「自分にしかできないポジション」を築いた俳優。平岳大の嘘のない演技
takehiro hira
photography: ura masashi
interview & text: hiroaki nagahata
脳性麻痺の女性を主人公にした初長編作『37セカンズ』で世界的な評価を獲得した HIKARI (ヒカリ) 監督。アカデミー賞俳優 Brendan Fraser (ブレンダン・フレイザー) を迎えた待望の新作『レンタル・ファミリー』が、いよいよ2月27日に公開される。「家族を借りる」という日本独自のサービスを題材にした本作は、核家族化やコロナ禍による孤独の問題を背景にしながらも、その関係性を単なる“嘘”として切り捨てない。むしろ、そこで生まれる本当の感情にスポットを当てた人間ドラマだ。今回は、レンタル・ファミリー会社を営む多田を演じた俳優・平岳大に、本作の裏側と俳優としての“実感”について話を聞いた。
「自分にしかできないポジション」を築いた俳優。平岳大の嘘のない演技
Entertainment
—『レンタル・ファミリー』の話に入る前に、まず俳優・平岳大さんについてお伺いします。「Giri / Haji」や「SHOGUN 将軍」をはじめ、海外スタッフと日本を舞台に撮る作品に出演されている印象が強いのですが、どのようにして今の活動形態に行き着いたのでしょうか?
「Giri / Haji」の前に『Lost Girls and Love Hotels』という作品に出演させていただき、その時のオーディションがきっかけになりました。主演の女優さんと一緒にシーンを演じたとき、初めて「演技が楽しい」と思えたんです。「あ、自分がやりたかったのはこれだな」って。
—それは具体的にどういうことだったんでしょう?
すごくシンプルな話ではあるのですが、自分のセリフで相手の気持ちが変わったことがこちら側に伝わってきて、相手のセリフでまた自分の気持ちも変わる、ということです。要は感情のキャッチボール。自分の中でその経験があまりに大きくて、オーディションに受かるかどうかもどうでもよくなり(笑)、家に帰ってすぐ妻に「もう日本から出ようかな」と伝えたんです。そしたら作品に出られることになったので、当時所属していた事務所を辞めることにしました。
—演技に対する捉え方が変わったと。
演技とは本来そうあるべきだと思ったのですが、国内では色んな理由でそれをすることが難しかった。そのオーディションの時、英語で芝居をするのも初めてで、相手が外国人という状況も新鮮だったから、それで自分の意識が変わったというのもあります。その時のお相手は Alexandra Daddario (アレクサンドラ・ダダリオ) という世界的に知られる方でした。でも彼女はマネージャーもつけず単独でオーディションに参加していた。最初から飾ることなく、役や作品についても僕と率直に意見を交わしてくれて、「じゃあやってみようか」という感じで始まったんです。
—Alexandra Daddario さんといえば、HBO の「ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾート」のシーズン1でも話題になった方ですよね。お一人で行動されているのはたしかに意外です。
そのフラットさがすごく印象的で。日本では、例えば現場で「〇〇さん、お入りになります」みたいな、厳しい上下関係や空気の堅さがあるじゃないですか。それも芸能の世界が培ってきた伝統の一つだとは思いますが、自分には合っていなかった。そういえば、その時のオーディションで演じたのは、本屋で出会ってキスするまでのシーンだったのですが、「この人、もし監督がカットって言わなかったら、本当にするだろうな」と思うくらいリアルでしたね。相手役を探すことが目的なはずなのに、「一緒に作りましょう」という感覚が最初からありました。
—いまお話いただいたのは、日本と海外の両方で活動されている平さんだからこそ見える演技アプローチの違いではないでしょうか。
僕もあまり演技論みたいなことはよくわからないのですが、少なくともアメリカでは「演技を見せる」という感覚がほとんどありません。ただ自分の中に入っていって、本当の感情を探して、それをそのまま出す。だから「何もしない演技」もあり得る。でもそれって、何もしてないんじゃなくて、“嘘をついていない”ということ。向こうでは嘘をつくことが一番嫌われるんです。
—なるほど。映画やドラマが嘘(フィクション)であることが前提で、それでもいかに本当の感情を表現できるか、という。
そういうことです。僕も現場でよく「Throw it away (捨てろ)」と言われました。「演技っぽいことは全部いらない」と。表現しようとか、見せようとか、そういうのはすべて嘘なんですよね。
—それは今回の『レンタル・ファミリー』にも通じるお話だと思います。本作には、「嘘の中に本当の感情はありえるのか」という問いかけがありますよね。平さんはこの脚本からどのように本当の感情を見出したのでしょうか?
例えば、隣に座ったおじいちゃんの仕草が自分の父親に似ていたとしたら、勝手にそこに意味を見出して感動したり。母親と同じくらいの年齢の人とご飯を食べるだけでも、無意識に母親らしさを探したりするじゃないですか。たぶん、これは誰の中にもある感覚だし、人間はもともと何でも結びつけてしまう生き物だと思うんです。そうやって自分の中の穴を埋めようとする。でも実際に心が動いているわけだから、決して嘘とも言い切れない。だからレンタル・ファミリーという発想も、最初は奇抜に聞こえるけど、すごく普遍的だなと感じましたね。
—平さん演じる多田はレンタルファミリー社を営んでいるわけですが、ストーリーを追っていくうちに、実はもっとも虚無を抱えた人物であることが判明します。彼のキャラクターはどのように構築していかれたんですか?
HIKARI 監督は彼のことを「カメレオンみたいな人」と説明してくれました。ベンチャー企業の代表でありながら、仕事の中でヤクザ役もやるし、パーティーにも出席する。それが、器用なんだけど本質的なものからは逃げている彼の性質でもあって。実は、彼には子どもがいるんだけど、ある事情で長年会えていないという設定があったんです。でも、その要素を全部入れると3時間超えになってしまうから、本編ではカットされましたね(笑)。ただ、その設定があったことで、彼が“何から逃げてきた人なのか”が明確になった。一番大切なものと向き合えず、仕事に逃げてきた男。そういう感覚で演じていました。
—平さんの目から見て、HIKARI 監督はどのように映りましたか?
関西出身の人だからか、すごく明るくて、感覚的。「なんでこのシーンでこう言ったんだろう?」と後から思うくらい、常に直感的にやっているんですよね。あと、とにかく色々と試す方でした。リハーサルが入念で、それも一つの方法論を固めるためではなくて、いろんな可能性を探すため。「遊びながらやろう」という感じ。めちゃくちゃ楽しかったです。
—そう聞くと、たしかに本作はお話の筋はシンプルですが、カット割りも非常に細かいですし、各登場人物の描写も丁寧だったりして、実はものすごく情報量が多いですよね。
今回は彼女自身が脚本を書いていますし、コロナとか俳優労組のストライキもあってスケジュールも伸びたんですけど、その間に大きなオファーを断って「これ一本でいく」と決めていたみたいです。覚悟がすごいですよね。
—平さんご自身は、作品をどのような基準で選ばれているんですか?
そんなに選べるほどたくさんのオファーがあるわけじゃないですけど(笑)。一つ、「ただ日本人がそこにいるだけ」みたいな、ステレオタイプな役はなるべく避けたいかな。
—それでいうと、 HIKARI 監督の作品は毎回そうなんですが、『レンタル・ファミリー』の日本の描き方は実に絶妙ですよね。彼女独特のリアリティラインがあるように感じます。
そうなんですよ。監督自身は日本人なのですが、向こうで活動されているから「外から見た日本」という視点が入り込んでいる。そこが面白いと思っていて。僕自身、学生時代にアメリカに住んでいた経験があるんですけど、『レンタル・ファミリー』の脚本を読んだ時に、「日本とアメリカの両方を知っている人じゃないと書けないな」と思いました。だから、そういう意味でも共感していました。
—演じる上でも、日本人としてのリアリティと外から見た時の日本人のイメージとのバランスを考えることはありますか?
そこはかなり。海外の作品の多くは、世界中の人が観る前提で作られています。その観客にどう伝わるかを考えた時に、装飾的な部分を意図的に使った方が良いこともある。ただ、本作は「SHOGUN 将軍」のような作品とは違って現代劇だったので、“自分のままでいる”ことを意識しましたね。
—初めて本作を試写でご覧になった時、どのように感じましたか?
自分が出た作品って、基本的にちょっと冷めた目で見ちゃうんですけど(笑)。今回は、Brendan Fraser が狭いアパートでベッドに腰かける序盤のシーンですでに泣いちゃいましたね。あの背中は色んなものを語っていたように思います。
—2022年に『ザ・ホエール』でアカデミー主演男優賞を獲った Brendan Fraser との共演体験についてもぜひ教えてください。
Alexandra Daddario じゃないですけど、終始オープンに接してくれました。僕が「こうしたいんだけど」と相談すると、「いいじゃない、やってみなよ」って背中を押してくれる。自分の都合が良いようにシーンを進めるんじゃなくて、そういう関係性が理想ですよね。HIKARI 監督も、そんな僕らの顔に寄るのではなく、間に流れる空気を撮ってくださいました。表情合戦じゃなくて、空気を伝える。(山本)真理ちゃんも柄本(明)さんも、その辺はもう達人ですよ。感情をセリフで押し出さずに、ストーリーの流れで笑いを生む。みんなそこをちゃんと理解していて、「ベタなことはしない」という暗黙の了解がありました。
—最後の質問です。この作品は平さんにどのような意味合いを持ちましたか?
日本とアメリカの間に立つような作品に関われたことは、自分の中で大きかった。この作品は半分英語・半分日本語なので、自分にしかできないポジションでやれたという実感があったんです。おこがましいかもしれませんが、「ああ、アメリカで頑張ってる意味があったな」って思えました。













