「たくさん持ったまま死んでも意味がない」消費と欲望を問う現代美術家、トム・サックス インタビュー
tom sachs
interview & text: sogo hiraiwa
「スニーカーは彫刻だと思っている」。Zoom 越しにトム・サックスがそう答える。
エルメスの包装紙でマクドナルドのハンバーガーセットを再現した《Hermes Value Meal》、シャネルのロゴがあしらわれたギロチン台《Chanel Guillotine》、NASA をモチーフにした架空の宇宙船打ち上げ計画《Space Program: Mars》――サックスはこれまでも素材を切り貼りし、自らの手で寄せ集めることによって多様な彫刻作品やインスタレーションを制作してきた。この月並みな素材を讃え、それを用いて斬新な作品を生み出す行為を、彼自身は「オート・ブリコラージュ(高級な日曜大工)」と呼び表している。
「たくさん持ったまま死んでも意味がない」消費と欲望を問う現代美術家、トム・サックス インタビュー
Portraits
この“オート”がオート・クチュール由来であること、そしてブランドや企業のシグニチャーであるロゴを頻繁に作品に用いていることからは、彼のファッションブランドに対する関心の高さが伺える。もっと正確にいえば、ブランドとその背景にある消費主義に対するアンビバレンツな関心、になるだろうか。ファッションブランドの作品シリーズについて、以前サックスは「自分のなかにある矛盾を表現した作品」と表現している。ハイブランドの商品は欲望の対象であると同時に、持っていないことに不安を感じさせ、自分の自信を奪うものでもある、と――。
Tom Sachs (トム・サックス) は1966年にニューヨーク・シティで生まれた。幼少期をコネティカット州のウェストポートで過ごし、バーモント州のベニントン大学で学位を取得。英国の名門 AA スクールで建築を学び、卒業後はロサンゼルスにある Frank Gehry (フランク・ゲーリー) の家具店で2年間働いた。創作をはじめるきっかけは、ベニントン大学で付き合っていた恋人との失恋だった。別れて失意のうちに、彫刻家の先輩でもあった彼女から学んだ溶接の技術で彫刻作品に打ち込んだという。
本格的なアート活動をはじめたのは、1990年にニューヨークに拠点を移してから。エレベーターの修理工をして日銭を稼ぎながら、90年代半ばから個展を開催し、徐々にアーティストとしての知名度を高めていく。発泡スチロールやベニヤ板、接着剤や台所用品などを素材に用いて、現代のアイコン(そこにはブランドロゴ以外にハローキティや名作建築も含まれる)を DIY 的に再現する彫刻作品で有名なサックスだが、その根底には「そのものを創ることは、それを所有することの一形式なんだ」という彼独自の思想がある。
数多の現代美術家のなかでサックスをひときわ際立たせているのは、手触りが残る作品だけではない。スタジオでの集団制作と、そのなかで遵守されている厳格な規律こそ、彼をユニークな作家にしている所以だ。
たとえば、映像作品にもなっている「Ten Bullets (テン・ブレッツ)」は、サックス自身の制作チームがスタジオ内で遵守すべき行動原理や道徳観の10箇条である。内容は「時間厳守」や「整理整頓を徹底する」といった基礎的なルールから、「規律に従う:クリエイティビティは敵である」という創作論まで多岐にわたる。企業の研修教材を参考にしたというこのガイドラインは、30年間少しずつ改良されつづけている。ちなみに彼が最初に始めたルーティンは、早起きして50セントのコーヒーと50セントのポークバオ(豚肉を挟んだジャムドーナッツ)を買うことだったとか。
2019年には、相矛盾しつついずれも真理であるような規則をまとめた「Paradox Bullets (パラドックス・ブレッツ)」を短編映像として公開した。サックスはまた、日常生活のなかにも規律を持っていて、週に3回、腕立て伏せや懸垂を取り入れたエクササイズ「スペース・キャンプ」を行っている。みずからを律するためにアクティビティを習慣化させる姿は、ストイックなアスリートさながらだ。
そんなトム・サックスが Nike (ナイキ) とスニーカーの共同開発に乗り出したのは2007年。5年間にわたる Nike と当時の同社CEO、Mark Parker (マーク・パーカー) との意見交換を経て、2012年に「宇宙飛行士が火星に持って行くとしたら」というコンセプトの下デザインされた「NikeCraft Mars Yard (ナイキクラフト マーズ ヤード)」を発表した。その後「NikeCraft」というプロジェクト名で、彼らはテクノロジーと職人芸が融合する未知のシューズをもとめて、研究を進めていった。
その最新プロジェクトとなるのが、現在発売されている「ジェネラル・パーパス・シュー(GPS)」だ。どんなシチュエーションや用途にも対応できる汎用性の高い(ジェネラルな)このシューズは、「Mars Yard」からの学びを活かし、改善をほどこした、Tom Sachs と Nike の長年にわたる共同研究の賜物である。
GPS の新色のローンチを目の前に、ニューヨークにあるスタジオと Zoom をつなぎ、万能シューズの制作プロセスや現代のスニーカー文化について、トムに話をきいた。
―「ジェネラル・パーパス・シュー(GPS)」のコンセプトは、目的を特化させた「Mars Yard」と真反対です。両者のあいだには、どのようなつながりが、もしくは発想の違いがあるのでしょうか。
「NikeCraft Mars Yard」は、特定の用途向けの「全路面対応」シューズなんだ。NASA のジェット推進研究所の実験場であるマーズヤードの岩の多い路面で働く研究者たちをサポートするべく作ったものだからね。GPS も同じような価値観をもとにしたデザイン・アプローチをとっているけれど、今回は一般の人々に向けたプロダクト。毎日使えるジェネラルなシューズを作ろうと思ったんだ。ランニングシューズやバスケットボールシューズなど、さまざまな競技に特化した専用シューズはあるけれど、そうではなく一足で全部できるものを。「Mars Yard」を作ってわかったんだけど、世の中には1日中シューズを履いている人が大勢いる。だからこそ、街中で履けるのはもちろん、コンピュータで作業するときも、大工仕事をするときも、あるいは夜遊びに出かけるときも、どんなシチュエーションでも履ける、シンプルでどんな服にも合うシューズを作りたかったんだ。それは同時に機能性があって、ユニバーサルなものでもある。僕自身2、3ヶ月、毎日いろんなシチュエーションで履いたけど、どこにも合うことを実感したよ。目指したのは「less shoes do more」(少ないシューズでたくさんのことができるように)。Steve Jobs (スティーブ・ジョブズ) やアインシュタインが毎日同じ服を着ていた話は有名だけど、このシューズもそうやってユニフォームみたいに履いてもらえたら嬉しいね。
―「Mars Yard」と比べても、GPSは低価格です。「すべての人向けのシューズ」という理念がシューズデザイン以外にも徹底されているのを感じます。
すべての人に履いてほしいという考えは、サイズ展開にも宿ってる。箱には女性向けのサイズ表示が上段に記載されているんだ。これは画期的だよ。ほとんどの人が気づかないことだけど、一般向けとして販売されるシューズには女性のUSサイズ5-6.5(男性USサイズ3.5-5)がないんだ。「Mars Yard」もそうだった。それは今考えると、性差別的だったね。男性向けサイズが基準になっていると、そう書いてはなくとも、そのシューズが男物だというメッセージを与えてしまうし。だから、GPSでは女性USサイズ5-16.5(男性USサイズ3.5-15)で展開し、女性中心のサイズ表記にすることにした。男性が女性向けサイズから、自分のサイズを探す。本当に小さなことだけど、革命はそういう些細なところから生まれるものだと思う。
―2022年6月にGPSの第一弾が発売されましたが、即完売してスニーカーヘッズからは「⺠主主義的な価値を訴えていながら、誰も買うことができない一部の人向けのシューズを作っている」と声が上がっているようですが?
僕らができる最善の応答は、言葉よりも行動で示すこと。リストックは定期的に行なっていくし、そのタイミングも事前に発表するつもりだよ。コミュニティからはこうした透明性を歓迎する声も届いている。GPSは今後も続くこと、これから色々なカラーで進化していくことを多くの人に知ってもらいたいね。
―今回GPSの制作にあたって、試作は何回したのでしょうか。
そこは自慢したいところだね。というのもナイキ・ファミリーは私に対して、何度も何度もサンプルを試させてくれたんだ。Michael Jordan (マイケル・ジョーダン) よりも多く試作してるんじゃないかな。でもまだ改良の余地がある。僕たちはそれを「ベスト・プラクティス」(最善を尽くしたもの)と呼んでいる。仕事というものは常に完成しないものだからね。試行錯誤や間違いを大事にして、改良に活かしているんだ。このシューズは、僕と Nike との17年にわたる交流から生まれたもの。Nike のデザイン・コミュニティとどのように協力していくのが最適なのか、さまざまな学びがあった。10年前に Nike と交わした、パートナーシップにおいて均等な関係で行なっていく取り決めは今でも変わってない。GPSに関しても、Nike が大規模に価値を提供できるスーパーパワーを駆使しながら、僕のスタジオの職人的な規範は保持しているんだ。GPSは完璧なコラボレーションだと思う。Nike と僕のスタジオの価値が一致しているからね。これこそが「NikeCraft」というブランドだよ。透明性が高く、互いに率直でいられて、すばらしいものづくりができているんだ。
―あなたにとって、「NikeCraft」はどのような取り組みなのでしょうか。
最初は些細な思いつきだった。ある日、「NikeCraft」なるものを始めてみようと思い立ち、nikecraft.comのドメインを取得したんだ。そして、「Mars Yard」の箱のデザインを実際に作ってみた。サイトには、当時僕が抱いていた、アクティブな消費者であると同時に消費者主義に対する批評家でもあることの難しさを言語化したマニフェストを掲げてね。批評家になろうとしたら、そのなかに飛び込まないといけない。だけど、モノがすぐに捨てられてしまう消費主義には居心地の悪さを感じてもいた。美しいモノは生活を充実させてくれるものでもあるから厄介だよね。
―近年ではラグジュアリーブランドが高級スニーカーを発売し、スニーカーをコレクションする文化も定着しています。現在のスニーカー文化をどう見ていますか?
「Mars Yard」は大聖堂に捧げられる作品みたいなシューズで、スニーカーヘッズ好みになったけど、それは望んだことじゃなかったんだ。デザインしたシューズを飾ってもらうのはありがたいけど、それは罪だと思う。だってスニーカーだよ?たくさん持ったまま死んでも意味がない。それだったら、破産して死んだほうがマシだよ。僕はこのシューズを履いてほしい。だから作ったんだ。だから数もたくさん展開する。プレ値がついてしまっている現状もあるけど、それは意図していることじゃない。GPSは飾るんじゃなくて、壊れるまで履き潰してほしいよ。汚れたら綺麗にする。そういう、自分が大事だと思えるものを身につけてほしいんだ。
―広告ビジュアル「BORING.」では、履き古されたGPSの写真が大きくプリントされていました。「使用感」に価値を見出しているのでしょうか?
「ジェネラル・パーパス・シュー」は、コレクションとして集めるためではなく、実際に履いてもらうためのシューズだからね。仕事の痕跡が見えることは美しいと思うんだ。それは人生みたいなもの。履きこなすことで穴が空き、修理してはまたそれを履く。穴は努力の結果としてできるものだよ。シューズのすり傷や穴が、それを履いている人の道のりを語る。何をするかより、どう実現するのかが大切なんだ。