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「いい作品があればどこへでも」 国境も言語も飛び越えていく美波の冒険心

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photography: michi nakano
styling: aya tanizaki
hair: hama
make up: akii
interview & text: eucari

Portraits/

俳優・美波が新たな一歩を踏み出した。ジョニー・デップによる製作・主演の最新作 『MINAMATA』 で、彼が演じる伝説の写真家ユージン・スミスの妻役に抜擢され、活動の舞台は一気に世界へ。フランス人の父を持ち、もとよりグローバルに活動しているように思われがちだが、日本で生まれ育ち、女優としての活動も日本を拠点に続けてきた。「想像のできないところに飛び込む勇気」を奮い立たせながらやり遂げたという本作への出演について、話を聞くうちに浮かび上がってくるのは、彼女が経験を重ねて獲得した自由という信念である。

「いい作品があればどこへでも」 国境も言語も飛び越えていく美波の冒険心

──『MINAMATA』への出演はどう決まったんでしょうか?

2018年の12月に家族と年末を過ごすためフランスに戻ったとき、奈良橋陽子さんという数々のハリウッド映画を手がけてきたキャスティングディレクターの方から 「ぜひこの役のオーディションを受けてほしい」とオファーがありました。オーディションは 1回で済むような簡単なものではなく、そこからは休む暇もなくテープを録っては送るの繰り返しに。父がフランス人なので、英語がどうしてもフランス訛りになってしまうこともあり……。(演じる役のアイリーンは)アメリカと日本のハーフで、今も存命の方だからこそ、なかなか決まらなくて。監督がイギリスに住んでいたので、ユーロスターに乗って、日帰りで会いに行きました。目の前でお芝居もしましたし、ここまでやっても決まらなかったら、もうだめかな、と諦めかけていたのですが、年明けにようやく決まったと連絡がきて、その1週間後には撮影地であるセルビアに向かいました。

──率直に役が決まって、どんな気持ちでしたか?

もちろん嬉しかったですが、大変なクジを引いてしまったという気持ちもありました。オーディションでこんなに大変なら、撮影はもっと大変なんじゃないかと覚悟しました。

──実際どうでしたか?

大変でした(笑)! だけど、プレッシャーは決まるまでのほうが大きかったかな。蓋を開けてみるまで本当にわからないことだらけだったから。想像もできないようなところに飛び込む怖さを感じたし、自分の母国語ではない言語でお芝居をすることも初めての経験だったので不安でした。監督のアンドリュー(・レヴィタス)やジョニー(・デップ)に会う前は辛かったんですけど、いざ撮影が始まったら楽しくてしょうがなかったです。

──本作はジョニー・デップが製作と主演を務めたということですが、いかがでしたか?

撮影前に、彼とカメラマン、監督の4人だけでカメラテストをしました。彼が演じるユージン・スミスはジャズが好きなのでマイルス・デイビスをかけながら。ジョニーは最初に会ったときから髭をつけて、完全にユージンの顔になっていたので、すんなりと役に入れました。それなりにドキドキしてたんですけど、音楽に合わせてみんながセッションするように動いていて…… 気持ちがひとつになった瞬間がそこにはありました。ケミストリーが合って、私も安心できました。

──彼とはどういう話をしましたか?

撮影の合間も、ふたりで多くの時間を過ごしました。彼が過ごしていたテントのなかで、私は絵を描いて、彼は横でギターを弾いたり、いろんな音楽を聴かせてくれたり。そのときに 「なんでこの作品をやりたいって思ったの?」 と聞いたとき、「ユージン・スミスは僕にとってものすごく近い存在で、リンクするものが多かったから、本当にやりたい役だった」 と答えてくれたことがとても印象的でした。

──ベルリン国際映画祭の記者会見で 「自分は小さい存在だけど叩き続けることで何か変わるかもしれない」 と彼がいっていたことが、この映画そのものだなと思いました。

そうですね、今の世の中に必要な映画だとすごく思います。撮影していたときは正直、ただただ突き進んでた。でも形になってから振り返ったとき、本当にいい映画に関われてよかったな、と幸せに思えたし、この映画がひとつのきっかけになればいいなと思いました。これが終わりじゃないですし、ただひとつの作品というだけで終わらせたくない。それは監督のアンドリューも、ジョニーも感じていると思います。

──「小さい被害はなしに等しい」と水俣病の原因をつくった会社の社長の台詞にありましたが、今の時代と重なる部分があると思います。2021年というのが、この映画の公開にとってベストなタイミングだったと思いますか?

そう思います。わたしも映画を通して、いち表現者として、もっと声を出していいんだと気づきました。海外では、それが当たり前なんです。フランスはちょっとトゥーマッチなところがあるけれど、やっぱり自分が思っていることを言葉に出して、行動を起こすことは必要なことなんです。日本はどうしてここまでタブーなんだろうという疑問はすごく感じます。コロナがあり、オリンピックがあって、目の前にある矛盾を無視できなくなっている自分を最近感じます。これをどう表現していくのか、最近よく考えています。

──俳優やアーティストは政治的発言をすべきではない、という圧力がありますよね。

居心地の悪さを感じることは多いです。あと気になっているのが、知識がないのなら発言するなという圧力。わたしたちはいち国民であり、ちゃんと税金を払っています。もちろん日本に生まれ育ってない人たちも意見を言っていいと思うし、それぞれの意見や考えを知識がないから言っちゃダメ、っていうのはまず間違ってる。そう感じているのは、私だけじゃないはずですよね。いい意味で、気付かされる時代に生きているなと思います。『MINAMATA』 を素敵だと思うひとつに、ユージンがフィルムカメラという小さなメディアで世界を変えようとしたことがあります。当時と今は状況が違うとしても、ある問題に光をあてて、弱い立場から大きい権力を変えようとする意義は大きい。人々の意識が変わるきっかけになればいいなと思っています。

──自分でも映画をつくってみたいと思いますか?

それはないかな。でも、個展で映像を作ったことはあります。18歳のときに女優以外の表現をしようと油絵と短編映画を始めて、それが「eN」というテーマだったんですけど、今年この「eN」を完結させて次に進むため、個展を開催しました。そこで続編の短編映像も作りました。環境音だけを使って、いろんな場所に行って録音したものをはめ込んだり、遊び感覚で編集できたのがすごく楽しかった。ただ、わたしはやっぱり身体を使って表現することが好きなので。パフォーマンスだったり、油絵をはじめとする手を使った創作だったり、演技における表現の方が向いているし、好きです。

──油絵と演技は表現としては全然違いますが、自分が身体をつかうという点では共通している?

そうですね。表現者として目指しているのはボーダーレスであること。日本人であろうが、どこの国にいようが、いい作品はできるというスタンスなので、拠点はどこでもいいし、ノマドでいい。演技だけにこだわらず、絵だったり、パフォーマンスだったり、ボーダーを持たずに突っ走っていきたいなと思っています。

──なるほど。次はどこを拠点にしようとかの考えはないんですね。

泊まる場所は必要なので、家はあります(笑)。ただ、しばらくアメリカに居ようと思っています。この映画を機に英語をしっかり勉強していかなきゃなと。インターナショナルな女優を目指していて、フランス語はもともと話せるので、英語を強化したいと思っています。ただ日本にはちょくちょく帰ってくるし、仕事があればフランスにも行くし、それは本当に仕事次第となりそうです。

──日本出身でヨーロッパを拠点に活躍する俳優はなかなかいないし、今までの映画史を見てもアジア人俳優は偏見のある役が多かったと思います。

今はすごく変わりましたよね。アメリカではアジア人を含めた有色人種を必ずキャストに入れなければいけないとか、あとはどこかの国の歴史を扱う作品であればその国の俳優を使おうという動きもあります。たとえば 『SAYURI』 は日本人のはずなのに、中国出身のチャン・ツィイーを使うとか、そういったものは減っていくと思います。それはすごくいいことだし、チャンスもすごく増えている。ただ、そこで強いのが日系アメリカ人で、英語が母国語で、日本語も少し話せるっていう人たち。だから、まだまだ道は長い。なんでこんな選択肢を取っちゃったんだろう?っていつも思うんだけど、進んじゃったからには後戻りできない。辞めちゃえば簡単だけど、後戻りしたくないという気持ちでここまできたので、できることは全てやろうと思っています。ただ人種に関して言うと、フランスはまだまだです。自分たちの知っている人たちだけで動いたりしているので、すごく輪が小さくて。今回のカンヌ(国際映画祭)を見ると、いろんな国の人たちの作品がノミネートされていたり、受賞したり。才能がある人たちが純粋に発信して、認められていく世の中に徐々になっているけど、それは簡単なことではない、と身に染みて感じています。

ドレス ¥218,000/Stella McCartney (ステラ マッカートニー)

──お話を伺ってきて、自由やボーダーレスといった考え方を大事にされていることが伝わってきました。その考え方は、ご自身にふたつの国のルーツがある、というのが出発点になっているんでしょうか?

そうですね、やっぱり元々はそこから始まったと思います。母国は日本だし、自分を日本人だとは思っているけれど、居場所は日本じゃないと小さい頃からずっと思っていたんです。とにかく 「ここではない」 という気持ちがずっとあって、文化庁のプログラムでフランスに留学して、すごく生きやすいし、ここだ! と当時は思いました。それがだんだん 「ここがいい」 とか 「ここじゃない」 といった考えではなくなってきて、「どこでもいいんじゃないか」「人じゃないか」 って。面白い人たちと出会って、いい作品を撮って、大切なのはつくっている作品そのものなんじゃないか、と思えてきました。そうすると滞在する国はどうでもよくなってくるんですよね。もちろん、ここにいたらインスピレーションが湧くとか、居心地のいい場所っていうのはあるんですけど、だからといって1年ずっといたいかって言われるとそうじゃないし、という感じです。

──場所は関係なく好きな映画に出演するというのは、自分のスタンス次第ですね。なにか自分なりの判断軸はありますか?

ときめくかどうか。

──こんまりですね(笑)!

あまり考えないですね。台本だけじゃなく、監督とか脚本家が好きで仕事したいとか、ただ純粋にときめくかどうか。あとは、すぐ白黒はっきりさせたくなっちゃうから、迷ったら保留するって癖を意識的につけようとしていて。じゃないと、判断が早いので断捨離状態になっちゃうんです(笑)。

──たとえばノーやイエスと答えた後に、後悔することはありますか?

ないですね。それが本心だから。

──「やればよかった」とかもないんでしょうか?

どっちかっていうと「やっちゃった」っていうほうが多いかな。すごく楽になったのは、人の記憶って曖昧で、過去も変えられると気づいたこと。「こう言ったんだよ」「そうだっけ?」「そうだよ、こっちって言ってたよ」「そっか」って。録音でもしていない限り、けっこう適当でいいんだなって思ったんですよ。そうするとけっこう楽になって、大事なところだけちゃんと伝えて印象づければいいかなって。だから「言っちゃった」「やっちゃった」っていう後悔もあんまり少なくなったかな。とりあえずやっておこうって。ただ体はひとつしかないから、全部はできないなっていつも思ってます(笑)。

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