過去へ向き合う過程を作品に。ジュリア・チャンとスミレが描く記憶の正体
Julia Chiang × Sumire
photography: yuto kudo
interview & text: rei sakai
過去について振り返るとき、私たちはどのように思い出すのだろうか。確証のある事実に基づくこともあれば、感情や五感に基づいた感覚的なもの、あるいはもっと身体的で感覚的なものを思い出すこともあるだろう。Julia Chiang (ジュリア・チャン) と Sumire が制作をするときのインスピレーションと話す過去の記憶は、彼女たちにとってどのように捉えられ、作品に昇華されているのだろうか。現在、NANZUKA UNDERGROUND (ナンズカ アンダーグラウンド) で開催中の個展「Remember That Time When What」に展示された Julia Chiang の作品をきっかけに、過去の記憶との向き合い方について話を聞いた。
過去へ向き合う過程を作品に。ジュリア・チャンとスミレが描く記憶の正体
Portraits
―今回の個展のタイトル「Remember That Time When What」は、Julia さんの制作のプロセスや、制作のきっかけになるものを表しているものですか?
Julia: はい。今回の作品は、私たちが過去を思い出すための努力のようなものを描いています。私は過去を思い出すとき、自分の歴史を書き換えるような感覚を抱きます。記憶のいくつかは失われるし、実際にはとても小さかったことが大きくなることもある。そのように過去とともに多くのことを失うことがある一方で、他の何かを得ることもあれば、現実とはもはや無関係になることもある。過去の中で迷子になることは、ちょっとしたユーモアにもなり得ます。そのようなことが、今回の作品のインスピレーションになっています。
―過去の記憶の中でも、特にどのような瞬間を切り取っているのでしょうか。
Julia: 見知らぬ人、知っている人含め、“人”にとてもインスパイアされています。その中でも、人が交流するのを見ることが、私に最もアイデアを与えるものの一つです。人々の身体の動きや、集まり方、身体が触れ合う様子。私は常に人を観察しているのですが、人の動きは、体の内部の動きと似ていると感じるんです。そのような想像を現実と組み合わせることが、私の制作の着想源になっています。
―そのような視点で Julia さんの作品をみて、Sumire さんが感じることはありますか?
Sumire: モノでたとえると子どもの絵本のようなタッチの優しさがあるなと感じます。色やモチーフ、形で物語っているものがあって、それは過去の思い出を優しく表現している。これはお話を聞く前から感じていたので、Julia さんもそのように制作していることを知ることができて嬉しいです。
―絵にする際に、記憶を蘇らせながら描くことになると思うのですが、少し自分の理想に近づけたり、願いを込めることはありますか?描くという行為にどのように落とし込んでいるのか教えてください。
Julia: 少し不気味な話になるかもしれませんが(笑)、私たちの体の内部で何が起こっているのかを妄想して描いています。そして、私は自分の体の中で、実際よりももっと多くの人生が起きているのだと想像するのです。たとえば、私たちが人生で経験するさまざまな感情や心理的な感覚に対して、自分の体の内部がそれを真似しているんじゃないかと考えたり。だから、もしあなたが泣いているなら、あなたの体の内部も変化していると想像するし、もしあなたが怪我をしたら、細胞が決まったやり方で動くのではないかと想像したりします。お医者さんは、事実に基づいたことを教えてくれますが、私は科学が示すことよりも、自分なりにどんなふうに見えるかを想像したいのです。
―Sumire さんはご自身が絵を描くときに、見えないものを描いているような感覚はありますか?
Sumire: ありますね。旅行に行った時のこの匂いとか、この季節のこの匂いとか、そういう見えないものを絵にしたり、色にしたりしています。いまのお話を踏まえて Julia さんの絵を見ると、生命体がモチーフになっているように思うのですが、私も自分といえばこれというモチーフというか、パートナーのようなものを見つけたいです。
―過去を描く際、過去を変えることはありますか?
Julia: 時々、ものづくりをすることは過去を変える努力のようなものだと思うのです。作品を作ることで、過去から持ち続けていた”あるもの”が変容する。それは手放すということではなくて、何か別のものにする感じなのですが。
Sumire: 私は、過去の風景や匂いの一部をくり抜いて絵に落とし込んでいます。仮にその過去が悪いものだったとしても、悪いものこそ良いというか、無理して変えなくてもいまだからこう言えるというような、前向きな捉え方をしていますね。
―絵を描くことは、自分のにとってどのように欠かせないものでしょうか。
Julia: ものづくりは私の存在の一部です。むしろ、ものづくりをしない方法が分からない (笑)。たとえ自分の作品を発表する機会がなくても、制作し続けます。ただ座ってリラックスすることができなくて、常に何かをしているタイプの人間なのです。
Sumire: 絵を描くことは、相棒のような存在です。いまとなっては欠かせないものになりました。プライベートだと自己表現が苦手なので、自分で自分を理解するツールにもなっていますね。いまちょっと悲しい気持ちだからこういう色を使うんだなとか、いますごく楽しいから絵もすごいポップだなとか。
Julia: Sumire は役者のお仕事もしていますよね。役者というのは、自分の人生や存在を曝け出しているような気がするのですが、絵についてはどうですか?自分の絵を誰かに見せたいと思うのでしょうか。私は自分の絵を世に出すとき、自分のことを直接見られているわけではないのに、より裸になったような気持ちになるのだけど。
Sumire: 絵で自己表現をしているとはいっても、多分すべては出せていなくて。それがいい意味でも悪い意味でも、裸すぎないというか。自分にとって居心地がいいバランスで描いているので、特に抵抗は感じていません。
Julia: なるほどね。私は、個展の会場にいると、まるで服を脱いだところを見られているような気分になるの (笑)。偶然裸を見られることと、自らの意思で裸を見られることは、大きな違いがあるでしょう?自分の作品を多くの人が見ている場にいると、偶然捕まっちゃったような感覚になります。
―おふたりは、今後アーティストとしての目標はありますか?
Julia: 「私はこの世界で何をしているのだろう?」って、よく自問自答するんです。いまの社会に多くの問題があると、より一層自分のしていることが何の意味も、影響もないと感じてしまう。でも、もしみんなが運よく自分の情熱を追求できたら、自分の子どもに、あるいは友人や見知らぬ人に対して、何かを提供できると思うんです。私たちは、ただ自分自身をより良くしていかなければならない。そして、多くの人々がそうすることで、世界の中のいくつかの悪を取り除くことができるのだろうと思っています。少なくとも私にとっては、ただ親切で善良な人間でいるだけでも、何らかの変化を生むことができると自分に言い聞かせています。もっと大きなことを提供できるようなビジョンがあればいいのですが、私は自分のことをそのようなアーティストとは思っていなくて。その分、善良な活動をしている組織や人々と関わることで、自分が影響を及ぼす範囲を広げることができると考えています。1日で明らかに変わるわけではありませんが、時間をかけて、自分のコミュニティやその他のコミュニティを通じて、より良いものを築いていきたいと思っています。
Sumire: これが目標というものはありません。ですが、今年の4月からフリーランスになってすごく楽しく仕事をさせていただいている部分が大きいので、現状維持もありつつ、仕事で関わっている人や、いい人たちと出会って、お互いの良い部分を吸収しあってよりよりものを作れたらと思っています。