraits
—どのような幼少時代を過ごしていましたか。10代で夢中になったものは何でしょうか。
いくつかあります。まずは、幼い頃に始めたバレエ。大好きな習い事で、25歳で膝を痛めるまでは練習を重ねていました。乗馬にも夢中になりましたね。あとは12歳くらいの頃、母とよく蚤の市へ出かけていました。それがきっかけで、ヴィンテージ家具の魅力を発見することができたと思います。親子共々、ショッピング好き。ファッションを愛する母から多くの影響を受けましたね。
—ファッションに目覚めたきっかけはお母様だったんですね。
そうですね。母のアパートがパリにあったので、17歳から2か月ごとに妹と週末にパリを訪れるようになりました。週末は、主にパリの左岸にあるサンジェン・マンデプレで過ごしていました。そこでファッションに関する多くのものを目にするようになりました。
—パリの Studio Berçot (スタジオ ベルソー) でファッションを学ばれましたね。そこで、習得したものにはなにがありますか。
自分のテイストを知ることができたと考えています。自分は何が好きで何が好きでないか。また、その理由やルーツについても理解を深める機会になりました。
—ブランドのホームページから数字へのこだわりが感じられます。学生時代は数学が好きだったと伺いましたが、どこに魅力を感じていたのでしょうか。
その理由は、私が理系のカルチャーを持つ家系に生まれたことだと言えます。医療関係の仕事をする大人に囲まれて育ちましたから。私の家族は皆、文章を書くことよりも、数学が得意なんですよ (笑)。
—卒業後は Emanuel Ungaro (エマニュエル ウンガロ) に勤めた後、Nicolas Ghesquière (ニコラ・ジェスキエール) 率いる Balenciaga (バレンシアガ) にデザイナーとして在籍していました。Nicolas Ghesquière に学んだことを教えてください。
精度、限界の拡大、ブランド構築への理解が深まりました。
—Balenciaga 在籍中に制作したものの中で、印象に残っているものはありますか。
答えを一つに絞るのが難しいのですが、総刺繍で作成した女優の Salma Hayek (サルマ・ハエック) のウェディングドレスはとても心に残っています。
—ジュエリーの仕事を始めたきっかけはなんですか。
Nicolas Ghesquière は Balenciaga のファッションショーのために、より大掛かりなジュエリーの制作を求めていました。しかし、当時はデザインスタジオにジュエリーの専任者が不在で。彼が私にジュエリーデザインに取り組むことができるかオファーしてくれたことがきっかけです。
—では、そこから自分のブランドを始めた理由を教えてください。
その後、彼が Balenciaga を退くタイミングで私も退職し、フリーランスのデザイナーに転向しました。様々なブランドで仕事をすることにやりがいは感じていましたが、徐々にフラストレーションを感じるようになってしまって。よりクリエイティブな創作を求めて、自分の名前を掲げたブランドを立ち上げることを決めました。個人的なプロジェクトに取り組むというアイデアは非常に自然な流れだったと思います。
—ジュエリー制作はどのようにアプローチするのですか。
私のクリエイティビティに関するスピリットの基本は、既存のものから着想を得て創造するということです。出発点は、常に普遍的であること。時代を超えていくような作品を残したいと願っています。
—特徴的なユニークな線は、どのようにして生まれるのでしょうか。
私は実際にスケッチをすることはありません。金属製のワイヤーを曲げたり、切ったり、手や耳の周りをかたどったりしています。何度も試作を重ねることで、デザインと素材、身体の相互作用が起きるようなフォルムを見つけられていると思います。
—それぞれのアイテムには名前が付けられています。どのように名付けるのですか。
「Saturn Earrings (サターン イヤリング)」は、実際に土星という惑星ついて考えながら創作したので、Saturn=土星のように非常に客観的な名前にすることができました。あとはラテン語のアルファベットを見て、時には日本語を使って、新しく言葉を作り出すこともあります。その他にも、私生活の出来事に関連して名付けることもあるんですよ。「Twin Collection (ツイン コレクション)」というラインは、双子の男の子を出産したことをきっかけに展開しています。
—ブランドが始まった頃は、一つのアイテムでゴールドとシルバーを混ぜて使用することは珍しかったのではないかと思います。新しいアプローチとして試みたのでしょうか。
金属の色を混ぜて使用することは、Balenciaga で働いていた時にすでに始めていたことです。私自身も若い頃からジュエリーは両方の色を混ぜて身につけていました。
— 最もブランドを象徴するアイテムはどれですか。人気を誇る「Saturn Earing」でしょうか。
「Saturn Earing」は私の最初のイヤリングであり、もちろん非常に重要なアイテムです。しかし、個人的には「Round Trip Ring (ラウンド トリップ リング)」と「The Ivy Bracelet (ジ アイビー ブレスレット)」もとても思い入れのあるアイテムです。
—ファインジュエリーのーラインをスタートし、ダイヤモンドを使い始めました。初めて使った感想を聞かせてください。
私が手がけた最初のファインジュエリーは、友人から「結婚相手に贈りたい」という相談がきっかけで作ったものでした。 18Kゴールドだけでジュエリーを作ることは全く異なる経験でしたね。新しい素材を使うことはとても興味深く、特に非常に高価で貴重な素材なので。それはまるで小さな紙に美しくスケッチを描くような緻密な作業。実際に使用してみて、ダイヤモンドはもっと自由で創造的でなければならないと感じました。
—これまでにジェムストーンやカラーストーンも使っています。今後使ってみたい素材は?
これまで木材、厳密にいうと黒檀、さらに吹きガラスを使用した創作にも挑戦してきました。自分自身がより自然なマテリアルを使うことに夢中になっているのだと思います。もし、機会があれば真珠を使ってみたいと考えています。
—クリエーションをする中で、幸せを感じる瞬間は?
新しいジュエリーを作るときは、アトリエで職人たちと多くの時間を過ごします。それは私にとって非常に貴重で、とても豊かな瞬間なんです。
—あなたにとってタイムレスなデザインとは?
非常に美しく仕立てられたジャケットのように、長く着用できて満足もできる、クラシックなシルエットと丈夫さのバランスの取れたものであることだと思います。
—ブランドとして、サスティナブルな取り組みはなにかしていますか。
まず、すべてのアイテムをフランスの従業員を尊重するアトリエで生産しています。また、梱包材はリサイクル材を使用していますし、オフィスの家具はヴィンテージのもののみを備えています。それから、パリにおける配達は自転車で行えるように特別な取り組みを行っています。
—フランスのアトリエ、職人のみと仕事をする理由は?
彼らは優れた知識と技術を持っており、おそらく私がやりたいことを具現化するには最適だと考えています。もしも、他国で作ることが適しているのであれば、私はそのことを受け入れて行動に移すと思います。すべては、アイテムの品質ために高いスキルのある職人と仕事をするためです。また、生産地を選ぶことは環境問題でもあります。フランス国内のアトリエで作業している間は、環境を著しく損なう飛行機の使用を避けることができます。
—ブランドを始めて楽しかったこと、逆に苦労したことを教えてください。
多くのことを楽しんでいると思います。この仕事が大好きです。中でも、結婚指輪などの特別な日のためのプロジェクトを進行しているとき、人との出会いや彼らに会うために旅することは楽しみの一つでもあります。チームとの関係を築くことも大切なことだと考えています。一方で、会社の発展のために最善の選択をすることに頭を悩ませています。常に紆余曲折。そして、実行に移すタイミングに関して、時々ストレスを感じることもありますね。
—ブランドは大きく成長しました。成功の秘訣は?
常に誠実であること。勤勉さ、創造性、そして良いチームを持つこと!
—あなた自身がブランドの顔になっています。そのことで多くの女性が共感を持つことに対しどう思いますか。
それを分析して答えるのはとても難しいです。しかし、これもまた作り手としての誠実さが鍵ではないかと思います。
—幅広い年齢層や様々なセンスを持つ女性にブランドが好かれる理由は何でしょうか。
常に口にしていることは、“トゥーマッチ” と “不十分” の間を満たすアイテムを世に送り出すこと。いいバランスが取れていれば、時代を可能な限り超えるものになるでしょう。 そして、「時代を超える作品であること」よりも「多くの女性に愛されること」は決して悪いことではありません。
—多くの人とコラボレーションをしてきましたが、今後一緒に仕事をしたい人やブランドはありますか。
もちろん!いつか、コラボレーションをして靴のコレクションを作ってみたいです。それから、毎日の生活に使えるような家具やアイテムの製作を手がけてみたいですね。
—母になったことは、あなたのクリエーションに変化をもたらしましたか?
あまり意識はしていません。ブランドの立ち上げの時期には、すでに長男を妊娠していましたし。強いて言えば、自分自身が常にジュエリーを快適に着用できるようにし、自転車に乗っているときなどは子供を傷つけることないように注意することでしょうか。
—コロナウィルスによる世界的なパンデミックを受け、ブランドの売り上げのうち20%寄付をフランスの医療機関に寄付していますね。
現在、私たちが世界中で経験していることは信じられないようなことばかりです。その最中で、私自身が世の中で役立つためには何をすればいいか考えることがありました。 私の姉は医者として働いているのですが、彼女の日常生活を電話で聞く機会があったんです。医療機関で欠けていたものや必要なものなど…。医療従事者がやったことと比較すれば、非常に小さなアクションですが、売り上げの一部を寄付することを決めました。
—パリという都市はあなたにとって重要な意味を持ちますか?
パリという街をとても気に入っています。この街に深く関わることで、作りたいものを上手く形にすることができるようになりました。そう考えると、重要な意味があると言えそうですね。
—最後に、好きな音楽や映画、小説を教えてください。
私は、Serge Gainsbourg (セルジュ・ゲンズブール) の大ファンなんですよ。あと David Bowie (デヴィット・ボウイ) も好き。本ならフランスの自然主義の作家 Guy de Maupassant (ギ・ド・モーパッサン)。 映画はたくさんありますが、エリザベス1世の半生を描いた『エリザベス』(1998)、Jacques Demy (ジャック・ドゥミ) 監督の 『ロシュフォールの恋人たち』(1967)、Wong Ka wai (ウォン・カーウァイ) 監督の『花様年華』(2000)、Jane Campion (ジェーン・カンピオン) 監督による『ブライト・スター ~いちばん美しい恋の詩』(2009) がお推めです。