Keren Detton
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一体、調和、抵抗。現代美術を伝承する仏「FRAC Grand Large」ディレクター、ケレン・デトンが「体を成す」展について語る

Keren Detton

photography: takashi homma
interview & text: mami hidaka

Portraits/

銀座メゾンエルメス ル・フォーラムで開催中の「体を成す からだをなす ― FRAC Grand Large収蔵作品セレクション展」は、ダンケルク(フランス)にあるフランスの現代美術地域コレクション「FRAC Grand Large (フラック・グラン・ラルジュ)」から、13名の作家による多様な作品を精選したものである。

本展の中心を貫くのは「社会的身体」への問いだ。空間や制度、歴史や他者との関係のなかで、身体はいかに意味を獲得し、変容していくのか? 時代やメディア、文化的背景の異なる表現を通じて、身体をめぐる感覚や想像を呼び起こす展覧会となっている。コレクションの理念や、エルメス財団との対話から展覧会がどのように形づくられていったのか。展覧会の背景と構想を、FRAC Grand Large のディレクター、Keren Detton (ケレン・デトン) の言葉から繙く。

一体、調和、抵抗。現代美術を伝承する仏「FRAC Grand Large」ディレクター、ケレン・デトンが「体を成す」展について語る

Installation view of the exhibition “Fair Corps,” 2025 © Nacása & Partners Inc./ Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

—展覧会タイトル《Faire Corps(体を成す)》には、どのような意味を込めたのでしょうか?

“Faire”は、フランス語でアクションを起こすという意味の動詞、“Corps”は身体。“Faire Corps”は「一体となる」「調和する」、時には「一体となって何かに抵抗する」という文脈で使われることもあります。社会との関わりの中で、個人の身体はどのような意味を与えられていくのか? アートを通して皆が一つになり、社会に身体をひらいていくようなイメージで、世界や他者との結びつきの中で得る身体感覚、空間と身体の関係性について考えを巡らせる展覧会となっています。

Installation view of the exhibition “Fair Corps,” 2025 © Nacása & Partners Inc./ Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

—FRAC Grand Large は、国境を越えたネットワーク、地域との共存を重視していますね。活動意義やコレクションの特徴を教えてください。

FRAC は、地域に現代美術を伝承していくために1980年代初頭に始まった公共コレクションです。美術館やアートセンターと連携し、国境を越えたアートネットワークを構築してきたほか、これらを地域内の共有資産として学校や病院と展覧会などを行うなど、地域のハブとなる活動も推進しています。主に現代美術の転換期である1960〜1970年代のアーティストの作品のコレクションを始めました。この時代には、鉄、廃材、布切れといった質素な素材や自然物を未加工のまま提示するアルテ・ポーヴェラやミニマリズム、パフォーマンスなどの芸術運動が生まれたほか、個人的な物語性を重視した作品も増えるなど、多様な前衛的な動きがありました。FRAC は、絵画、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンスなど異なる性質の作品を少しずつ集め、メディア横断型の基盤を作り、あらゆる現代美術の伝承や系譜を築いています。アートにとどまらず、デザインも重要な位置を占めているのも特徴です。若手アーティストによる新しい形態の作品発掘にも意欲があります。

—今回の展示における選定基準やキュレーションの方針はどのようなものがありますか?

今回はエルメス財団と対話を重ね、男女のバランスや多様性に配慮しながら、社会の中に潜むヒエラルキーやジェンダーといった今日的な問題が映し出されている多彩な作品を厳選しました。FRAC の多様な技法や素材への関心の高さは、エルメス財団がアーティストの創作活動を支える姿勢と深く通じています。FRAC の基盤を築いた1960〜70年代の作家から、現代の若手作家までを含み、幅広い時代と表現を横断する構成となっています。加えて、デザイン分野からも Pauline Esparon (ポーリーヌ・エスパロン) や Bruno Munari (ブルーノ・ムナーリ) の作品を取り上げ、多様な表現メディアを通して社会的身体の諸相を探る試みです。

Installation view of the exhibition “Fair Corps,” 2025 © Nacása & Partners Inc./ Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès

—国や世代、メディアを横断するようなラインナップとなっていますが、展示作品の中で、特に「社会的身体」を象徴する作品を挙げるとすればどれになりますでしょうか?

André Cadere (アンドレ・カデレ) の代表作の一つ《Round wooden bar(丸い木の棒)》(1970–78)は、招待されていない展覧会のオープニングや公共空間に持ち込むアクションを起こすというもの。絵の具で塗られた棒を持ち歩き、時には無許可でギャラリーに置き、再び持ち帰るなど、規制の芸術空間や制度に対する批判的なパフォーマンスです。Helen Chadwick (ヘレン・チャドウィック) の写真作品も、自身の身体で家電を模して、女性の身体を物として扱うことを明快に批判した代表的なフェミニズムアートの一つです。また Jessica Diamond (ジェシカ・ダイアモンド) は、作品を一人の作家だけが生み出すという前提や、その背後にある作家の権力構造に疑問を投げかけてきました。代表作の一つである草間彌生をオマージュした壁画も、ダイヤモンドのプロコトルを元に、エルメス財団のチームが描いた作品を今回展示しており、まさに“Faire Corps”を象徴する作品だと言えます。笹原晃平による大規模インスタレーションも、公共施設や店に忘れられた傘を彼が書いた指示書をもとに他者が設置するというプロセスを踏んでいます。市民の参加を促進し、現代美術を発展させようとする社会的かつ実践的な作品です。メタボリズムへのオマージュでもあり、作家の権威主義を批判する作品でもあり……。そして色や柄もさまざまな傘が、社会は多くの個性の集合体であることを象徴しています。

—本展は、国・言語・身体・技術など、様々な境界を問いかける試みだと思いますが、日々あらゆる境界が流動化したり、その流動化に逆らったりする動きもある中、アートができることは何だとお考えですか?

私は、アートとは人々を結びつけるもの、一つにまとめてくれるものだと思っています。アートでは、暴力や紛争を直接的には止められませんが、アートがある場所は、内省する空間であり、避難所となる空間であり、抵抗としての議論や詩が生まれる空間です。美しく議論と摩擦を起こし、私たちを良き方向へ導いてくれるコンパスのようなものです。FRAC Grand Large は、地域のアーティストのサポートを継続しながら、国際的にひらかれた豊かなコレクションであるために「アートやデザインと社会の関係」「可動性・流動性」を重要視しています。今回の来日や本展をきっかけに日本の素敵なアーティストとたくさん出会えたら嬉しいですし、さまざまな文化的背景を持つ作品をさらに迎えていきたいです。