Stefano Gallici
Stefano Gallici

新生アン ドゥムルメステール、ステファノ・ガリーチが描くストーリー

Stefano Gallici

photography: Daehyun Im
interview & text: Shunsuke Okabe

Portraits/

まだ冬の気配が残る3月上旬の東京。Stefano Gallici (ステファノ・ガリーチ) は、艶やかなブラックレザーのコートに身を包んで現れた。4日前にパリで最新の2025-26年秋冬コレクションを発表したばかりのその人は、至ってリラックスした様子でインタビューに応じた。

「洋服をデザインすること、そしてそれを通して自分ならではのストーリーを紡ぐのが何よりも好きなんです」。長い睫毛に縁取られた目を輝かせながらそう語る様子からは、確かに29歳という年齢の若さを感じられるが、それと同時にどこか老成したようなレイドバックな雰囲気も漂わせる。Stefano Gallici は1996年イタリア生まれ。ベネチア建築大学でファッションデザインを学んだのち、ベルギーに移り Haider Ackermann (ハイダー・アッカーマン) のアシスタントとしてキャリアをスタートした。2019年にはミラノのセレクトショップ「Antonioli (アントニオーリ)」に移り、インハウスのデザイナーとして経験を積み、翌年 Ann Demeulemeester (アン ドゥムルメステール) がグループ傘下に収まったことをきっかけにメンズウェアデザイナーとして同ブランドに参画、2023年6月にクリエイティブ・ディレクターに任命された。ここまでは Chatgpt に聞けばすぐに出てくる情報だ。この若きクリエイティブ・ディレクターがどんな人物なのか、そして彼による新生 Ann Demeulemeester はどこへ向かうのか、彼の肉声とともに掘り下げてみよう。

新生アン ドゥムルメステール、ステファノ・ガリーチが描くストーリー

— 今日東京に着いたばかりだと聞きました。

パリでのショーを終え、ミラノに戻って詰め替え、その足で日本行きのフライトに乗り、ほんの数時間前に到着しました。

— 疲れていませんか?

あまり疲れてないですね、とにかく日本に来られるのが楽しみでワクワクしていたので。今回は伊勢丹新宿店でのイベントのために来たんですが、一日だけオフの日を作っているので、レコードショップやヴィンテージショップを巡って、リサーチやインスピレーションを得るために時間を使いたいですね。

— 今回の秋冬コレクションは、無骨なレザーや肉厚なウールと、レースやオーガンザといった軽やかな素材の対比が印象的でした。コレクションはどのようなプロセスを通じて制作されるのでしょう?

デビューシーズンにあたる2024年春夏コレクションから、毎シーズン旅をテーマとしてコレクションを制作しています。比喩ではなく、実際に世界中のさまざまな土地に足を伸ばし、そこで得たインスピレーションをコレクションに落とし込んでいる。今回はアメリカの西海岸に強く影響を受けました。ロサンゼルスに以前住んでいて、フリーマーケットやヴィンテージスタイルに傾倒していた当時を思い出しながら、1960〜70年代の西海岸のリックカルチャーや音楽性を表現しました。バイカーやデニム愛好家など、特定のカルチャーの中で装いが制服化されるのが好きなんです。同じものを長く着続けて、ボロボロになった制服。そこに凝縮された人間性や哲学を表現したかったんです。

 

— 終盤で登場したスクエアシルエットのテーラリングも新鮮でしたね。

テーラリングのシルエットは、高名なアーティストの Georgia O’Keeff (ジョージア・オキーフ) のワードローブをインスピレーションにしました。彼女はアメリカの近代美術史において最も重要な芸術家であると同時に、類稀なるファッションセンスで今なお知られる永遠のミューズです。彼女のワードローブをヒントに、シルエット作りやスタイリング組み立てました。

— 今回のコレクション発表に際して、あなたの Instagram の個人アカウントに投稿されていた詩も印象的でした。「No bird soars too high if he soars with his own wings (自分の翼がで飛ぶのであれば、高く飛びすぎるということはない)」というものです。

William Blake (ウィリアム・ブレイク) の『天国と地獄の結婚』の作中で登場する、「格言の書」という章から引用したものです。昔からこの本が大好きなのですが、特にこのフレーズは今のチームのためのメッセージとして度々使うんです。Ann Demeulemeester というカルト的な人気を誇るブランドを26歳で引き継ぐということ、そしてパリで毎シーズンコレクションを発表するというのは、想像を超えたプレッシャーでした。「若いから長い目で見守ろう」なんて妥協の余地もなく、クリエイション一点のみでシビアにジャッジされる、間違いなく世界で最も厳しい舞台です。私がクリエイティブ・ディレクターとしてその舞台に立てているのは、間違いなく素晴らしいチームのおかげですね。

— デザインチームの中でも、あなたが最年少だと聞きました。自分より年上で、より経験のある人たちとともに働く上で、自身のクリエイションに集中するために心がけていることはありますか?

確かに、年齢が若いということは、かならずしも良いことばかりではありません。特にヒエラルキーが確立されたヨーロッパ、特にパリのファッションシーンにおいては、必要以上に肩肘を張らなければいけない場面もある。チームの信頼を得るために心がけているのは、とにかく毎日スタジオにいるということ。中には週に数回しかスタジオに顔を出さないクリエイティブ・ディレクターもいるようですが、私は愚直にクリエイションに向き合い、チームと積極的にコミュニケーションを取りながら、密に働くのが好きです。もちろんプレッシャーはありますが、半年に一度コレクション発表の機会があるということは、常に6ヶ月前の自分を超えるために挑戦し続けられるということ。前シーズンよりもさらに良いものを見せる機会が与えられるというのは、この仕事の一番魅力的なところかもしれません。

— コレクション制作のプロセスで最も好きな時間はありますか。

全ての瞬間が好きです。つくづく洋服をデザインすることが好きなんです。ファッション業界というと、華やかで賑やかしいイメージがあるかもしれませんが、私はSNSにも消極的で、パーティーも基本的には苦手。でも、美しい洋服を作るのが何よりも好きなんです。私にとって Ann Demeulemeester は、夢を見る人たちのブランド。商業的な服づくりをするのではなく、まるで作家がエッセイや小説、詩を書くように、もしくはアーティストが絵を描くように、観客に向けてロマンティックなストーリーを語りかけるようにコレクションを作るのが好きです。ある意味、私は今でも小さな町の小さな寝室で夢を見ていた子供のままなのかもしれません。

— 洋服を作る以外で好きなもの、趣味などはありますか?

ファッション以外では音楽が一番の趣味ですね。父がレコードのコレクターだったので、幼い頃からさまざまな時代の音楽を聴きました。私が生まれ育ったのは、イタリア北東部にあるテオールという人口1000人ほどの小さな村で、遊ぶにしても選択肢ほとんどなかった。でもだからこそ、たくさん夢を見ることを学ぶんです。音楽を聴きながら、スケッチやデザインをするのが昔から好きでしたね。あとはギターも好きで、今でもよく空いた時間に弾いています。

— 素敵ですね。アコースティックですか?エレキですか?

両方弾きますが、エレキの方が好きですね。音楽は、私が自分を表現するための最初のメディアだったと言えます。音楽を聴きながら、レコードのジャケットを眺めていると、頭の中にイメージが湧いてくるんです。子供の頃は歌詞を書いたり、作曲にも挑戦しましたが、結果スケッチをするという作業が一番自分に合っていた。今でもファッションと音楽は、自分の中で2つの道が交差するように互いに影響を与え続けています。

— 音楽からファッションに関心が移ったタイミングはあったんでしょうか?

記憶にある限りで最初のファッションモーメントが、まさに Ann Demeulemeester のショーを映像で見た時です。当時 Jamie Del Moon (ジェイミー・デル・ムーン) というモデルが歩いていたのを鮮明に覚えています。彼はNY出身の作家でもあり、フィッティングモデルとしても Ann Demeulemeester と長きにわたり親交があった人物です。彼のアティテュードには、今でも強く影響を受けています。容姿だけでなく、彼のランウェイの歩き方、私服の着こなし、彼が作った音楽。残念ながら数年前にこの世を去ってしまったのですが、彼は私にとって本質的にファッションを象徴していた人物です。本質的であること。それは、まさに私が新生 Ann Demeulemeester を通して強く打ち出したいと思っていることです。

— 新生 Ann Demeulemeester のビジョンについて教えていただけますか。

スタイルという意味では、ブランドの DNA として打ち出したいのはエフォートレスであること。エフォートレスで、シックで、セクシーであること。それがレザージャケットであれ、シフォンのドレスであれ、気取りすぎず、着る人の個性が際立つような服作りをしたい。Ann Demeulemeester のテーラリングを研究していると気づくのが、彼女の服作りは、常に「こうあるべき」というルールから逸脱しているということ。例えばイタリアの伝統的なテーラリングの世界では、コーヒーを飲む動作を想定して、それ以上腕が上がらないように仕立てるのは良いといった謎のルールがある。そういった堅苦しいルールを打ち破ってきたのが Ann Demeulemeester だと私は考えています。だからこそ、既存のルールに常に疑問を持ち、より良い日常的なユニフォームをデザインしていきたい。

加えて、ファッションだけでなく、ミュージシャンや映画関係者、そしてありとあらゆる形でアートに携わるクリエイターたちが、自分たちの居場所だと感じてもらえるようなブランドにしていきたい。次から次へと新しいコレクションが発表され、次の瞬間には忘れ去られていく。そんな現代のファッション業界において、クリエイターが安心していられるプレイグラウンドのような場所として、ブランドを育てていきたいです。