今だから演じられる役があり、そこに立つことで見える風景がある。北川景子、22年目の現在地
keiko kitagawa
photography: ura masashi
interview & text: mayu sakazaki
hair & make up: sakura
styling: narumi oki
北川景子が『美少女戦士セーラームーン』でデビューして22年が経った。その凜とした姿は変わらなくとも、俳優として活躍しながら結婚・出産を経験し、二児の母となった彼女が演じる役は確実に変化している。「仕事ができる紅一点で、綺麗で完ぺきで……20代の頃は、そういう役をずっとやり続けていくのかなという不安があった」。そう話す彼女も、30歳を過ぎ、親になったことで、演じられるキャラクターが広がってきたという。「芸能界では20代がピークだと思ってがむしゃらに頑張ってきたけれど、時代も、自分自身も変わってきている」。
11月に公開される主演映画『ナイトフラワー』では、1人で2人の子どもを育てる母親が、生活のためにドラッグの売人になっていくという、ままならないストーリーを全身で演じた。家族にとって、自分にとって、大事にするべきことは何か。同じように子どもを育てながら働く1人の女性として、演じながら見えたもの、考えたことを聞いた。
今だから演じられる役があり、そこに立つことで見える風景がある。北川景子、22年目の現在地
Entertainment
—『ナイトフラワー』では、2人の小さな子どもを持つ母親・夏希が、生活するための手段としてドラッグの売人になり、その選択が自分と周囲の人生にどう影響するかという姿が描かれています。この脚本を最初に読んだとき、北川さんはどんなことを考えましたか?
夏希というキャラクターには共感できるところが多かったです。子どもたちを笑顔にさせたい、好きなものを食べさせてあげたい、習い事をさせてあげたいとか、とにかく一生懸命な人で。そういう普通のお母さんなのに、どんどん思ってもいないような方向に進んでいってしまうのが衝撃的でした。じゃあ、夏希はどうすればよかったのかなっていうのをすごく考えてしまうんです。もし頼る実家や友だちがいれば、社会の手があれば、何かひとつ違ったら薬物に関わらなくてすんだかもしれない。そういうやるせなさみたいなものを感じました。
—どんどん追い詰められて、あるはずの選択肢がなくなっていく感覚ですよね。
そうですね。夏希はもともとがアウトローな人というわけじゃないのに、1人で極限まで頑張っていたからこそ、そうするしかなくなってしまう。途中で森田望智さん演じる多摩恵という一緒に生きてくれるパートナーができるけれど、それでも道を踏み外してしまうんだなって。でも多摩恵は多摩恵で親に愛されてこなかったという背景があったりして、そういう2人が、ただ幸せになりたいと思って頑張っているだけなんですよね。現実にもこういうことって多いじゃないですか。子どもがいて、夫が不在で、しんどいことがたくさんあって。じゃあ、そういうときどうしたらいいんだろう?っていうことを、ずっとモヤモヤと考えていました。
—子どもが望むものを与えてあげたいという母親としての正しさと、罪を犯してはいけないという社会的な正しさがずれていってしまう。そのどうしようもなさ、間違っているとわかっていて進むしかない夏希の感情を表現するために、意識したことはありますか?
夏希っていう人は、ありふれた普通の人であって、昼も夜も子どものために働く一生懸命なお母さんだと思うんです。だから変わったことをする必要はなくて、観ている人に共感してもらえるような、自分自身と重ねてもらえるような人として演じたいと思っていました。「こう見せたい」というお芝居の型はあまり考えずに、私自身が子育てをしていて感じること、子役さんと一緒にやっていくなかでのフィーリングを大事にしたいなと。夏希がドラッグの売人になってからも、変に「私は売人なんだ」と思いすぎないようにしていました。何をしていても、子どもの幸せを願う母親というのは変わらないので、そこだけはブレないように。子どものためなら何でもできるという親としての愛や強さみたいなものが、こういう結果を巻き起こしてしまう、その姿をなるべくナチュラルにやりたいと思ったんです。
—劇中には、夫もいて経済的にも豊かだけれど、家族のつながりを失っている「みゆき」という女性も登場しますね。夏希とみゆき、それぞれの母親像の対比についてどう感じましたか。
そうですね。みゆきは夏希が持っていないものを持っているけれど、夫の顔色を見なくちゃいけなくて、子育ても丸投げされて、すごく我慢している人じゃないですか。自分のやりたいことも、時間もお金もすべて我慢して、愛情を持って育ててきたはずなのに、なかなかうまくいかない。みゆきは娘と心が離れてしまっているけれど、それは思春期という繊細な時期であったり、父親との関係性もあって、みゆき自身が悪いわけじゃないと思うんです。娘は娘で、仕事ばかりの父親とか、自己主張をしない母親を見て、色々と思うところがあるんだろうなと。そんなちょっとしたボタンのかけ違いで、家族の関係がどんどん修復できなくなっていく。誰でも経験のあるようなことですが、私自身も幸せってなんなんだろうなって考えました。
—家族にとって、自分にとって、何を大事にすればいいのかという問いですよね。
もしかしたらみゆきは、自分の言いたいことや思っていることを、夫にも娘にも言えなかったんじゃないかなと思うんです。取り返しがつかなくなるまでに心が離れてしまう前に、もっと話せたらよかったんじゃないかなって。逆に、夏希はお金も時間もないけれど、子どもとのコミュニケーションを大事にしているし、「いじめられているんじゃないか」っていう様子にもちゃんと向き合ったり、寄り添っているんですよね。やっぱりお互いに信頼して話ができることがすごく大事で、幸せなことなんだなと改めて思いました。さまざまな事情を抱えながらも、映画の中で夏希たちが幸せそうに見えるのは、それが理由なのかもしれません。
—「女性同士の連帯」についても作品では強調されていました。夏希と多摩恵の関係性について、北川さんはどんなことを感じましたか。
夏希を演じていた立場から考えると、やっぱり1人で子ども2人を抱えて、仕事をいくつも掛け持ちして、心も身体も限界を超えた状態だったと思うんです。色々なものを抱えすぎて心が折れているところに、多摩恵という人が現れる。これまで全然救いがなかった人生において、夏希にとっては初めて救いの手が差し伸べられたというか、「この人になら頼ってもいいかもしれない」と思える存在が多摩恵だったんじゃないかなって。
—最初は多摩恵がなぜそこまで夏希たち家族に深入りしていくのかわからなかったのですが、だんだんと多摩恵自身の孤独みたいなものが見えてきて。一方的なものじゃなく、お互いに欠けた部分を埋められるような存在だったのかなと想像しながら観ていました。
そうですね。多摩恵が「協力してやるよ」って言ったとき、夏希も驚いているんです。家庭に恵まれずに孤独に育ってきて、格闘家として強くなりたいという目標はあるけれど、ある意味で失うものがないというか、何も持っていない。そういう一匹狼のように生きてきた多摩恵が、夏希には少し心を開いて、「この人と一緒に生きていってもいいかも」って思ったのはなんでなんだろうって、私も考えました。でも、多摩恵は出会う前から夏希が必死に働いている姿を見ているんですよね。母親としての夏希にも、何か琴線に触れる部分があったのかなと思うんです。親に捨てられた多摩恵が、やり方は間違っているかもしれないけれど、とにかく一生懸命に子どもを思う夏希を見て、力になりたいと思う。ある意味でのマザーコンプレックスが彼女にもあるから、そこに共感する部分があったのかなと私は思いました。
—多摩恵を演じた森田望智さんとは、作品について何か話をしましたか?
全然しなかったです(笑)。でも、森田さんはすごく柔らかい人で、同じシーンも多かったので一緒の時間はずっとしゃべってたんですよ。役づくりで体重を増やしたり、筋肉を維持することの大変さを聞いたり、飼っているペットの話、食べ物の話をしたり、すごく仲良くなって。なんだか和やかな時間がずっと流れている感じで、癒されました(笑)。
—北川さんは、過去に「子どもを持つことで、初めて理解できる行動や感情がある」と話されていましたが、最近は母親を演じることもすごく増えていますよね。
今、ちょうど上の子が5歳になったんですけど、この5年間は親の役が本当に多くて、ほとんどがそうだったんじゃないかなと思います。それまでは妊娠も出産も経験がなかったので、何をするにも想像の域を出なかった部分があったんですけど、いざ子どもを持ってみて感じるのは「こんなに心配なのか」ということです。例えば咳をしているだけでも、ただの風邪なのか、何か重い病気なのか、ちょっとしたことがこんなに心配で必死になってしまうんだなっていうのは、親になって初めてわかった。そういう感情が役に反映されていると思います。
—『ナイトフラワー』の夏希のような役は、以前はなかったですよね。
親になったことで、役の幅が広がったというのはすごく感じますね。若い頃は、「ずっとバリキャリ(の役を)やっていくのかな」っていう不安もあったんです。仕事ができる紅一点で、綺麗で完ぺきで……そういうキャラクターをやり続けていくのかなって。私たち俳優はいただけるお仕事を待つ立場なので、これまでとまったく違う役が来るのを待っていた時代を考えると、親になってからの方が仕事が楽しくなったかもしれません。演じる役と自分にあまりつながりがないなっていうときも、少なくとも「親」という共通点があることで結びつきを感じられて、演技の手がかりみたいなものも見つけやすくなりました。大河ドラマでも親を演じましたし、子どもを先に亡くすという役もあったし、キャラクターも多様になって、自分自身も鍛えられているというか。勉強させてもらいながら、成長できているような気がします。
—次の段階に入っていく感覚ですよね。日本のドラマや映画だと、やっぱり若い女性が主人公っていうのが多いじゃないですか。でも国外の作品を観ていると、中年女性の魅力的な物語っていうのもすごく増えている。そういう意味では、これからもっと色んな役ができるし、ステレオタイプじゃない女性のキャラクターが生まれていくかもしれません。
そうですね。私がデビューした10代~20代の頃を振り返ると、やっぱりこの業界って若い人のものっていう感覚があって。若いときは中心にいられたとしても、歳を重ねると若い人を支える側に回るんだっていう意識が自分にもあったんです。日本の芸能界は、30代以降の女性が主人公の作品って少ないので、30歳を過ぎたらだんだん減っていくのかなと。とくに女性は男性よりその傾向が強いので、自分でも「20代がピークだから、ここでちゃんと積み上げられるだけ積み上げないとまずい」っていう気持ちでがむしゃらにやっていたんですけど……。今はそれがちょっと変わってきたというか、時代そのものが変わってきたように思います。
—ちょうど過渡期なんでしょうか。
働く女性も増えましたし、性別や年齢にとらわれないというか、若さだけに価値があるという風潮じゃなくなってきたこともあるのかもしれません。時代も変わったし、自分も変わったし、不安だった20代の頃を思うと、意外とやれているなって思います。俳優は年齢や時代に合わせて変わり続けていくのも大事なので、そういう意味ではいい感じに、とりあえずは波に乗れているんじゃないかなと思いながら、やらせていただいていますね。
—北川さんの作品を見ていると、北川さん自身の人間性みたいなものが役に反映されることで、作品が魅力的になっているのを感じます。その人が持つ存在感やキャラクターみたいなものが、どんな役をやっていてもどこかに滲み出てしまうというか。そういう役者としての自分らしさ、個性みたいなものって、どういうところにあるとご自身では感じますか?
私は決して天才肌に芝居ができたタイプでもなければ、子どもの頃からずっとやってきたわけでもないので、なんというか、人と真剣に向き合うことでこの業界で長く仕事をさせてもらっていると思っているんです。だから、一度お世話になった方にお声がけいただいたものはなるべくやりたいという気持ちとか、一緒に働いているときに疑問に思ったことはなかったことにせず、ちゃんとお話しするとか、そういう向き合い方をすごく大事にしてきました。共演者の方、スタッフの方、こうして取材でご一緒する方もそうですが、心を開いて真摯に向き合うということだけは22年間やってきたと思うので、それが自分の持ち味だと思っています。現場の流れを止めてしまうとしても、建設的な会話であれば積極的にしていって、コミュニケーションを取る。そういう人が好きなので、それがスクリーンに出ているのなら嬉しいです。
—北川さんらしさでいうと、『ナイトフラワー』での関西弁もすごく良かったです。ほとんどの役では標準語を使われていると思うんですけど、自分自身の言葉と役としての言葉ってやっぱり少し違うと思うので、そういう面でも新鮮でした。
ありがとうございます(笑)。やっぱりもともと関西出身なので、バラエティ番組とかで関西の芸人さんとかがいっぱいいると、なんか安心したりもするんです。そういう意味では、自分の故郷の言葉でお芝居ができるのは、現代劇だとほぼ初めてだったと思いますし、すごくやりやすかったんですよ。普段は「なまってるかな?」とどこかで考えながら演じていたりするので、1枚ちょっと皮をかぶっているような部分があるんですけど、『ナイトフラワー』ではリアリティが出せたと思います。子育てしているシーンとかもすごく自分に近いというか、ナチュラルにやらせてもらうことができたので、そのあたりもぜひ見てほしいです。

シャツ ¥44,000、デニムパンツ ¥42,900/ともに Tu es mon Tresor (トゥ エ モン トレゾア)、ピアス ¥36,300/Hirotaka (ヒロタカ)













