『032c』のマリア・コッホが貫くファッションとカルチャー論
Maria Koch
photography: tereza mundilová
interview & text: yukiko yamane
今やファッションブランドしても広く知れ渡っているベルリン発のカルチャー誌『032c』。その仕掛け人こそ、アパレルラインの創設者兼クリエイティブ・ディレクターである Maria Koch (マリア・コッホ) だ。2015年にローンチした「032c Apparel」に続き、2018年には「032c RTW」としてブランド初となるプレタポルテコレクション「COSMIC WORKSHOP」を発表。2020年2月に披露したセカンドコレクション「PARTY GIRL」を皮切りに、今後年2回のペースでコレクションを発表していくことを宣言し、その勢いは止まらない。
『032c』のマリア・コッホが貫くファッションとカルチャー論
Portraits
新たなステージへと舵を切った彼女は今、何を考え、どんなことにインスピレーションを受けているのか。美しい緑に囲まれた彼女の自宅を訪ねると、本人が快く迎え入れてくれた。「この家に移ってからガーデニングに夢中なんです。昨日は専門家の方が来て、いろいろ教えてくれたんですよ」そう語る彼女はソファに座って足を組み、タバコに火を付けた。
—まずは、これまでの経歴について教えてください。
エスモード・ベルリン校でクラシック・ウィメンズ・ファッションデザインを学び、卒業後に Jil Sander (ジル・サンダー) や Marios Schwab (マリオス・ショワブ) といったファッションブランドで働きました。その後エスモード・ベルリン校から講師をしないかと誘われて。ファッションサステナビリティの修士課程で、デザインの原理と戦略を教えていたんです。教える立場でしたが、学ぶことも多くて好きでしたね。
—コンサルタントもされていますよね。
すべては、Mr. Kanye West (カニエ・ウエスト) との出会いから始まりました。それまでコンサルタントをするなんて一度も考えたことがなかったんですよ。「032c Apparel」を始めた頃、Tシャツを気に入ったと彼の方から連絡があって、それから一緒に働くようになりました。2コレクション、2マーチャンダイズくらいかな、今はセレブリティに向けてデザインしています。それに加えて Joerg (ヨルク・コッホ、『032c』創設者兼編集長) と私はいくつかのブランドのクリエイティブ・ディレクションを担当しているので、自分の肩書きを何て言えばいいのかたまに分からなくなりますね。
—2020秋冬コレクションにて、『032c』初となるウィメンズオンリーのプレタポルテコレクション「PARTY GIRL」を発表されました。今回のコンセプトについて教えてください。
実際のところ今季、来季と決まったコンセプトがないんです。でも「PARTY GIRL」は、カナダ人シンガーの Michelle Gurevich (ミッチェル・ガービック) の曲から生まれました。5年前に偶然この曲を見つけたんですけど、その頃からいつかコレクションに結びつけようと考えていて。とてもミニマルで、どことなくいい退屈さがあってグラマラス。完全にクレイジーなエフェクトと強いストーリーテリング。このメランコリーな感じが私にとってとても魅力的だったんです。パーティの場にいなきゃいけないのに何も感じないみたいな、とてもパーソナルなのは分かっているんですけど、誰でも一度はこのフィーリングを感じたことあるでしょ?
—たしかに世界観がぴったりとハマりますね。
実は次のコレクションの曲も決まっています。私のインスピレーションとしっかり繋がっているんですけど、今ここで言うべきじゃないですよね。誰か使っちゃうかもしれないから(笑)。でもバイブスは同じ。ハードコア、プレイフル、セックスアピール、モダンクラシック、クラフトマンシップとかそんな感じです。
—今回のコレクションでは GOTS (Global Organic Textile Standard、オーガニックテキスタイル世界基準) 認証のフェイクファーを使用していますよね。近年多くのブランドがサステナビリティに配慮していますが、『032c』ではどのように受け止めていますか?
そう、モヘアはぬいぐるみブランドの Steiff (シュタイフ) の素材を使用しています。テディベアを着るよりはスマートでファニーでしょ?プラスティックの代わりにウールを使用しているし、クオリティも素晴らしいベスト・テディベアカンパニーなんですよ。GOTS 認証のように、素材がどこから来ているのか、どんな労働環境で生産されているのかを知ることは私にとってとても大事です。過剰生産されたTシャツのようにチープなアイテムは着たくないので。誰もが自分の着る服のバックグラウンドについてチェックすべきだと思います。
—2018年にロンドンで発表した「COSMIC WORKSHOP」のショーとは一転、あえてマネキンを使用し、静寂かつシンプルなプレゼンテーションにしたのはなぜですか?
今、ショーに魅力を感じないんです。ノイズやエフェクトのアイデア、たとえそれがファッションであってもね。ストレスフルまでいかないんですけど、どこか気に障るというか。モデルが着てランウェイを歩くとどうしてもドレスが動きますし。それで、服をしっかり見せる方法について考えていました。もちろんショーもクールですけど、予算も高いし何か違うなと思って。とは言いつつも、もしかしたら次のコレクションでショーをするかもしれません。でも10月のパリではコロナの影響でまだ難しいと思うので、新しいベストな方法を考える必要がありますね。
—元々ウィメンズウェアのデザイナーでしたが、「032c Apparel」はTシャツといったユニセックスウェアからスタートされましたよね。
正直私はやりたくなかったんですけど、これはある意味テストでした。自分たちでプロデュースできるシンプルでチープなプロダクトは何かを知るためのね。結果、それがバンドTシャツのようなマーチャンダイズのTシャツだったんです。始めた当初の目的はファンディング。アパレルのためにマガジンからお金を得たことはないんですよ。
—『032c』とカルチャーは切っても切れない関係です。拠点であるベルリンのカルチャーからインスパイアされることはありますか?
もちろん、だってここに住んでるから(笑)。
—例えばどんなことですか?
たぶんメンタリティですね。私がここに住み続けたいと思うのもそのため。ベルリンはそんなに美しい街ではないですし、もう若くないから毎晩 Berghain (ベルクハイン、ベルリン屈指の有名なクラブ) に行くこともなければ、あまり興味もないんです。今は自宅かオフィスで過ごすことが多いんですけど、それも楽しんでますよ。私たちの周りにあるベルリンの雰囲気が好きなんです。
—学生時代に夢中になっていたカルチャーはありますか?
うーん、いろいろありますね。6歳から16歳まで馬場馬術(ドレッサージュ)に熱中していて、国の選抜チームに所属していました。あとフルート、特に木製のバロックフルートにも夢中で、たくさんのクラシックコンサートで演奏しましたね。それからブレイクビーツにハマって、ハードコア・クラブキッズになったんです。グラフィティカルチャーも外せません。自分でも書いてましたし、クルーにも所属していたんですよ。わたしの中でとても大事なカルチャーです。
—グラフィティもされていたんですね!『032c』の33号で特集されたベルリンのグラフィティ集団、Berlin Kidz (ベルリン・キッズ) の内容も大変興味深かったです。
そうですね。昔のグラフィティ仲間を通して彼らに連絡しました。彼らの作品はかっこいいし、場所選びのセンスや美学が別格。それで Joerg に彼らを紹介したんです。もちろん彼も気に入りました。私たちのアイデアはいつもノンストップのピンポンですから。
—ファッションの影響を受けた人物はいますか?
特定のファッションアイコンがいたことは人生で一度もありません。音楽、ファッション、グラフィティ、どれもいないかな。たぶんクリティカルな性格なんですよ。いいなって思うけど、私はファンにならないみたいな。10代のころは周りの友達がみんな部屋にロックスターのポスターを貼っていて、私も同じように試してみたけど、何も感じなかったのを覚えています(笑)。
—人とは違う視点を持っているのかもしれませんね。
そうですね。例えば、Kanye West (カニエ・ウエスト) は素晴らしいですし、彼の妻も強い影響力を持っています。でも私たちの視点では、彼が彼女を作り出したということがとても印象的。Demna Gvasalia (デムナ・ヴァザリア) のこともリスペストするけど、一度も彼の服を着たいと思わないんです。自分のサイズを知っているから、オーバーサイズのフーディなんていらない。でもアイデアは本当に大好きなんです。
—マガジン、アパレル、コレクションともに通じる『032c』のコンセプトとは何でしょうか?
『032c』はプラットフォームです。コンテンツとカルチャーをプロデュースすること。記事やコレクション、パーティや展示、家具など何らかの形でストーリーを伝えられるものであり、コミュニティですね。
—メンズ、ユニセックス、ウィメンズともに通じるアパレルラインの哲学とは何でしょうか?
エシカルなプロダクトであること、過剰生産を避けるということは重要です。長く着られる誰かのお気に入りの1着になること、つまり確かな品質であることも欠かせません。着る人にインスピレーションを与える強いステートメントも魅力的ですね。これはコレクションだけでなく、マガジンも同様です。あと個人的にワークウェアが大好きですね。ロングラスティングで、何より実用的なので。今日着ている服もクラシカルなワークウェアとしっかりコネクトしているんです。
—最後に、これからの展望について教えてください。
次のコレクションとメンズウェアに取り組んでいます。メンズに関してはコレクションのスタイルに寄せていく予定です。GOTS 認証の素材だけを使用しているけど、価格はシンプルにする。それが次のステップですね。今お話できるのはここまで。「032c RTW」もまだ始まったばかりですから。