kiko kostadinov
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キコ コスタディノフの3人が語る"自己中心的"ブランド論

kiko kostadinov

photography: tatsumi okaguchi
interview & text: hiroaki nagahata

Portraits/

さる3月23日、ブルガリア出身のファッションデザイナーである Kiko Kostadinov (キコ・コスタディノフ) が東京に旗艦店をオープン。この国にはすでにブランドの強固なファンダムが存在することを証明するように、休日には多くの人たちが列をなした。

Kiko といえば ASICS (アシックス) とのコラボレーションが有名だが、元々はデザイナーがセントラル・セント・マーチンズ在籍時、Stussy (ステューシー) の服を脱構築したアイテムを発表したことでその名が知られるようになった。その「脱構築」というアプローチは、現在もなお彼らの中核をなしている。彼らは、ワークウェアやニット、テーラードジャケットなどの機能的なシルエットやパーツに対して、音楽のサンプリングのごとく個人的な解釈を加えていく。その存在は、彼自身がファンから神格化されているという点も含めて、Martin Margiela (マルタン・マルジェラ) や Raf Simons (ラフ・シモンズ) の系譜に連なるかもしれない。

キコ コスタディノフの3人が語る"自己中心的"ブランド論

さて、Kiko といえばアイテムひとつひとつの作り込みがよく話題にのぼるが、どのようにしてそれを実現させているのだろうか。そして、極端なマネーゲームのメカニズムにより画一化が進む業界で、なお異端なブランドであり続けられる所以とは。Kiko 本人と、ウィメンズコレクションを手がけるメルボルン出身の Laura Fanning (ローラ・ファニング) と Deanna Fanning (ディアナ・ファニング)に話を訊いた。

—Kiko Kostadinov は2017年にメンズコレクションデビューをはたし、翌2018年には新たに Deanna と Laura のおふたりを迎えてウィメンズラインを立ち上げました。メンズとウィメンズではそれぞれ独立したコンセプトがあるようにみえるのですが、お三方の間で、Kiko らしさとは何かを言語として共有することはありますか?

Kiko Kostadinov (以下、K):まずは、全体のコンセプトを3人で一緒に考えることはほとんどありません。作業も思考も分離しています。一方で、毎日同じ建物にいますし、同じ工場、同じサプライヤーと仕事をしているから、自然とクロスオーバーしているんだと思います。

Deanna Fanning (以下、D):シーズンごとにコンセプトは異なります。その中でもメンズとウィメンズで共通しているのは、時間軸を飛び越えて、過去のものも現在のものも同様に参考にする、ということかもしれません。

K:私たちはいつも同じようなものを参照しながら、他の何かと組み合わせることで、その出発点がデザインの上では分からないようにしています。

Deanna Fanning

—たしかに、ノスタルジックな雰囲気がありながら参照元が特定できない、というのは、Kiko の特徴を語る上で欠かせないポイントです。

D:最近では、参照元と変わらない見た目のデザインも多い。また、私自身も「このデザインはどこから来たのか?」と質問される機会が増えました。ただ、それを正確に伝えることは必ずしも私の仕事ではない気がします。もし私が誰かに、「ええっと、ムードは1940年代で、肩のラインは1980年代を引用していて」と説明したとする。しかし、それはあくまで今この時代に着るためのもの。つまり、リファレンスはリファレンスでしかなく、「それをいま着る」という発想が重要です。それが私にとっては新しさを生み出す方法論であり、デザインの軌跡のようなものだと捉えています。

—デザインのリファレンスはどのように集めてくるのですか?

K:日々、リサーチを欠かすことはありません。常に色々なことに耳を傾け、メモを取り、ネットで調べて、ものごとの傾向をみています。

D:読書と映画鑑賞も。

K:そうだね。現在進行形というだけでは表現できないくらい、ノンストップでインプットを続けています。

—では、Kiko のアイテムが今という時代にフィットするために、何が必要だと思われますか?

K:そもそも、僕らの服やシューズから新しさを感じとり、理解し、評価できる人たちのコミュニティが存在します。

—Kiko のファンダムは、どんなデザインに対しても能動的に理解し、自分のスタイルに取り入れていこうとしますよね。

K:嬉しいことに。でもコミュニティの外側では、デザインが受け入れられるまでに時間を要します。アイテムがお店に並んでから1年後に理解されるということも、十分起こりうる。ファッションや洋服を理解している業界人だけに向けていては、ブランドを成長させることはできません。いろんな人たちに興味を持ってもらいたい。にも関わらず、自分たちが幸せになるためにデザインをして、他の誰かがそれに共感してくれることを望んでいる、という矛盾があるんです。

—自分のためにデザインするということは、ご自身が日常で着たい服を作るということですか?

K:メンズウェアの場合は明らかにその要素がありますが、最初はランウェイでみせるキャラクターや、そこで表現したいストーリーを意識します。なので、まずはショーのため。次に私たちチームのため。そして3番目が、お客さんのため。やはり、Kiko Kostadinov は自己中心的なプロジェクトですね。

D:私たちは、モデルに作品を着せたり、それについて解釈することを楽しんでいる。いま彼が言ったようにすべてはイメージのためであって、人々が街でどう着るかについてはあまり考えません。その姿勢は、ヘアメイクにも表れているように思います。

—あのヘアメイクは素敵ですよね。ちょっとしたアイデアが良い。

D:どんなヘアメイクを選ぶかによって、これからどんな未来が訪れるのか、新しい時代性のようなものを表現することができるんじゃないかと。特に女性のイメージ構築においては重要なポイントです。

—ここで具体的なアイテムの話を。近年のコレクションでは、とくにテーラードのアイテムが印象に残っています。たとえば、2024SS のランウェイで2番目のルックに登場したウールギャバジンのテーラードジャケット。随所に差し込まれる短いダーツや二重になったラペル、隠しポケットなど、ディテールに心震えました。あれはどうやって思いついたんですか?

K:これはドローイングから始めたんですが、ブレザージャケットの構造の中でいかに遊ぶかを考えていました。いま言及してくれたダーツや、襟のサテンなど、遊びの部分こそがブランディングの肝だと思います。

—ウィメンズコレクションにも、シワ加工が施されたビスコースのコートがありましたよね。あの素材感は面白いなと思いました。

L:良いですよね。30種類くらいのビスコースをリサーチし、どんな経年変化をおこすのかを比較検討する中で、最終的に少し光沢のあってシワ感が出やすいものを選びました。目指したのは、最初に見た時に、今後どうやって育っていくのかが想像できるような服。たとえば、このドレスを誰かが着ているのを路上や何かの写真でみたとします。でも、そこからドレスは変化し続けているので、その見た目はつねに一回きりのもの。私たちはひとつのアイテムの中で時間性を表現したかったんです。

D:納品するときも、いったんギュっと圧縮して布袋に入れ、店頭で開けた時に程よいシワ感が生まれるようにしているんですよ。

L:またこのコートは、袖口からもう片方の袖口までジッパーがついています。ジッパーを閉めて普通に着てもいいし、開けたところから腕を出して着てもいい。脱構築、モジュール化の発想です。

—改めて、Kiko のアイテムは作り込みがすさまじい。そういえば、Kikoのチームではムードボードを作らないと聞いたことがあります。

K:そうですね、どちらかというとプロダクト主導型です。最初はじっくり時間をかけてリファレンスを集めてきますが、私たちはそれをムードボードとは呼ばない。これはテーラリングの話、これはジャンプスーツの話、あるいはこれはストライプの話といった具合に、アイテムやデザインごとに分けてものを考えているので。

—以前もご自身のことをプロダクトパーソンだと自称していましたよね。

K:そう、洋服が好きなんです。ムードボードを見ながら「これとこれとこれと……」みたいな感じで会話するよりも、実際に服に触れながら相談する方が自分には合っています。

D:私たちは2人でデザインしているので、視覚的な参考資料を元に話すことが多いかもしれません。ただ、それが従来のムードボードかというと、そうではないかも。

K:私たちの服作りは、「スケッチを工場に送ってサンプルがあがってくるのを待つ」という簡単なプロセスではありません。リサーチはあくまで出発点にすぎず、立体的なプロトタイプを作る過程を重要視しています。

—つまり、自分のところでいったん完成品に近い形まで仕上げる、ということでしょうか?

D:そうですね。Kiko のアトリエの中にはサンプル部屋が併設されており、デザイナーの多くはパターンメイキングも担当し、裁断と縫製まで行います。彼らは視覚的な人たちであると同時に、職人でもある。工場には、あらかじめ細部を作り込んだプロトタイプを渡します。その後、本番の生地で組まれた最終的なサンプルが返送されてくる、という流れですね。

K:余白を残した形で指示を出してしまうと、工場が普段よくやる方法にあわせてデザインを変更せざるをえなくなるので。

ー初志貫徹するための有効なやり方、というわけですね。では、ビジュアルに関してはどうですか?予想の斜め上をいく Kiko のファッションシュートは、マーケティングよりも個人的な美学やユーモアを感じさせます。

D:正直なディスカッションができるクリエイターを起用しています。その上で、作業に自由なスペースを残しておくことが重要なんです。

K:基本的に撮影などはクリエイターの意思に任せていますし、そういうやり方が向いている方にお願いするようにしています。

—そこはものづくりのアプローチとは少々異なるところ?

K:そうかもしれません。外部のコラボレーターと仕事をするときは、あまり指示を出したくはない。一緒に仕事をする相手を選ぶということは、その人のスタイルや仕事ぶりが本当に好きだから。つまり、その相手が得意なことをやってくれればいいし、その方が私たちもこのブランドを別の角度から見ることができる。根からクリエイティブな人に指示しすぎると、たいてい良くない結果に終わってしまうので。ただそれでも、クリエイターは私たちのことを大切にしてくれるし、最終的な決断を私たちに求めてくれる。そのオープンな態度にはいつも驚かされます。

D:ビジュアル作りは楽しいんですが、他にもやらなければいけないことが山ほどあるから(笑)。

K:そうだね。もしディレクションができるフォトグラファーなら、僕がどのアングルと光を使うべきか、参考資料を見せながら指示をする必要はないし、そもそもそんな失礼なことはしたくない。あとディスカッションする時には、せめて本人の作品を参照するようにしています。「別のあそこで君がやった仕事が好きだから、今回は別の文脈を持ち込んで撮影してみよう」みたいな感じで。

—自分もまわりのクリエイターと話していると、あがりのイメージとして別の人の作品を持ってこられるケースが少なくないようですね。普通に考えて良い気はしないと思うんですが。

K:そうですよ。僕のようなデザイナーだったら、別のブランドのジャケットを見せて、「このジャケットと似たようなものを作ってくれ」と言われるようなもの。だったら私たちがそこにいる意味がない。フォトグラファーやアーティストも同じなんです。

—ウィメンズコレクション5周年の際には、これまでのファッションシュートを集めたビジュアルブック『BODICE by Kiko Kostadinov』を発表しました。本の形でご自身のアーカイブを残すことに意識的なんですか?

K:そうです。パリで初めてウィメンズのショーを開催した時には、とにかくプロセスが長く感じられて、ストレスがたまりました。ただ、振り返ってみると、Eric N. Mack (エリック・N・マック、アーティスト) や Haley Wollens (ヘイリー・ウォレンズ、編集者/スタイリスト) と一緒に作ったこの本は、ある種の作品になっていると思います。

—あの本では、赤いハイヒールが大きく映った見開きの写真が記憶に残っています。そこにはたしかにファッションの魔法がある。キコの服は、日常を別のレイヤーに持ち上げてくれるものだと思います。

K:ありがとう。

—ここでひとつ、ちょっと壮大な質問をさせてください。実は昨日、私は友人と夕食を食べていたんですが、そこでファッションの楽観主義に共感できなくなってきた、という話になりました。こんな大変な時期に、ファッションで現実逃避するのも難しいんじゃないかと。一方で、自分がファッションによっていまだ救われているのも事実です。みなさんは、今日におけるファッションの役割が、過去のそれとは変化したと思われますか?

K:今は現実とファンタジーが以前ほど分離しておらず、融合し始めている。自分がファッションの中にいないと思っていても、その世界に取り込まれてしまっている。でも、どうでしょう……私たちのことに限っていえば、自分たちのやっていることに集中し、それが人々の心に響くことを願っている、としか言いようがありません。そもそも、このブランドのことをどれだけの人が知っているのかさえ分からないし。

D:私たちの場合は、そもそもファッションの概念すら存在しない国から来たような気がしていて……。

—おふたりはオーストラリアのメルボルン出身ですよね?

D:そうです。これはある有名なクリエイティブ・ディレクターに会った時の話なんですが、彼女は Kiko のことを知らなかったんですね。そこで私は「ああ、ぜんぜん構わないわ」という感じで、彼女に自分たちがやっていることを説明しました。すると彼女は、「あら、あなたのご両親はとても誇りに思っているでしょうね 」と言ったんです。でも実際のところ、私の両親は私が何をしているのか理解していない。

—私の地元もファッショナブルではないので、分かります(笑)。

D:服作りのプロセス、短期間でブランドが成し遂げたこと、あるいはパリコレクションの意味もまったく。もちろん、なにか報告すると喜んではくれるんですが、仮に私がまったく別の仕事をしていたとしても私がそれを楽しんでいれば同じように喜んだはず。つまり、フランスにおけるファッションと、オーストラリアにおけるファッションはまったくの別物なんです。

—ファッションの意味合いが人や国によってまったく異なるというのは、重要な視点ですが、時々忘れそうにもなります。では今後、ご自身の地元のようにファッションが定着していないエリアでも Kiko の名前を広めたいと思いますか? 事業をさらに大きくスケールさせることは視野に入っている?

K:ちょうど東京にお店をオープンしたばかりですが、ここから100店舗、200店舗に増やす、そういうアメリカ的な考えは持っていません。ただ、この先10年はブランドを存続させたい。「ファッションデザイナーが絶頂期を迎えるには15年はかかる」というと、古臭く聞こえるかもしれませんが、私はそう素直にそう思っています。

—絶頂期を迎える、というのは、ご自身にとっての最高傑作を生み出すという意味合いでしょうか?

K:それだけではないと思います。以前から良い作品を作っていたとしても、それが世の中の流れにもフィットしなければ評価は得られませんし、それにはブランド自体が認知されている必要がある。Martin Margiela のように、何年もの間、良いコレクションを世に送り続けることで、ようやくその地点に達することができるんだと思います。つまり、この7年間にやったことが、自分たちにとって最高の仕事ではない。そういうと悲しく聞こえるかもしれませんが。

D:自分がデザインしたものが小売店に並んでいるのを見ると、「いいね。でも、ここだけはこうした方がよかった」みたいな感じで、学びを得ることができるんですよね。だって、独自の世界を構築し、発展させるのに時間がかかるのは普通のこと。最近の人たちは、もし何かひとつのことが成功したら、3年後にはその事業が何百万ドルの規模になると思い込んでいますが、それは非現実的です。

K:たぶん、すべてがデジタルで、時間と場所を問わずアクセスしやすいから、そう考えてしまうんだと思う。お店に行って、試着室でセルフィーを撮ったら、「着た姿を写真におさめたから買わなくても良い」といった具合に。それが今のファッションです。即座に反応したら、終わり。はい、次。

D:今は、5年前の服をヴィンテージのように捉える人もいたりして、確かに面白い状況ではある。でもそれだと、より良いデザインをしようとか、より誠実なデザインをしようとか、そういう気持ちになりにくい。物事の流れが速すぎて、「作品を寝かせておく」ということができない。

—今の回答で、ブランドとしてのスタンスが明確に理解できました。最後に、それぞれ個人的に敬愛するクリエイターやアーティストがいれば教えてもらえますか?

K:学生時代から映画監督の David Cronenberg (デヴィッド・クローネンバーグ)に興味がありました。彼のやり方はどこか直接的で、クール。ファッションデザイナーに関しては、正直なところあまりよく知らないんです。

D:個人的に強調しておきたいことがあります。いま、女性のためのデザインの必要性を痛感しているところなんです。というのも、一女性としてチームを指揮していると、男性と女性で話し方がガラッと変わる50代男性のサプライヤーに会うなんてことはザラにあって……。

L:うん、まさに、それはちゃんと考えなきゃいけないこと。

D:いつも Kiko がやっていることを観察しながらも、自分たちがその通りにやれないことを痛感している。だからここで名前を挙げたいのは、川久保玲や Miuccia Prada (ミウッチャ・プラダ) のような洗練されたインディペンデントな女性デザイナー。不満をアピールすることなく、どうやって不満を伝えるのか。女性だけが絶妙なバランス感覚を求められる中、彼女がどうやって偉業を成し遂げてきたのか。今はそれにもっとも興味があります。