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「芸術は無力」アイ・ウェイウェイが語る、危機の時代に芸術家ができること

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photography: chikashi suzuki
interview & text: sogo hiraiwa

Portraits/

中国を代表する反体制のアーティスト、艾未未 (アイ・ウェイウェイ)。中国政府に逮捕・拘束されながらも、欧米に拠点を移して挑発的な作品をつくり続けている彼が、このたび13年ぶりに来日した。先日、英国で環境アクティビストが Vincent van Gogh (ヴィンセント・ファン・ゴッホ) の絵画にトマトスープを投げつけるアクションを行なったが、気候変動をモチーフにした作品がありアクティビストとしても活動するアイの目にはどう映ったのか。未曾有の危機を目の前にして芸術ができることとは?

「芸術は無力」アイ・ウェイウェイが語る、危機の時代に芸術家ができること

「芸術は無力です」。この言葉に重みがあるのは、その発言が長年にわたり政治的な芸術を発表してきたアイ・ウェイウェイによるものだからだ。

現代美術でもっとも強力な作家のひとりである彼は1957年、北京に生まれた。文化大革命の影響で、高名な詩人だった父・艾青 (アイ・チン) が下放され、幼少期は一家ともども新疆ウイグル自治区で過酷な生活を強いられたという。その後79年に芸術家を目指して、北京電影学院に入学。アニメーションを専攻しながら、校内でのみ上映が許されていた30年代の中国映画やハリウッド映画を目に焼き付けていった。また在学中には、後に映画監督として活躍する陳凱歌 (チェン・カイコー) や張芸謀 (チャン・イーモウ) らとともに、中国現代アートの先駆けと称される前衛芸術集団「星星画会」を立ち上げている。

81年から93年までは米国の美術学校を点々としながら、Marcel Duchamp (マルセル・デュシャン)、Andy Warhol (アンディ・ウォーホル)、Jasper Johns (ジャスパー・ジョーンズ) の作品を研究。レディメイドの手法を取り入れ、独自のコンセプチュアル・アートやパフォーマンス・アートを発展させていく。ビートニク詩人の Allen Ginsberg (アレン・ギンズバーグ) とは家も近く、互いの家を行き来する仲だったという。帰国後は、地下出版や展覧会を通じて中国前衛アートのシーンに深く関わり、活動の幅を広げていった。

アイは建築家としても知られ、99年の自邸兼スタジオの設計以降、数多くの建築・都市開発プロジェクトに携わっている。なかでも有名なのが、北京五輪のメインスタジアム、通称「鳥の巣」だ。彼はスイスの建築事務所 Herzog & de Meuron (ヘルツォーク&ド・ムーロン) と共同でこの設計デザインに参加するも、中国政府が五輪を政治的プロパガンダに利用していることを痛烈に批判し、開会式を欠席した。その頃から徐々に当局の目が厳しくなっていき、アイは2011年に空港でついに逮捕されてしまう。監視付きの拘束は、81日間におよんだ。

現在、彼はポルトガルに拠点を移し、物質文化をテーマに中国の民芸品を用いたレディメイド彫刻を制作するかたわら、ドキュメンタリーやSNSでの発信を通じてアクティビストとしての活動も精力的に続けている。そんな稀代のアーティストは今の世界情勢をどう見ているのか。ゴッホの絵に投げつけられたトマトスープについて何を思うのか――。第33回世界文化賞の彫刻部門を受賞し、13年ぶりに来日したアイ・ウェイウェイに話を聞いた。

―あなたはしばしば「ポリティカル・アーティスト」と呼ばれます。芸術と政治の関係はどうあるべきだとお考えですか?

第二次世界大戦後、長らく平和が続いたために、「芸術は芸術のために」という考え方が優勢でした。芸術を人々の苦闘から切り離すという発想ですね。しかし、現在世界を見渡すと、非常に多くの人が辛酸をなめています。何億もの人が難民として国を追われているのです。豊かな人も、貧しい人も関係ありません。またヨーロッパでは戦争が起こっており、誇張ではなく、第三次大戦につながる可能性もある。その他にも環境問題、エネルギー問題、飢餓といった人類規模の危機が発生しています。

そして今、中国はとても豊かになり、かつてないほど強力な超大国となりました。そのこと自体は結構ですが、国際的に共有されている価値観を共有しておらず、人権や表現の自由、経済の自由を受け入れていません。これは世界的に見ても、課題だと思います。

そうした状況において、私たち芸術家は何を考えなくてはならないのか。まず芸術家が何のために存在するのか、と自らに問わなくてはなりません。いかに芸術がヒューマニティ(人間性)と結びつくのか。そして、芸術が人類の危機のなかでどう生き残るのかと問わなければなりません。

私の芸術活動は、個人的な経験に根ざしています。私の父は詩人ですが、私が生まれてまもなく「反共産主義者」だと誹りを受け、北京から追放されました。私たち一家は新疆ウイグル自治区に送られ、電気もない原始的な生活を強いられました。父は20年間、一行たりとも詩を書くことを許されませんでした。私は、極端な権威主義による検閲や知識人に対する弾圧を経験したのです。政治が芸術や文化を認めないという状況を。

芸術は、それが妥当である限りにおいて、常にメッセージです。芸術は人間の深くにある哲学的思想や倫理的信条と結びついています。美学はそこから逃れられるものではありません。

『漢時代の壺を投げ落とす』1995年 Dropping a Han Dynasty Urn, 1995 © Ai Weiwei Studio

―ゴッホに影響を受けたと明言し、「ポスト印象派」と名乗ることもありますよね。先日、英ナショナル・ギャラリーで環境アクティビストがゴッホの『ひまわり』にトマトスープを投げつけた事件についてはどうお考えですか。あなたの過去作には、古代中国の貴重な壺を割った『漢時代の壺を落とす』もありますが。

アクティビストの怒りは理解できます。環境破壊が世界中で進み、議論が巻き起こっていることも承知しています。しかし、危機のもとでは有効な行動が求められる。まずもって、芸術作品や文化的なものを破壊することはおすすめしません。ものを壊すことは近視眼的な見方(ヴィジョン)に根差していると思います。美術館の作品は公共の所有物でもあるわけです。怒りまかせに破壊するべきではありません。たしかに私は漢王朝時代の壺を割ったことはありますが、それはすべて自分の所有物でした。自分にだけコストがかかるため、作品のステートメントも明確になるわけです。芸術は常に表現の自由を守るものですが、他人の所有物は守らなくてはなりません。

ー2021年にはアマゾンの森林伐採に着想を得た巨大な鉄製の彫刻作品『ペキの木 Pequi Tree』も発表していますね。

人類に対する犯罪や未曾有の危機が発生したとき、芸術はそれに対抗する手段になりうると考えています。芸術は人間性を回復させ、人と人を結びつけ、そして我々が何者であるかを明らかにするツールです。おかしなイデオロギーのために自分の人生や生命を犠牲にする必要があるのかと問いかけ、人間の深いところにある感情を呼び起こすものなのです。芸術作品を破壊するよりも良いやり方があるはずです。つまり、詩やサウンド、映像などの手法を用いて、ありふれた感情(オーディナリィ・エモーション)に訴えかけるのです。

―香港に新設された美術館 M+(エムプラス)には、天安門広場に向かって中指を立てている『遠近法の研究』など、コレクションに所蔵されているにもかかわらず展示されない作品があるそうですね。

M+では政府の正当性に対して直接的に異議を投げかけていない作品のみ展示されている状況です。国家安全法が施行されて以来、香港の政治状況は様変わりしてしまいました。香港は中国が統治する都市のひとつになってしまったのです。中国にはおよそ14億人が暮らしていますが、みんな同じ声を発しており、異なる意見を主張できないでいる。強権的な政府が「ゼロ・コロナ」政策をとり、厳しい隔離体制のために、刑務所のような状況が続いています。どんな指示であろうと政府に従わなければならないのです。香港も同じような状況になってきていますね。

しかし、香港で終わりではありません。中国は台湾に対しても同じ体制を押し付けようとしています。台湾は長らく政治的に独立してきましたが、中国は「台湾統一」を目指してあらゆる手段を用いて、圧力をかけるでしょう。中国の現政権の考え方は、プーチンのウクライナに対する考え方と同じようなものです。このような古い考え方、大国としての栄光を求めるという発想はとても危険です。

ー2021年のインタビューで「芸術だけで世界を変えていくのは不可能です」と話されています。危機の時代における芸術家の役割とは何でしょうか?

芸術家は戦争を止めることはできません。過去を振り返ってもそうですし、現在も未来も同じでしょう。その意味において、芸術は無力と言えるかもしれません。しかし、自分たちの感情を獲得し、我々が何者であるかを権力に示すという点で芸術は力をもっています。それがもっとも重要なことです。政治家の個人的な野望や政府がもつ国家に対する間違った考えに異を唱え、我々の人生はすべからく有意義で美しいものだとメッセージを発していくことができる。そういう意味では、芸術家は強力な存在なのです。