simone rocha
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過去と未来を繋ぐ、シモーン・ロシャのダイアローグ

simone rocha

photography: kaho okazaki
interview & text: mami chino

Portraits/

2024年1月、Jean Paul Gaultier (ジャンポール・ゴルチエ) のオートクチュールコレクションを手がけたことで、世界中から一層の注目を集めている Simone Rocha (シモーン・ロシャ)。

「a fil rouge=赤い糸」で結ばれたと表現する彼女のオートクチュールコレクションは、自身のアイデンティティと Jean Paul Gaultier のアイデンティティを顧みる壮大な旅となった。女性ならではの裸の美しさを追求すると決めた Simone は、Gaultier のコーンブラやコルセットなどを用いてフェティッシュな印象を作るのと同時に、ブラの胸先をきゅっと跳ね上げさせたバラの棘のようなディテールや、カーヴィーなお尻を強調させたパッド入りのショーツなど、随所で新しいシルエットも提案し、Simone らしいユーモアを覗かせていた。度々現れるアイボリーを基調としたドレスはデビューコレクションをも彷彿とさせる。一貫したストーリー性、強いオリジナリティを持つ彼女は、どうやってその境地にたどり着いたのだろうか。

2024年4月、台湾にできた路面店のオープニングを見届けた Simone 本人が、その足で家族とともに日本に遊びに来ることになり、急遽実現したインタビュー。デビューから現在までを見つめ直し、新年早々に大仕事を終えた彼女にいま想うことを聞く。

過去と未来を繋ぐ、シモーン・ロシャのダイアローグ

—2010年から Simone Rocha がスタートして早14年。ここまでの活動を振り返り、ご自身にとってのハイライトがどこになるかを教えていただけますか?

いくつか思い出される出来事がありますね。まず過去としてハイライトしたいのは、元々発電所だったテート・モダンのタービンホールでランウェイを披露したこと。Anne Boleyn (アン・ブーリン、英国王ヘンリー8世の2番目の妻) がインスピレーション源のコレクションでした。そして現在のといえば……!もちろんJean Paul Gaultier のオートクチュールコレクション。きっとみんなが知りたいことでもありますよね(笑)。

—そうですね(笑)。でもせっかくなので、もう少し順を追わせてください。

ノープロブレムよ。

—お父様がファッションデザイナーということもあり、幼少期から自然とファッションには触れていましたよね。その頃からファッションデザイナーになろうと思っていたのでしょうか?

それがそうでもなかったんです。確かに、小さい頃から父のスタジオへ遊びに行っては、彼の仕事を手伝っていたけど、その時は自分がファッションデザイナーになるとは考えてもいなくて。むしろ別の表現方法を探りたかったから、ダブリンにあるアート&デザイン国立大学へ進学しました。そこで絵画や彫刻などいろんな技法を学んでいくなかで、結局テキスタイルが自分の表現とフィットしているってことに気がついたんです。それからファッションの道に進もうと決めたのが18か19歳の頃でした。

—カラー、質感、シルエット、モチーフどれをとっても Simone Rocha のアイコニックな要素は確立されています。それらはどういうプロセスで形になっていったのでしょうか?

アイコニックなものって作ろうとするとできないものなんです。オーガニックな流れで自然と形になるものなので。例えば、私のブランドでもっとも印象的なパールは、海から生まれたナチュラルなものであり、ほとんどのご年配の女性が所有している実用性のあるものなんだと気がつくところから始まりました。それからパールのアイテム制作に取り組むことができたんです。素材感やシルエットについても同様で、私がいつもボリューミーなフォルムに魅了されていたから、それを作り出すファブリックをいくつかピックアップしていくうちに、いつしか固定されていったんです。タフタとかヘビーシルク、チュールといった素材は、こういう訳でいつの間にかブランドのシグネチャーになりました。 彫刻家の Louise Bourgeois (ルイーズ・ブルジョワ) が大好きで、彼女の作品をガーメントで表現したこともありましたよ。

—Fashion East (ファッション・イースト、ロンドン ファッション ウィークの若手デザイナー支援プログラム) に招聘されて披露したデビューコレクションで何か印象的だったことは?

確かその年にセントラル・セント・マーチンズのファッション修士号を取得して卒業したところだったので、自分の小さかったコレクションをもっと拡張させたい気持ちが強かったことを覚えています。あの日はものすごくいい天気で、ウォータールー駅のホームでショーを行いました。

—会場を選んだ理由は?

私が選んだわけじゃないんです。Fashion East のディレクター、Lulu Kennedy (ルル・ケネディ) が選定した場所で、彼女から「ここが会場になるんだけどどう?」って聞かれた際に、(あまり覚えていないけれど私は)だんまりしちゃったみたいで(笑)。きっと気に入ってはいたから、すでにどういうショーにするのかを考えていて、頭の中がそのことでいっぱいだったようです。とにかく、あのとても美しい快晴の日にデビューコレクションを披露できたことを誇りに思っています。

—その時に得たリアクションのなかでいまでも覚えているものはありますか?

友達からは素晴らしかったって言ってもらえましたね。でも、友達ならみんなそう言うはず(笑)。あとは、私の師匠でもあるセントラル・セント・マーチンズの教授 Louise Wilson (ルイーズ・ウィルソン) も見に来てくれました。彼女の元から独立してすぐに発表したコレクションだったから、とてもメモリアルな出来事でした。いまでも彼女の指示を仰ぎたくなるくらい、私にとっては尊敬して止まない人。

—そして本題です。Jean Paul Gaultier のオートクチュールを手がけて、早2ヶ月が経ちますが率直な感想としてどうでした?

信じられない経験をしたと思っています。夢みたいなことでもあり、素敵なプレゼントをもらった気分。彼のアトリエに招待されて、これまでの Gaultier のクリエイションを目にして、手で触れて、彼が築き上げた歴史とデザイン言語を感じました。そこでコレクションを制作できたことはまさに文字通りの“自由”。本当に望めばなんでも形にできたので。それだけメゾンのアトリエは素晴らしいものだと実感しました。

—ご本人のチェックはどれくらいありましたか?

ほぼノーチェック!初めてお会いした時に2人でランチをして、その時に彼からはっきりと「何もチェックしたくないからよろしくね」と言われたんです。バックステージにも来ないし、フィッティングにも来ない。何の指定もなく、完全に任せっきりの状態でした。だからこそショーで彼を驚かすことができました。

—そもそものきっかけは?

知人を通して電話があり、急遽パリで彼と会うことになってランチをしたことで。そこでしばらくディスカッションをして、やろうって。

—制作時にお互いのブランドのアイデンティティをどう見つめ直しましたか?

まず、毎週木曜日に彼のアトリエにあるアーカイブを隅から隅までチェックして、実験的にいろんな着方を試してみました。逆から着てみたり、新しい組み合わせを試してみたり。それを繰り返していくなかで、次第に私のアーカイブも加えてみて……。彼のピースと私のピースを合わせていくその行為がまるで対話をしているようで、それを繰り返していくうちにコレクションとして形になっていきました。

—コマーシャルな面においても、ロンドン、NY、中国、そして直近では台湾にも直営店を構え、Dover Street Market Ginza (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) をはじめとする世界中のセレクトショップに取り扱われるなど大きな成功をおさめています。セカンドラインを持たず、Simone Rocha として発表したコレクションをビジネスとして広げる際、クリエイションで意識していることはありますか?

自分の店を持ったからにはビジネスのこともしっかり考えないと(笑)。ランウェイはどんなストーリーを伝えたいかにフォーカスしているけど、それは表現としてはかなりエクストリームなものになってしまいます。それをショップでも日常着でも体感してもらうために、違った表現方法に変換して落とし込むように心がけていますね。例えば、ランウェイで披露したコレクションピースから、シーズンのハイライトになるルックをシグネチャーにする。そうすると、そのシーズンで商品にすべきアイテムが浮かび上がってくるから、それをデザインチームと話し合って、みんなが手に取りやすいアイテムへと生まれ変わらせています。

—コレクションピースを日常着に落とし込む上で大切にしていることは?

日常着にすることは大味にするという意味ではなくて、コレクションで表現したいエモーションを理解してもらうため。その接点を増やそうとすることが重要だと思っています。だからこそ、多くの人に届けることだけにフォーカスするのではなく、例えば数点しか作れない手作りのドレスも発売します。私もみんなと同じようにその商品に触れて、エモーションを感じ取りたいから、その視点はいちばん大切にしています。そうすれば手に取った人にも伝わるはずなので。

—数多くの大手企業とのコラボレーション、メンズコレクション始動、そしてメゾンのコレクションを手がけるなど一歩ずつ着実に登り詰めていますが、今後やってみたいことはありますか?

たくさんありますし、今後もいろんな発表を控えています。まず今年は2シーズンにわたって Crocs (クロックス) とコラボレーションする予定なのと、モノグラフの写真集を9月にお披露目します。その写真集はデビューしてから10年ちょっとの歴史を詰め込んだもので、制作過程を追ったドキュメンタリー、私に大きな影響を与えた作家やミュージシャンたちとの対談など様々なコンテンツが収録されています。あっという間に10年以上も経ったなんて、私がいちばん信じられません……!